表示設定
表示設定
目次 目次




第82話 もう一組の師弟

ー/ー



 元いたどこまでも広がる砂浜に転移する「ウロボロス」の四人。

 かつては人数分の椅子が砂浜に置いてあったがジャンヌの分の椅子はなくなっており、改めて彼女の死を実感させる。

「ってえ……間一髪ってとこだ。次はもう少し早めの転移を願いたいね」

 全身の切傷に加えて右腕を切断されたオルフェウスが痛みを堪えながら、自身の椅子に座りベオウルフへ苦言を呈する。

「いや、あの面妖な権能のヴァルキリーさえ討ち取れば我らの勝利は必定というもの。この転移は好機を逃したのではあるまいか」

「じゃあ俺はあのまま死ねってこと? へえ、結界の礎はどうするのかなあ?」

 ティルヴィングを撃破した坂上田村麻呂が憮然とした態度で告げるが、即座にオルフェウスが反論する。

 山手結界の各駅の礎をヴァルハラ化し「ウロボロス」に隷属させるには彼の「命令」に特化した演奏が必要だった。

 モルガンによる魔術でも代替が可能ではあるが、遠隔による魔術である以上何らかの妨害を受けかねない。

「……今すべきことは仲間割れではない。次の計画に速やかに移行することだ」

「カインの言う通りだ。僕たちはジャンヌの死を悼み、必ず地上をヴァルキリーから奪還しなくてはいけない」

 カインとベオウルフが二人を仲裁するが、オルフェウスはカインを非難めいた目で睨む。

 レックスを抑えられず、シュヴェルトライテと合流させ厄介な状況を作り出したのは彼だからだ。カイン自身もそのことを自覚している。

「計画を移行する。田村麻呂、カイン、オルフェウスのチームと僕とモルガンのチームに分かれる。もうヴァルキリーには十分な戦力は無い。二手で駅を潰していき結界を破壊する」

