表示設定
表示設定
目次 目次




第190話 目立って目立って仕方ない

ー/ー



「この我が魔王だと? 面白いことを言ってくれる。こんなザコザコのよわよわのヘボヘボな魔王が何処にいるというのだ」
「エルフに呪いを掛けられて力を失ったとか言ってたらしいじゃねえか。クラスの女子が噂してたぜ」

 ぐぬぅ、確かにボソっと言ってしまったかもしれんが、いつの間にかそんな噂広まっちゃってるの? それはそれでまた問題じゃないか。

「それによ。魔力がないくせに、魔法の知識が多すぎだろ。知ってるだけでデタラメ吹聴してるって感じでもない。実際に、お前の魔法には助けられたしよ」

 そこを怪しまれたら言い訳しようもないか。実技の授業でも女子たちに魔法のレクチャーをしたり、校外授業の時にも結構高度な魔法を使っていた。
 それに何より、以前大勢の前で魔王を名乗るリコリスをぶっ放した一件のことはこのパエデロスでも広まっている。

「それだけでは単純に我が昔、優れた魔法使いだったが、エルフの呪いで魔力を失っただけのこと。それでリコリスと知り合いだから魔王というのは飛躍しすぎだ」
「にしちゃ、ちょっと動揺しすぎじゃね?」

 いつになく、パエニアがツッコんでくる。なんなんだろうな、この強気な態度。
 いや、どちらかといえば高圧的な態度と言えるか。

「ふむ。では、逆に訊こうか。パエニアは、我が魔王であってほしいのか?」
「それは……」

 そこで言葉に詰まり、言いよどむ。
 時間が停止したのかと思うほどの沈黙が流れ、パエニアの鉛のような唇が開かれようとした、そんなときだ。

「フィーしゃん! 遅れちゃいましら! ちょっとまたダリア先生に色々と頼まれちゃいましれ!」

 ミモザが食堂にやってくる。その後ろにオキザリスも連れて。
 割と最近ではオキザリスはミモザの護衛用に置いてるところはある。

「ああ、待っておったぞ」

 すると、空気が瓦解し始め、そこにいたパエニアは表情を曇らせたまま、踵を返してしまう。明らかに何か言いたそうな顔だったろうに。

「あれ? パエニアくんと一緒だったんでふか?」
「ん、まあな。丁度バッタリとそこでな」
「えっと……お話の途中れしたか?」
「いいや、大した話はしてない。それよりも、昼食を摂ろうではないか」

 とりあえずパエニアの後ろ姿は追わないでおこう。絶対ややこしいことになる。

 すっきりはしない。もやもやとした気分だ。
 さすがにそろそろ我の身分を偽るのも無理が出てきたのかもしれない。
 それは勇者どもに正体がバレてから薄々気付いていたことではあるのだが。

 令嬢としてひっそりと過ごしているつもりでも、目立つ行動ばかり。
 もはやこのパエデロスでは、名の知れた存在であることを否定できない。
 そうもなってくれば、注目や関心を集めやすくなるというもの。

 我の関知していない場所では、あることないこと様々な噂が飛び交い、中には我の正体に迫るものが流れていてもおかしくはない。
 何より、ついぞ先日の魔王リコリスぶっ飛ばし事件あたりからは噂の熱も加速していったのも事実で、あの三文芝居も良からぬ広まり方をしているようだ。

 かつて世界を恐怖に陥れた魔王の正体は、近い将来、何らかの形で明かされていくのかもしれない。あるいは、もう既に我が知らないだけで、パエデロス中でとっくに知れ渡っている事実なのかもしれない。

「そういえば、ミモザ。今度はダリアに何を頼まれたのだ? まさかまた材料集めがどうとか言うのではないだろうな」
「さすがに懲りたみたいでふよ。とりあえず予備の机や椅子の受注くらいで、足りない材料があったら仕入れ先を用意するっていってましら」

