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第1話 嵐の日の邂逅。遺物(コア)と、届かなかった十センチの純愛

ー/ー



かつて人類の文明は、二度滅びた。

三万年前の魔法文明。その一度目の滅びからおよそ一万五千年。生き残った人々が築き上げたと二回目の文明「機械」の超絶なる第ニ文明もまた、空から降り注いだ巨大隕石と、星を呑み込む地殻津波によって完全に粉砕された。

それは、地球の地軸を狂わすほどの衝撃だった。

舞い上がった塵により、世界は凍てつく「長い夜」へと沈み――あの日から、さらに一万五千年。

最初の滅びから数えれば、実に三万年という途方もない時間が流れていた。

二度目の滅びと氷河の時代を耐え抜き、細々と命を繋いだ人類が、再び海と土と共に生きるようになった。




西側の辺境、海と天を突く絶対防壁(超巨大山脈)に挟まれた狭い土地に、赤毛の一族が住む小さな漁村があった。

村人たちは日々の漁に追われ、海岸に転がる奇妙な形の岩や錆びついた金属片を、ただの風景の一部として見過ごしていた。

だが、少年・ヤードだけは違った。

海に流れ着くそれは、一万五千年前の超機械文明が遺した「超巨大なゴミ」の成れの果てだ。ヤードの目には、その泥にまみれたガラクタの中に眠る「構造」や「力の流れ」が、手に取るように見えた。

名もなき職人の勘。それが彼の特異な才能だった。

父親のジェイは、投網漁師だ。ヤードも毎日その手伝いとして一緒に漁に出ている。

村の生活は、生きるために食い、食うために働く、そんな過酷なものだった。学校なんてない。三百人ほどの小さな村では、周りの子供たちも六、七歳ぐらいから親の手伝いをするのが当たり前で、男は皆、漁を体で覚え込んで大人になる。そんな村だ。

ヤードには一つ年上の姉がいる。姉・リヴは優しく、ヤードの良き理解者のひとりだった。

父親のジェイは豪快な性格で、いつも「ガハハ」と笑う。怒ったところを見たことがないほど懐が深く、赤髪がよく似合う男だ。母親のルーシも二人の子どもを非常にかわいがっていたが、その一方で躾には厳しい女性だった。

漁の網にかかるのは、漁師にとっては邪魔者でしかない古代の破片――フジツボが何層にも重なっては死に、潮に転がされて丸みを帯びた「石」だ。少しゴツゴツとした質感で、大きさは大人の拳二つ分ほどある。

ヤードも、それらをいつも手当たり次第に拾って帰るわけではない。ヤードには、どれが「質の良い石」なのかが直感でわかるのだ。

父親もそんな息子の特異な目利きを面白がっており、よくからかってくる。

「どうだヤード、これ、いいんじゃねーか?」

「ううん、全然ダメだよ。それいらないよ、父ちゃん」

ヤードが首を振ると、「そうか!」と言って父親は肩を大きく揺らして笑い、次の魚を狙って網を打つ。引き上げられた網から、かかった魚と石を父親と一緒に外すのがヤードの仕事だった。

そんな、どこにでもいる仲の良い親子の風景。

運命の出会いは、いつものように父親と漁に出た、ある日のことだった。

「よしヤード、これで最後の一投にして帰るぞ! 母ちゃんたちが心配するからな、ガハハ!」

父親が最後の一投を引き上げた。数匹の跳ねる魚と一緒に、それは網の中に「居た」。

フジツボとイソギンチャクがこびりついたその石から、ヤードは確かに『命の匂い』を感じ取り、激しく胸を高鳴らせた。

「父ちゃん、それ……持って帰る!」

「おっ、いいもんが出るといいな! よし、片付けて帰るぞ、ヤード」

「うん、わかった!」

ヤードは上機嫌だ。そんな息子の笑顔を見て、父親の顔も優しくほころんだ。

村の船着き場に着くやいなや、ヤードは父親の道具箱と投網を抱え込み、「父ちゃん、僕先に帰ってるから!」と叫んで、重い網を引きずりながら急ぎ足で家路についた。

「おーいヤード! 網を破るなよー!」

背後から、ジェイの豪快な笑い声が響く。

ヤードには、お気に入りの場所があった。父親が網を格納したり修繕したりする、家の真横に建つ作業小屋だ。その片隅に置かれた古い木箱が、ヤードの専用の作業机であり、大切な「宝箱」だった。