 浜辺を歩きながらベオウルフが指示を飛ばす。万が一ジャンヌの権能に頼れなくなった際の計画だった。

「そしてシモン・マグス、いるんだろう? 君にも手伝ってもらいたいことがある」

 彼が何もない場所に剣を向けると慌てた様子で細身の魔術師が姿を現す。

 シモン・マグス。

 二千年以上の時を生きる魔術師であり、並行世界「プレローマ」の召喚に成功した人類史上最高の召喚術師である。

 彼はその偉業を成し遂げた後、ヴァルキリーに目を付けられる前にすぐさま自身を「ヴァルハラ」に召喚した。

 手に負えない魔獣、幻獣などが跋扈する世界で彼は魔術の力で生き延び「プレローマ」を限りなく現世に近い世界になるように適宜干渉していた。

 彼にとっては充実した時間であった。

 そこはヴァルキリーも手出しが出来ない場所であり、気になる事があれば「プレローマ」越しに世界を観察すればいいのだから。

 ある日、五人の死神が送り込まれてくるまでは。

 彼らは直前まで「何か」と激しい戦闘をしていたようで全員がボロボロだった。

 そして彼らはその負傷した身のままで魔獣や幻獣を狩り始めたのである。シモン・マグスは容易く捕らえられ、素性を問い質された。

 結果として害のない存在だと見なされた彼は生かされ「プレローマ」を通じた現世の観測員扱いをされるようになったのだった。

 今回死神たちが「ウロボロス」として決起した際にも、要注意人物の権能を世界を遡って確認させられ、モルガンと同じく「ウロボロス」の協力員のような形になっていた。

 結果として今、彼はベオウルフによって世界の破壊への参加を強制されている。

「待って欲しい。そもそも協力は一度だけという話だったじゃないか……!」

「状況が変わったんだよ。『プレローマ』を通じてヴァルキリーの動きを逐一報告すること。それだけだ。やってくれるね?」

 ベオウルフの有無を言わさない視線に、研究一筋の魔術師だった彼は震え上がる。

 不本意ながら現世への再召喚を行おうとするが、既にモルガンによる何らかの魔術で妨害されているようで逃げられない。

「返事は?」

「答える必要ないよ。お師匠さん」

 空間から聞き覚えのある声がした。最後に会ってから何百年経っただろうか。

 彼を「お師匠さん」と呼ぶような弟子は一人しかいない。

 かつて極東で拾った天賦の才を持った魔術師だった。

 名前はアオイ。本名かはわからない。

「誰かな? モルガンの妨害を上手く躱して『ヴァルハラ』に干渉してくるなんて、ヴァルキリー側にそんな魔術師がいたこと自体が驚きだよ」

「これも答える必要ないかな。モルガン・ル・フェだっけ、確かに空間干渉能力はすごいものだけどそうしたら意識に干渉をすればいいよね」

 その声は空間からしているのではない。空間からする音として聞こえるように意識に干渉しているのだ。

「モルガン、この声を止めてくれ。そして同じ手を使えないような対策を」

「聴覚への干渉妨害。あなたに言われずともやっています……これで十分でしょう」

 声が聞こえなくなった。邪魔が入ったがベオウルフからしてみればシモン・マグスを脅すという行為に何の影響もない。

 はずだった。

 目の前のシモン・マグスは怯えた表情で固まっている。ベオウルフの視覚に訴えかける幻影。

「まんまとやられたな」

 フルンティングで幻影を切り裂くとそこには元から何も無かったかのようにシモン・マグスが消える。

 声の主は聴覚への干渉と同時に視覚への干渉も同時にしてのけたのだ。

 魔術での攻撃など慣れ切っているベオウルフに対してだ。さらに「ウロボロス」の魔術師モルガンを欺いた上で。

 シモン・マグスもモルガンが声の干渉に対して意識を割いた一瞬の隙を突いて自身を現世に再召喚したのだろう。状況から見て彼らはそう判断せざるを得ない。

 先ほど口にした通り、ヴァルキリー側にこれほどの魔術師が付いているとはベオウルフは考えていなかった。

 これにより「プレローマ」を使った敵軍の観測は不可能となる。だが彼に計画変更の意思はない。

 東京への再侵攻が始まろうとしていた。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第83話 五年後の未来


