【???】闇を纏う死者

ー/ー



 異種族が混ざり合う平和の国パエデロスの周辺には、ダンジョンと呼ばれるものが多く点在している。洞窟であったり、遺跡であったり、入り組んだ森であったり。
 冒険者たちを魅了して止まない数々のダンジョンの中には、立ち入ることが困難な場所もいくつかあった。

 猛毒のガスが吹きだしていたりとか獰猛な生物の住処になっているだとか、理由も様々で、そういった場所をねぐらにするものも、ごく稀にいた。
 それは日向を歩くことのできない闇の住民たちだ。例えば、不死者(アンデッド)なども、そこに含まれるだろう。命知らずの無法者ならぬ、命無き無法者。

 あらゆる種族のものが手を取り合う平和な国から爪弾きにされたはぐれた者の集う第二の掃き溜めとも言い換えられるだろう。

 その洞窟もまたそのうちの一つ。
 一呼吸でもしようものなら直ちに死に至る毒が発生している深き穴。

 まともな生身の人間なら決して近寄ることさえしないであろう死の洞窟の奥底に、人知れず不死者たる彼は、ひっそりと息を潜めていた。

 彼を視認することは難しい。何故なら彼は死人だから。
 一見すれば骸が放置されているだけにしか見えないだろう。
 その正体は生きたガイコツ――スケルトンである。

 骨しかないスカスカのボディは、一体どのようにして生きているのかも不明だが、死を否定する彼とって、摂理などという言葉も戯言と変わらない。
 深淵の闇の如き空洞の眼が、一点を見つめる。視力があるのかどうかという疑問もさておき、その先にあったのは彼の骨の手に収まる水晶。

 向こうが透けて見える宝石のような水晶からは淡い光がぼんやりと浮かんでおり、それが輪郭を作って、何かを映し出していた。

 淡い月明かりの如く麗しき乳白色の髪を持ち、燃ゆる炎の如く朱色の瞳の少女。
 幼く無垢であどけない表情を浮かべる彼女は、何を思っているのだろうか。

 言葉を問いかけたとしてもそれが応えることはない。
 何故なら水晶玉に映るソレは過去の記憶に過ぎないのだから。

 水晶玉に映し出される彼女の姿はいつまで見ても純粋無垢のように思わされたが、変化に乏しい。何にも関心を抱いている様子はない。
 あたかも、自分以外の全てのものが価値のないもののように見えているかのよう。

 次第に、水晶の中は真っ白い霧で満たされ、その少女の姿は消失する。
 ややもすると、今度は別の少女の姿が映し出されてきた。

 月の如き美しき銀髪と、血の如き紅き瞳の少女。
 こちらの方は先ほどの少女と比べれば活発的で、ややおてんば。
 あの全てに無関心な少女と違い、こちらの方がそれなりにかわいげがある。

 ふんぞり返っては、偉そうに従者を動かす。
 わがままと言ってしまえばその通りではあるが、彼女の行いは児戯とは違う。

 少女は、魔王だった。かつては魔王と呼ばれる立場だった。
 その素質は十分であり、いずれこの後、世界の脅威にものし上がる。
 世界を管理するものとして君臨する――その前の記憶だ。

「嘆かわしいことです。これは大変、嘆かわしい」

 水晶玉を片手に、カタカタカタ、と骨を鳴らして喋る。
 発声は何処から発生しているのか不明だが、失意に満ちた落胆の言葉を吐く。

 何を思っているのか、何を考えているのか。
 骨しかない顔からは表情を汲み取ることができないが、間違いなく言えることは、悲しみに明け暮れているということくらいだろう。

