第195話 最期のティータイム

ー/ー



「何の騒ぎかと思ったら、フィーちゃん。あなたの仕業ね」

 教会の奥の方から女僧侶が現れる。当然の如くマルペルである。まあ、あれだけ表が騒がしくなればそうもなるだろう。それにしたって犯人の特定が早すぎるが。

「多くがロータス暗殺の賛同者だ。危害は加えておらん。ちょっと罪悪感を植え付けてやっただけだ」
「そう、ですか……。やんちゃはしていないのですね」

 マルペルがホッと胸を撫で下ろす。まさかとは思うが、我が実力行使に出て無理やり改心させたとか思ったわけではないだろうな。
 まあ、それができたらやってたかもしれんがな。

「そちらは……あのときのお嬢さん。こうしてお会いするのは初めまして、ですね。私はマルペル・ミラビリスといいます」
「私はリコリス・ルキフェルナよ。何処かで会ったことがあったかしら?」

 一応、勇者ロータスが殺された現場で、通信用の水晶ごしに会ってはいたと思うが、リコリスのことだから覚えていない以前に視界に入れてなかったのだろう。

「その辺りのことは、奥でお話ししましょう。さあ、フィーちゃんも」

 笑顔を取り繕うのが上手いな。相手が何者であるかを分かっているはずなのに。それともマルペルは割り切れているのか?
 目の前にいるのは勇者ロータスを暗殺した集団のトップなのだぞ。直接手を下したわけじゃないからノーカンとか甘いこと考えてるわけでもあるまい。

「丁度お茶を淹れようと思っていたところですから」
「どうぞお構いなく。お茶菓子は出るのかしら」
「ええ、とびっきりのものを用意してありますよ」

 この教会も客人が途切れないからな。常に用意していても何らおかしくはないのだが、だからといってリコリスは遠慮なさすぎだろうに。

 マルペルに餌付けされる鳩のように、リコリスがその後ろにひょこひょことついていく。どうしたものかこうしたものか、とりあえず我もその後を追った。

 教会の奥のスペースはほぼマルペルの私室のようになっていて、我も度々ここに足を運んでいる。ロータスがいた頃なんかもちょくちょくここに呼び出されたものだ。

 香ばしい茶葉の匂いが室内に漂い、それだけで心が落ち着かされるよう。それだけこの空間に馴染んでしまっているとも言い換えられるのだが。

「それで、フィーちゃん。わざわざここに来るくらいですから大事な用事があるんですよね」

 リコリスを連れているのだ。
 ただならぬ事態であるということは察せているのだろう。

「さっちゃん、もうイキそうなんだって。ずっと我慢してるけど、顔がもう、イクイクって感じなのよ。もどかしいわ」
「まあ……」

 この場にいる全員が事情を分かっているからいいものを、変な言い回しをするでないわ。我が癇癪起こして駄々こねているみたいではないか。

 マルペルが我の頭の上に手をのせ、目をつむると、気を集中させた。

「思っていたよりも魂の衰弱が早いわ。このことは、まだミモザちゃんには……?」
「どうしてかな……一番言うべき相手に、まだ打ち明けられておらんのだ」

 あともう一日、まだもう一日。未練がましく平穏にひたっていたら、このザマだ。何処までも臆病で、情けなさすぎる。

「私は打ち明けられる前に分かってたわ。私が誰より一番よ」

 リコリスのことはさておいて、我にはもう残された時間は少ないということだ。

「今すぐにでもミモザのところに向かうつもりだ。そして、その後は……」

 未練がない?
 心残りがない?
 後腐れがない?