ヤードは箱の中の特等席に、拾ってきたその石を布の切れ端で大事に包み、優しく置いた。泥だらけのそれをしばらくうっとりと眺め、満足すると、ようやく小屋を出て家に入った。

父親はすでにテーブルにつき、山のふもとの村から仕入れた名産の酒をちびちびと飲んでいた。母親のルーシが呆れたように言う。

「ヤード、あんたまた石を拾ってきたんだって? ホントあんたは、賢いのかバカなのかわからない子だね! ほら、早くご飯食べて」

夕食を急かす母親の手伝いをしていたリヴが、いつもの調子でからかってくる。

「あー、ヤードまた怒られてる」

「いいじゃん、宝物なんだから」

ヤードは口をとがらせて言い返す。だが、決して本気で怒ったりはしない。ヤードは本当に根の優しい男の子だった。リヴもからかいつつ、内心ではそんな弟のことをとても可愛がっていた。

そんな仲の良い家族の日常。ある朝方、ヤードは不思議な夢を見た。

それは、見たこともない女性だった。黒地に白の装飾があしらわれた、村の服とは全く違う服。その姿を見たヤードは、なぜか意味もなく悲しい気持ちになり、「うん? どうしたの?」と夢の中で問いかけていた。

返事はない。でも、なぜか「この女性を助けなきゃ」と、強く夢の中で思ったのだ。

日が昇る前に、ヤードはハッと飛び起きた。何か夢を見たような気がするが、よく思い出せない。だが、ヤードは自分の頬が濡れており、泣いていたことに気づいた。

「あれ? そうだ……なんか、悲しい夢を見たんだっけ?」

母親とリヴはすでに起きており、家事仕事をしている。すると父親が、布団の中から声をかけてきた。

「ヤード! 今日は大しけで船は出せねーから、好きな事やってていいぞ! ガハハ!」

ヤードはパッと顔を輝かせた。

「うん、わかったよ、父ちゃん! 小屋いってきていい?」

「おう、行ってこい! 母ちゃん達には邪魔させねーからよ。怪我だけは気を付けろよ!」

それを聞いて、母親が呆れたように父親に言う。

「あんた達、ホント似た者親子だわ」

母親は「仕方ないね」と首を振りながら、リヴに向かって同意を求める。

「そうだね、怪我が心配だよね」

リヴは母親をたしなめながら、「ねぇ、後から見に行ってもいい?」とヤードに尋ねてきた。

「うーん、今日はだめー!」

ヤードは即答する。そう、今日は誰にも邪魔されたくなかったのだ。

「ヤードのケチ!」

リヴはペロッと舌を出す。

「姉ちゃん、僕が今度カッコイイ髪飾りか首飾りを作ってあげるから! だから今日は、ホントに一人で集中して作りたいものがあるんだ。ごめんね」

「わかった、絶対作ってよ! なら今日は邪魔しなーい。やったー!」

リヴはパッと表情を明るくして喜んだ。それを見た母親が、深くため息をつく。

「リヴ、あんたもホント現金な性格してるよ。全く、誰に似たのやら……はぁー」

ルーシは、娘のそんな性格が自分にそっくりだということに、全く自覚がないのだった。

父親の許しを得たヤードは、急いで自分の城である作業小屋へと駆け込んだ。

大雨でびしょびしょに濡れながら、薄暗がりの中に飛び込んだ瞬間――ヤードは、夢の中で『何』を見たのかを鮮明に思い出した。

綺麗な女の人。

それだけが、ヤードの頭に稲妻のように鮮明に蘇ってきた。

ヤードは興奮していた。文字通り、自分でもコントロールできないほどの興奮だった。

「ハァッ……ハァッ……」

息が荒くなり、ドクン、ドクンと胸の鼓動が高鳴って止まらない。今まで経験したことのない未知の感覚。逸る気持ちの正体を、まだ十二歳のヤードは理解できずにいた。

ただ、下腹部の奥に熱が集まり、自分の身体が自分のものではないような、痛いほどの熱を持った『反応』を起こしていることに気づき、ヤードは激しく混乱した。

(なんだこれ……病気か!? いや、違う……!)

