【従業員】ツヤツヤスミ

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 異種族混合国家として知られる国王なき大国パエデロスには、世界各国から様々や理由で訪れる者が後を絶たない。

 周囲に多くのダンジョンが点在していることから冒険者がやってきたり、そんな冒険者たちに金の匂いを感じて商人がやってきたり、そういう環境に関心を抱いた貴族がやってきたり。

 昨今では、ネルムフィラ魔導士学院なる、魔力の才に恵まれなかった凡人さえ魔法を学べるという学校が設立されたことにより、ますますの発展を遂げている。

 そんな、パエデロスの片隅。
 国外からも評判を集めている魔具店なるものが存在していた。

「いらっしゃいませ! いつもありがとうございます!」

 黒髪の従業員がハキハキと元気よく、お客に向かって挨拶する。
 あまりそこいらでは見かけない変な髪型をしているが、その天真爛漫っぷりの前では些細な話である。一部の客は彼女の顔を見たくて来ているほどだ。

「ん? ヤスミ、今日は随分と元気がいいじゃねえか。いや、いつも明るいけどよ」

 大の男よりもさらに巨体の筋肉ムキムキ女、ノイデスが疑問を投げかける。
 日頃より、ヤスミの明るさや愛嬌には憧れるものがあり、いつにない溢れんばかりの元気っぷりが気に掛かったようだ。

「そう見えますか? えへへ、昨日はちょっといいことがあったものですから」

 と、満面の笑みでそう答える。頬を果実のように赤く染め上げる辺り、本当にとびっきりのいいことがあったことは何となく察せた。

 るんるん気分で接客している分には何ら問題ないし、別段お客に対して粗相があるわけでもなく、支障らしい支障も出ていない。
 しかし、それでも気になるものは気になる。

「ありゃあ一体なんなんだ?」
 ノイデスが首を傾げる。

 昨日といえば、店内は一時休業ということで閉めており、工房では受注のあった商品を生産するので忙しかった。勿論ノイデスも従業員の一人としてひっきりなしに動き回っており、その黒光りする筋肉を大いにふるっていた。

 その一方で、ヤスミは生産ではなく、材料を調達する側に回り、外に出ていた。
 しかも外といっても商店街や市場の方ではなく、近くの森の方だ。

 森の中で野草やらキノコやらを採取しに行った程度で、一体どんないいことがあったというのか。あまり頭の巡りがよくないノイデスには分かりようもなかった。

 加えて、何処かをほっつき歩いて寄り道する余裕もなかったはず。何せ、帰ってきたときには専用の鞄の中いっぱいに野草などを詰め込んできていたのだから。

 そこら辺に売っているような安価な薬草などとはワケが違う。
 森の奥を探索していなければ手に入らないような希少な素材ばかりだ。
 だとすれば尚のこと、昨日は丸一日森に篭もりっきりだったということになる。

「きっとぉ、殿方ですよぉ。あの顔はぁ」
 ゆったりとしたおっとりボイスで、褐色白髪エルフが横からボソっと入ってくる。

 彼女もまたこの店の従業員、デニアである。
 何処か面白いものを見ているかのような表情をしている。

「お、男? あのヤスミがか?」
 思いの外、ノイデスはドギマギとした戸惑った顔を浮かべる。

 それは、あながちあり得ないという戸惑いでもあり、まさか同僚にそんな相手がという戸惑いでもある。そんなノイデスの感極まった顔は、実に乙女だ。

「うふふ、ヤスミさんも隅にはおけませんねぇ」
 デニアはこれでもかというくらいニマニマとした表情で、ヤスミを眺める。

 確かに見れば見るほど、あの元気はつらつな様子は、ちょっとやそっとのことではない。かつてあそこまでツヤツヤとしたヤスミを見たことはなかった。

「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」

 普段も、その持ち前の明るさは度々評判になるほどではあったが、今はもはや太陽のような眩しさ。それは同じ従業員だけでなく、常連客ですらそのいつもとの違いを察しつつあった。