 バカを言うな。そんなわけがないだろう。

 こんなことを、一度覚悟したこともあったな。
 我の正体が魔王だとバレたあの日、勇者ロータスたちに囲まれて、全てが終わるものだと確信していた、あの瞬間。

 二度目の死を迎えようとしていたあのときよりも、状況はずっと穏やかだ。
 時間が優しいくらいにゆっくり流れているような気がしてしまうほど。

 だが、それは我の胸中とは正反対で、緩やかなときの流れは、大きく膨れ上がってくる苦痛をひたすらに引き延ばし続けていた。

 鋭いナイフをゆっくりと突き刺される感覚。痛みは死に至るまで間違いなく大きくなっているが、まだ死ぬには届かない。
 はたして、死の間際までくるとどれくらいの苦痛を味わうのだろうな。

「気休めかもしれませんが……」

 マルペルが懐から取り出した小瓶を、我の頭上から振り掛ける。傷口にしみる消毒液のように、一瞬鋭い痛みが増したが、次第に僅かに収まってきた。
 聖水か。どうやら魂の痛みを少しだけ和らげたらしい。完全に消し去ったわけではなく、ナイフが針に置き換わった程度の変化だが。

「フィーちゃん、まだ動けますか?」
「ふん。ここまで自分の足で歩いてきて、ミモザのところまで行けなかったらとんだマヌケではないか」
「さっちゃんはこう言ってるけど、私が歩くのを補助してるのよ。もう足の感覚もないみたいだから」

 余計なことを言うでないわ、リコリス。

「そう……それならフィーちゃんはここにいて。私がミモザちゃんを説得して連れてくるから。リコリスちゃんも、お茶を飲んでゆっくりしていてね」
「お構いなく。あなたたちがさっちゃんの死を見届けられなくても、私がちゃんと看取ってあげるから安心してていいわ」

 縁起でもないことをさらっといってのける奴だ。我の死に顔でティータイムとは。
 ただ、何も入っていない空のカップを持って飲もうとしている辺り、あれはあれで動揺を隠してはいるのか。

「……私、急いで行ってくるから。フィーちゃんもリコリスちゃんも行儀よく待っているのよ」

 教会の裏口から飛び出すようにしてマルペルが走り出していった。あとに残されたのは、四人分のティーセットと、我とリコリスだけ。

「さっちゃんとこうして二人きりでお茶会するのなんて、五十年ぶりくらいかしら」
「百年ぶりだ。お前が我のお気に入りのティーセットをまとめて破壊したのはよく覚えているぞ」
「そうだったわね。昔はこんなに美味しいお茶菓子なんてなかったからよく覚えているわ」

 スコーンを齧りながら言う。
 会話が通じているんだか、いないんだか。

「今度はお別れしながらお茶会ができるなんて時代も変わったものね」

 それは時代は関係ないぞ。

「我も長く生きすぎたものだが、リコリス。お前はまだ死ぬ予定はないのか?」
「さっちゃんがいなくなったら私も死んじゃうかもね。この世界は変わりすぎて、目が回ってしまうもの。学校だって何が楽しかったのか分からないわ」
「だが、少しは楽しめただろう? 城に引き込もってばかりでなく、たまには外で別な友人を作るのも悪くないはずだ」

 リコリスは、まんざらでもなさそうな顔を浮かべるが、ちょっと渋くなる。

「ボンちゃんはいい子だったわ。可愛らしくて、美味しそうだった。ちょっと変わっていたけど、そうね。知らないこと、色々教えてもらったから助かったわね」
「なんか不服そうな顔をしてるようだが?」
「だって、今度寝て起きたらきっと死んでるかもしれないわ。普通の子は、さっちゃんみたいに長く生きられないもの」

 それはそう。そもそも我も術式によって無理やり生き長らえていたわけだし、リコリスも殆どの活動を放棄していたから長生きしてこれたのだ。魔力を司る月の民ならではの特性とも言える。

 普通に生きているものたちと同列に扱うこと自体が間違っているだろう。
 あまりにも感覚が狂いすぎている。

「死ぬって、どういう感覚なのかしらね。さっちゃんは一度死んだんでしょ? 私にも教えてよ」

 教えられるか!


