第194話 勇者で溢れている街
ー/ー 歩き慣れたパエデロスの街も、不思議と違う景色のように見える。
行き交うのは人間の冒険者か、エルフの行商人か、ドワーフやオーガだって平然とそこいらをただの住民として平和な時間を過ごしている。
取り留めもない話し声も、石畳を叩く馬車の音も、街の賑わいを彩り、いつもと変わらない空間がそこに形成されていた。ずっとこんな街に住んでいたのだな、と今さらのように思ってしまった。
かつてのパエデロスは、辺境の地に忽然と出てきた荒くれ者どもの集落だった。
村とも町とも言えないようなちっぽけなその場所に、居場所のない輩どもが集まっていき、いつしか掃き溜めと呼ばれるほどの醜悪な街ができていた。
その頃になると、財宝目当ての冒険者も増えており、その噂を聞きつけた行商人は絶好の穴場だとばかりに集まり始め、治安が加速度的に悪くなっていった。
周囲にあった国々からしてみれば、これほどまでに不快な場所もなかっただろう。
何処かの国のお尋ね者やら何やらがのうのうと生き長らえているだけでなく、そんな連中が金品を携えてのさばっているのだから。
今後発展していくのは見えていた。だから誰かが整備をしなければならない。そこに正義感があったのかどうかは分からないが、そうして、もの好きな貴族やら没落貴族までもが参入し、我こそは我こそはと統治者気分で集っていくようになった。
パエニアの奴が移住してきたのもこのくらいの時期だろうな。その当時はさぞかし恐ろしい環境だったに違いない。何せ、ろくに外に出ることもままならなかったとか言っておったしな。
「さっちゃん。立ち止まってどうしたの? もう逝くの? もうちょっと待って?」
「あ、いや、まだ大丈夫だ。思い出したことがあってな」
我がふと立ち止まったそこには、酒場があった。何度か改装されてキレイにはなっているが、ここにはちょっとした思い出がある。
あのときはパエデロスで一番繁盛している酒場だった。
今では酒場なんて国中探せばいくらでもあるし、何の物珍しさもないが、その当時から冒険者の集う酒場として賑わっていた。
そうだった。この酒場だったな。
魔王軍から追放された我が、勇者ロータスと再会した場所は。
力もなくしてザコザコのよわよわのヘボヘボな上にちんちくりんだった我は、酒場のマスターに酒を注文したが取り合ってもらえなくて、そこでごねていたらアイツがやってきたんだった。散々子供扱いされていたのを思い出す。
あの時点で勇者ロータス率いるレッドアイズ国の面々がこのパエデロスで自警団を結成し、せっせと治安の改善するべく働いていたわけだ。
冒険者にせよ、商人にせよ、貴族にせよ、あらゆるもの好きがいた中で、あのロータスが一番のもの好きだったのではないか。
世界の掃き溜めとまで言われた街をどうこうしようだなんて正気の沙汰ではないな、ぶっちゃけ。だが、何よりもそれを実現させてしまったことが一番の狂気だ。
思えば、我がパエデロスに屋敷を建てた時点でもう目をつけられていたし、当時でも発展途上だったが言うほど狭くもなかった街の全土を見張っていたのだと思うと、勇者ロータスの本気具合に改めてゾッとする。
「さっちゃん、まだ逝かないでよ。私、泣いてしまうから」
「もう少しは付き合える。そんなに心配そうな顔をしてると不審に思われるぞ」
これではどちらが死にかけなんだか分からんな。まったく。
元気かと言われれば、まあ一概には答えにくいところでなのだが。
少し進んでいくと、また広く、一際人通りの多い場所に出る。
そこはパエデロスの市場だ。この賑わいは以前からちっとも変わらない。
心臓部と言ってもいいくらい、パエデロスの発展に貢献してきた。
ここで、我は出会ったのだ。あのエルフに。
生まれつき魔法を使うことができず、古いしきたりに迫害されるが如く追放され、このパエデロスにまで流れてきた、ミモザ・アレフヘイム。
太陽に照らされる小麦の如く黄金色の髪に、何処までも果てしなく透き通る大空の如く澄んだ瞳を持つ、我の唯一無二の親友だ。
出会ったばかりの頃は泥にまみれていたのかというほど薄汚れていて、金勘定すらままならないようなアホで、喋るのも下手くそのくせして一所懸命に手作りの魔具を紹介しようとしてきて、掃き溜めに埋もれてしまいそうなちっぽけな存在だった。
それでも、孤高の中で磨き上げてきた魔具の技術だけは我の目に宝石以上の輝きを放っているように見えた。
本当は勇者への復讐に利用するつもりで引き込んだが、だんだん情が沸いていき、その健気さに尊さを覚えてしまい、手放したくなくなってしまったのだ。
ミモザのおかげで、我の復讐は始まる前に終えた。
ミモザのおかげで、我はパエデロスで平和を謳歌した。
感謝なんて言葉では足りないと感じてしまうほどに、我は多くのものをミモザから貰っていた。どれだけのものをミモザに与えても、それ以上のもので返される。
