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第189話 平穏から遠ざかっていく

ー/ー



 何かがおかしい。そう自覚し始めたのは、実のところ最近のことではなかった。
 少なからずとも、かなり前から異変を感じていたことだけは確かだ。

 何が要因となって、何が起きているのかは言及するまでもない。
 分かりきったことが、ただただ現実になっているだけに過ぎないのだろう。

 結末の見えたお話ほど、興が削がれるものもないが……。
 何にせよ、今の我にできることといえば、今ある平穏を保つことばかり。

 異種族国家パエデロスは、相変わらずのほほんと平和を謳歌しているようでいて、その水面下では淀んだ何かが渦巻いている。
 それは、かつて世界を救った男、ロータスが暗殺されたあの日を境に苛烈になり、どれだけ目を伏せようとしても無視できないほど大きくなりつつあった。

 なんとも不思議なもので、ロータスがいないという喪失感はあるのにも関わらず、この国にはロータスが残してきたものがあまりにも多く、要らぬ置き土産だらけだ。
 まるで、まだロータスが生きているかのように錯覚してしまうほどに。

 例えば、新生魔王軍の残党もまたそのうちの一つ。

 滑稽と言えるほど笑える話ではないが、勇者も暗殺され当の魔王も退場していき、全てが終わった今に至っても、魔王を崇拝する者がいる。
 その魔王とやらは、勇者ロータスの設立したネルムフィラ魔導士学院に通っている一人の生徒に過ぎないというのに。

 どんな思想があってかき集められた連中なのかは知らんが、ほんの数年ほど前に、世界を恐怖に陥れたという我の存在すら認知していないような輩たちだ。
 自分の意思があって、自分の使命を持って活動しているとは到底思えない。

 強大な力を持っている者の傘下にいたという事実と、勇者を暗殺したという事実を誇りとして掲げ、自己正義に溺れた集団なのは容易に想像できる。
 悲しいくらいに救いようのない抜け殻みたいな存在だ。

 一時は新魔王を中心として勇者ロータスと手を組んでいた実力者が揃っていたが、そのいずれもパエデロスと友好を結んでいたレッドアイズに対する国家反逆罪として全員まとめて牢屋にぶち込まれてしまったので、残り物しかない。

 気がかりだったのは、新魔王――というかリコリスをそそのかしたかつての従者、セバスチャンの存在だったが、どうやらリコリスが手のひら返して魔王をやめてからまた姿をくらましてしまったらしく、残党に言うほどの脅威はないと断言できる。

 だからといって即ち完全な無力というわけでもなくて、厄介な存在であることには変わりない。残党どもは無駄に数が多いからな。

 ダリアやマルペル、リンドーを始めとしたロータスの仲間たちに加え、バックにはレッドアイズの精鋭たちに、事実上のパエデロスの領主バレイが目を光らせており、そこに我も力を貸してやっている。

 資金援助やら、警備強化やら、何気に我の仕事も多くなってきた。
 伊達にジャガイモ農家で稼いではいない。
 最近では他にも色々な生産業にも手を伸ばしており、金に糸目はつけない。

 独自の治安維持部隊を結成して、どうにかこうにかパエデロスの平和を守っているというわけだ。あまり表沙汰にはしないようにしているがな。

 普段はネルムフィラ魔導士学院に通う生徒。
 しかし、その裏では国の平和を守る謎の令嬢。
 我ながらおかしなことをしていると思う。

 これも、あの勇者ロータスから託されたものだから仕方ない。
 そんな義理もありはしないのだが、死ぬ間際に遺言を受け取ってしまったのだからそれをそのまま無視するわけにもいくまい。

 とはいうものの、リコリスが学校に通うようになってから我の疲労も倍増だ。
 せめて学校だけは平穏のままでありたかったが、そうさせてはもらえないようだ。

 そろそろ学校生活も飽きてきている頃だと思っていたのはどうやら我だけのようで新しい友人を獲得したリコリスはすっかり学校を気に入ってしまった様子。
 相変わらず、授業の方は真面目に受ける気はないようだが。

 水面下で何かが動くパエデロス。
 リコリスが騒動を巻き起こすネルムフィラ魔導士学院。
 どうやら、気付いたら我は、とんでもないものの渦中にいるようだ。

 平和の国にいるというのに、我の平穏は何処にいってしまったのやら。

 ※ ※ ※

 午前の授業を終え、学生食堂に足を運んだ辺りで、ソイツと出くわす。

「よお、フィーか。なんか最近お前、疲れた顔してんな」
「まあな。ご覧の通りだ」

 小生意気なこの小僧――パエニアは、嫌味なのか気遣いなのか判断し辛い態度で、声を掛けてくる。一応、クラスメイトということもあって、顔を見ない日もないが、なんだか日に日に我に接触してくることが多くなったような気がしないでもない。

「アイツに振り回されすぎだろ。今日も机がひとつぺしゃんこだったしな」
「もはや机の一脚くらい軽いものだろう。リコリスも少しずつ環境に馴染んできて、力加減も覚えてきたようだ」
「つか……麻痺しすぎだっつの。アイツはその……アレだ。魔王、なんだろ?」
 後半は周囲に気を張ってか、ボソっと弱めに言う。