下腹部の未知の変化に戸惑ったことで、激しい動悸はスッと潮を引くように治まった。

ヤードはランタンに火を灯し、宝箱を開けた。もう確信に近いものを感じていた。この石と、あの夢で見た綺麗な女性に、何か関係があることを。

石を取り出し、布を捲る。そして箱の中から、古代の金属片で作ったお気に入りの手製ハンマーとタガネを取り出すと、丁寧に叩き始めた。中に眠る「壊してはいけない何か」を探り当てるように、コツコツと時間をかけて。

一時間ほど経った頃。最後は「パカッ」と音が聞こえそうなほどあっけなく、岩が真っ二つに割れた。岩の内側は、中身の形に沿って、つるつるとした綺麗な窪みになっていた。

ふと、ヤードは小屋が徐々に明るくなっていくことに気づいた。中から現れた『それ(コア)』は透明で、不思議と吸い込まれそうな輝きを放っている。どこから見ても目が合っているような、中心に黒い点があるような、ないような……。

いつしかヤードは、明るく光るその球体を、長年遺物と向き合ってきた「研究者」の目線で見入ってしまっていた。

その時だ。それは一瞬強い光を放ち――空中に、一人の女性の姿を映し出した。

ヤードは確信した。いや、最初から確信していたのかもしれない。その女性は夢とは違い、触れられそうなほどの実体を伴って空中に現れていた。

ヤードはただ見とれていた。村の中では絶対に見たことがない、この世のものとは思えないほどの美しさだった。

黒い服に、白いエプロン。綺麗なフワフワした装飾と、白い頭の飾り。見たこともない様式の服だが、本当に綺麗だった。

しかし、その服から伸びる手と足は、白銀にキラキラと輝きを放っていた。だが、ヤードにとってそんな違和感はどうでもよかった。白銀の手足も、あの絶対防壁の山や海から流れ着く遺物から考えれば、十分に予測の範囲内だったからだ。無理もない。ヤードは物心ついた時から父親と漁に出て、遺物を収集し続けてきた「キャリア十年」の筋金入りの研究者なのだ。

ホログラムの女性はどこか別の場所を見て、何かを言っているように見えた。だが、ヤードと視線が合うことはない。

その姿を見ているうち、ヤードはまた「ハァ……ハァ……」と息を荒げ、心臓が口から飛び出そうなくらいに早鐘を打つのを抑えきれなくなっていた。小屋に一人きりだという状況も相まって、荒くなる息に身を任せる。

そして、ハァハァ言いながら小屋の入り口を振り返り、誰も来ていないことを確認する。ヤードは両手に持っていた丸い遺物コアをそっと布の上に置いた。

煩悩の向くまま、空中に浮かぶ女性の『下』に潜り込もうと決意したのだ。

仰向けに寝転がり、「ハァ……ハァ……」と息を荒げながら、足で地面を蹴ってジリジリとスカートの下へと進んでいく。

下腹部はすでに限界に来ていた。もう一回ドアの閉まりを確認し、さらにジリジリと進む。

(あと少し……ハァ……ハァ……見れる……ッ!)

ホログラムの女性の膝の上あたりまで、もう見えていた。さらに吐く息が荒くなるヤード。

もう、あの上にあるだろう『パンツ』を見るためなら、今誰かがドアを開けて入ってくることさえ、どうでもよくなっていた。

(パンツ……!)

ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!

(パンツ……!)

あと少し……ッ!

(パンツ……!!)

あと十センチ……!! ハァ……ハァ……ッ!!