数千年生きてきた我だが、数千年以上世界のために生きてきた我だが、高見の先の孤高では知ることのなかったものを数え切れないほどミモザに教わったのだ。
「さっちゃん、なんだか私、気分悪くなってきたわ。ここは害虫が多すぎるもの。少しくらい減らしてもいいかしら」
「ダメに決まっておるだろう。もう少し感傷に浸らせてくれ」
「この先は教会よね。わざわざ様子を見に来るなんて律儀ね」
リコリスの言う通り、市場を抜けた先にはパエデロスの教会があり、その前の広場には大勢がごった返していた。勿論、先ほど認識改変で罪悪感を増幅させられた例の新生魔王軍の残党どもだ。懺悔とばかりに広場に集まり、ひれ伏せている。
いい気味だ、と言いたい反面、この数がロータスへの悪意と考えると笑えない。
これまでのロータスの貢献を考えれば、それこそレッドアイズのように英雄として讃えられるはずと思ってしまうが、そのレッドアイズこそが曲者だったわけだしな。
ロータスを崇拝しているのはその実、パエデロスとレッドアイズの一部くらい。
魔王を倒したという名声こそが悪名なのだ。
軍事国家として名を馳せているレッドアイズもそれを助長してしまっている。
皮肉というべきか、悲しいことではあるのだがな。
「折角だ。冠を見ていこうではないか」
「何の用途もなさない飾りなんて見て楽しいものかしら。冠なんてまさに身につけてこそ飾りだと思うわ」
それは本来被るべき者を暗殺した側が言う言葉ではないのだがな。
確かに教会に冠だけ飾ってある意味も正直分からんと思うところはある。
教会前の広場で泣き崩れる連中を横目に、我とリコリスは正面の扉を開ける。
そこは外と変わらないくらいの長蛇の列ができており、多くの民が跪いている。
なんとまあ、信心深い光景だろう。
神の像の下、玉座とともに安置されたその王冠は、あたかも今もそこにロータスが佇んでいるかのように思わされる。
この街の何処にもロータスはいない。だけど、この街の何処にもロータスはいた。
あの男が成してきたこと全てがパエデロスに残っている。
今日、リコリスと二人、歩いてきて改めて分かった。
何もかもが勇者で溢れている街なのだ。ただひとつだけ、勇者だけが足りない。
この光景に悲壮感を覚える限りはいずれまた憎しみは連鎖するだろう。
かつて世界を恐怖に陥れた魔王である我を倒した勇者が次なる畏怖の対象となり、こんな結末を迎えたのなら、我はその先にある連鎖を断ち切らなくてはな。
行き交うのは人間の冒険者か、エルフの行商人か、ドワーフやオーガだって平然とそこいらをただの住民として平和な時間を過ごしている。
取り留めもない話し声も、石畳を叩く馬車の音も、街の賑わいを彩り、いつもと変わらない空間がそこに形成されていた。ずっとこんな街に住んでいたのだな、と今さらのように思ってしまった。
かつてのパエデロスは、辺境の地に忽然と出てきた荒くれ者どもの集落だった。
村とも町とも言えないようなちっぽけなその場所に、居場所のない輩どもが集まっていき、いつしか掃き溜めと呼ばれるほどの醜悪な街ができていた。
その頃になると、財宝目当ての冒険者も増えており、その噂を聞きつけた行商人は絶好の穴場だとばかりに集まり始め、治安が加速度的に悪くなっていった。
周囲にあった国々からしてみれば、これほどまでに不快な場所もなかっただろう。
何処かの国のお尋ね者やら何やらがのうのうと生き長らえているだけでなく、そんな連中が金品を携えてのさばっているのだから。
今後発展していくのは見えていた。だから誰かが整備をしなければならない。そこに正義感があったのかどうかは分からないが、そうして、もの好きな貴族やら没落貴族までもが参入し、我こそは我こそはと統治者気分で集っていくようになった。
パエニアの奴が移住してきたのもこのくらいの時期だろうな。その当時はさぞかし恐ろしい環境だったに違いない。何せ、ろくに外に出ることもままならなかったとか言っておったしな。
「さっちゃん。立ち止まってどうしたの? もう逝くの? もうちょっと待って?」
「あ、いや、まだ大丈夫だ。思い出したことがあってな」
我がふと立ち止まったそこには、酒場があった。何度か改装されてキレイにはなっているが、ここにはちょっとした思い出がある。
あのときはパエデロスで一番繁盛している酒場だった。
今では酒場なんて国中探せばいくらでもあるし、何の物珍しさもないが、その当時から冒険者の集う酒場として賑わっていた。
そうだった。この酒場だったな。
魔王軍から追放された我が、勇者ロータスと再会した場所は。
力もなくしてザコザコのよわよわのヘボヘボな上にちんちくりんだった我は、酒場のマスターに酒を注文したが取り合ってもらえなくて、そこでごねていたらアイツがやってきたんだった。散々子供扱いされていたのを思い出す。
あの時点で勇者ロータス率いるレッドアイズ国の面々がこのパエデロスで自警団を結成し、せっせと治安の改善するべく働いていたわけだ。