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「何の騒ぎかと思ったら、フィーちゃん。あなたの仕業ね」
 教会の奥の方から女僧侶が現れる。当然の如くマルペルである。まあ、あれだけ表が騒がしくなればそうもなるだろう。それにしたって犯人の特定が早すぎるが。
「多くがロータス暗殺の賛同者だ。危害は加えておらん。ちょっと罪悪感を植え付けてやっただけだ」
「そう、ですか……。やんちゃはしていないのですね」
 マルペルがホッと胸を撫で下ろす。まさかとは思うが、我が実力行使に出て無理やり改心させたとか思ったわけではないだろうな。
 まあ、それができたらやってたかもしれんがな。
「そちらは……あのときのお嬢さん。こうしてお会いするのは初めまして、ですね。私はマルペル・ミラビリスといいます」
「私はリコリス・ルキフェルナよ。何処かで会ったことがあったかしら?」
 一応、勇者ロータスが殺された現場で、通信用の水晶ごしに会ってはいたと思うが、リコリスのことだから覚えていない以前に視界に入れてなかったのだろう。
「その辺りのことは、奥でお話ししましょう。さあ、フィーちゃんも」
 笑顔を取り繕うのが上手いな。相手が何者であるかを分かっているはずなのに。それともマルペルは割り切れているのか?
 目の前にいるのは勇者ロータスを暗殺した集団のトップなのだぞ。直接手を下したわけじゃないからノーカンとか甘いこと考えてるわけでもあるまい。
「丁度お茶を淹れようと思っていたところですから」
「どうぞお構いなく。お茶菓子は出るのかしら」
「ええ、とびっきりのものを用意してありますよ」
 この教会も客人が途切れないからな。常に用意していても何らおかしくはないのだが、だからといってリコリスは遠慮なさすぎだろうに。
 マルペルに餌付けされる鳩のように、リコリスがその後ろにひょこひょことついていく。どうしたものかこうしたものか、とりあえず我もその後を追った。
 教会の奥のスペースはほぼマルペルの私室のようになっていて、我も度々ここに足を運んでいる。ロータスがいた頃なんかもちょくちょくここに呼び出されたものだ。
 香ばしい茶葉の匂いが室内に漂い、それだけで心が落ち着かされるよう。それだけこの空間に馴染んでしまっているとも言い換えられるのだが。
「それで、フィーちゃん。わざわざここに来るくらいですから大事な用事があるんですよね」
 リコリスを連れているのだ。
 ただならぬ事態であるということは察せているのだろう。
「さっちゃん、もうイキそうなんだって。ずっと我慢してるけど、顔がもう、イクイクって感じなのよ。もどかしいわ」
「まあ……」
 この場にいる全員が事情を分かっているからいいものを、変な言い回しをするでないわ。我が癇癪起こして駄々こねているみたいではないか。
 マルペルが我の頭の上に手をのせ、目をつむると、気を集中させた。
「思っていたよりも魂の衰弱が早いわ。このことは、まだミモザちゃんには……?」
「どうしてかな……一番言うべき相手に、まだ打ち明けられておらんのだ」
 あともう一日、まだもう一日。未練がましく平穏にひたっていたら、このザマだ。何処までも臆病で、情けなさすぎる。
「私は打ち明けられる前に分かってたわ。私が誰より一番よ」
 リコリスのことはさておいて、我にはもう残された時間は少ないということだ。
「今すぐにでもミモザのところに向かうつもりだ。そして、その後は……」
 未練がない?
 心残りがない?
 後腐れがない?
 バカを言うな。そんなわけがないだろう。
 こんなことを、一度覚悟したこともあったな。
 我の正体が魔王だとバレたあの日、勇者ロータスたちに囲まれて、全てが終わるものだと確信していた、あの瞬間。
