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5月12日火曜日

ー/ー



 「今の日本は狂っている!今こそ立ち上がる時だ!先人たちと同じ轍を踏むな!我が幸聖教(こうせいきょう)に入信すれば…」
 都会は鬱陶しい。空気は重く、汚く、煩い。辺り一帯、肉塊が蛆虫のように蠢いている。全く忌々しい…。
 「そこの人!今幸せですか!?」
 時代錯誤な宗教勧誘を行なっている集団の一人が声を掛けてきた。
 「…」
 「聞こえていますよね?そこの濃紺スーツに身を包んだツーブロックの方!そう、あなたですよ!」
 強引に手を掴まれ引っ張られる。
 「やめてください。これ、私が訴えたら暴行罪になりえますよ?」
 当然、齢40にして未だキャベツとレタスの違いもつかないような男にそのような知識があるはずもない。口から出任せだ。
 が、思った以上に効力はあったようだ。女はそそくさと広報活動を行なっている集団へと帰っていった。
 「今こそあなた達の内なるチャクラを開く時!海月(うみつき)様の教えを聞き入れなさい!」
 足が止まった。集団へと向き直り猛烈な勢いで足を運ぶ。
 「今、海月様とおっしゃいましたか?」
 「これはこれは、あなたはよほどの慧眼をお持ちであるとお見受けいたしましたよ。」
 反射的に胸ぐらをつかむ。
 「うるさい!今!あんたは確かに海月様と言ったな?」
 男は戸惑いながら俺の問いに答えた。
 「え、えぇ…はい、そう言いましたが…?」
 続けざまに俺は問いかける。
 「あんたたち皆、幸聖教とか言ったか?それの人間なのか!」
 遠巻きに見守っていた肉塊共がスマホで撮影を始めたが構わない。
 「答えろ!」
 「やめなさい!あなた高丘様に何を働いているの!」
 さっきの女が怒鳴りかかる。
 「暴行罪よ!暴行罪!誰か警察を呼んで!」
 余計なこと言わなければ良かった。
 「ちぃっ…よこせっ!」
 俺は近くにいた別の信者らしき男からチラシを奪い取り走り去った。
 「やっと…やっとだ…」
 このクソみたいな土地で暮らして6年。ついに足取りを掴んだ。俺は逸る気持ちを抑え、家へと帰った。
 「こんなクソみたいな土地でも、夜景だけは見物なんだよな。」
 俺はここら一帯でも有数の高層マンションに居を構えている。冴えないなりをしているわりにはな。
 冷蔵庫からビールを取り出しプルタブに指をかけたところで電話が鳴った。
 (知らない番号だ…)
 「もしもし…」
 電話口からは軽快な男の声が響いた。 
 「よぉ!斎藤(さいとう)!久しぶりだなぁ!」
 電話口の男は旧い付き合いの森見(もりみ)だった。
 「あぁ、久しぶりだな。どうしたんだいきなり。」
 「まぁ、積もる話は後にしてよ。先に言わせてくれ。本当に…すまなかった…。」
 「気にするなと何回も言っただろう。お前に落ち度なんて一切ないさ。」
 「俺に、もっと…発言力があれば…」
 「おいおい、俺が辛気臭い話嫌いなの知ってるだろ?」
 「でもよ…」
 「でもじゃねーよ。お前は悪くない。その話はこれでしめーだよ。」
 俺の妻と娘は6年前に死んだ。居眠り運転のトラックにはねられてそのまま。
 だが、それは表向きの話だ。実態は違う。俺の妻と娘は殺されたんだ。海月の手下にだ。
 「あの頃の俺がもっとキャリア積めてたらっ…」
 この男、森見は今でこそバリバリの刑事だが、当時は交番にいるおじちゃんだった。
 「そんなことより、森見。なぜ今電話をかけてきたんだ?」
 「…通報があったんだ。男が政治家に暴行を加えているって。」
 まさか、今の時代宗教家と政治家を間違える馬鹿が居るとはな。