「強者は弱者を理解することができない。ですが弱者は強者を理解しようと試みる。滑稽。こんなに滑稽なことはありませんよ」

 何が不快なのかは彼にしか分からない。
 誰に対しての不満なのかも彼にしか分からない。

 水晶玉の中を霧が白く染めては、すぐ違う映像へと切り替わり、それがただ延々と続いていくばかり。変化といえる変化はそのくらいのものだ。

 無感情な少女か、おてんばな少女か。見ている限りでは後者の方は飽きない。

「……やれやれ。この身朽ち果てようと世界樹(ユグドラシル)には還るまいと拒み続けましたが、次の百年、千年を待つには退屈が過ぎますよ」

 彼の名は――長い時の果てに風化して消え去った。
 いくつか呼称こそあれど、かつての名前を知る者はもはやいない。

「ルキフェルナ様。あなたの娘は本当にどうしようもない。かつてのあなたのような野心があの子にあれば、あるいは期待はできたのでしょうがね」

 この毒にまみれた洞窟で毒を吐き続ける骨男は、魔王の従者だった。
 今現在、魔王を名乗る者はいない。何せ前の代の魔王は面倒だからという理由から降りてしまったし、その前の代の魔王も勇者に刺されて殺されてしまった。

「サタナムーン様。どうせなら私はあなたに仕えたかったですよ。今さらですがね。ま、このアホ小娘には長いこと退屈はしなかったのですが……」

 水晶玉を覗き込みながら愚痴る。

「調和そして平和。長き長き年月を経て、世界は安定という名の変容を遂げました。これでめでたし、めでたし、っと。月の民どもは尻ぬぐいの汚物にまみれていって、鼻つまみのままご退場。それが神のシナリオですか」

 カタカタカタと骨が鳴り、彼は笑っているようだった。
 無論、穴だらけの骨面からはそのような表情は読み取れはしないのだが。

「あるいは、あのルキフェルナ様の時代こそが幕引きだった。私は長いエピローグを巡ってきたのかもしれませんね」

 水晶玉の中で、銀髪の少女が無邪気に笑ってみせる。
 その先の未来にある苦楽の何もまだ知らない、そんな顔をしている。

「誰かの影になることは苦ではありませんさ。光に当たるような柄じゃないもんで。舞台の袖から傍観できりゃあ、私はそれで満足だというのに」

 また、カタカタカタと骨が鳴る。

「いよいよ持って出る幕がないってことでしょうね。私は奈落にだってもう居場所もないのですから」

 毒に巻かれて、毒を吐き散らす、ガイコツ男は明らかに毒に冒されていた。
 退屈という名の猛毒に。

 死者に尽きる命などあるはずもなく、死者の生きる場所もあってたまるものか。
 あるのは悠久のときだけ。
 彼にとっての娯楽のない世界ならば、その猛毒は彼をいつまでも苦しませる。

「役者も揃わず、彼女も舞台を降りるというのなら、仕方のないこと」

 骨の手の中に握られる水晶玉は、延々とまたいつかの記憶を映し出す。
 ありし日の記憶をただただ反芻していくばかり。

「大いなる女神よ、せめて彼女に世界樹(ユグドラシル)の導きを……なんてね」

 冗談交じりな口調で、底なしに自堕落な声を漏らす。
 それからその毒にまみれた洞窟内に静寂が訪れた。

 闇の中の闇。深淵の底のそのまた底は、命ある者の場所の領域ではない。

 生者の寄りつくことのない闇を纏い、死者は眠りに就いた。
 目覚めることがあるのかどうかなど定かではないが、今は静かに寝息すらもなく、平穏な時間が限りなく流れていく。

 彼は魔王の従者。かつての魔王の従者。
 世界の管理者の側近として、数多の歴史を歩み、変化を目の当たりにしてきた。
 その中で彼自身は果たしてどのように変化してきたのだろう。

 それを知る者はいない。それを知ることのできる者もいない。
 例え、誰かがこの地の底を訪れるものがいたとしても、彼を彼と認識することも、彼と対話できるものもそうはいないだろう。

 辺境の地とされた異種族国パエデロスの近辺にある致死性の猛毒のまみれた洞窟は誰を待つわけでもなく、ただただそこに存在していた。
 世界各国から平和の象徴とまで言わしめる、そんな国からそう遠くもない位置で、激動の世界を歩んできた彼は平穏の中で、自らその幕を引いたのだった。


