第188話 全てが燃え尽きた後に

ー/ー



 なんとも恐ろしい光景を見てしまった。

 全てを終え、パエデロスに五体満足で生還できたのは奇跡としか思えなかった。
 あれからあのとき何が起こったのかを振り返るのもおぞましい。

 ただ明確に言えることは、霧蜘蛛の森は消し炭となってしまったということ。
 一応我も色々と手を尽くしたつもりではあったし、ミモザやクラメ、リコリスも、あの鬼の魔女を説得しようとしたが、あれこそまさに焼け石に水。

 何処までも燃え広がって、燃え盛る、火の海と化したあの森を食い止めることは、とうとうできなかった。
 途中でリコリスが飽きて帰らなければまだどうにかなったのかもしれないが。

 よもや、あのダリアがあそこまでシゲルに対し、底知れぬ憎悪を持っていたとは、さすがの我も知らなかった。あれはもう理性を無くした心なき怪物のようだった。
 シゲルの奴め、本当に何をしでかしたんだ。

 というわけで、赤い魔女の怒りの業火に焼かれて、霧蜘蛛の森は焼失してしまい、今後しばらくは例の希少な野草やキノコは遠方から取り寄せるしかなくなった。
 一応、我らが採集した分はなんとか死守したからそこばかりは事無きことを得た。

 ネルムフィラ魔導士学院の校舎ならいざ知らず、パエデロス付近にある森のことは何の制定もなかったからダリアもお咎め無しだ。

 その辺りのことはちょっと腑に落ちないのだが、無数の冒険者たちが訪れるようなダンジョンまみれのパエデロスで「破壊的行為は罰則だ」なんて規則を設けてみろ。誰もダンジョンを探索することができなくなってしまう。

 まずダンジョンそのものを消滅させることができるものが早々いるわけがないからそんなことは暗黙の了解の話なのだ。
 ダンジョンは皆で共有しましょうだのできるだけ破壊しないようにしましょうだの法律やら規則やらで制定するまでもなく、したらしたで別の問題が発生する。

 何はともあれ、材料調達を終え、無事生還できたのだからこれ以上のことはない。
 一体あの場所で何が起こったのかなんて後世にも伝えたくもない。

 ※ ※ ※

「うむ、よかろう。リコリス君。材料の調達ご苦労であった」
「とても大変だったわ」

 ネルムフィラ魔導士学院の職員室内で、野草やらキノコやらが注文よりもどっさり詰まった袋とそのリストを渡し、カーネ教師はギラリと眼鏡を光らす。
 あの険しい顔は、何処か不服に思っているところがありそうだ。

 まあ、近場で希少な植物が採れる森が一つ消えたわけだしな。
 その犯人がリコリスならもっと話は分かりやすかっただろうが、まさかの犯人は、自分の直ぐ近くに立っている赤髪の魔女だというのだから眉間のしわも深くなる。

 てっきり我もリコリスが森を焼き尽くすかもしれない瀬戸際かと思っていたから、無事に蜘蛛の巣穴を抜け出してホッとしていた矢先にまさかのダリアだ。
 ダリアとシゲルは会わせてはいけない。必ず厄災が起きる。

 ついでに言っておくと、あの後シゲルは逃げおおせたらしい。
 何せ、ダリアと燃え盛る追いかけっこの後、姿を眩ませたからな。
 その傍らにはヤスミもいたのだが、まさしく目に焼き付いたといってもいい。

 シゲルを先頭にして、後ろからダリアの火炎魔法が迸り、それをかいくぐるようにヤスミがヒョイヒョイと曲芸のようにいなしながら師匠の後ろにピッタリとつく。
 もはや人間業ではなかった。シゲルの弟子というだけある。

「あの……ダリアしぇんしぇい。注文の品は、昨日のうちに従業員のみなしゃんが、馬車で届けておきましらから……」
「……うん、ありがとう……」

 精も根も尽き果てたかのよう、あるいは燃え尽きた灰のようにうなだれるダリアにミモザは気遣うように優しく声をかけ、リストを手渡す。
 あれにはなんて声を掛けたものか。

