第89話 巨人の剣
ー/ー オルフェウスの竪琴による命令でグリムゲルデは自らの首を斬る。倒れ伏すグリムゲルデ。
議場の階段を降りながら、グリムゲルデに接近するオルフェウス。
「一丁上がりってとこかな。しかしまあ、なんとも呆気ない……」
オルフェウスは死体を確認しようと接近する途中で違和感に気付き竪琴をかき鳴らす。グリムゲルデに無数の音による衝撃波が放たれる。
跳ね起きたグリムゲルデがそれを回避する。普段顔にしている仮面は砕けていた。
仮面による「加護」によって致命傷を避けたのだ。
「ズルいなあ。それ。確実に殺ったと思ったんだけどなあ」
そう言いながらもオルフェウスは攻撃の手を休めない。議場の机や椅子が次々と切断され、間一髪でグリムゲルデはそれを躱していく。
オルフェウスが再度の自害命令を出さないのは単純にグリムゲルデとの距離が近く、攻撃し続けるしかないことと、さらなる奥の手が彼女にないか警戒していたからだ。
自害命令が不発に終わればオルフェウスの命はない。
「所詮元十位か? 随分攻撃が単調だ」
「口が悪いな。これ一筋で上り詰めたと言ってくれないか」
軽口を叩きながらもオルフェウスは疑心暗鬼に陥っている。
霊力と時間さえかければシュヴェルトライテの攻撃のような、自身以外の全てをズタズタにする渾身の一撃を放つことはできた。
だがかつて「振り向いてはいけない場所」で振り向き、妻を失った経験のある彼は死神となってから生前以上に慎重になっていた。故に攻め切らない。いや、攻めきれない。
元が戦闘向きでない彼はこのまま斬撃を飛ばし続ければ霊力不足に陥り、グリムゲルデに討たれるだろう。
しかし、敵であるヴァルキリーは自ら斬撃の威力の強化圏内に踏み込んできた。彼にとって願ってもない好機だ。
(逸ったな! ヴァルキリー!)
だが、グリムゲルデの行動はオルフェウスの想像を超えていた。
一本しかない剣を彼に向けて投げつけたのだ。位置は心臓を正確に狙っている。
驚きはしたが造作もなくその剣を音の衝撃波で弾き飛ばすオルフェウス。
丸腰になったグリムゲルデに止めの一撃を放つべく竪琴をかき鳴らそうとするが、そこにあるべき竪琴が無かった。
「え……?」
彼の左腕が切断され、竪琴を抱えたまま床に落ちていた。何が起こったのか理解が追いつかず、竪琴を拾うこともできずに床に広がる血だまりを見つめる。
オルフェウスの弾いた剣が彼の左腕を切断したのだ。
無論彼はその程度のへまはしない。自身に当たらないように剣を弾く程度のコントロールはできる。だが、結果として腕は斬られた。
「俺の負けみたいだ。最後に何で俺が負けたか教えてもらえないかな?」
「お前、自分にヴァルキリーの権能が効かないからといって存在を忘れていたな?」
グリムゲルデが手を伸ばすと、オルフェウスの腕を切断した剣が宙を舞い彼女の手に収まる。
「剣に霊力を注ぎ込み、疑似的な死神にした。後は言わなくてもわかるだろう」
オルフェウスは納得したような、呆れたような顔でグリムゲルデを見る。
つまり彼女はオルフェウスに剣を弾かれるのを前提に、ヴァルキリーの権能で弾かれた後の剣の軌道を操作していたのだ。
彼にあえて剣をへし折るようなリスクを冒す精神があれば、負けていたのはグリムゲルデだった。
「読まれてたわけだ。俺の詰めの甘さが」
近づいてくるグリムゲルデに対し、それを受け入れるように残った右腕を広げる。
「意外と潔いな。楽に逝かせてやる」
だが次の瞬間、オルフェウスは足元の竪琴の弦を蹴り飛ばした。先ほどまでとの演奏とは打って変わった不協和音が響く。
彼が悪あがきで放った弱々しい斬撃はグリムゲルデに容易く弾かれる。
「前言撤回だ」
オルフェウスの胸に剣が突き刺され、心臓が貫かれる。オルフェウスは塵となり、第二の敗北者となった。
カインとオルフェウスの立て続けの死に何かを感じたのか、坂上田村麻呂の太刀筋に乱れが生じる。それを見逃すティルヴィングではなかった。
「畳み掛けろ! 姐さん!」
「お前の方が、年上、だ!」
坂上が持ち出した第三権能「鎮国剣」は強力無比かつ、特殊な能力をその刀身に宿していた。
皇位継承の証ともされた「守護」を司る宝剣。今回坂上は自身の「理想」を守るためにその剣を抜いた。
ティルヴィングと椿のコンビネーションは悪くない。例えそれが「ウロボロス」の死神相手でもだ。だが「理想」を背負った坂上に叶うものではない。
「姐さん! 正攻法じゃ無理だ! どうにか惑わしてくれ!」
「全部口に出すやつがあるか!」
対する坂上は無言で剣を振るう。ベオウルフの成し得る理想の世界をイメージして。
「坂上田村麻呂! どうしてお前のような男が長年かけて日本という国が創り上げた秩序を破壊しようとする! 国を守るために戦ったんだろう!?」
「……最早『国』という単位で人類を統治する時代が終わったのだ。優れた帝が政を執るように、カグツチや吸血鬼によって破壊された秩序を死神が統治するのである」
そう言いながらも坂上の太刀筋に迷いがあるようにティルヴィングは感じる。
剣の身である彼は坂上の振るう刃をその身で受けているからである。
「だがその結果が死神の戦国時代だろう!? そうならないように私たちやヴァルキリーと手を取る選択肢はないのか!?」
「ベオウルフ一人下せなくて何が死神の管理者だ!」
ティルヴィングは悟った。坂上は「ウロボロス」の思想に完全に同調しているわけではない。この男を納得させるにはベオウルフを倒すことのできるような実力を示すことができればいいということに。
同時に彼は考える。死力を尽くし犠牲を払って坂上に挑むのと、ベオウルフの敗北に賭けるのはどちらに分があるかと。
「椿の姐さん! 全部俺が引き受けるから、あっちの様子を見てくれ!」
二人の間には剣と主という奇妙な信頼関係が結ばれつつあった。
椿はすかさずベオウルフと一矢たちを見る。
そこにはレックスが両断され転がっていた。死んではいないようだが、再生は間に合いそうにない。
そして一矢。彼はどういうわけか黄金の柄に身の丈を超える程の刀身の大剣を手にしていた。
それこそがベオウルフの権能「巨人の剣」であった。
一対一。絶体絶命の時にしか発動できない絶大な唯一の権能である。
彼自身が発動条件を満たすことがほぼなかったため、未知数だった権能。
両手の剣を折られたベオウルフは初めて一矢を前にして焦っている自分を感じた。
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