 懲りた、というのは先日うっかり生徒の動向を確認しなかったがために、意図せずして危険領域に向かわせてしまった件のことだろう。
 あれはあれとして色々な問題に発展してしまったわけだが、最終的にはダリアが大暴れした事件として片付けられているので、我から言えることも何もないか。

 だが、一応話の端には我も関わっていることは確かだし、何処かで噂が歪曲して伝わってしまっている可能性も否めない。

 表向きにはダリアが生徒を救出に向かった結果、なんやかんやで森を燃やすに至ったという話だが、実はその要因が我だったとか噂されてたらたまったものではない。
 そうでなくとも、燃え盛る森の中からおおよそ無傷で帰還できたことについて拡大解釈されてしまっている可能性だってあるわけだ。

 まったく。ますますもって怪しまれる要因の多い環境だ。

「じゃあ今度は何処かに調達に出掛けるということはないわけだな」
「そうれすね。もしそういうことになったら今度はダリア先生もついていくって言ってましら」

 向こうも向こうで気苦労が絶えないのだろうな。

 我は我として自分の平穏のために正体を隠そうとしているが、ダリアを含む学校関係者の面々は今後のネルムフィラ魔導士学院の、果てや異種族国家パエデロスの信頼を得るために努力を積み重ねている最中なのだから。

 学校の生徒が知らないうちに死んでいました、などとは言えまい。
 そんなことになれば信用はドン底だ。
 その事実関係がどうであれな。

「あいつは仮にも教師なのだから学校を空けてはダメだろう……」
 この前の一件でも早退決め込んで仕事どっさりと残っていたどころか、シゲルの件を引きずっていたせいで仕事に実が入らず、色々と酷いことになっていたらしい。

「その点でいうと、私の店はあれから少し評判があがったんでしゅよ」
「む? 急な休業日にしたのにか?」
「今まではずっと冒険者のお客しゃん相手だったんでふけど、学校の備品をいっぱい量産できたことが他の行商人しゃんたちにも知れ渡ったらしくて」

 そういえば、我とミモザが店に戻ったときも大量に馬車が行き交いしていたな。
 聞けば、その日一日ひっきりなしに馬車が来ていたらしい。

 そんな超スピードで生産できるところなんて相当な工場くらいだろう。
 それこそ、レッドアイズ国の城の中にあった兵器開発部並みの。

 あの三人だけでよくもまあそこまで回せたものだ。
 一応金にものを言わせて最高の設備を整えてはあるが、それでもフル活用かつフル稼働できるものなんて世界広しと言えど数えるほどしかいないはずでは。

 いかんいかん。ミモザの回りにも悪目立ちする連中ばかりではないか。
 悪いわけではないが、とんでもない人材に囲まれてるな、我も。

「おかげで遠くの国からもお仕事の依頼が入ってくるようになりました」

 思わず頭を抱えそうになったが、これは良いことなのだ。
 ミモザも満面の笑みで喜んでいるのだから、我も喜ぶべきだ。

「そうか、それはよかったな。だが、仕事は回るのか? この前は店を閉じて生産だけに専念してもらったが、接客と受注生産の両立はかなりの負担だぞ」
「お店の皆しゃんとも色々と相談もしたんれすよ。営業する日と生産する日も分けてみようとか、また新しい人も雇おうとか」

 これ以上すんごいのが増えたら日々に目眩を覚えそうだ。やれやれ。

「フィーしゃんも、手伝ってくれましゅよね?」
「ああ、もちろんだ」

 自然と我も笑顔で返事した。
 だが、それと同時に不穏な陰りが胸中にあった。

 ミモザのためならいくらでも手を貸してやるつもりでいる。
 しかし、我にはもう一つ、思っていたことがあった。

 一体いつまでそれができるのだろうか。そんな単純にして明快な、疑問。
 我の正体が魔王であると広く知れ渡ったとき、我は今と同じような日常を続けていくことができるのだろうか。