「なんか、今日のヤスミちゃん……すごい、いいな」
「よく分からないけど、いつもより可愛らしいというか」
「ああ、ヤスミちゃんの笑顔だけで色々なものが浄化されるみたいだぁ」

 ボソボソと店の端で、冒険者の男たちが遠目にヤスミを眺めながら、気色悪いほどにニヤついていた。それによって店内に異様な空気が蔓延していく。
 それほどまでにツヤツヤとしたヤスミの反響は大きかったといえるだろう。

「おい、サンシ。お前、なんか知ってるか? ヤスミの奴、昨日何があったんだ?」
「昨日は私も貴女と一緒に工房で作業していたでしょう?」

 黙々と店内の隅っこに設けられた工房で剣を研いでいたドワーフ娘のサンシが、何処か呆れるような表情でノイデスを見上げる。同じ場所で作業していたのだから外で起きたことなど知るよしもない。

「ほっほっほ……しかし、ヤスミさんが色恋沙汰というのはあながち間違いではないのかもしれませんね。何処かで想い人との逢瀬に興じていたのかもしれませんな」

 何か知っているかのような口ぶりで、サンシは薄い笑みを浮かべる。言い回しからして、当てずっぽうで適当なことを言っているようには思えなかった。
 それがまたもどかしく、ノイデスの顔に出る。

 あのヤスミが一体何処で誰とどんなことをしていたのだろう。そんな妄想がノイデスの脳裏を過ぎり、頭が沸騰しかける。
 そんなはずはない、と否定することができず、悶々としてしまったが、頭をブンブンと振って妄想を払う。

「おやおや、ノイデスさん。どのようなことを想像したのですかな?」
「い、いや、別に想像なんて……つか、ニヤついてんじゃねえよ、サンシ!」
「ほっほっほ。そんなに気になるなら本人に詳しく聞いてみてはいかがですか?」

 さっきは「何かいいことがあった」くらいのことしか聞き出せなかった。ひょっとすればもう少し踏み込んだ質問をすれば、答えてくれるかもしれない。
 だが、さしものノイデスも踏みとどまってしまう。あのヤスミの上機嫌っぷりからしても、夕飯のおかずが安く済んだ程度の話とは到底思えないからだ。

 もし、何か色恋沙汰の話が本当だったとして、そんな赤裸々な話をぶつけられたら自分がどうにかなってしまいそうな気がして、その一歩を踏み出せないのだ。

「別に俺はそこまで興味ねーし!」
 そう意地を張るので精一杯だった。

 従業員の面々もこのような調子だ。
 聞き出しづらい半々、聞いたところでどうもしようもないのが本音だろう。

 その一方で、この店を訪れている常連客の面々にいたっては、もし本当にヤスミに男女間の関係性があるという事実が明かされたら直ちに脳が破壊されるであろうことを危惧して、もはや一触即発の空気を察知していた。

 事実として、彼ら、彼女らの予測憶測は概ね正しかったと言える。

 ヤスミは予てよりお慕いしていた異性――己の師匠と邂逅していた。

 ただそれは、誰かが想像するようなロマンティックなものとは大きく掛け離れたものであり、ある種、ヤスミの一方的な感情の暴走ともいえるものだった。

 果たして昨日再会を果たした師匠と弟子はどのような会話を交わし、どのようなやりとりを経て今に至るのか。その真実の一部始終を知る者はこの場にはいない。

 明確に言えることは、ただただヤスミは底知れぬ恋心という名の爆弾を、その胸の内に秘めて、今にも暴発しそうな感情を抑えつけるばかりだった。

「うふふ、いつもありがとうございます! またいらしてくださいね! お待ちしております!」

 ヤスミの瞳の奥に爛々と光るハートの目が明瞭にそれを示していた。


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次のエピソードへ進む 第189話 平穏から遠ざかっていく


