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第88話 ロスヴァイセ

ー/ー



 その男の人生は誤りばかりだった。

 ただの嫉妬に駆られ血を分けた弟を殺した。

 彼は人類最初の殺人者として歴史に名を残し、放浪者となった。

 「名の無い神」によって死神とされた彼は、その神にとって都合の悪い人物を殺す装置のような存在となり、邪魔者を殺して殺して殺した。

 彼の名はカイン。

 世界の様々な神の台頭で自身の仕える神の影響力が相対的に衰えると、それぞれの勢力傘下のカインのような厄介者たちは「死神」という枠組みに押し込められ、それらを「知恵の神」の配下である「ヴァルキリー」が管理するようになった。

 死神を作り出す上で「知恵の神」は「名の無い神」の配下であるカインを参考にしてそれをシステム化した。

 かくしてカインは神々の調整を受けた世界最初の死神となったのだ。

 その在り方は「主君の邪魔者を狩る死神」であり、権能は「権能の妨害」となり対死神の兵器として活動した。

 死神の運用当初はヴァルキリーに抗おうとする者がいたからだ。

 カインはせめて死神としての第二の生こそは正しく生きようと心に誓った。

 ヴァルキリーの指示には完璧に従うように心がけた。そしていつしか彼は「序列第六位」と呼ばれるようになった。

 単純な力比べではない。戦闘力、忠誠心、貢献度、権能の強さなどを総合的に判断したヴァルキリーによる指標である。

 通常の死神では対処できないような案件は序列の上位者が派遣され事態を収拾することが多かった。

 その中で数度組んだ「序列第一位」ベオウルフ。

 圧倒的な実力を誇る上に、人付き合いの苦手なカインにも気さくに話しかけてくる彼はカインを困惑させた。

 彼よりも力のある者は皆、従順なカインを利用しようとしたからだ。罪を犯した彼はそれが償いだと考え、それを受け入れていた。

 だがベオウルフは違った。カインの失敗でベオウルフは彼を庇い傷を負ったこともある。

 単純な身体の性能であればカインの方が上であるのに。だがベオウルフはそれを鼻にかけることもなくただ笑ってみせた。

 そんな中“厄災”が地上を襲った。それが何だったかはシモン・マグスをしても未だに判明していない。

 だがヴァルキリー配下の術師が総がかりでバックアップをした十人の死神たちの力を持ってしてそれは撃退され、半数近くの犠牲を出した。

 そして生き残ったほとんどは後に「ウロボロス」のメンバーとなる。

 ベオウルフ。ジャンヌ・ダルク。坂上田村麻呂。カイン。レックス。オルフェウスの六名。

 そしてヴァルキリーに従順であり、大した権能を持たないレックス以外は「ヴァルキリーによる死神支配を揺るがしかねない過ぎた力の持ち主」として皆「ヴァルハラ」に幽閉された。

 そこにはかつてカインだけでは対処しきれずに無理やり転移された魔獣などで溢れており、転移した彼らの最初の仕事は傷付いた身でその魔獣たちを皆殺しにすることだった。

 激しい戦いの中でカインはベオウルフを新たな主とすることに決めた。

 その時々の最も強き者に仕えてきた彼はそれ以外の生き方を知らなかったからだ。

 ベオウルフもそれに応えるように「ウロボロス」を結成。捕らえたシモン・マグスに現世を観測させ、ヴァルキリーによる支配が揺らいだ際は自らが死神を統治すると宣言した。

 長い時を経て、それは来た。

 吸血鬼の一党が真祖を現世に呼び戻そうと「ヴァルハラ」の扉を開いたのだ。とっくにそれが殺されていることも知らずに。そして黒幕であるサンジェルマン伯爵も自らの手で始末した。「権能を妨害する」権能により彼の特性である転生魔術は効力を発揮しなかった。