 今ある平穏を保ち続けられるのだろうか。


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「この我が魔王だと? 面白いことを言ってくれる。こんなザコザコのよわよわのヘボヘボな魔王が何処にいるというのだ」
「エルフに呪いを掛けられて力を失ったとか言ってたらしいじゃねえか。クラスの女子が噂してたぜ」
 ぐぬぅ、確かにボソっと言ってしまったかもしれんが、いつの間にかそんな噂広まっちゃってるの? それはそれでまた問題じゃないか。
「それによ。魔力がないくせに、魔法の知識が多すぎだろ。知ってるだけでデタラメ吹聴してるって感じでもない。実際に、お前の魔法には助けられたしよ」
 そこを怪しまれたら言い訳しようもないか。実技の授業でも女子たちに魔法のレクチャーをしたり、校外授業の時にも結構高度な魔法を使っていた。
 それに何より、以前大勢の前で魔王を名乗るリコリスをぶっ放した一件のことはこのパエデロスでも広まっている。
「それだけでは単純に我が昔、優れた魔法使いだったが、エルフの呪いで魔力を失っただけのこと。それでリコリスと知り合いだから魔王というのは飛躍しすぎだ」
「にしちゃ、ちょっと動揺しすぎじゃね?」
 いつになく、パエニアがツッコんでくる。なんなんだろうな、この強気な態度。
 いや、どちらかといえば高圧的な態度と言えるか。
「ふむ。では、逆に訊こうか。パエニアは、我が魔王であってほしいのか?」
「それは……」
 そこで言葉に詰まり、言いよどむ。
 時間が停止したのかと思うほどの沈黙が流れ、パエニアの鉛のような唇が開かれようとした、そんなときだ。
「フィーしゃん! 遅れちゃいましら! ちょっとまたダリア先生に色々と頼まれちゃいましれ!」
 ミモザが食堂にやってくる。その後ろにオキザリスも連れて。
 割と最近ではオキザリスはミモザの護衛用に置いてるところはある。
「ああ、待っておったぞ」
 すると、空気が瓦解し始め、そこにいたパエニアは表情を曇らせたまま、踵を返してしまう。明らかに何か言いたそうな顔だったろうに。
「あれ? パエニアくんと一緒だったんでふか?」
「ん、まあな。丁度バッタリとそこでな」
「えっと……お話の途中れしたか?」
「いいや、大した話はしてない。それよりも、昼食を摂ろうではないか」
 とりあえずパエニアの後ろ姿は追わないでおこう。絶対ややこしいことになる。
 すっきりはしない。もやもやとした気分だ。
 さすがにそろそろ我の身分を偽るのも無理が出てきたのかもしれない。
 それは勇者どもに正体がバレてから薄々気付いていたことではあるのだが。
 令嬢としてひっそりと過ごしているつもりでも、目立つ行動ばかり。
 もはやこのパエデロスでは、名の知れた存在であることを否定できない。
 そうもなってくれば、注目や関心を集めやすくなるというもの。
 我の関知していない場所では、あることないこと様々な噂が飛び交い、中には我の正体に迫るものが流れていてもおかしくはない。
 何より、ついぞ先日の魔王リコリスぶっ飛ばし事件あたりからは噂の熱も加速していったのも事実で、あの三文芝居も良からぬ広まり方をしているようだ。
 かつて世界を恐怖に陥れた魔王の正体は、近い将来、何らかの形で明かされていくのかもしれない。あるいは、もう既に我が知らないだけで、パエデロス中でとっくに知れ渡っている事実なのかもしれない。
「そういえば、ミモザ。今度はダリアに何を頼まれたのだ? まさかまた材料集めがどうとか言うのではないだろうな」
「さすがに懲りたみたいでふよ。とりあえず予備の机や椅子の受注くらいで、足りない材料があったら仕入れ先を用意するっていってましら」
 懲りた、というのは先日うっかり生徒の動向を確認しなかったがために、意図せずして危険領域に向かわせてしまった件のことだろう。
