第191話 それが変わっていくということなのであれば
ー/ー ネルムフィラ魔導士学院の誇るべき施設の一つである魔法練習場は、設備が整っているだけでなく、あちこちに魔法陣が組み込まれており、潜在魔力を引き出し、且つ出力を安定させる効力がある。……ということを割と最近知った。
この学校に入学して早々、クラス分け試験でも会場として利用していたのだが、その時点での我も、魔力関連はからっきしだったこともあり、そんなものがあったことなど微塵も気付くことができなかったようだ。
通りで実技担当のプディカが張り切って魔法をガンガン使わせる実習ばかりやらせると思った。単なるスパルタかと思いきや、本格的に魔法の使い方を身体で覚える合理的なやり方ではあったらしい。それでもスパルタには変わりないのだが。
今日も今日とて、清々しい空の下、ネルムフィラ魔導士学院の生徒たちは気持ちよく魔法をぶっ放している。信じられるだろうか。入学する前までは魔力がないだとか才能がないだとか言われていた生徒すら今では確かに魔法を使えている。
我のレクチャーの賜だな、と言いたいところだが、他のクラスも成績という評価で見れば大体同じようなくらいっぽいので、それなりの恩恵こそあれど、我一人が誇らしくするのは勘違いも甚だしいらしい。ちょっと悔しくはある。
「よぉし! お前さんら! あの的を宿敵と思い、ぶっ放せ!」
長コートを羽織るエルフ女が厳つい顔で指示を出す。
それに合わせ、生徒たちも一斉に杖を振るい、やや遠くに設置された的を狙って思い思いの魔法を放つ。まるで軍人の訓練だ。
太陽に照らされる小麦の如き金髪に、空のように透き通る青い瞳の教官プディカは今日も絶好調だ。当初はロータスに連れてこられて迷惑そうにしていた割に、ロータスがいなくなった後も、こうして活き活きと生徒たちに教鞭を振っている。
案外、適材適所という奴なのかもしれない。
クラス分け試験のときは、的に当てることはおろか、そもそも魔法を飛ばすことのできない生徒の方が圧倒的に多かったが、とっくに逆転し、今やものの見事に魔法を発動し、的に直撃させる生徒が殆どだ。
「さあ、次! ぶっ放せ!」
そうこうしていると我の番が回ってくる。入学当初こそ、学校から支給された魔石を使ってようやく魔法を発動できていた我も、どうにか杖一本でまともな魔法をこなせるようには至っていた――が。
「外れたぞ、もう一本!」
魔石抜きで魔法をコントロールするのはまだ万全ではない。
我の放った渾身の魔法は言葉通り的外れ。
魔法の使い方を熟知していることと、実際に使うのとでは勝手が違うのは重々承知の上だが、それを加味しても思うようにままならない。
結局、的に命中させるだけで数発も要してしまった。ギリギリの及第点である。
不思議なものだ。魔石から魔力を引き出して放つことはそれなりにできるというのに、自身の身体から魔法を構築することがこんなにも困難だとは。
手に痺れも残り、酷いときになると腕に広がり、体調そのものも悪くなる。
当然、今の我の身体は魔力の才が一切ない無能の肉体だったのだから、その状態から魔法を使える段階まで持ってこれたこと自体がそもそも奇跡。
かなり無理が祟っていることは容易に想像できた。
「フィー、あんま無茶すんなよ。また顔色悪いぜ」
パエニアまで心配してくる。ちょっと前までは「お前、魔法教えるのは上手いくせに自分でやるのは下手くそだよな」とか何とか事あるごとに茶化してきたのに。
それはとどのつまり、パエニアが以前より優しくなったか、あるいはよっぽど我の状態が酷くなっているか。はたしてどちらなのだろうな。
「こんなもの、少し休めばどうとでもなる」
と意地を張ってみせたが、ちょっと吐き気が込み上げてきた。
どうも、日に日に悪化しているような気もする。
いつぞやの臨海学校のときや、リコリスぶっ放し事件のとき、ついぞ前の霧蜘蛛の森の一件でも、魔石に頼って魔法をガンガン使ってきた。
無茶しないよう少しずつセーブしていたつもりでも身体への反動は抑えきれない。実際、森のときに至ってはさほど派手な魔法は使わなかったはずだが、全身の気怠さはかなり後を引いた。
「よし、次!」
「分かったわ。ぶっ放せばいいのよね。大丈夫よ。手加減するのは得意になってきたと思うから」
「ま、待て。的以外には命中させる必要はないぞ!」
なんか向こうではリコリスが不穏な空気を醸し出しているが、見なかったことにしよう。というか、アイツは授業を受ける必要がないだろうに、よくもまあ今日まで学校生活に馴染んできてこれたものだな。
一時はどうなることかと思ったが、退屈な授業にもちゃんと出席してはいるし、教室が破壊されるようなトラブルも週に一回あるかくらいになってきた。
なかなかどうして、誰でも変わろうと思えば意外と変われるものなのだな。
我も、少しずつではあるが、変わってきているのだと思う。
