第83話 五年後の未来
ー/ー シモン・マグスは一瞬のモルガンの隙を突き、現世の場所を指定せず転移を敢行した。
空中、水中などどこに飛ばされるかなどわからないが、「ウロボロス」に利用され続けるよりはましだと考えたからだ。
だがその転移先は本人にとっても意外な場所だった。
直接訪れたことはないが「プレローマ」越しに何度も目にした場所、すなわち「謁見の間」であった。
三人のヴァルキリー、高位の死神たちに囲まれ驚いた彼は思わず尻もちをついてしまう。
そこへ手を差し伸べたのはアオイ。
かつての弟子。稀有な才能を持っていたが廃れていく「死神研究」というマイナージャンルにしか興味を持たずに埋没していった異才。
「や、やあアオイ。直接会うのは久しぶりだね。おかげで助かったよ。あいつらには無理やり協力させられていてね。いやあ、とにかく助かったよ」
「ヴァルキリーに取っ捕まるのが怖くて言いなりになる方を優先したのではなくて?」
こういった場面ではいつも意地悪な笑みを浮かべているアオイの顔は無表情だった。
シモン・マグスはそれも察したらしく、慌てて言い訳をまくし立てる。
「そんなことを言わないでくれよ。ヴァルキリー、特にヘルムヴィーゲが生きていたら僕だって死神にされて研究成果の『プレローマ』だって取り上げられていただろう? 並行世界の管理は思っている以上に大変なんだ。だから『ヴァルハラ』にこもる必要があっ……ぶぇっ!」
アオイの鋭い平手打ちがシモン・マグスの顔を打つ。彼の眼鏡が床を滑る。
「どうしてベオウルフがアマガセくんの権能を知って警戒していたのか私にはよーく理解できる。お師匠さんが事前に今までの戦いの記録をリークしてたんでしょ? あいつらの『地上の弱い死神を減らして強い死神が統治する』って理想。そんなの世界が魔界化して人類が危険に晒されるだけだよ! それに手を貸してたツケは払ってもらうから!」
シモン・マグスは何も言い返せずにアオイから視線を逸らす。
アオイは床に落ちた眼鏡を彼に押し付けると続けて言った。
「私からお師匠さんにしてもらうことは一つだけ! あなたの嫌がることなのは知ってるけど、この際そんなこと言っていられないからね!」
有無を言わさずアオイはシモン・マグスの協力を取り付けた。その流れを終始見ていた椿が小声で一矢に言う。
「……あいつ、性格変わってないか? 今後は必要以上にからかうのはやめようと思う」
「まあ、それが無難ですね」
アオイからの一方的な交渉をヴァルキリーも困惑した目で見ている。
シモン・マグスは彼が「ヴァルハラ」に逃げ込むまで長年ヴァルキリーが追い続けていた存在だからだ。
そこにトラ猫の使い魔のポコちゃんを含む数匹の使い魔猫が入り込んできた。リーダー格のポコちゃんが代表して告げる。
「うろぼろすまたきた。にかしょどうじ。えきおとされてる」
死神とヴァルキリー配下の術師たちが目白駅の結界の礎を正常化しようとしていた際の出来事だった。
彼らは突然出現したベオウルフ単騎に全滅させられた。姿を見せぬ魔術師、モルガンによる転移だった。
「このまま池袋方面に侵攻を開始する。人間で言うところの外回りってやつだね」
「では私は補助に徹しましょう」
同時に腕を治癒されたオルフェウス、カイン、坂上田村麻呂によるチームが新宿駅から内回りに侵攻を開始していた。
人々の姿はない。シュヴェルトライテがヘルムヴィーゲの名を使い公安を通じて緊急的な避難をさせたからだ。
そして彼らはヴァルキリー側の布陣の不自然さに気付く。
彼らは駅に配置されてはいるものの、「ウロボロス」が接近するとその駅を放棄して次の駅に向かってしまうのだ。
始めは何らかの罠が仕掛けられているのかと思った両チームは一通り調査をするが、何も問題はなかった。時間稼ぎだと判断する。
「馬鹿らしい真似をするね。次に行こう」
「あーあー。『ウロボロス』の皆さん、聞こえますか? 私はフリーの魔術師、アオイ。先ほどは名乗るのが遅れて失礼したね。実は是非『ウロボロス』の皆さま方にはお見せしたいものがあって」
空間から先ほど「ヴァルハラ」で聞こえた声がする。
ベオウルフたちを出し抜き、シモン・マグスを逃亡させた魔術師。
「これも時間稼ぎの一つかい? あまりくだらない真似ばかりしていると今後行う予定の死神再編成にも響くことになるがいいのかな?」
つまりは「霊力の再分配による強い死神の現世の統治」というベオウルフの計画からヴァルキリーに近い死神を排除するという脅しであった。
時間稼ぎであることは目に見えてわかる。
だが、彼が違和感を覚えたのは先ほど退いていった死神たちが戻ってきたことだ。
「すまないね。こちらの準備に手間がかかってしまって。君の理想とする統治に関連するものだから一見の価値はあると思うけどね」
いつの間にか声はベオウルフの目の前からしている。しわだらけの白衣を身に纏った目の隈が目立つ女。
とてもではないが彼にはシモン・マグスの弟子とは思えなかった。
「約束しよう。私がこれから見せるものを『ウロボロス』の今後に価値のないものと見なせば私を殺しても構わないさ。女を殴り殺すとかそういったことに抵抗があるなら、私もこれを持ってきた」
アオイは短剣をベオウルフに見せつける。装飾がなく、霊力もない。何の変哲もない短剣だった。
「君は素手の相手を斬り殺せないと聞いたから。こちらもその覚悟だよ。だから見るだけでいい。これから見せるのは『君が成し遂げた死神の統治する五年後の世界』だよ。興味、あるだろう?」
ベオウルフは暫し逡巡する。ヴァルキリーが何か時間稼ぎをし、「ウロボロス」への対抗策を準備しているのではないかと。
「モルガン。あの魔術師からはもう魔術による干渉はないね?」
「乗るのですか? 新たな手段を用いた精神攻撃かもしれません。あの女の使う魔術は様々な体系のものが混じっており全てに対抗できるか確約できませんが、それでも?」
モルガンはアオイという魔術師を警戒している。それに値する魔術師だと。
「精神攻撃? 君らにとってはある意味そうかもね。それ以上の沈黙は肯定とみなして続けさせてもらう。これはただの未来予知ではないよ。『プレローマ』を用いて観測した限りなく現世に近い五年後の世界だからね」
「好きにすればいい。『プレローマ』が死神の統治する未来を見せたのであれば君らは敗北宣言をしているようなものだからね」
ベオウルフがそう言うとアオイは笑みを浮かべる。「ウロボロス」がまんまと策に嵌ったことを悟られないように、最小限に。
アオイが空間に映像を投影する「プレローマ」が示す五年後の未来。
それを「ウロボロス」に見せるためだけにシモン・マグスをわざわざリスクを抱えて連れてきたのだ。
それは彼女が想定していた通りのろくでもない世界。
妖魔や人間を率いた死神同士が覇権を争いぶつかり合う乱世であった。
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