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 異種族混合国家として知られる国王なき大国パエデロスには、世界各国から様々や理由で訪れる者が後を絶たない。
 周囲に多くのダンジョンが点在していることから冒険者がやってきたり、そんな冒険者たちに金の匂いを感じて商人がやってきたり、そういう環境に関心を抱いた貴族がやってきたり。
 昨今では、ネルムフィラ魔導士学院なる、魔力の才に恵まれなかった凡人さえ魔法を学べるという学校が設立されたことにより、ますますの発展を遂げている。
 そんな、パエデロスの片隅。
 国外からも評判を集めている魔具店なるものが存在していた。
「いらっしゃいませ! いつもありがとうございます!」
 黒髪の従業員がハキハキと元気よく、お客に向かって挨拶する。
 あまりそこいらでは見かけない変な髪型をしているが、その天真爛漫っぷりの前では些細な話である。一部の客は彼女の顔を見たくて来ているほどだ。
「ん? ヤスミ、今日は随分と元気がいいじゃねえか。いや、いつも明るいけどよ」
 大の男よりもさらに巨体の筋肉ムキムキ女、ノイデスが疑問を投げかける。
 日頃より、ヤスミの明るさや愛嬌には憧れるものがあり、いつにない溢れんばかりの元気っぷりが気に掛かったようだ。
「そう見えますか? えへへ、昨日はちょっといいことがあったものですから」
 と、満面の笑みでそう答える。頬を果実のように赤く染め上げる辺り、本当にとびっきりのいいことがあったことは何となく察せた。
 るんるん気分で接客している分には何ら問題ないし、別段お客に対して粗相があるわけでもなく、支障らしい支障も出ていない。
 しかし、それでも気になるものは気になる。
「ありゃあ一体なんなんだ?」
 ノイデスが首を傾げる。
 昨日といえば、店内は一時休業ということで閉めており、工房では受注のあった商品を生産するので忙しかった。勿論ノイデスも従業員の一人としてひっきりなしに動き回っており、その黒光りする筋肉を大いにふるっていた。
 その一方で、ヤスミは生産ではなく、材料を調達する側に回り、外に出ていた。
 しかも外といっても商店街や市場の方ではなく、近くの森の方だ。
 森の中で野草やらキノコやらを採取しに行った程度で、一体どんないいことがあったというのか。あまり頭の巡りがよくないノイデスには分かりようもなかった。
 加えて、何処かをほっつき歩いて寄り道する余裕もなかったはず。何せ、帰ってきたときには専用の鞄の中いっぱいに野草などを詰め込んできていたのだから。
 そこら辺に売っているような安価な薬草などとはワケが違う。
 森の奥を探索していなければ手に入らないような希少な素材ばかりだ。
 だとすれば尚のこと、昨日は丸一日森に篭もりっきりだったということになる。
「きっとぉ、殿方ですよぉ。あの顔はぁ」
 ゆったりとしたおっとりボイスで、褐色白髪エルフが横からボソっと入ってくる。
 彼女もまたこの店の従業員、デニアである。
 何処か面白いものを見ているかのような表情をしている。
「お、男? あのヤスミがか?」
 思いの外、ノイデスはドギマギとした戸惑った顔を浮かべる。
 それは、あながちあり得ないという戸惑いでもあり、まさか同僚にそんな相手がという戸惑いでもある。そんなノイデスの感極まった顔は、実に乙女だ。
「うふふ、ヤスミさんも隅にはおけませんねぇ」
 デニアはこれでもかというくらいニマニマとした表情で、ヤスミを眺める。
 確かに見れば見るほど、あの元気はつらつな様子は、ちょっとやそっとのことではない。かつてあそこまでツヤツヤとしたヤスミを見たことはなかった。
「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