その時――ホログラムの女性と、バチッと目が合った気がした。

そう、見下ろすように『睨まれた』気がしたのだ。

「シュン」と微かな音を立てて、空中のホログラムは唐突に消え去った。

冷たい視線で睨まれたことで、ヤードの火照りは一気に冷め、我に返った。

「え?」

ヤードは、暗くなった小屋の中で激しく後悔した。そう……。

――『もう少し、早く進めばよかった』と。

そう、ヤードは煩悩の覚醒一歩手前であったのだ。






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次のエピソードへ進む 第2話 父の教えと、決意の光


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かつて人類の文明は、二度滅びた。
三万年前の魔法文明。その一度目の滅びからおよそ一万五千年。生き残った人々が築き上げたと二回目の文明「機械」の超絶なる第ニ文明もまた、空から降り注いだ巨大隕石と、星を呑み込む地殻津波によって完全に粉砕された。
それは、地球の地軸を狂わすほどの衝撃だった。
舞い上がった塵により、世界は凍てつく「長い夜」へと沈み――あの日から、さらに一万五千年。
最初の滅びから数えれば、実に三万年という途方もない時間が流れていた。
二度目の滅びと氷河の時代を耐え抜き、細々と命を繋いだ人類が、再び海と土と共に生きるようになった。
西側の辺境、海と天を突く絶対防壁(超巨大山脈)に挟まれた狭い土地に、赤毛の一族が住む小さな漁村があった。
村人たちは日々の漁に追われ、海岸に転がる奇妙な形の岩や錆びついた金属片を、ただの風景の一部として見過ごしていた。
だが、少年・ヤードだけは違った。
海に流れ着くそれは、一万五千年前の超機械文明が遺した「超巨大なゴミ」の成れの果てだ。ヤードの目には、その泥にまみれたガラクタの中に眠る「構造」や「力の流れ」が、手に取るように見えた。
名もなき職人の勘。それが彼の特異な才能だった。
父親のジェイは、投網漁師だ。ヤードも毎日その手伝いとして一緒に漁に出ている。
村の生活は、生きるために食い、食うために働く、そんな過酷なものだった。学校なんてない。三百人ほどの小さな村では、周りの子供たちも六、七歳ぐらいから親の手伝いをするのが当たり前で、男は皆、漁を体で覚え込んで大人になる。そんな村だ。
ヤードには一つ年上の姉がいる。姉・リヴは優しく、ヤードの良き理解者のひとりだった。
父親のジェイは豪快な性格で、いつも「ガハハ」と笑う。怒ったところを見たことがないほど懐が深く、赤髪がよく似合う男だ。母親のルーシも二人の子どもを非常にかわいがっていたが、その一方で躾には厳しい女性だった。
漁の網にかかるのは、漁師にとっては邪魔者でしかない古代の破片――フジツボが何層にも重なっては死に、潮に転がされて丸みを帯びた「石」だ。少しゴツゴツとした質感で、大きさは大人の拳二つ分ほどある。
ヤードも、それらをいつも手当たり次第に拾って帰るわけではない。ヤードには、どれが「質の良い石」なのかが直感でわかるのだ。
父親もそんな息子の特異な目利きを面白がっており、よくからかってくる。
「どうだヤード、これ、いいんじゃねーか?」
「ううん、全然ダメだよ。それいらないよ、父ちゃん」
ヤードが首を振ると、「そうか!」と言って父親は肩を大きく揺らして笑い、次の魚を狙って網を打つ。引き上げられた網から、かかった魚と石を父親と一緒に外すのがヤードの仕事だった。
そんな、どこにでもいる仲の良い親子の風景。
運命の出会いは、いつものように父親と漁に出た、ある日のことだった。
「よしヤード、これで最後の一投にして帰るぞ! 母ちゃんたちが心配するからな、ガハハ!」
父親が最後の一投を引き上げた。数匹の跳ねる魚と一緒に、それは網の中に「居た」。
フジツボとイソギンチャクがこびりついたその石から、ヤードは確かに『命の匂い』を感じ取り、激しく胸を高鳴らせた。
「父ちゃん、それ……持って帰る!」
「おっ、いいもんが出るといいな! よし、片付けて帰るぞ、ヤード」
