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春を弾く音

ー/ー



     ー*ー*ー*ー

  ひざまずき 覗けば赤き 笠の列
  去年の僕が  立ち尽くす春

     ー*ー*ー*ー


 散歩道の脇、放置された空き地が赤紫色に染まっている。ヒメオドリコソウの群生だ。しゃがみ込んで見つめれば、小さな笠を被った踊り子たちが、春の微風に合わせて一斉に膝を折る。

​その群生の真ん中に、一人の男が立っていた。


見覚えのある、くたびれたベージュのチノパン。猫背の背中。それは間違いなく、去年の僕だった。

​「おい」

呼びかけようとして、声が喉に張り付く。去年の僕は、ちょうど今僕がしているように、足元の花を熱心に観察していた。いや、観察しているのではない。彼は、地面から湧き出す「音」を聴いているようだった。


​ヒメオドリコソウは、異界との境界に咲くという俗信がある。階層状に重なる葉の隙間は、小さな神様たちの隠れ家なのだと。


​去年の僕が、ゆっくりとこちらを振り向いた。その瞳には、今の僕が映っていない。彼はただ、透明な空気を掴むように手を伸ばすと、一輪の花を指先で弾いた。

ポーン、と低い水音のような残響が響く。
​その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

気づけば、群生の真ん中に立っていたのは僕自身だった。足元には、去年の僕が落としたらしい、見覚えのない古いコインがひとつ。


​「おいおい、どうした?またそんなところでボーッとして」

​背後から友人に声をかけられ、魔法が解ける。振り向いても、そこには春の陽光があるだけだ。


 僕はポケットにコインを押し込み、歩き出す。ヒメオドリコソウたちは、何事もなかったかのように、また静かに列をなして踊り始めていた。


** 日記風雑感 **

一雨ごとに春が近づき。
この冬は雨の日が少なかった……
雨が上がると、春の草花が元気になるかな? ヒメオドリコソウのダンス。



     ー*ー*ー*ー

  ポーンと 弾く 一輪  響く音
  記憶の底に  波紋広がり

     ー*ー*ー*ー





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     ー*ー*ー*ー
  ひざまずき 覗けば赤き 笠の列
  去年の僕が  立ち尽くす春
     ー*ー*ー*ー
 散歩道の脇、放置された空き地が赤紫色に染まっている。ヒメオドリコソウの群生だ。しゃがみ込んで見つめれば、小さな笠を被った踊り子たちが、春の微風に合わせて一斉に膝を折る。
​その群生の真ん中に、一人の男が立っていた。
見覚えのある、くたびれたベージュのチノパン。猫背の背中。それは間違いなく、去年の僕だった。
​「おい」
呼びかけようとして、声が喉に張り付く。去年の僕は、ちょうど今僕がしているように、足元の花を熱心に観察していた。いや、観察しているのではない。彼は、地面から湧き出す「音」を聴いているようだった。
​ヒメオドリコソウは、異界との境界に咲くという俗信がある。階層状に重なる葉の隙間は、小さな神様たちの隠れ家なのだと。
​去年の僕が、ゆっくりとこちらを振り向いた。その瞳には、今の僕が映っていない。彼はただ、透明な空気を掴むように手を伸ばすと、一輪の花を指先で弾いた。
ポーン、と低い水音のような残響が響く。
​その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
気づけば、群生の真ん中に立っていたのは僕自身だった。足元には、去年の僕が落としたらしい、見覚えのない古いコインがひとつ。
​「おいおい、どうした?またそんなところでボーッとして」
​背後から友人に声をかけられ、魔法が解ける。振り向いても、そこには春の陽光があるだけだ。
 僕はポケットにコインを押し込み、歩き出す。ヒメオドリコソウたちは、何事もなかったかのように、また静かに列をなして踊り始めていた。
** 日記風雑感 **
一雨ごとに春が近づき。
この冬は雨の日が少なかった……
雨が上がると、春の草花が元気になるかな? ヒメオドリコソウのダンス。
     ー*ー*ー*ー
  ポーンと 弾く 一輪  響く音
  記憶の底に  波紋広がり
     ー*ー*ー*ー