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 元いたどこまでも広がる砂浜に転移する「ウロボロス」の四人。
 かつては人数分の椅子が砂浜に置いてあったがジャンヌの分の椅子はなくなっており、改めて彼女の死を実感させる。
「ってえ……間一髪ってとこだ。次はもう少し早めの転移を願いたいね」
 全身の切傷に加えて右腕を切断されたオルフェウスが痛みを堪えながら、自身の椅子に座りベオウルフへ苦言を呈する。
「いや、あの面妖な権能のヴァルキリーさえ討ち取れば我らの勝利は必定というもの。この転移は好機を逃したのではあるまいか」
「じゃあ俺はあのまま死ねってこと? へえ、結界の礎はどうするのかなあ?」
 ティルヴィングを撃破した坂上田村麻呂が憮然とした態度で告げるが、即座にオルフェウスが反論する。
 山手結界の各駅の礎をヴァルハラ化し「ウロボロス」に隷属させるには彼の「命令」に特化した演奏が必要だった。
 モルガンによる魔術でも代替が可能ではあるが、遠隔による魔術である以上何らかの妨害を受けかねない。
「……今すべきことは仲間割れではない。次の計画に速やかに移行することだ」
「カインの言う通りだ。僕たちはジャンヌの死を悼み、必ず地上をヴァルキリーから奪還しなくてはいけない」
 カインとベオウルフが二人を仲裁するが、オルフェウスはカインを非難めいた目で睨む。
 レックスを抑えられず、シュヴェルトライテと合流させ厄介な状況を作り出したのは彼だからだ。カイン自身もそのことを自覚している。
「計画を移行する。田村麻呂、カイン、オルフェウスのチームと僕とモルガンのチームに分かれる。もうヴァルキリーには十分な戦力は無い。二手で駅を潰していき結界を破壊する」
 浜辺を歩きながらベオウルフが指示を飛ばす。万が一ジャンヌの権能に頼れなくなった際の計画だった。
「そしてシモン・マグス、いるんだろう? 君にも手伝ってもらいたいことがある」
 彼が何もない場所に剣を向けると慌てた様子で細身の魔術師が姿を現す。
 シモン・マグス。
 二千年以上の時を生きる魔術師であり、並行世界「プレローマ」の召喚に成功した人類史上最高の召喚術師である。
 彼はその偉業を成し遂げた後、ヴァルキリーに目を付けられる前にすぐさま自身を「ヴァルハラ」に召喚した。
 手に負えない魔獣、幻獣などが跋扈する世界で彼は魔術の力で生き延び「プレローマ」を限りなく現世に近い世界になるように適宜干渉していた。
 彼にとっては充実した時間であった。
 そこはヴァルキリーも手出しが出来ない場所であり、気になる事があれば「プレローマ」越しに世界を観察すればいいのだから。
 ある日、五人の死神が送り込まれてくるまでは。
 彼らは直前まで「何か」と激しい戦闘をしていたようで全員がボロボロだった。
 そして彼らはその負傷した身のままで魔獣や幻獣を狩り始めたのである。シモン・マグスは容易く捕らえられ、素性を問い質された。
 結果として害のない存在だと見なされた彼は生かされ「プレローマ」を通じた現世の観測員扱いをされるようになったのだった。
 今回死神たちが「ウロボロス」として決起した際にも、要注意人物の権能を世界を遡って確認させられ、モルガンと同じく「ウロボロス」の協力員のような形になっていた。
 結果として今、彼はベオウルフによって世界の破壊への参加を強制されている。
「待って欲しい。そもそも協力は一度だけという話だったじゃないか……!」
「状況が変わったんだよ。『プレローマ』を通じてヴァルキリーの動きを逐一報告すること。それだけだ。やってくれるね?」
 ベオウルフの有無を言わさない視線に、研究一筋の魔術師だった彼は震え上がる。
 不本意ながら現世への再召喚を行おうとするが、既にモルガンによる何らかの魔術で妨害されているようで逃げられない。
「返事は?」
「答える必要ないよ。お師匠さん」
 空間から聞き覚えのある声がした。最後に会ってから何百年経っただろうか。
 彼を「お師匠さん」と呼ぶような弟子は一人しかいない。
 かつて極東で拾った天賦の才を持った魔術師だった。
 名前はアオイ。本名かはわからない。
「誰かな? モルガンの妨害を上手く躱して『ヴァルハラ』に干渉してくるなんて、ヴァルキリー側にそんな魔術師がいたこと自体が驚きだよ」
「これも答える必要ないかな。モルガン・ル・フェだっけ、確かに空間干渉能力はすごいものだけどそうしたら意識に干渉をすればいいよね」
 その声は空間からしているのではない。空間からする音として聞こえるように意識に干渉しているのだ。
「モルガン、この声を止めてくれ。そして同じ手を使えないような対策を」
「聴覚への干渉妨害。あなたに言われずともやっています……これで十分でしょう」
 声が聞こえなくなった。邪魔が入ったがベオウルフからしてみればシモン・マグスを脅すという行為に何の影響もない。
 はずだった。
 目の前のシモン・マグスは怯えた表情で固まっている。ベオウルフの視覚に訴えかける幻影。
「まんまとやられたな」
 フルンティングで幻影を切り裂くとそこには元から何も無かったかのようにシモン・マグスが消える。
 声の主は聴覚への干渉と同時に視覚への干渉も同時にしてのけたのだ。
 魔術での攻撃など慣れ切っているベオウルフに対してだ。さらに「ウロボロス」の魔術師モルガンを欺いた上で。
 シモン・マグスもモルガンが声の干渉に対して意識を割いた一瞬の隙を突いて自身を現世に再召喚したのだろう。状況から見て彼らはそう判断せざるを得ない。
 先ほど口にした通り、ヴァルキリー側にこれほどの魔術師が付いているとはベオウルフは考えていなかった。
 これにより「プレローマ」を使った敵軍の観測は不可能となる。だが彼に計画変更の意思はない。
 東京への再侵攻が始まろうとしていた。