 普段も、その持ち前の明るさは度々評判になるほどではあったが、今はもはや太陽のような眩しさ。それは同じ従業員だけでなく、常連客ですらそのいつもとの違いを察しつつあった。
「なんか、今日のヤスミちゃん……すごい、いいな」
「よく分からないけど、いつもより可愛らしいというか」
「ああ、ヤスミちゃんの笑顔だけで色々なものが浄化されるみたいだぁ」
 ボソボソと店の端で、冒険者の男たちが遠目にヤスミを眺めながら、気色悪いほどにニヤついていた。それによって店内に異様な空気が蔓延していく。
 それほどまでにツヤツヤとしたヤスミの反響は大きかったといえるだろう。
「おい、サンシ。お前、なんか知ってるか? ヤスミの奴、昨日何があったんだ?」
「昨日は私も貴女と一緒に工房で作業していたでしょう?」
 黙々と店内の隅っこに設けられた工房で剣を研いでいたドワーフ娘のサンシが、何処か呆れるような表情でノイデスを見上げる。同じ場所で作業していたのだから外で起きたことなど知るよしもない。
「ほっほっほ……しかし、ヤスミさんが色恋沙汰というのはあながち間違いではないのかもしれませんね。何処かで想い人との逢瀬に興じていたのかもしれませんな」
 何か知っているかのような口ぶりで、サンシは薄い笑みを浮かべる。言い回しからして、当てずっぽうで適当なことを言っているようには思えなかった。
 それがまたもどかしく、ノイデスの顔に出る。
 あのヤスミが一体何処で誰とどんなことをしていたのだろう。そんな妄想がノイデスの脳裏を過ぎり、頭が沸騰しかける。
 そんなはずはない、と否定することができず、悶々としてしまったが、頭をブンブンと振って妄想を払う。
「おやおや、ノイデスさん。どのようなことを想像したのですかな?」
「い、いや、別に想像なんて……つか、ニヤついてんじゃねえよ、サンシ!」
「ほっほっほ。そんなに気になるなら本人に詳しく聞いてみてはいかがですか?」
 さっきは「何かいいことがあった」くらいのことしか聞き出せなかった。ひょっとすればもう少し踏み込んだ質問をすれば、答えてくれるかもしれない。
 だが、さしものノイデスも踏みとどまってしまう。あのヤスミの上機嫌っぷりからしても、夕飯のおかずが安く済んだ程度の話とは到底思えないからだ。
 もし、何か色恋沙汰の話が本当だったとして、そんな赤裸々な話をぶつけられたら自分がどうにかなってしまいそうな気がして、その一歩を踏み出せないのだ。
「別に俺はそこまで興味ねーし!」
 そう意地を張るので精一杯だった。
 従業員の面々もこのような調子だ。
 聞き出しづらい半々、聞いたところでどうもしようもないのが本音だろう。
 その一方で、この店を訪れている常連客の面々にいたっては、もし本当にヤスミに男女間の関係性があるという事実が明かされたら直ちに脳が破壊されるであろうことを危惧して、もはや一触即発の空気を察知していた。
 事実として、彼ら、彼女らの予測憶測は概ね正しかったと言える。
 ヤスミは予てよりお慕いしていた異性――己の師匠と邂逅していた。
 ただそれは、誰かが想像するようなロマンティックなものとは大きく掛け離れたものであり、ある種、ヤスミの一方的な感情の暴走ともいえるものだった。
 果たして昨日再会を果たした師匠と弟子はどのような会話を交わし、どのようなやりとりを経て今に至るのか。その真実の一部始終を知る者はこの場にはいない。
 明確に言えることは、ただただヤスミは底知れぬ恋心という名の爆弾を、その胸の内に秘めて、今にも暴発しそうな感情を抑えつけるばかりだった。
「うふふ、いつもありがとうございます! またいらしてくださいね! お待ちしております!」
 ヤスミの瞳の奥に爛々と光るハートの目が明瞭にそれを示していた。