「うん、わかった!」
ヤードは上機嫌だ。そんな息子の笑顔を見て、父親の顔も優しくほころんだ。
村の船着き場に着くやいなや、ヤードは父親の道具箱と投網を抱え込み、「父ちゃん、僕先に帰ってるから!」と叫んで、重い網を引きずりながら急ぎ足で家路についた。
「おーいヤード! 網を破るなよー!」
背後から、ジェイの豪快な笑い声が響く。
ヤードには、お気に入りの場所があった。父親が網を格納したり修繕したりする、家の真横に建つ作業小屋だ。その片隅に置かれた古い木箱が、ヤードの専用の作業机であり、大切な「宝箱」だった。
ヤードは箱の中の特等席に、拾ってきたその石を布の切れ端で大事に包み、優しく置いた。泥だらけのそれをしばらくうっとりと眺め、満足すると、ようやく小屋を出て家に入った。
父親はすでにテーブルにつき、山のふもとの村から仕入れた名産の酒をちびちびと飲んでいた。母親のルーシが呆れたように言う。
「ヤード、あんたまた石を拾ってきたんだって? ホントあんたは、賢いのかバカなのかわからない子だね! ほら、早くご飯食べて」
夕食を急かす母親の手伝いをしていたリヴが、いつもの調子でからかってくる。
「あー、ヤードまた怒られてる」
「いいじゃん、宝物なんだから」
ヤードは口をとがらせて言い返す。だが、決して本気で怒ったりはしない。ヤードは本当に根の優しい男の子だった。リヴもからかいつつ、内心ではそんな弟のことをとても可愛がっていた。
そんな仲の良い家族の日常。ある朝方、ヤードは不思議な夢を見た。
それは、見たこともない女性だった。黒地に白の装飾があしらわれた、村の服とは全く違う服。その姿を見たヤードは、なぜか意味もなく悲しい気持ちになり、「うん? どうしたの?」と夢の中で問いかけていた。
返事はない。でも、なぜか「この女性を助けなきゃ」と、強く夢の中で思ったのだ。
日が昇る前に、ヤードはハッと飛び起きた。何か夢を見たような気がするが、よく思い出せない。だが、ヤードは自分の頬が濡れており、泣いていたことに気づいた。
「あれ? そうだ……なんか、悲しい夢を見たんだっけ?」
母親とリヴはすでに起きており、家事仕事をしている。すると父親が、布団の中から声をかけてきた。
「ヤード! 今日は大しけで船は出せねーから、好きな事やってていいぞ! ガハハ!」
ヤードはパッと顔を輝かせた。
「うん、わかったよ、父ちゃん! 小屋いってきていい?」
「おう、行ってこい! 母ちゃん達には邪魔させねーからよ。怪我だけは気を付けろよ!」
それを聞いて、母親が呆れたように父親に言う。
「あんた達、ホント似た者親子だわ」
母親は「仕方ないね」と首を振りながら、リヴに向かって同意を求める。
「そうだね、怪我が心配だよね」
リヴは母親をたしなめながら、「ねぇ、後から見に行ってもいい?」とヤードに尋ねてきた。
「うーん、今日はだめー!」
ヤードは即答する。そう、今日は誰にも邪魔されたくなかったのだ。
「ヤードのケチ!」
リヴはペロッと舌を出す。
「姉ちゃん、僕が今度カッコイイ髪飾りか首飾りを作ってあげるから! だから今日は、ホントに一人で集中して作りたいものがあるんだ。ごめんね」
「わかった、絶対作ってよ! なら今日は邪魔しなーい。やったー!」
リヴはパッと表情を明るくして喜んだ。それを見た母親が、深くため息をつく。
「リヴ、あんたもホント現金な性格してるよ。全く、誰に似たのやら……はぁー」
ルーシは、娘のそんな性格が自分にそっくりだということに、全く自覚がないのだった。
父親の許しを得たヤードは、急いで自分の城である作業小屋へと駆け込んだ。
大雨でびしょびしょに濡れながら、薄暗がりの中に飛び込んだ瞬間――ヤードは、夢の中で『何』を見たのかを鮮明に思い出した。
綺麗な女の人。
それだけが、ヤードの頭に稲妻のように鮮明に蘇ってきた。
ヤードは興奮していた。文字通り、自分でもコントロールできないほどの興奮だった。
「ハァッ……ハァッ……」
息が荒くなり、ドクン、ドクンと胸の鼓動が高鳴って止まらない。今まで経験したことのない未知の感覚。逸る気持ちの正体を、まだ十二歳のヤードは理解できずにいた。