 あれはあれとして色々な問題に発展してしまったわけだが、最終的にはダリアが大暴れした事件として片付けられているので、我から言えることも何もないか。
 だが、一応話の端には我も関わっていることは確かだし、何処かで噂が歪曲して伝わってしまっている可能性も否めない。
 表向きにはダリアが生徒を救出に向かった結果、なんやかんやで森を燃やすに至ったという話だが、実はその要因が我だったとか噂されてたらたまったものではない。
 そうでなくとも、燃え盛る森の中からおおよそ無傷で帰還できたことについて拡大解釈されてしまっている可能性だってあるわけだ。
 まったく。ますますもって怪しまれる要因の多い環境だ。
「じゃあ今度は何処かに調達に出掛けるということはないわけだな」
「そうれすね。もしそういうことになったら今度はダリア先生もついていくって言ってましら」
 向こうも向こうで気苦労が絶えないのだろうな。
 我は我として自分の平穏のために正体を隠そうとしているが、ダリアを含む学校関係者の面々は今後のネルムフィラ魔導士学院の、果てや異種族国家パエデロスの信頼を得るために努力を積み重ねている最中なのだから。
 学校の生徒が知らないうちに死んでいました、などとは言えまい。
 そんなことになれば信用はドン底だ。
 その事実関係がどうであれな。
「あいつは仮にも教師なのだから学校を空けてはダメだろう……」
 この前の一件でも早退決め込んで仕事どっさりと残っていたどころか、シゲルの件を引きずっていたせいで仕事に実が入らず、色々と酷いことになっていたらしい。
「その点でいうと、私の店はあれから少し評判があがったんでしゅよ」
「む? 急な休業日にしたのにか?」
「今まではずっと冒険者のお客しゃん相手だったんでふけど、学校の備品をいっぱい量産できたことが他の行商人しゃんたちにも知れ渡ったらしくて」
 そういえば、我とミモザが店に戻ったときも大量に馬車が行き交いしていたな。
 聞けば、その日一日ひっきりなしに馬車が来ていたらしい。
 そんな超スピードで生産できるところなんて相当な工場くらいだろう。
 それこそ、レッドアイズ国の城の中にあった兵器開発部並みの。
 あの三人だけでよくもまあそこまで回せたものだ。
 一応金にものを言わせて最高の設備を整えてはあるが、それでもフル活用かつフル稼働できるものなんて世界広しと言えど数えるほどしかいないはずでは。
 いかんいかん。ミモザの回りにも悪目立ちする連中ばかりではないか。
 悪いわけではないが、とんでもない人材に囲まれてるな、我も。
「おかげで遠くの国からもお仕事の依頼が入ってくるようになりました」
 思わず頭を抱えそうになったが、これは良いことなのだ。
 ミモザも満面の笑みで喜んでいるのだから、我も喜ぶべきだ。
「そうか、それはよかったな。だが、仕事は回るのか? この前は店を閉じて生産だけに専念してもらったが、接客と受注生産の両立はかなりの負担だぞ」
「お店の皆しゃんとも色々と相談もしたんれすよ。営業する日と生産する日も分けてみようとか、また新しい人も雇おうとか」
 これ以上すんごいのが増えたら日々に目眩を覚えそうだ。やれやれ。
「フィーしゃんも、手伝ってくれましゅよね?」
「ああ、もちろんだ」
 自然と我も笑顔で返事した。
 だが、それと同時に不穏な陰りが胸中にあった。
 ミモザのためならいくらでも手を貸してやるつもりでいる。
 しかし、我にはもう一つ、思っていたことがあった。
 一体いつまでそれができるのだろうか。そんな単純にして明快な、疑問。
 我の正体が魔王であると広く知れ渡ったとき、我は今と同じような日常を続けていくことができるのだろうか。
 今ある平穏を保ち続けられるのだろうか。