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第87話 剣の舞

ー/ー



 ベオウルフのフルンティングとネイリングは特別な能力のない刀剣だった。

 対する空亡(くうぼう)白鴉(しろがらす)も刀としては一級品だがこれらにもそれ以上の能力はない。

 武器の条件は同じ。

 使い手の力量はというと、一矢の剣術の腕は今までの経験から実力を上げたが上位の死神に食い込むほどではない。

 一方レックスには生前磨いた武技もあるが、死神になってからも研鑽を怠らなかった彼の剣技は既に伸びしろがないところにまで達している。

 対するベオウルフ。異常なまでの素手での戦闘の強さという点で見過ごされがちだが、彼は元「序列第一位」の死神である。剣術での戦闘が弱いわけではない。

 一矢の果敢な攻めは片手のネイリングで軽くあしらわれ、もう一方のフルンティングでレックスの猛攻を受け流す。

 ベオウルフの中でもネイリングは欠陥品のようなものだった。生前彼が竜を斬りつけたところその力に耐えられず、へし折れてしまったのだ。

 だからこそ実力的に本気を出す必要のない一矢にはネイリングで対処し、序列差はあるものの油断のできないレックスにはフルンティングで対応する。

(クソ! 相手にされてない! ならせめて片腕だけでも俺に集中するように立ち回る。……レックスの足を引っ張るような真似はしない!)

 一矢は最強の死神と斬り合いながら、自身がまるで相手にされていないことを把握する。

 ベオウルフが一矢を殺しに来ないのは、その隙にレックスが何らかの策を仕掛けてくることを警戒しているからだ。

 ならば他の勝負が決まるまで時間を稼ぎ、手の空いた者に潰させればいい。そう彼は考えている。

 だがその予想と反して坂上田村麻呂とカインの戦況は芳しくないように見えた。



 ロスヴァイセとグリムゲルデは次第にカインを追い詰めていく。

 一歩、また一歩と後退していく彼をグリムゲルデが責め立て、騎乗したロスヴァイセがすれ違いながら斬りつける。

 だが次第にグリムゲルデはカインの狙いに気付く。国会議事堂の建造物を背にする地点まで後退しようとしているのだ。

 背後が封じられれば、正面からぶつかり合うカインとグリムゲルデの間にロスヴァイセが介入する隙がなくなる。

 彼が背後の壁にしようとしているのは、議員が車から降りる場と外を隔てる四本の石柱。

 単純なカインとグリムゲルデの剣戟であればグリムゲルデの勝率は大幅に下がる。

 カインは人類で最初の殺人者であり、世界で初めての死神であった。

 まだヴァルキリーが存在せず、神が直接彼を管理していた時代である。

 限りなく神に近い性能を持った死神。

 剣術、武術は未熟だがそれを補って余りあるほどの暴力を身に宿していた。

 グリムゲルデがほんの一瞬力負けして隙を作るだけで、仮面の「加護」など一撃で破壊されてしまうだろう。

 かと言って彼が後退し過ぎないように手加減をして打ち合う技量は彼女にはない。

 ロスヴァイセはこの事実に気付いていない。右から左から、カインのことを斬りつける。

 その都度カインはよろめくように少しずつ後ろに下がっていく。だが彼の真意をロスヴァイセに伝えるわけにはいかない。

 そうすれば彼女は馬を降りて前後から挟み撃ちしようと試みるだろう。末妹であるロスヴァイセに暴力の権化であるカインと打ち合うほどの実力は無いからだ。



 そして椿、ティルヴィングのコンビと坂上田村麻呂は終始椿側が坂上を圧倒しているように見えた。

 坂上は悪霊の集合体から在り方を変えたティルヴィングに対して対異形用の刀である第二権能「素早丸」(そはやまる)を封じ、主力としている刀の第一権能「黒漆丸」に持ち替え戦っていた。

 椿にもそれなりに剣術の素養はあったが、かつて大鬼を討ち取ったような大剣豪に勝るはずもない。

 故にその動きは何百、何千と戦いを積み重ねてきたティルヴィングによって修正される。

 また彼により坂上の太刀筋は読まれ、優位に戦いを進められる要因となっていた。

 しかしそれは彼が身に宿す霊が燃料として続く間の話だ。その時間が過ぎれば椿程度の使い手など一瞬で真っ二つにされるだろう。

「おい。今の受け方はなんだ。腕が折れるかと思ったぞ」

「あんたが合わせてくれよ。下手だなあ」

 そう軽口を叩きながらも坂上の猛攻を捌き、攻め続ける二人。すると坂上は突然距離を取り、動きが突然止まった。

「そちらの剣が力尽きるまで耐え忍ぶのも一つの手段である。が、それは誇りある戦いではない。帝に献上した以上、そう何度も用いるのは不本意ではあるが使わせてもらおう。第三権能……『鎮国剣』」

