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9輪:タッ!タバ…

ー/ー




 ────それにしても暑過ぎる。


 明日に体育祭の予行練習が控えているのだが、美鎖子はその前に燃え尽きてしまいそうだった。

明後日の本番が雨になって延期にならないかな、なんて考えたけれど、
次の週まで太陽のマークが並んだ天気予報を思い出し、軽く絶望していた。


 これからビニールテープで作ったポンポンを割きに行かなければならない美鎖子は、その前に軽い休憩を取りたくなった。

なので始業式の日に、稜太郎と隠れたへ向かった。


 水筒の紐をブラブラと振りながら廊下を歩き、1階階段の踊り場の奥にあるドアの前に立つ。

それから誰にも見られていないか確認し、静かに、慎重にドアノブを回した。


美鎖子「フプスッ?!」

 誰もいないと思って開けたドアの目の前に人が座っていたので、美鎖子は変な声を出して驚いた。


三毛(みけ)稜太郎(りょうたろう)「…あっ」

美鎖子(みっ三毛くん!しかもタッ!タバ…コ?)

 美鎖子が目を大きく見開かせて固まっていると、
稜太郎は唇を器用に動かしてをすべて口の中に含み、ガリガリと音を立てながら噛み始めた。

そしてすべてを飲み込むと、口元を指差して「シュガーシガレット」と説明した。


美鎖子「あっあ…あぁ、ごっ御一服中のところ失礼致しました」

 美鎖子は開けたドアを閉めて、校舎内に戻ろうとした。

しかし閉じようとしたドアがいきなりガッと固まって、閉まらなくなった。


美鎖子(え?!)

 美鎖子がドアの下の方を確認すると、稜太郎ががっちりとドアを掴んで押さえていた。

まるでゾンビ映画のワンシーンのようだった。


美鎖子(なっなにぃ、なんですかぁ…)

 美鎖子は恐る恐るドアを開け直した。

すると稜太郎がこちらを真っ直ぐに見上げていた。


稜太郎「休みたかったんじゃないの?」

 稜太郎は首を傾けながら聞いた。

その優しさが胸に沁みて、美鎖子の表情筋が一瞬綻ぶ。

けれど美鎖子は首を横に振って顔に気合を入れ直すと、
「いやなんかもう大丈夫になりましたありがとうございました」と早口で言って再度ドアを閉めようとした。


稜太郎「なんか…!また気付いてないみたいだけど顔色悪いよ…!」

 稜太郎が声を張ったので、美鎖子はドアを閉めようとしていた手を止めた。

そしてもう片方の手で自分の顔に触れた。


美鎖子(…たしかに、冷たい)

 暑さで(ほて)っていたはずの頬は、何度触り直しても冷たかった。


 するとドアが勝手に大きく…いや、稜太郎がドアを開けた。

そして手招きすると、自分の横に座るようコンクリートの段差を軽く叩いた。

美鎖子は一瞬迷ったがお辞儀をするように頷いて、彼の横にゆっくりと腰を下ろした。


 稜太郎は何事もなかったかのようにジャージのポケットから箱を取り出し、シュガーシガレットを1本出した。

彼がシュガーシガレットをタバコのように咥える様子を見て、
美鎖子は“(サマ)になり過ぎてる”と思った。


 美鎖子もそんな稜太郎に感化され、水筒のカップにスポーツドリンクを注ぐと、お酒のようにちびちび飲み始めた。

そうやって飲みたくなったのだ。


美鎖子(……沈黙)

 始業式の日も沈黙の時間はあったけれど、それは稜太郎が美鎖子の名前を思い出そうとしてできた間だった。

けれど今回は…。

美鎖子は稜太郎の様子を盗み見たが、よく分からなかった。

そして“まぁ話すことないから良いんですけどね”とすぐに開き直った。


 美鎖子からして、稜太郎は色々と読めなかった。

稜太郎の元々の気質のせいなのか、
美鎖子の“三毛くんはツッパリだ”という固定概念が邪魔をしているせいなのか。

それとも美鎖子のが誰にでも使える代物ではないからなのか。


 美鎖子はそんなことを考えながら、稜太郎を横目で観察し始めた。

今日も軽くまとめられたリーゼントに小さい丸いサングラス。

レンズの色も透き通る深緑色のままだ。


 口元を見ると、咥えているシュガーシガレットが上下に揺れている。

右手首には緑色のハチマキが雑に巻かれていた。

お下がりなのか、少し黄ばんだ体操服が肩まで捲られていて、裏地がほつれたジャージのズボンも脛辺りまで捲られていた。


 の解像度高いなぁ、と美鎖子はつい感心してしまった。

さらに目線を下の方にやると、

赤いくるぶし丈の靴下のワンポイント刺繍であるビーグル犬と目が合った。


 美鎖子は気がつくと、目線だけでなく完全に身体ごと彼の方に向けていた。

なので正面にゆっくり向き直し、口を真一文字に結んだ。

途端に気まずさから逃げ出したくなり、手の甲で頬を触り体温を確かめた。


美鎖子(さっきよりマシ、かしら…でもまだ冷たいような…。
でもこの気まずさから早く解放されたい!)