 「それで?」
 「その通報した女性がさ動画を撮っていてよ。見させてもらったんだけど…あれお前だよな…?」
 「ご名答」
 「ご名答じゃねーよ。ったく、余計なことばっかりしやがってよ。すごかったんだぜ?動画見てるときにその政治家のおっさんが怒鳴り込んできてよ?「刃物を突きつけられた!」だなんて喚いてよ。」
 つくづくお花畑な連中だと再認識させられた。
 「で、一応聞くんだけどよ刃物なんか突きつけてないよな?」
 「当たり前だろ。」
 「ならよかったよ。お前に限ってそんなことするわけないと思ってたけどな!」
 「強ち間違いではないかもな。」
 「ん?どういうことだ?」
 「あの男、高丘とか言ったか?あいつ、幸聖教のおそらく幹部だ。」
 「あぁ、そうらしいな。幸聖教っつーと最近興された宗教だっけか?」
 「違う。名前を変えて再建しただけだ。」
 プルタブを開く。そのまま一口。
 「あいつらは…導祖の会だ…」
 「おいおい、そりゃいくらなんでも…」
 「海月様。やつらは確かにそう言ったんだ。」
 電話越しに森見が拳を叩きつけた。
 「出てきたんだな…ついに。」
 また一口。
 「さっきチラシを受け取った。いや奪ったかな?まあいい。早速だが今週の日曜にでも俺は見学に行こうと思う。」
 「おいおい、大丈夫なのか?見つかっちまったらお前…」
 「上手くやるさ。それにあのころの俺と今の俺とじゃ風貌が別人だ。」
 今の俺をジョン・ウィックと表現するなら、当時の俺はそこら辺のヒッピーのような風貌をしていた。
 「そうか、だがくれぐれも踏み込みすぎるなよ?危険だと感じたら直ぐに逃げて、警察に電話をかけるんだ。」
 「ご忠告痛み入るよ。じゃ、そろそろ失礼するよ。」
 「あぁ、捜査のご協力感謝致します。なんつって、じゃあな。」
 静寂が訪れた。最後に一口。
 俺は眠りについた。 


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 都会は鬱陶しい。空気は重く、汚く、煩い。辺り一帯、肉塊が蛆虫のように蠢いている。全く忌々しい…。
 「そこの人!今幸せですか!?」
 時代錯誤な宗教勧誘を行なっている集団の一人が声を掛けてきた。
 「…」
 「聞こえていますよね?そこの濃紺スーツに身を包んだツーブロックの方!そう、あなたですよ!」
 強引に手を掴まれ引っ張られる。
 「やめてください。これ、私が訴えたら暴行罪になりえますよ?」
 当然、齢40にして未だキャベツとレタスの違いもつかないような男にそのような知識があるはずもない。口から出任せだ。
 が、思った以上に効力はあったようだ。女はそそくさと広報活動を行なっている集団へと帰っていった。
 「今こそあなた達の内なるチャクラを開く時!海月《うみつき》様の教えを聞き入れなさい!」
 足が止まった。集団へと向き直り猛烈な勢いで足を運ぶ。
 「今、海月様とおっしゃいましたか?」
 「これはこれは、あなたはよほどの慧眼をお持ちであるとお見受けいたしましたよ。」
 反射的に胸ぐらをつかむ。
 「うるさい!今!あんたは確かに海月様と言ったな?」
 男は戸惑いながら俺の問いに答えた。
 「え、えぇ…はい、そう言いましたが…?」
 続けざまに俺は問いかける。
 「あんたたち皆、幸聖教とか言ったか?それの人間なのか!」
 遠巻きに見守っていた肉塊共がスマホで撮影を始めたが構わない。
 「答えろ!」
 「やめなさい!あなた高丘様に何を働いているの!」
 さっきの女が怒鳴りかかる。
 「暴行罪よ!暴行罪!誰か警察を呼んで!」