 彼が今手にしているのは「守護」を司る宝剣。皇位継承の証ともされ、様々な逸話を持つもの。

 「根源抜刀」したティルヴィングを打ち破ったその剣が坂上の理想を守るため、再び彼の前に立ち塞がる。

「何だあれは。よくもあんな権能を死神に持たせたものだ。あいつの使い方次第でこの国程度ならひっくり返るぞ」

「だから俺も負けたんだよ。この国にもそういう死神が必要な時代があったってこった!」

 無意識のうちに椿は手にしたティルヴィングの出力を上げる。「この怪物をベオウルフに合流させてはならない」と本能が告げていた。

 カインも坂上田村麻呂もただ追い詰められていたのではない。それぞれの策に従い逆転を狙っているだけだった。



 そして最初に決着が付いたのはヴァルキリー二騎とカインの勝負。

 石柱にまで追い詰められたカインは、ロスヴァイセによる干渉を受けなくなった。

 背後が塞がっている以上、カインとグリムゲルデの激しい斬り合いの中で騎馬のロスヴァイセが介入することができないのだ。

「焦るなロスヴァイセ! 二体一に持ち込もうなどとは考えるな!」

 グリムゲルデが戸惑うロスヴァイセへと警告する。そう言いながらもグリムゲルデは、力任せのカインの一撃を受けるごとに腕が痺れていくのを感じる。

 位置的にはカインを追い詰めているように見えても、その実攻め手に欠けているのは彼女の方だった。

 だが手の空いたロスヴァイセの行動により状況は一変する。騎乗したまま彼女は姿を消したのだ。

 他の勝負に手を出しにいったのか、何か奇抜な策を思いついたのか。

 そのどちらかだとグリムゲルデは考える。ロスヴァイセの発想はグリムゲルデにも想像がつかない。

 が、唯一の妹を信じるしかない。

 圧倒的な力との打ち合いでグリムゲルデから手の感覚が消えた。

 太刀筋からカインもそれを見逃さない。止めの強烈な一撃をグリムゲルデに叩き込もうとした瞬間。背後から轟音と衝撃がカインを襲う。

「ばっかやろー!」

 ロスヴァイセは謁見の間を通じて一度戦場から姿を消し、石柱の後ろに自身を再召喚。

 それ以降石柱に隠れていた。戦場に溢れる霊力に紛れるように存在を小さくして。

 そして姉を狙った大きな一撃が繰り出されるのを感知して馬と剣にありったけの霊力を注ぎ込み、石柱を破壊しながらカインを貫いたのだ。

 反射的にカインは筋力で剣をへし折り、背後のロスヴァイセを斬りつける。

 だがその隙をグリムゲルデは見逃さなかった。彼女の剣は心臓を正確に貫いていた。

 対「ウロボロス」最終決戦。第一の敗北者はカインだった。


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 ベオウルフのフルンティングとネイリングは特別な能力のない刀剣だった。
 対する|空亡《くうぼう》と|白鴉《しろがらす》も刀としては一級品だがこれらにもそれ以上の能力はない。
 武器の条件は同じ。
 使い手の力量はというと、一矢の剣術の腕は今までの経験から実力を上げたが上位の死神に食い込むほどではない。
 一方レックスには生前磨いた武技もあるが、死神になってからも研鑽を怠らなかった彼の剣技は既に伸びしろがないところにまで達している。
 対するベオウルフ。異常なまでの素手での戦闘の強さという点で見過ごされがちだが、彼は元「序列第一位」の死神である。剣術での戦闘が弱いわけではない。
 一矢の果敢な攻めは片手のネイリングで軽くあしらわれ、もう一方のフルンティングでレックスの猛攻を受け流す。
 ベオウルフの中でもネイリングは欠陥品のようなものだった。生前彼が竜を斬りつけたところその力に耐えられず、へし折れてしまったのだ。
 だからこそ実力的に本気を出す必要のない一矢にはネイリングで対処し、序列差はあるものの油断のできないレックスにはフルンティングで対応する。
(クソ! 相手にされてない! ならせめて片腕だけでも俺に集中するように立ち回る。……レックスの足を引っ張るような真似はしない!)
 一矢は最強の死神と斬り合いながら、自身がまるで相手にされていないことを把握する。
 ベオウルフが一矢を殺しに来ないのは、その隙にレックスが何らかの策を仕掛けてくることを警戒しているからだ。
 ならば他の勝負が決まるまで時間を稼ぎ、手の空いた者に潰させればいい。そう彼は考えている。
 だがその予想と反して坂上田村麻呂とカインの戦況は芳しくないように見えた。
 ロスヴァイセとグリムゲルデは次第にカインを追い詰めていく。
 一歩、また一歩と後退していく彼をグリムゲルデが責め立て、騎乗したロスヴァイセがすれ違いながら斬りつける。
 だが次第にグリムゲルデはカインの狙いに気付く。国会議事堂の建造物を背にする地点まで後退しようとしているのだ。
 背後が封じられれば、正面からぶつかり合うカインとグリムゲルデの間にロスヴァイセが介入する隙がなくなる。
