磁気テープの落とし物
ー/ー 父が遺した書斎の整理を始めて三日目、早紀は引き出しの奥から一本の古いカセットテープを見つけた。
ラベルには、父の几帳面な筆致で『1998年 秋 庭にて』とだけ書かれている。
父は無口な人だった。ガーデニングが趣味で、週末は言葉を交わすよりも土を弄ることを好んだ。そんな父が、一体何を録音したのか。
早紀は埃を被ったラジカセを引っ張り出し、再生ボタンを押し込んだ。
「ガチャン」という重い音とともに、スピーカーからサーッという砂嵐のようなノイズが流れ出す。
やがて、遠くで鳥が鳴く声と、シャベルが土を叩く規則的な音が聞こえてきた。
『……ああ、今年もキンモクセイがよく香るな』
低く、少し掠れた父の声。早紀の胸に、懐かしさが不意に込み上げる。
テープの中の父は、誰に聞かせる風でもなく、植物の育ち具合や、その日の空の色をぽつりぽつりと独り言のように語っていた。
しかし、A面の終わりが近づいたとき、不意に父の動きが止まった。土を叩く音が消え、静寂が訪れる。
『早紀。……お前に、言っておかなければならないことがあるんだ』
父の声音が、それまでとは明らかに違っていた。ためらい、決意し、それでいて怯えているような、湿った響き。
『実は、あの時の……』
そこから、言葉が続かない。
「スーー……」という、磁気テープ特有の空白のノイズだけが部屋に響く。
父は何かを言いかけ、息を吸い、そして唇を閉じた。その気配だけが、二十数年の時を超えて鮮明に伝わってくる。
数秒の沈黙の後、カセットデッキが「ガチン」と音を立てて自動停止した。
テープの最後、物理的な「余白」がそこにあった。
「……何よ、肝心なところで」
早紀は、思わず独り言をこぼした。
真実とは何だったのか。あの日、父が隠し通した秘密は何だったのか。
後悔、あるいは謝罪。もしかしたら、面と向かっては決して言えなかった、深い愛情の言葉だったのかもしれない。
ふと窓の外を見ると、父が手入れしていた庭には、今年も新しい芽が顔を出している。
言葉にならなかったあの数秒間のノイズは、父が飲み込んだ「愛」そのものの形に見えた。
完成された言葉は、時に意味を限定してしまう。
けれど、あの空白には、父が伝えたかったすべての感情が、形を変えずに閉じ込められている。
早紀はテープを裏返し、もう一度再生ボタンを押した。
今度は、その「空白」に耳を澄ませるために。
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