 一応パエニアはこの学校でも数少ないリコリスの正体を知っている側だ。
 他にクラスメイトで知っているのはミモザくらいだろう。

「正確に言えば、元魔王だ。面倒臭がって魔王やめてしまったからな」
「細けえことはどうでもいい。あのまま好き勝手にさせていいのかよ」
「被害が出るのは我としても好ましくはないが、あれでいて少しずつ減っているし、そう邪険にすることもないだろう」
「なんかお前、結構アイツの肩を持つよな」

 どうにもブスっとした態度で返された。
 クラスメイトとしてトラブルに巻き込まれることに嫌気が差しているというより、何かが釈然としないという顔をしている。その気持ちは分からんでもない。

 リコリスは、ロータスを暗殺した組織のボスという立場だった。
 リコリスが手を貸さなければ、ロータスが死ぬことはなかっただろう。
 だが、首謀者という意味合いではリコリスは利用された側であり、暗殺そのものを計画したのはレッドアイズ国の裏切りものの面々だ。

 アイツの無邪気っぷりにはほとほと呆れ果てるが、元を辿れば我のためを想っての行動が巡り巡って勇者の暗殺へと帰結してしまったのだから、追求する気も削がれるというものだ。

 いつだったかダリアも言っていた話だが、リコリス自身は無垢な存在だからこそ、また誰かに悪用されないよう見守っていなければならない。

 パエニアは我がさもリコリスを擁護しているよう解釈してしまっているようだが、それは厳密には違う。

「リコリスは自覚なしにあらぬ騒ぎを起こしているが、別に本心ではないからな」
「まるで昔からアイツのことをよく知ってるみたいに言うよな」

 なんだろうな、このふてくされるような不機嫌な態度は。

「リコリスの奴もお前のこと昔から知ってる風だったし、お前らどういう関係だよ」
「ん……いや、それはまあ……昔からの知り合いではあるが」
「フィー。ひょっとしてお前も前は魔王だった、とかじゃないよな」