 彼が背後の壁にしようとしているのは、議員が車から降りる場と外を隔てる四本の石柱。
 単純なカインとグリムゲルデの剣戟であればグリムゲルデの勝率は大幅に下がる。
 カインは人類で最初の殺人者であり、世界で初めての死神であった。
 まだヴァルキリーが存在せず、神が直接彼を管理していた時代である。
 限りなく神に近い性能を持った死神。
 剣術、武術は未熟だがそれを補って余りあるほどの暴力を身に宿していた。
 グリムゲルデがほんの一瞬力負けして隙を作るだけで、仮面の「加護」など一撃で破壊されてしまうだろう。
 かと言って彼が後退し過ぎないように手加減をして打ち合う技量は彼女にはない。
 ロスヴァイセはこの事実に気付いていない。右から左から、カインのことを斬りつける。
 その都度カインはよろめくように少しずつ後ろに下がっていく。だが彼の真意をロスヴァイセに伝えるわけにはいかない。
 そうすれば彼女は馬を降りて前後から挟み撃ちしようと試みるだろう。末妹であるロスヴァイセに暴力の権化であるカインと打ち合うほどの実力は無いからだ。
 そして椿、ティルヴィングのコンビと坂上田村麻呂は終始椿側が坂上を圧倒しているように見えた。
 坂上は悪霊の集合体から在り方を変えたティルヴィングに対して対異形用の刀である第二権能|「素早丸」《そはやまる》を封じ、主力としている刀の第一権能「黒漆丸」に持ち替え戦っていた。
 椿にもそれなりに剣術の素養はあったが、かつて大鬼を討ち取ったような大剣豪に勝るはずもない。
 故にその動きは何百、何千と戦いを積み重ねてきたティルヴィングによって修正される。
 また彼により坂上の太刀筋は読まれ、優位に戦いを進められる要因となっていた。
 しかしそれは彼が身に宿す霊が燃料として続く間の話だ。その時間が過ぎれば椿程度の使い手など一瞬で真っ二つにされるだろう。
「おい。今の受け方はなんだ。腕が折れるかと思ったぞ」
「あんたが合わせてくれよ。下手だなあ」
 そう軽口を叩きながらも坂上の猛攻を捌き、攻め続ける二人。すると坂上は突然距離を取り、動きが突然止まった。
「そちらの剣が力尽きるまで耐え忍ぶのも一つの手段である。が、それは誇りある戦いではない。帝に献上した以上、そう何度も用いるのは不本意ではあるが使わせてもらおう。第三権能……『鎮国剣』」
 彼が今手にしているのは「守護」を司る宝剣。皇位継承の証ともされ、様々な逸話を持つもの。
 「根源抜刀」したティルヴィングを打ち破ったその剣が坂上の理想を守るため、再び彼の前に立ち塞がる。
「何だあれは。よくもあんな権能を死神に持たせたものだ。あいつの使い方次第でこの国程度ならひっくり返るぞ」
「だから俺も負けたんだよ。この国にもそういう死神が必要な時代があったってこった!」
 無意識のうちに椿は手にしたティルヴィングの出力を上げる。「この怪物をベオウルフに合流させてはならない」と本能が告げていた。
 カインも坂上田村麻呂もただ追い詰められていたのではない。それぞれの策に従い逆転を狙っているだけだった。
 そして最初に決着が付いたのはヴァルキリー二騎とカインの勝負。
 石柱にまで追い詰められたカインは、ロスヴァイセによる干渉を受けなくなった。
 背後が塞がっている以上、カインとグリムゲルデの激しい斬り合いの中で騎馬のロスヴァイセが介入することができないのだ。
「焦るなロスヴァイセ! 二体一に持ち込もうなどとは考えるな!」
 グリムゲルデが戸惑うロスヴァイセへと警告する。そう言いながらもグリムゲルデは、力任せのカインの一撃を受けるごとに腕が痺れていくのを感じる。
 位置的にはカインを追い詰めているように見えても、その実攻め手に欠けているのは彼女の方だった。
 だが手の空いたロスヴァイセの行動により状況は一変する。騎乗したまま彼女は姿を消したのだ。
 他の勝負に手を出しにいったのか、何か奇抜な策を思いついたのか。
 そのどちらかだとグリムゲルデは考える。ロスヴァイセの発想はグリムゲルデにも想像がつかない。
 が、唯一の妹を信じるしかない。
 圧倒的な力との打ち合いでグリムゲルデから手の感覚が消えた。
 太刀筋からカインもそれを見逃さない。止めの強烈な一撃をグリムゲルデに叩き込もうとした瞬間。背後から轟音と衝撃がカインを襲う。
「ばっかやろー!」
 ロスヴァイセは謁見の間を通じて一度戦場から姿を消し、石柱の後ろに自身を再召喚。
 それ以降石柱に隠れていた。戦場に溢れる霊力に紛れるように存在を小さくして。
 そして姉を狙った大きな一撃が繰り出されるのを感知して馬と剣にありったけの霊力を注ぎ込み、石柱を破壊しながらカインを貫いたのだ。
 反射的にカインは筋力で剣をへし折り、背後のロスヴァイセを斬りつける。
 だがその隙をグリムゲルデは見逃さなかった。彼女の剣は心臓を正確に貫いていた。
 対「ウロボロス」最終決戦。第一の敗北者はカインだった。