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次のエピソードへ進む 第193話 後腐れなく


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 異種族が混ざり合う平和の国パエデロスの周辺には、ダンジョンと呼ばれるものが多く点在している。洞窟であったり、遺跡であったり、入り組んだ森であったり。
 冒険者たちを魅了して止まない数々のダンジョンの中には、立ち入ることが困難な場所もいくつかあった。
 猛毒のガスが吹きだしていたりとか獰猛な生物の住処になっているだとか、理由も様々で、そういった場所をねぐらにするものも、ごく稀にいた。
 それは日向を歩くことのできない闇の住民たちだ。例えば、不死者《アンデッド》なども、そこに含まれるだろう。命知らずの無法者ならぬ、命無き無法者。
 あらゆる種族のものが手を取り合う平和な国から爪弾きにされたはぐれた者の集う第二の掃き溜めとも言い換えられるだろう。
 その洞窟もまたそのうちの一つ。
 一呼吸でもしようものなら直ちに死に至る毒が発生している深き穴。
 まともな生身の人間なら決して近寄ることさえしないであろう死の洞窟の奥底に、人知れず不死者たる彼は、ひっそりと息を潜めていた。
 彼を視認することは難しい。何故なら彼は死人だから。
 一見すれば骸が放置されているだけにしか見えないだろう。
 その正体は生きたガイコツ――スケルトンである。
 骨しかないスカスカのボディは、一体どのようにして生きているのかも不明だが、死を否定する彼とって、摂理などという言葉も戯言と変わらない。
 深淵の闇の如き空洞の眼が、一点を見つめる。視力があるのかどうかという疑問もさておき、その先にあったのは彼の骨の手に収まる水晶。
 向こうが透けて見える宝石のような水晶からは淡い光がぼんやりと浮かんでおり、それが輪郭を作って、何かを映し出していた。
 淡い月明かりの如く麗しき乳白色の髪を持ち、燃ゆる炎の如く朱色の瞳の少女。
 幼く無垢であどけない表情を浮かべる彼女は、何を思っているのだろうか。
 言葉を問いかけたとしてもそれが応えることはない。
 何故なら水晶玉に映るソレは過去の記憶に過ぎないのだから。
 水晶玉に映し出される彼女の姿はいつまで見ても純粋無垢のように思わされたが、変化に乏しい。何にも関心を抱いている様子はない。
 あたかも、自分以外の全てのものが価値のないもののように見えているかのよう。
 次第に、水晶の中は真っ白い霧で満たされ、その少女の姿は消失する。
 ややもすると、今度は別の少女の姿が映し出されてきた。
 月の如き美しき銀髪と、血の如き紅き瞳の少女。
 こちらの方は先ほどの少女と比べれば活発的で、ややおてんば。
 あの全てに無関心な少女と違い、こちらの方がそれなりにかわいげがある。
 ふんぞり返っては、偉そうに従者を動かす。
 わがままと言ってしまえばその通りではあるが、彼女の行いは児戯とは違う。
 少女は、魔王だった。かつては魔王と呼ばれる立場だった。
 その素質は十分であり、いずれこの後、世界の脅威にものし上がる。
 世界を管理するものとして君臨する――その前の記憶だ。
「嘆かわしいことです。これは大変、嘆かわしい」
 水晶玉を片手に、カタカタカタ、と骨を鳴らして喋る。
 発声は何処から発生しているのか不明だが、失意に満ちた落胆の言葉を吐く。
 何を思っているのか、何を考えているのか。
 骨しかない顔からは表情を汲み取ることができないが、間違いなく言えることは、悲しみに明け暮れているということくらいだろう。
「強者は弱者を理解することができない。ですが弱者は強者を理解しようと試みる。滑稽。こんなに滑稽なことはありませんよ」
 何が不快なのかは彼にしか分からない。
 誰に対しての不満なのかも彼にしか分からない。