 美鎖子はコップに残ったスポーツドリンクを急いで飲み干すと、コップを水筒に被せて勢いよく閉めた。

そして素早く立ち上がり「あの!もう!」と言ったその瞬間。

美鎖子の視界はゆっくりと、白くぼんやりとフェードアウトしていった。


美鎖子(あっ…脳貧血だ…やっちゃった…
低血圧ユーザー(?)としてあるまじき行為だよ…これは…)

 美鎖子が脳貧血だと客観視できた時には、もうすでに遅かった。





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 ────それにしても暑過ぎる。
 明日に体育祭の予行練習が控えているのだが、美鎖子はその前に燃え尽きてしまいそうだった。
明後日の本番が雨になって延期にならないかな、なんて考えたけれど、
次の週まで太陽のマークが並んだ天気予報を思い出し、軽く絶望していた。
 これからビニールテープで作ったポンポンを割きに行かなければならない美鎖子は、その前に軽い休憩を取りたくなった。
なので始業式の日に、稜太郎と隠れた《《あの場所》》へ向かった。
 水筒の紐をブラブラと振りながら廊下を歩き、1階階段の踊り場の奥にあるドアの前に立つ。
それから誰にも見られていないか確認し、静かに、慎重にドアノブを回した。
美鎖子「フプスッ?!」
 誰もいないと思って開けたドアの目の前に人が座っていたので、美鎖子は変な声を出して驚いた。
|三毛《みけ》|稜太郎《りょうたろう》「…あっ」
美鎖子(みっ三毛くん!しかもタッ!タバ…コ?)
 美鎖子が目を大きく見開かせて固まっていると、
稜太郎は唇を器用に動かして《《タバコらしきもの》》をすべて口の中に含み、ガリガリと音を立てながら噛み始めた。
そしてすべてを飲み込むと、口元を指差して「シュガーシガレット」と説明した。
美鎖子「あっあ…あぁ、ごっ御一服中のところ失礼致しました」
 美鎖子は開けたドアを閉めて、校舎内に戻ろうとした。
しかし閉じようとしたドアがいきなりガッと固まって、閉まらなくなった。
美鎖子(え?!)
 美鎖子がドアの下の方を確認すると、稜太郎ががっちりとドアを掴んで押さえていた。
まるでゾンビ映画のワンシーンのようだった。
美鎖子(なっなにぃ、なんですかぁ…)
 美鎖子は恐る恐るドアを開け直した。
すると稜太郎がこちらを真っ直ぐに見上げていた。
稜太郎「休みたかったんじゃないの?」
 稜太郎は首を傾けながら聞いた。
その優しさが胸に沁みて、美鎖子の表情筋が一瞬綻ぶ。
けれど美鎖子は首を横に振って顔に気合を入れ直すと、
「いやなんかもう大丈夫になりましたありがとうございました」と早口で言って再度ドアを閉めようとした。
稜太郎「なんか…!また気付いてないみたいだけど顔色悪いよ…!」
 稜太郎が声を張ったので、美鎖子はドアを閉めようとしていた手を止めた。
そしてもう片方の手で自分の顔に触れた。
美鎖子(…たしかに、冷たい)
 暑さで|熱《ほて》っていたはずの頬は、何度触り直しても冷たかった。
 するとドアが勝手に大きく…いや、稜太郎がドアを開けた。
そして手招きすると、自分の横に座るようコンクリートの段差を軽く叩いた。
美鎖子は一瞬迷ったがお辞儀をするように頷いて、彼の横にゆっくりと腰を下ろした。
 稜太郎は何事もなかったかのようにジャージのポケットから箱を取り出し、シュガーシガレットを1本出した。
彼がシュガーシガレットをタバコのように咥える様子を見て、
美鎖子は“|様《サマ》になり過ぎてる”と思った。
 美鎖子もそんな稜太郎に感化され、水筒のカップにスポーツドリンクを注ぐと、お酒のようにちびちび飲み始めた。
そうやって飲みたくなったのだ。
美鎖子(……沈黙)
 始業式の日も沈黙の時間はあったけれど、それは稜太郎が美鎖子の名前を思い出そうとしてできた間だった。
けれど今回は…。
美鎖子は稜太郎の様子を盗み見たが、よく分からなかった。
そして“まぁ話すことないから良いんですけどね”とすぐに開き直った。
 美鎖子からして、稜太郎は色々と読めなかった。
稜太郎の元々の気質のせいなのか、
美鎖子の“三毛くんはツッパリだ”という固定概念が邪魔をしているせいなのか。
それとも美鎖子の《《空気感知センサー》》が誰にでも使える代物ではないからなのか。
 美鎖子はそんなことを考えながら、稜太郎を横目で観察し始めた。
今日も軽くまとめられたリーゼントに小さい丸いサングラス。
レンズの色も透き通る深緑色のままだ。
 口元を見ると、咥えているシュガーシガレットが上下に揺れている。
右手首には緑色のハチマキが雑に巻かれていた。
お下がりなのか、少し黄ばんだ体操服が肩まで捲られていて、裏地がほつれたジャージのズボンも脛辺りまで捲られていた。
 《《ツッパリ》》の解像度高いなぁ、と美鎖子はつい感心してしまった。
さらに目線を下の方にやると、
赤いくるぶし丈の靴下のワンポイント刺繍であるビーグル犬と目が合った。
 美鎖子は気がつくと、目線だけでなく完全に身体ごと彼の方に向けていた。
なので正面にゆっくり向き直し、口を真一文字に結んだ。
途端に気まずさから逃げ出したくなり、手の甲で頬を触り体温を確かめた。
美鎖子(さっきよりマシ、かしら…でもまだ冷たいような…。
でもこの気まずさから早く解放されたい!)
 美鎖子はコップに残ったスポーツドリンクを急いで飲み干すと、コップを水筒に被せて勢いよく閉めた。
そして素早く立ち上がり「あの!もう!」と言ったその瞬間。
美鎖子の視界はゆっくりと、白くぼんやりとフェードアウトしていった。
美鎖子(あっ…脳貧血だ…やっちゃった…
低血圧ユーザー(?)としてあるまじき行為だよ…これは…)
 美鎖子が脳貧血だと客観視できた時には、もうすでに遅かった。