 そして現世に「ヴァルハラ」の門を顕現させたヴァルキリーを力不足と判断した「ウロボロス」は行動を開始した。

 結果として彼は今、ヴァルキリーに負け塵と化しつつある。



「ロスヴァイセ! 返事をしろロスヴァイセ!」

 グリムゲルデの叫び声が響く。咄嗟に斬りつけたカインの一撃は思いのほか深かった。

 だがロスヴァイセの顔色は土気色で、死にゆくカインよりも重態に見えた。

「そうか、呪いは解けていたのか……」

 意味深なカインの言葉はグリムゲルデの声にかき消される。

 彼が怒らせた「名の無い神」はカインを殺した者に七倍の復讐があるように呪いをかけた。

 カインは最悪の場合ヴァルキリーをこの呪いで最低一人でも道連れにしようと思っていたが、死神に転生した際にその呪いは解けていたようだ。

 だが彼は自力でロスヴァイセに致命傷を負わせた。

 身体の半分以上が塵となり、ロスヴァイセの死を視認できない。しかしグリムゲルデの声の狼狽ぶりからその死が確実なのは把握できた。

「ベオウルフ、後は任せた……」

 カインは塵となり崩れ落ちた。



「ロスヴァイセ! 笑えない冗談だぞ!」

「お姉さま……一つだけお願いが、あるの……猫ちゃんたちの面倒を見てもらえないかしら……」

 一言ずつ途切れ途切れに、ロスヴァイセがグリムゲルデに懇願する。

「違う……! お前が生き残って面倒を見るんだ……! 約束しろ、生きて帰れ!」

「ごめんなさい……」

 それだけ言い残すとロスヴァイセの全身の力が抜けた。手にしていた折れた剣を取り落とす。

 グリムゲルデの仮面の下から涙がこぼれ落ちた。だが、今は感傷に浸っている時間ではない。

 坂上田村麻呂とベオウルフ。どちらを倒すべきか一瞬で答えを出す。

 ベオウルフと一矢、レックスの下へ直行することに決める。ベオウルフは片手で本気のレックスと打ち合い、もう一方で一矢を軽くあしらっている。

 ロスヴァイセの奇襲を参考に謁見の間からベオウルフの背後へと奇襲すべく転移する。

 さらに謁見の間からレックスたちの座標に転移しようとするが、国会議事堂の議場に転移してしまうグリムゲルデ。

「何故だ……!?」

「俺が転移者をこの空間に転移するように命令したからだよ。初回には間に合わなかったけど」

 空間が明るくなり、照らされるのはオルフェウス。元来気分屋であるため今回の戦いには参戦していないとシュヴェルトライテは見立てていた。

「カインが討たれるのはまあ、仕方のないことだった。でもうちのボスを討とうなんてのは見過ごせないな。ここで勝てば残るヴァルキリーは一騎だけ。到底現世の統治なんかできっこないね」