本当に、少しずつ。どのようにかまでは分からないが。
へなへなと、力が抜けていくようで、自然と我は地べたに座り込む。そしてそのまま空を仰いだ。
「フィーしゃん、どうしました? おなか痛いでしゅか?」
ぼんやりとしていたら、ミモザも声をかけてきた。我はどれだけ酷い顔をしているというのだ。
特に何を言うまでもなく、ミモザは我の横に座り、寄り添ってきた。
「む。すまないなミモザ。別に何のことはない。的に一発で命中しなかったのが癪に障っただけだ」
「しょうがないでふよ。そういう日もありましゅ!」
ミモザの太陽のように眩しい笑顔で言われてしまうと、それだけでどうでもよくなってしまう。
ちなみにしれっと見ていたのだが、ミモザの方は絶好調で、ごく普通の感覚で、抜群の精度の魔法を的のど真ん中に当てていた。
信じられるだろうか。魔法の才がないと言われ、里を追放されたこのミモザが、当たり前のように魔法を使えているという事実が。
当然、魔石など一切使っていない。完全なるミモザの実力そのものだ。
あとこれもついでに視界に入ってしまったのだが、その様子を一部始終見ていたプディカは思わず目に涙が浮かんだのか、顔面をゴシゴシと袖で拭っていた。普段あんな態度でいて、結局娘のことを溺愛している母なのが何ともギャップを感じるところだ。
それにひきかえ、と自分のことを考えるとどんどん底無し沼のように深みにはまってしまう。何しろ、自分が一番分かっていて、自分が一番理解していることなのだから。
少しずつ。そう、少しずつだ。
それがどういうことを意味しているのか、誰よりも我がよく分かっている。
それを自覚する度に我は思う。我はこの目の前にある平穏のために何をすることができるのかという、漠然とした、大きなもののことについてだ。
「なあ、ミモザ。少しよりかかっていいか?」
「いいれしゅよ」
その言葉は「別に許可なんかとらなくていいですよ」という風にも聞こえた。
我はミモザの肩に自分の身を傾け、体を預けた。柔らかい。何がどう柔らかいのかは形容できるものではないが、ぬくもりを感じる、そんな柔らかさだ。
ミモザの匂いも感じる。ミモザの吐息も感じる。心が軽くなっていくようにも感じていた。
胸の中でずっしりと重く引っ掛かっていたものが奥へ引っ込んでいくかのよう。だから、これ以上のことを言葉にすることもできなくなっていた。
そうだな。わざわざそれを口にするわけにもいくまい。
我が、もうすぐ死んでしまう、などということなど。
この学校に入学して早々、クラス分け試験でも会場として利用していたのだが、その時点での我も、魔力関連はからっきしだったこともあり、そんなものがあったことなど微塵も気付くことができなかったようだ。
通りで実技担当のプディカが張り切って魔法をガンガン使わせる実習ばかりやらせると思った。単なるスパルタかと思いきや、本格的に魔法の使い方を身体で覚える合理的なやり方ではあったらしい。それでもスパルタには変わりないのだが。
今日も今日とて、清々しい空の下、ネルムフィラ魔導士学院の生徒たちは気持ちよく魔法をぶっ放している。信じられるだろうか。入学する前までは魔力がないだとか才能がないだとか言われていた生徒すら今では確かに魔法を使えている。
我のレクチャーの賜だな、と言いたいところだが、他のクラスも成績という評価で見れば大体同じようなくらいっぽいので、それなりの恩恵こそあれど、我一人が誇らしくするのは勘違いも甚だしいらしい。ちょっと悔しくはある。
「よぉし! お前さんら! あの的を宿敵と思い、ぶっ放せ!」
長コートを羽織るエルフ女が厳つい顔で指示を出す。
それに合わせ、生徒たちも一斉に杖を振るい、やや遠くに設置された的を狙って思い思いの魔法を放つ。まるで軍人の訓練だ。
太陽に照らされる小麦の如き金髪に、空のように透き通る青い瞳の教官プディカは今日も絶好調だ。当初はロータスに連れてこられて迷惑そうにしていた割に、ロータスがいなくなった後も、こうして活き活きと生徒たちに教鞭を振っている。
案外、適材適所という奴なのかもしれない。
クラス分け試験のときは、的に当てることはおろか、そもそも魔法を飛ばすことのできない生徒の方が圧倒的に多かったが、とっくに逆転し、今やものの見事に魔法を発動し、的に直撃させる生徒が殆どだ。
「さあ、次! ぶっ放せ!」
そうこうしていると我の番が回ってくる。入学当初こそ、学校から支給された魔石を使ってようやく魔法を発動できていた我も、どうにか杖一本でまともな魔法をこなせるようには至っていた――が。
「外れたぞ、もう一本!」
魔石抜きで魔法をコントロールするのはまだ万全ではない。
我の放った渾身の魔法は言葉通り的外れ。
魔法の使い方を熟知していることと、実際に使うのとでは勝手が違うのは重々承知の上だが、それを加味しても思うようにままならない。