 仕事の依頼を受けたのはミモザ。
 別件の罰として依頼の手伝いを命じられたのはリコリス。
 自主的についてきたのは我とクラメ。
 勝手に大暴れして何もかも破壊し尽くしたのがダリア。

 我なんも悪くないし、やること全部やったから咎めようもないし。
 そりゃあまあ、リコリスのせいで色々なトラブルには見舞われたけども。

「なあ、リコリス。お前の力でせめて森を戻せないか?」
「さっちゃん、何を言っているのよ。失われたものはそう簡単には取り戻せないわ。あれだけ広範囲に焼け爛れた森を以前までの状態にするには半日かかるし、疲れる。局所的に時間を弄るのならもっと早めになんとかできるけど、国一つ飲み込む規模のブラックホールが発生することは間違いないわね。面倒くさいわ」

 リコリスに言い負かされてしまった。
 明らかに不可能じゃなさそうなのにキッパリと断られるのは正直悔しいぞ。
 普段は理論も理屈もふやけた寝ぼけ小娘のくせに、こういうとこはブレない。

「ま、まあそれなら仕方ないか……」

 現状、ダリアに押しつけられる責任があるわけでもないし、パエデロスの郊外で、大暴れしちゃいましたくらいのことだ。猛省してもらうだけに留めておこう。
 監視対象であるリコリスは今回、何の問題も起こさなかったのだしな。

「さあ……、アンタたち。そろそろ授業が始まるわ……教室に行きなさい」

 生気を感じられないボロボロのダリアに促されるまま、我らは職員室を後にする。
 これからアイツの授業を受けるのだと思うと、色々と耐えられる気がしない。

「ふひっ、昨日は、本当に、お、お疲れ様でした」
「ああ、なんとか命に別状がなくてよかったな」
「あの、ふひ、わ、私、こういってはなんですが、そ、その楽しかった、です」

 鼻息強めにクラメが顔を伏せながら言う。

「そうだったのかしら。でも、ボンちゃんが楽しかったのなら良かったわ」
「ええ、ええ、私、結構その、箱入り、といいますか、あまり街の外に出ることも、あまりなかった、ふひ、ものですから。皆さんと一緒に、あんな冒険ができたことがとても、とても、嬉しかった、んです」

 クラメはクラスメイトの中でも自然と距離をおいていたところはあった。
 それは自分がハーフオークだからということもあるからだろう。
 あの豚鼻のコンプレックスを危惧して、他の貴族になじられないよう、家族からも大層大事にされていたことは何となく察せる。

「クラメしゃんがいてくれたから珍しいキノコも沢山見つけられて助かりましらよ。クモしゃんに捕まってしまったのは大変れしたが……」
「ふひ、そうですね。こんな私でも、お役に立てて、ふひっ、ふひひっ」

 物凄く上機嫌に鼻を鳴らしている。クラメがあんな風に笑うのも珍しいな。

「それに、昨日、私は、ふひひ、一つ大切なことを学びました」
「ふむ? 何を学んだんだ、クラメ」
「それは……真実の愛というもの、です。私、御伽噺の中だけだと、思ってました。ふひっ、あんな、あんな、燃えるような、情熱的な、愛が、あるなんて!」

 あれ? なんか急に話の雲行きが……。

「あの、ヤスミさんのような、熱烈な、ふひっ、感情。人は、恋に落ちると、ふひ、あんなにも熱くなれる、のだと」

 おぅいっ! なんか変な影響受けてるぅ!?
 お嬢様には刺激が強すぎたのか何なのか……。

「ダリア先生もまた、悲恋の愛に溺れた末路……ふひひ、これも、また儚いけれど、とても、ふひひひ、美しいものでした」

 まさかとは思うが、クラメにはあの鬼のような形相でシゲルを追い回すダリアが、そのように映っていたのか? う、美しいとは?