 余計なこと言わなければ良かった。
 「ちぃっ…よこせっ!」
 俺は近くにいた別の信者らしき男からチラシを奪い取り走り去った。
 「やっと…やっとだ…」
 このクソみたいな土地で暮らして6年。ついに足取りを掴んだ。俺は逸る気持ちを抑え、家へと帰った。
 「こんなクソみたいな土地でも、夜景だけは見物なんだよな。」
 俺はここら一帯でも有数の高層マンションに居を構えている。冴えないなりをしているわりにはな。
 冷蔵庫からビールを取り出しプルタブに指をかけたところで電話が鳴った。
 (知らない番号だ…)
 「もしもし…」
 電話口からは軽快な男の声が響いた。 
 「よぉ!斎藤《さいとう》!久しぶりだなぁ!」
 電話口の男は旧い付き合いの森見《もりみ》だった。
 「あぁ、久しぶりだな。どうしたんだいきなり。」
 「まぁ、積もる話は後にしてよ。先に言わせてくれ。本当に…すまなかった…。」
 「気にするなと何回も言っただろう。お前に落ち度なんて一切ないさ。」
 「俺に、もっと…発言力があれば…」
 「おいおい、俺が辛気臭い話嫌いなの知ってるだろ?」
 「でもよ…」
 「でもじゃねーよ。お前は悪くない。その話はこれでしめーだよ。」
 俺の妻と娘は6年前に死んだ。居眠り運転のトラックにはねられてそのまま。
 だが、それは表向きの話だ。実態は違う。俺の妻と娘は殺されたんだ。海月の手下にだ。
 「あの頃の俺がもっとキャリア積めてたらっ…」
 この男、森見は今でこそバリバリの刑事だが、当時は交番にいるおじちゃんだった。
 「そんなことより、森見。なぜ今電話をかけてきたんだ?」
 「…通報があったんだ。男が政治家に暴行を加えているって。」
 まさか、今の時代宗教家と政治家を間違える馬鹿が居るとはな。
 「それで?」
 「その通報した女性がさ動画を撮っていてよ。見させてもらったんだけど…あれお前だよな…?」
 「ご名答」
 「ご名答じゃねーよ。ったく、余計なことばっかりしやがってよ。すごかったんだぜ?動画見てるときにその政治家のおっさんが怒鳴り込んできてよ?「刃物を突きつけられた!」だなんて喚いてよ。」
 つくづくお花畑な連中だと再認識させられた。
 「で、一応聞くんだけどよ刃物なんか突きつけてないよな?」
 「当たり前だろ。」
 「ならよかったよ。お前に限ってそんなことするわけないと思ってたけどな!」
 「強ち間違いではないかもな。」
 「ん?どういうことだ?」
 「あの男、高丘とか言ったか?あいつ、幸聖教のおそらく幹部だ。」
 「あぁ、そうらしいな。幸聖教っつーと最近興された宗教だっけか?」
 「違う。名前を変えて再建しただけだ。」
 プルタブを開く。そのまま一口。
 「あいつらは…導祖の会だ…」
 「おいおい、そりゃいくらなんでも…」
 「海月様。やつらは確かにそう言ったんだ。」
 電話越しに森見が拳を叩きつけた。
 「出てきたんだな…ついに。」
 また一口。
 「さっきチラシを受け取った。いや奪ったかな?まあいい。早速だが今週の日曜にでも俺は見学に行こうと思う。」
 「おいおい、大丈夫なのか?見つかっちまったらお前…」
 「上手くやるさ。それにあのころの俺と今の俺とじゃ風貌が別人だ。」
 今の俺をジョン・ウィックと表現するなら、当時の俺はそこら辺のヒッピーのような風貌をしていた。
 「そうか、だがくれぐれも踏み込みすぎるなよ?危険だと感じたら直ぐに逃げて、警察に電話をかけるんだ。」
 「ご忠告痛み入るよ。じゃ、そろそろ失礼するよ。」
 「あぁ、捜査のご協力感謝致します。なんつって、じゃあな。」
 静寂が訪れた。最後に一口。
 俺は眠りについた。