 二度目の死を迎えようとしていたあのときよりも、状況はずっと穏やかだ。
 時間が優しいくらいにゆっくり流れているような気がしてしまうほど。
 だが、それは我の胸中とは正反対で、緩やかなときの流れは、大きく膨れ上がってくる苦痛をひたすらに引き延ばし続けていた。
 鋭いナイフをゆっくりと突き刺される感覚。痛みは死に至るまで間違いなく大きくなっているが、まだ死ぬには届かない。
 はたして、死の間際までくるとどれくらいの苦痛を味わうのだろうな。
「気休めかもしれませんが……」
 マルペルが懐から取り出した小瓶を、我の頭上から振り掛ける。傷口にしみる消毒液のように、一瞬鋭い痛みが増したが、次第に僅かに収まってきた。
 聖水か。どうやら魂の痛みを少しだけ和らげたらしい。完全に消し去ったわけではなく、ナイフが針に置き換わった程度の変化だが。
「フィーちゃん、まだ動けますか?」
「ふん。ここまで自分の足で歩いてきて、ミモザのところまで行けなかったらとんだマヌケではないか」
「さっちゃんはこう言ってるけど、私が歩くのを補助してるのよ。もう足の感覚もないみたいだから」
 余計なことを言うでないわ、リコリス。
「そう……それならフィーちゃんはここにいて。私がミモザちゃんを説得して連れてくるから。リコリスちゃんも、お茶を飲んでゆっくりしていてね」
「お構いなく。あなたたちがさっちゃんの死を見届けられなくても、私がちゃんと看取ってあげるから安心してていいわ」
 縁起でもないことをさらっといってのける奴だ。我の死に顔でティータイムとは。
 ただ、何も入っていない空のカップを持って飲もうとしている辺り、あれはあれで動揺を隠してはいるのか。
「……私、急いで行ってくるから。フィーちゃんもリコリスちゃんも行儀よく待っているのよ」
 教会の裏口から飛び出すようにしてマルペルが走り出していった。あとに残されたのは、四人分のティーセットと、我とリコリスだけ。
「さっちゃんとこうして二人きりでお茶会するのなんて、五十年ぶりくらいかしら」
「百年ぶりだ。お前が我のお気に入りのティーセットをまとめて破壊したのはよく覚えているぞ」
「そうだったわね。昔はこんなに美味しいお茶菓子なんてなかったからよく覚えているわ」
 スコーンを齧りながら言う。
 会話が通じているんだか、いないんだか。
「今度はお別れしながらお茶会ができるなんて時代も変わったものね」
 それは時代は関係ないぞ。
「我も長く生きすぎたものだが、リコリス。お前はまだ死ぬ予定はないのか?」
「さっちゃんがいなくなったら私も死んじゃうかもね。この世界は変わりすぎて、目が回ってしまうもの。学校だって何が楽しかったのか分からないわ」
「だが、少しは楽しめただろう? 城に引き込もってばかりでなく、たまには外で別な友人を作るのも悪くないはずだ」
 リコリスは、まんざらでもなさそうな顔を浮かべるが、ちょっと渋くなる。
「ボンちゃんはいい子だったわ。可愛らしくて、美味しそうだった。ちょっと変わっていたけど、そうね。知らないこと、色々教えてもらったから助かったわね」
「なんか不服そうな顔をしてるようだが?」
「だって、今度寝て起きたらきっと死んでるかもしれないわ。普通の子は、さっちゃんみたいに長く生きられないもの」
 それはそう。そもそも我も術式によって無理やり生き長らえていたわけだし、リコリスも殆どの活動を放棄していたから長生きしてこれたのだ。魔力を司る月の民ならではの特性とも言える。
 普通に生きているものたちと同列に扱うこと自体が間違っているだろう。
 あまりにも感覚が狂いすぎている。
「死ぬって、どういう感覚なのかしらね。さっちゃんは一度死んだんでしょ? 私にも教えてよ」
 教えられるか!