結局、的に命中させるだけで数発も要してしまった。ギリギリの及第点である。
不思議なものだ。魔石から魔力を引き出して放つことはそれなりにできるというのに、自身の身体から魔法を構築することがこんなにも困難だとは。
手に痺れも残り、酷いときになると腕に広がり、体調そのものも悪くなる。
当然、今の我の身体は魔力の才が一切ない無能の肉体だったのだから、その状態から魔法を使える段階まで持ってこれたこと自体がそもそも奇跡。
かなり無理が祟っていることは容易に想像できた。
「フィー、あんま無茶すんなよ。また顔色悪いぜ」
パエニアまで心配してくる。ちょっと前までは「お前、魔法教えるのは上手いくせに自分でやるのは下手くそだよな」とか何とか事あるごとに茶化してきたのに。
それはとどのつまり、パエニアが以前より優しくなったか、あるいはよっぽど我の状態が酷くなっているか。はたしてどちらなのだろうな。
「こんなもの、少し休めばどうとでもなる」
と意地を張ってみせたが、ちょっと吐き気が込み上げてきた。
どうも、日に日に悪化しているような気もする。
いつぞやの臨海学校のときや、リコリスぶっ放し事件のとき、ついぞ前の霧蜘蛛の森の一件でも、魔石に頼って魔法をガンガン使ってきた。
無茶しないよう少しずつセーブしていたつもりでも身体への反動は抑えきれない。実際、森のときに至ってはさほど派手な魔法は使わなかったはずだが、全身の気怠さはかなり後を引いた。
「よし、次!」
「分かったわ。ぶっ放せばいいのよね。大丈夫よ。手加減するのは得意になってきたと思うから」
「ま、待て。的以外には命中させる必要はないぞ!」
なんか向こうではリコリスが不穏な空気を醸し出しているが、見なかったことにしよう。というか、アイツは授業を受ける必要がないだろうに、よくもまあ今日まで学校生活に馴染んできてこれたものだな。
一時はどうなることかと思ったが、退屈な授業にもちゃんと出席してはいるし、教室が破壊されるようなトラブルも週に一回あるかくらいになってきた。
なかなかどうして、誰でも変わろうと思えば意外と変われるものなのだな。
我も、少しずつではあるが、変わってきているのだと思う。
本当に、少しずつ。どのようにかまでは分からないが。
へなへなと、力が抜けていくようで、自然と我は地べたに座り込む。そしてそのまま空を仰いだ。
「フィーしゃん、どうしました? おなか痛いでしゅか?」
ぼんやりとしていたら、ミモザも声をかけてきた。我はどれだけ酷い顔をしているというのだ。
特に何を言うまでもなく、ミモザは我の横に座り、寄り添ってきた。
「む。すまないなミモザ。別に何のことはない。的に一発で命中しなかったのが癪に障っただけだ」
「しょうがないでふよ。そういう日もありましゅ!」
ミモザの太陽のように眩しい笑顔で言われてしまうと、それだけでどうでもよくなってしまう。
ちなみにしれっと見ていたのだが、ミモザの方は絶好調で、ごく普通の感覚で、抜群の精度の魔法を的のど真ん中に当てていた。
信じられるだろうか。魔法の才がないと言われ、里を追放されたこのミモザが、当たり前のように魔法を使えているという事実が。
当然、魔石など一切使っていない。完全なるミモザの実力そのものだ。
あとこれもついでに視界に入ってしまったのだが、その様子を一部始終見ていたプディカは思わず目に涙が浮かんだのか、顔面をゴシゴシと袖で拭っていた。普段あんな態度でいて、結局娘のことを溺愛している母なのが何ともギャップを感じるところだ。
それにひきかえ、と自分のことを考えるとどんどん底無し沼のように深みにはまってしまう。何しろ、自分が一番分かっていて、自分が一番理解していることなのだから。
少しずつ。そう、少しずつだ。
それがどういうことを意味しているのか、誰よりも我がよく分かっている。
それを自覚する度に我は思う。我はこの目の前にある平穏のために何をすることができるのかという、漠然とした、大きなもののことについてだ。
「なあ、ミモザ。少しよりかかっていいか?」
「いいれしゅよ」
その言葉は「別に許可なんかとらなくていいですよ」という風にも聞こえた。
我はミモザの肩に自分の身を傾け、体を預けた。柔らかい。何がどう柔らかいのかは形容できるものではないが、ぬくもりを感じる、そんな柔らかさだ。
ミモザの匂いも感じる。ミモザの吐息も感じる。心が軽くなっていくようにも感じていた。
胸の中でずっしりと重く引っ掛かっていたものが奥へ引っ込んでいくかのよう。だから、これ以上のことを言葉にすることもできなくなっていた。
そうだな。わざわざそれを口にするわけにもいくまい。
我が、もうすぐ死んでしまう、などということなど。
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