 水晶玉の中を霧が白く染めては、すぐ違う映像へと切り替わり、それがただ延々と続いていくばかり。変化といえる変化はそのくらいのものだ。
 無感情な少女か、おてんばな少女か。見ている限りでは後者の方は飽きない。
「……やれやれ。この身朽ち果てようと|世界樹《ユグドラシル》には還るまいと拒み続けましたが、次の百年、千年を待つには退屈が過ぎますよ」
 彼の名は――長い時の果てに風化して消え去った。
 いくつか呼称こそあれど、かつての名前を知る者はもはやいない。
「ルキフェルナ様。あなたの娘は本当にどうしようもない。かつてのあなたのような野心があの子にあれば、あるいは期待はできたのでしょうがね」
 この毒にまみれた洞窟で毒を吐き続ける骨男は、魔王の従者だった。
 今現在、魔王を名乗る者はいない。何せ前の代の魔王は面倒だからという理由から降りてしまったし、その前の代の魔王も勇者に刺されて殺されてしまった。
「サタナムーン様。どうせなら私はあなたに仕えたかったですよ。今さらですがね。ま、このアホ小娘には長いこと退屈はしなかったのですが……」
 水晶玉を覗き込みながら愚痴る。
「調和そして平和。長き長き年月を経て、世界は安定という名の変容を遂げました。これでめでたし、めでたし、っと。月の民どもは尻ぬぐいの汚物にまみれていって、鼻つまみのままご退場。それが神のシナリオですか」
 カタカタカタと骨が鳴り、彼は笑っているようだった。
 無論、穴だらけの骨面からはそのような表情は読み取れはしないのだが。
「あるいは、あのルキフェルナ様の時代こそが幕引きだった。私は長いエピローグを巡ってきたのかもしれませんね」
 水晶玉の中で、銀髪の少女が無邪気に笑ってみせる。
 その先の未来にある苦楽の何もまだ知らない、そんな顔をしている。
「誰かの影になることは苦ではありませんさ。光に当たるような柄じゃないもんで。舞台の袖から傍観できりゃあ、私はそれで満足だというのに」
 また、カタカタカタと骨が鳴る。
「いよいよ持って出る幕がないってことでしょうね。私は奈落にだってもう居場所もないのですから」
 毒に巻かれて、毒を吐き散らす、ガイコツ男は明らかに毒に冒されていた。
 退屈という名の猛毒に。
 死者に尽きる命などあるはずもなく、死者の生きる場所もあってたまるものか。
 あるのは悠久のときだけ。
 彼にとっての娯楽のない世界ならば、その猛毒は彼をいつまでも苦しませる。
「役者も揃わず、彼女も舞台を降りるというのなら、仕方のないこと」
 骨の手の中に握られる水晶玉は、延々とまたいつかの記憶を映し出す。
 ありし日の記憶をただただ反芻していくばかり。
「大いなる女神よ、せめて彼女に世界樹《ユグドラシル》の導きを……なんてね」
 冗談交じりな口調で、底なしに自堕落な声を漏らす。
 それからその毒にまみれた洞窟内に静寂が訪れた。
 闇の中の闇。深淵の底のそのまた底は、命ある者の場所の領域ではない。
 生者の寄りつくことのない闇を纏い、死者は眠りに就いた。
 目覚めることがあるのかどうかなど定かではないが、今は静かに寝息すらもなく、平穏な時間が限りなく流れていく。
 彼は魔王の従者。かつての魔王の従者。
 世界の管理者の側近として、数多の歴史を歩み、変化を目の当たりにしてきた。
 その中で彼自身は果たしてどのように変化してきたのだろう。
 それを知る者はいない。それを知ることのできる者もいない。
 例え、誰かがこの地の底を訪れるものがいたとしても、彼を彼と認識することも、彼と対話できるものもそうはいないだろう。
 辺境の地とされた異種族国パエデロスの近辺にある致死性の猛毒のまみれた洞窟は誰を待つわけでもなく、ただただそこに存在していた。
 世界各国から平和の象徴とまで言わしめる、そんな国からそう遠くもない位置で、激動の世界を歩んできた彼は平穏の中で、自らその幕を引いたのだった。