ただ、下腹部の奥に熱が集まり、自分の身体が自分のものではないような、痛いほどの熱を持った『反応』を起こしていることに気づき、ヤードは激しく混乱した。
(なんだこれ……病気か!? いや、違う……!)
下腹部の未知の変化に戸惑ったことで、激しい動悸はスッと潮を引くように治まった。
ヤードはランタンに火を灯し、宝箱を開けた。もう確信に近いものを感じていた。この石と、あの夢で見た綺麗な女性に、何か関係があることを。
石を取り出し、布を捲る。そして箱の中から、古代の金属片で作ったお気に入りの手製ハンマーとタガネを取り出すと、丁寧に叩き始めた。中に眠る「壊してはいけない何か」を探り当てるように、コツコツと時間をかけて。
一時間ほど経った頃。最後は「パカッ」と音が聞こえそうなほどあっけなく、岩が真っ二つに割れた。岩の内側は、中身の形に沿って、つるつるとした綺麗な窪みになっていた。
ふと、ヤードは小屋が徐々に明るくなっていくことに気づいた。中から現れた『それ(コア)』は透明で、不思議と吸い込まれそうな輝きを放っている。どこから見ても目が合っているような、中心に黒い点があるような、ないような……。
いつしかヤードは、明るく光るその球体を、長年遺物と向き合ってきた「研究者」の目線で見入ってしまっていた。
その時だ。それは一瞬強い光を放ち――空中に、一人の女性の姿を映し出した。
ヤードは確信した。いや、最初から確信していたのかもしれない。その女性は夢とは違い、触れられそうなほどの実体を伴って空中に現れていた。
ヤードはただ見とれていた。村の中では絶対に見たことがない、この世のものとは思えないほどの美しさだった。
黒い服に、白いエプロン。綺麗なフワフワした装飾と、白い頭の飾り。見たこともない様式の服だが、本当に綺麗だった。
しかし、その服から伸びる手と足は、白銀にキラキラと輝きを放っていた。だが、ヤードにとってそんな違和感はどうでもよかった。白銀の手足も、あの絶対防壁の山や海から流れ着く遺物から考えれば、十分に予測の範囲内だったからだ。無理もない。ヤードは物心ついた時から父親と漁に出て、遺物を収集し続けてきた「キャリア十年」の筋金入りの研究者なのだ。
ホログラムの女性はどこか別の場所を見て、何かを言っているように見えた。だが、ヤードと視線が合うことはない。
その姿を見ているうち、ヤードはまた「ハァ……ハァ……」と息を荒げ、心臓が口から飛び出そうなくらいに早鐘を打つのを抑えきれなくなっていた。小屋に一人きりだという状況も相まって、荒くなる息に身を任せる。
そして、ハァハァ言いながら小屋の入り口を振り返り、誰も来ていないことを確認する。ヤードは両手に持っていた丸い遺物コアをそっと布の上に置いた。
煩悩の向くまま、空中に浮かぶ女性の『下』に潜り込もうと決意したのだ。
仰向けに寝転がり、「ハァ……ハァ……」と息を荒げながら、足で地面を蹴ってジリジリとスカートの下へと進んでいく。
下腹部はすでに限界に来ていた。もう一回ドアの閉まりを確認し、さらにジリジリと進む。
(あと少し……ハァ……ハァ……見れる……ッ!)
ホログラムの女性の膝の上あたりまで、もう見えていた。さらに吐く息が荒くなるヤード。
もう、あの上にあるだろう『パンツ』を見るためなら、今誰かがドアを開けて入ってくることさえ、どうでもよくなっていた。
(パンツ……!)
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!
(パンツ……!)
あと少し……ッ!
(パンツ……!!)
あと十センチ……!! ハァ……ハァ……ッ!!
その時――ホログラムの女性と、バチッと目が合った気がした。
そう、見下ろすように『睨まれた』気がしたのだ。
「シュン」と微かな音を立てて、空中のホログラムは唐突に消え去った。
冷たい視線で睨まれたことで、ヤードの火照りは一気に冷め、我に返った。
「え?」
ヤードは、暗くなった小屋の中で激しく後悔した。そう……。
――『もう少し、早く進めばよかった』と。
そう、ヤードは煩悩の覚醒一歩手前であったのだ。