 どうしてそんな結論に至ったのか分からない。
 分からないが、確信めいたパエニアの鋭い目つきが妙に刺さる。

 確かに我も魔王だったときがあったのは事実だ。
 今はもう全盛期の力など残っていないどころか、魔力の才能すら涸れている。

 平穏に過ごしたい。
 そんな理由でずっと魔王であることを隠し続けてきたが、よもやそれすらももう、叶わぬようになってきたとでもいうのか。

 いよいよもって我の平穏は危ぶまれる。


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 何かがおかしい。そう自覚し始めたのは、実のところ最近のことではなかった。
 少なからずとも、かなり前から異変を感じていたことだけは確かだ。
 何が要因となって、何が起きているのかは言及するまでもない。
 分かりきったことが、ただただ現実になっているだけに過ぎないのだろう。
 結末の見えたお話ほど、興が削がれるものもないが……。
 何にせよ、今の我にできることといえば、今ある平穏を保つことばかり。
 異種族国家パエデロスは、相変わらずのほほんと平和を謳歌しているようでいて、その水面下では淀んだ何かが渦巻いている。
 それは、かつて世界を救った男、ロータスが暗殺されたあの日を境に苛烈になり、どれだけ目を伏せようとしても無視できないほど大きくなりつつあった。
 なんとも不思議なもので、ロータスがいないという喪失感はあるのにも関わらず、この国にはロータスが残してきたものがあまりにも多く、要らぬ置き土産だらけだ。
 まるで、まだロータスが生きているかのように錯覚してしまうほどに。
 例えば、新生魔王軍の残党もまたそのうちの一つ。
 滑稽と言えるほど笑える話ではないが、勇者も暗殺され当の魔王も退場していき、全てが終わった今に至っても、魔王を崇拝する者がいる。
 その魔王とやらは、勇者ロータスの設立したネルムフィラ魔導士学院に通っている一人の生徒に過ぎないというのに。
 どんな思想があってかき集められた連中なのかは知らんが、ほんの数年ほど前に、世界を恐怖に陥れたという我の存在すら認知していないような輩たちだ。
 自分の意思があって、自分の使命を持って活動しているとは到底思えない。
 強大な力を持っている者の傘下にいたという事実と、勇者を暗殺したという事実を誇りとして掲げ、自己正義に溺れた集団なのは容易に想像できる。
 悲しいくらいに救いようのない抜け殻みたいな存在だ。
 一時は新魔王を中心として勇者ロータスと手を組んでいた実力者が揃っていたが、そのいずれもパエデロスと友好を結んでいたレッドアイズに対する国家反逆罪として全員まとめて牢屋にぶち込まれてしまったので、残り物しかない。
 気がかりだったのは、新魔王――というかリコリスをそそのかしたかつての従者、セバスチャンの存在だったが、どうやらリコリスが手のひら返して魔王をやめてからまた姿をくらましてしまったらしく、残党に言うほどの脅威はないと断言できる。
 だからといって即ち完全な無力というわけでもなくて、厄介な存在であることには変わりない。残党どもは無駄に数が多いからな。
 ダリアやマルペル、リンドーを始めとしたロータスの仲間たちに加え、バックにはレッドアイズの精鋭たちに、事実上のパエデロスの領主バレイが目を光らせており、そこに我も力を貸してやっている。
 資金援助やら、警備強化やら、何気に我の仕事も多くなってきた。
 伊達にジャガイモ農家で稼いではいない。
 最近では他にも色々な生産業にも手を伸ばしており、金に糸目はつけない。
 独自の治安維持部隊を結成して、どうにかこうにかパエデロスの平和を守っているというわけだ。あまり表沙汰にはしないようにしているがな。
 普段はネルムフィラ魔導士学院に通う生徒。
 しかし、その裏では国の平和を守る謎の令嬢。
 我ながらおかしなことをしていると思う。
 これも、あの勇者ロータスから託されたものだから仕方ない。
 そんな義理もありはしないのだが、死ぬ間際に遺言を受け取ってしまったのだからそれをそのまま無視するわけにもいくまい。
 とはいうものの、リコリスが学校に通うようになってから我の疲労も倍増だ。
 せめて学校だけは平穏のままでありたかったが、そうさせてはもらえないようだ。
 そろそろ学校生活も飽きてきている頃だと思っていたのはどうやら我だけのようで新しい友人を獲得したリコリスはすっかり学校を気に入ってしまった様子。
 相変わらず、授業の方は真面目に受ける気はないようだが。
 水面下で何かが動くパエデロス。
 リコリスが騒動を巻き起こすネルムフィラ魔導士学院。
 どうやら、気付いたら我は、とんでもないものの渦中にいるようだ。
 平和の国にいるというのに、我の平穏は何処にいってしまったのやら。
 ※ ※ ※
 午前の授業を終え、学生食堂に足を運んだ辺りで、ソイツと出くわす。
「よお、フィーか。なんか最近お前、疲れた顔してんな」
「まあな。ご覧の通りだ」
 小生意気なこの小僧――パエニアは、嫌味なのか気遣いなのか判断し辛い態度で、声を掛けてくる。一応、クラスメイトということもあって、顔を見ない日もないが、なんだか日に日に我に接触してくることが多くなったような気がしないでもない。
「アイツに振り回されすぎだろ。今日も机がひとつぺしゃんこだったしな」
「もはや机の一脚くらい軽いものだろう。リコリスも少しずつ環境に馴染んできて、力加減も覚えてきたようだ」
「つか……麻痺しすぎだっつの。アイツはその……アレだ。魔王、なんだろ?」
 後半は周囲に気を張ってか、ボソっと弱めに言う。
 一応パエニアはこの学校でも数少ないリコリスの正体を知っている側だ。
 他にクラスメイトで知っているのはミモザくらいだろう。
「正確に言えば、元魔王だ。面倒臭がって魔王やめてしまったからな」
「細けえことはどうでもいい。あのまま好き勝手にさせていいのかよ」
「被害が出るのは我としても好ましくはないが、あれでいて少しずつ減っているし、そう邪険にすることもないだろう」
「なんかお前、結構アイツの肩を持つよな」
 どうにもブスっとした態度で返された。
 クラスメイトとしてトラブルに巻き込まれることに嫌気が差しているというより、何かが釈然としないという顔をしている。その気持ちは分からんでもない。
 リコリスは、ロータスを暗殺した組織のボスという立場だった。
 リコリスが手を貸さなければ、ロータスが死ぬことはなかっただろう。
 だが、首謀者という意味合いではリコリスは利用された側であり、暗殺そのものを計画したのはレッドアイズ国の裏切りものの面々だ。
 アイツの無邪気っぷりにはほとほと呆れ果てるが、元を辿れば我のためを想っての行動が巡り巡って勇者の暗殺へと帰結してしまったのだから、追求する気も削がれるというものだ。
 いつだったかダリアも言っていた話だが、リコリス自身は無垢な存在だからこそ、また誰かに悪用されないよう見守っていなければならない。
 パエニアは我がさもリコリスを擁護しているよう解釈してしまっているようだが、それは厳密には違う。
「リコリスは自覚なしにあらぬ騒ぎを起こしているが、別に本心ではないからな」
「まるで昔からアイツのことをよく知ってるみたいに言うよな」
 なんだろうな、このふてくされるような不機嫌な態度は。
「リコリスの奴もお前のこと昔から知ってる風だったし、お前らどういう関係だよ」
「ん……いや、それはまあ……昔からの知り合いではあるが」
「フィー。ひょっとしてお前も前は魔王だった、とかじゃないよな」
 どうしてそんな結論に至ったのか分からない。
 分からないが、確信めいたパエニアの鋭い目つきが妙に刺さる。
 確かに我も魔王だったときがあったのは事実だ。
 今はもう全盛期の力など残っていないどころか、魔力の才能すら涸れている。
 平穏に過ごしたい。
 そんな理由でずっと魔王であることを隠し続けてきたが、よもやそれすらももう、叶わぬようになってきたとでもいうのか。
 いよいよもって我の平穏は危ぶまれる。