「それはお前が私を殺せればの話だ」

 そういう彼女への返事とばかりにオルフェウスの命令の音色が響く。既にグリムゲルデの首筋に彼女自身の剣が当てられていた。

「あっそう? じゃあ死んでもらおうかな」

 グリムゲルデの剣が勢いよく引かれ、自身の首元を裂いた。


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 その男の人生は誤りばかりだった。
 ただの嫉妬に駆られ血を分けた弟を殺した。
 彼は人類最初の殺人者として歴史に名を残し、放浪者となった。
 「名の無い神」によって死神とされた彼は、その神にとって都合の悪い人物を殺す装置のような存在となり、邪魔者を殺して殺して殺した。
 彼の名はカイン。
 世界の様々な神の台頭で自身の仕える神の影響力が相対的に衰えると、それぞれの勢力傘下のカインのような厄介者たちは「死神」という枠組みに押し込められ、それらを「知恵の神」の配下である「ヴァルキリー」が管理するようになった。
 死神を作り出す上で「知恵の神」は「名の無い神」の配下であるカインを参考にしてそれをシステム化した。
 かくしてカインは神々の調整を受けた世界最初の死神となったのだ。
 その在り方は「主君の邪魔者を狩る死神」であり、権能は「権能の妨害」となり対死神の兵器として活動した。
 死神の運用当初はヴァルキリーに抗おうとする者がいたからだ。
 カインはせめて死神としての第二の生こそは正しく生きようと心に誓った。
 ヴァルキリーの指示には完璧に従うように心がけた。そしていつしか彼は「序列第六位」と呼ばれるようになった。
 単純な力比べではない。戦闘力、忠誠心、貢献度、権能の強さなどを総合的に判断したヴァルキリーによる指標である。
 通常の死神では対処できないような案件は序列の上位者が派遣され事態を収拾することが多かった。
 その中で数度組んだ「序列第一位」ベオウルフ。
 圧倒的な実力を誇る上に、人付き合いの苦手なカインにも気さくに話しかけてくる彼はカインを困惑させた。
 彼よりも力のある者は皆、従順なカインを利用しようとしたからだ。罪を犯した彼はそれが償いだと考え、それを受け入れていた。
 だがベオウルフは違った。カインの失敗でベオウルフは彼を庇い傷を負ったこともある。
 単純な身体の性能であればカインの方が上であるのに。だがベオウルフはそれを鼻にかけることもなくただ笑ってみせた。
 そんな中“厄災”が地上を襲った。それが何だったかはシモン・マグスをしても未だに判明していない。
 だがヴァルキリー配下の術師が総がかりでバックアップをした十人の死神たちの力を持ってしてそれは撃退され、半数近くの犠牲を出した。
 そして生き残ったほとんどは後に「ウロボロス」のメンバーとなる。
 ベオウルフ。ジャンヌ・ダルク。坂上田村麻呂。カイン。レックス。オルフェウスの六名。
 そしてヴァルキリーに従順であり、大した権能を持たないレックス以外は「ヴァルキリーによる死神支配を揺るがしかねない過ぎた力の持ち主」として皆「ヴァルハラ」に幽閉された。
 そこにはかつてカインだけでは対処しきれずに無理やり転移された魔獣などで溢れており、転移した彼らの最初の仕事は傷付いた身でその魔獣たちを皆殺しにすることだった。
 激しい戦いの中でカインはベオウルフを新たな主とすることに決めた。
 その時々の最も強き者に仕えてきた彼はそれ以外の生き方を知らなかったからだ。
 ベオウルフもそれに応えるように「ウロボロス」を結成。捕らえたシモン・マグスに現世を観測させ、ヴァルキリーによる支配が揺らいだ際は自らが死神を統治すると宣言した。
 長い時を経て、それは来た。
 吸血鬼の一党が真祖を現世に呼び戻そうと「ヴァルハラ」の扉を開いたのだ。とっくにそれが殺されていることも知らずに。そして黒幕であるサンジェルマン伯爵も自らの手で始末した。「権能を妨害する」権能により彼の特性である転生魔術は効力を発揮しなかった。
 そして現世に「ヴァルハラ」の門を顕現させたヴァルキリーを力不足と判断した「ウロボロス」は行動を開始した。
 結果として彼は今、ヴァルキリーに負け塵と化しつつある。
「ロスヴァイセ! 返事をしろロスヴァイセ!」
 グリムゲルデの叫び声が響く。咄嗟に斬りつけたカインの一撃は思いのほか深かった。
 だがロスヴァイセの顔色は土気色で、死にゆくカインよりも重態に見えた。
「そうか、呪いは解けていたのか……」
 意味深なカインの言葉はグリムゲルデの声にかき消される。
 彼が怒らせた「名の無い神」はカインを殺した者に七倍の復讐があるように呪いをかけた。
 カインは最悪の場合ヴァルキリーをこの呪いで最低一人でも道連れにしようと思っていたが、死神に転生した際にその呪いは解けていたようだ。
 だが彼は自力でロスヴァイセに致命傷を負わせた。
 身体の半分以上が塵となり、ロスヴァイセの死を視認できない。しかしグリムゲルデの声の狼狽ぶりからその死が確実なのは把握できた。
「ベオウルフ、後は任せた……」
 カインは塵となり崩れ落ちた。
「ロスヴァイセ! 笑えない冗談だぞ!」
「お姉さま……一つだけお願いが、あるの……猫ちゃんたちの面倒を見てもらえないかしら……」
 一言ずつ途切れ途切れに、ロスヴァイセがグリムゲルデに懇願する。
「違う……! お前が生き残って面倒を見るんだ……! 約束しろ、生きて帰れ!」
「ごめんなさい……」
 それだけ言い残すとロスヴァイセの全身の力が抜けた。手にしていた折れた剣を取り落とす。
 グリムゲルデの仮面の下から涙がこぼれ落ちた。だが、今は感傷に浸っている時間ではない。
 坂上田村麻呂とベオウルフ。どちらを倒すべきか一瞬で答えを出す。
 ベオウルフと一矢、レックスの下へ直行することに決める。ベオウルフは片手で本気のレックスと打ち合い、もう一方で一矢を軽くあしらっている。
 ロスヴァイセの奇襲を参考に謁見の間からベオウルフの背後へと奇襲すべく転移する。
 さらに謁見の間からレックスたちの座標に転移しようとするが、国会議事堂の議場に転移してしまうグリムゲルデ。
「何故だ……!?」
「俺が転移者をこの空間に転移するように命令したからだよ。初回には間に合わなかったけど」
 空間が明るくなり、照らされるのはオルフェウス。元来気分屋であるため今回の戦いには参戦していないとシュヴェルトライテは見立てていた。
「カインが討たれるのはまあ、仕方のないことだった。でもうちのボスを討とうなんてのは見過ごせないな。ここで勝てば残るヴァルキリーは一騎だけ。到底現世の統治なんかできっこないね」
「それはお前が私を殺せればの話だ」
 そういう彼女への返事とばかりにオルフェウスの命令の音色が響く。既にグリムゲルデの首筋に彼女自身の剣が当てられていた。
「あっそう? じゃあ死んでもらおうかな」
 グリムゲルデの剣が勢いよく引かれ、自身の首元を裂いた。