冒険者にせよ、商人にせよ、貴族にせよ、あらゆるもの好きがいた中で、あのロータスが一番のもの好きだったのではないか。
世界の掃き溜めとまで言われた街をどうこうしようだなんて正気の沙汰ではないな、ぶっちゃけ。だが、何よりもそれを実現させてしまったことが一番の狂気だ。
思えば、我がパエデロスに屋敷を建てた時点でもう目をつけられていたし、当時でも発展途上だったが言うほど狭くもなかった街の全土を見張っていたのだと思うと、勇者ロータスの本気具合に改めてゾッとする。
「さっちゃん、まだ逝かないでよ。私、泣いてしまうから」
「もう少しは付き合える。そんなに心配そうな顔をしてると不審に思われるぞ」
これではどちらが死にかけなんだか分からんな。まったく。
元気かと言われれば、まあ一概には答えにくいところでなのだが。
少し進んでいくと、また広く、一際人通りの多い場所に出る。
そこはパエデロスの市場だ。この賑わいは以前からちっとも変わらない。
心臓部と言ってもいいくらい、パエデロスの発展に貢献してきた。
ここで、我は出会ったのだ。あのエルフに。
生まれつき魔法を使うことができず、古いしきたりに迫害されるが如く追放され、このパエデロスにまで流れてきた、ミモザ・アレフヘイム。
太陽に照らされる小麦の如く黄金色の髪に、何処までも果てしなく透き通る大空の如く澄んだ瞳を持つ、我の唯一無二の親友だ。
出会ったばかりの頃は泥にまみれていたのかというほど薄汚れていて、金勘定すらままならないようなアホで、喋るのも下手くそのくせして一所懸命に手作りの魔具を紹介しようとしてきて、掃き溜めに埋もれてしまいそうなちっぽけな存在だった。
それでも、孤高の中で磨き上げてきた魔具の技術だけは我の目に宝石以上の輝きを放っているように見えた。
本当は勇者への復讐に利用するつもりで引き込んだが、だんだん情が沸いていき、その健気さに尊さを覚えてしまい、手放したくなくなってしまったのだ。
ミモザのおかげで、我の復讐は始まる前に終えた。
ミモザのおかげで、我はパエデロスで平和を謳歌した。
感謝なんて言葉では足りないと感じてしまうほどに、我は多くのものをミモザから貰っていた。どれだけのものをミモザに与えても、それ以上のもので返される。
数千年生きてきた我だが、数千年以上世界のために生きてきた我だが、高見の先の孤高では知ることのなかったものを数え切れないほどミモザに教わったのだ。
「さっちゃん、なんだか私、気分悪くなってきたわ。ここは害虫が多すぎるもの。少しくらい減らしてもいいかしら」
「ダメに決まっておるだろう。もう少し感傷に浸らせてくれ」
「この先は教会よね。わざわざ様子を見に来るなんて律儀ね」
リコリスの言う通り、市場を抜けた先にはパエデロスの教会があり、その前の広場には大勢がごった返していた。勿論、先ほど認識改変で罪悪感を増幅させられた例の新生魔王軍の残党どもだ。懺悔とばかりに広場に集まり、ひれ伏せている。
いい気味だ、と言いたい反面、この数がロータスへの悪意と考えると笑えない。
これまでのロータスの貢献を考えれば、それこそレッドアイズのように英雄として讃えられるはずと思ってしまうが、そのレッドアイズこそが曲者だったわけだしな。
ロータスを崇拝しているのはその実、パエデロスとレッドアイズの一部くらい。
魔王を倒したという名声こそが悪名なのだ。
軍事国家として名を馳せているレッドアイズもそれを助長してしまっている。
皮肉というべきか、悲しいことではあるのだがな。
「折角だ。冠を見ていこうではないか」
「何の用途もなさない飾りなんて見て楽しいものかしら。冠なんてまさに身につけてこそ飾りだと思うわ」
それは本来被るべき者を暗殺した側が言う言葉ではないのだがな。
確かに教会に冠だけ飾ってある意味も正直分からんと思うところはある。
教会前の広場で泣き崩れる連中を横目に、我とリコリスは正面の扉を開ける。
そこは外と変わらないくらいの長蛇の列ができており、多くの民が跪いている。
なんとまあ、信心深い光景だろう。
神の像の下、玉座とともに安置されたその王冠は、あたかも今もそこにロータスが佇んでいるかのように思わされる。
この街の何処にもロータスはいない。だけど、この街の何処にもロータスはいた。
あの男が成してきたこと全てがパエデロスに残っている。
今日、リコリスと二人、歩いてきて改めて分かった。
何もかもが勇者で溢れている街なのだ。ただひとつだけ、勇者だけが足りない。
この光景に悲壮感を覚える限りはいずれまた憎しみは連鎖するだろう。
かつて世界を恐怖に陥れた魔王である我を倒した勇者が次なる畏怖の対象となり、こんな結末を迎えたのなら、我はその先にある連鎖を断ち切らなくてはな。
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