「ふひひひっ……とても勉強に、なりました」

 どうやらここに、余計な火をつけられた者がいたようだ。


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 全てを終え、パエデロスに五体満足で生還できたのは奇跡としか思えなかった。
 あれからあのとき何が起こったのかを振り返るのもおぞましい。
 ただ明確に言えることは、霧蜘蛛の森は消し炭となってしまったということ。
 一応我も色々と手を尽くしたつもりではあったし、ミモザやクラメ、リコリスも、あの鬼の魔女を説得しようとしたが、あれこそまさに焼け石に水。
 何処までも燃え広がって、燃え盛る、火の海と化したあの森を食い止めることは、とうとうできなかった。
 途中でリコリスが飽きて帰らなければまだどうにかなったのかもしれないが。
 よもや、あのダリアがあそこまでシゲルに対し、底知れぬ憎悪を持っていたとは、さすがの我も知らなかった。あれはもう理性を無くした心なき怪物のようだった。
 シゲルの奴め、本当に何をしでかしたんだ。
 というわけで、赤い魔女の怒りの業火に焼かれて、霧蜘蛛の森は焼失してしまい、今後しばらくは例の希少な野草やキノコは遠方から取り寄せるしかなくなった。
 一応、我らが採集した分はなんとか死守したからそこばかりは事無きことを得た。
 ネルムフィラ魔導士学院の校舎ならいざ知らず、パエデロス付近にある森のことは何の制定もなかったからダリアもお咎め無しだ。
 その辺りのことはちょっと腑に落ちないのだが、無数の冒険者たちが訪れるようなダンジョンまみれのパエデロスで「破壊的行為は罰則だ」なんて規則を設けてみろ。誰もダンジョンを探索することができなくなってしまう。
 まずダンジョンそのものを消滅させることができるものが早々いるわけがないからそんなことは暗黙の了解の話なのだ。
 ダンジョンは皆で共有しましょうだのできるだけ破壊しないようにしましょうだの法律やら規則やらで制定するまでもなく、したらしたで別の問題が発生する。
 何はともあれ、材料調達を終え、無事生還できたのだからこれ以上のことはない。
 一体あの場所で何が起こったのかなんて後世にも伝えたくもない。
 ※ ※ ※
「うむ、よかろう。リコリス君。材料の調達ご苦労であった」
「とても大変だったわ」
 ネルムフィラ魔導士学院の職員室内で、野草やらキノコやらが注文よりもどっさり詰まった袋とそのリストを渡し、カーネ教師はギラリと眼鏡を光らす。
 あの険しい顔は、何処か不服に思っているところがありそうだ。
 まあ、近場で希少な植物が採れる森が一つ消えたわけだしな。
 その犯人がリコリスならもっと話は分かりやすかっただろうが、まさかの犯人は、自分の直ぐ近くに立っている赤髪の魔女だというのだから眉間のしわも深くなる。
 てっきり我もリコリスが森を焼き尽くすかもしれない瀬戸際かと思っていたから、無事に蜘蛛の巣穴を抜け出してホッとしていた矢先にまさかのダリアだ。
 ダリアとシゲルは会わせてはいけない。必ず厄災が起きる。
 ついでに言っておくと、あの後シゲルは逃げおおせたらしい。
 何せ、ダリアと燃え盛る追いかけっこの後、姿を眩ませたからな。
 その傍らにはヤスミもいたのだが、まさしく目に焼き付いたといってもいい。
 シゲルを先頭にして、後ろからダリアの火炎魔法が迸り、それをかいくぐるようにヤスミがヒョイヒョイと曲芸のようにいなしながら師匠の後ろにピッタリとつく。
 もはや人間業ではなかった。シゲルの弟子というだけある。
「あの……ダリアしぇんしぇい。注文の品は、昨日のうちに従業員のみなしゃんが、馬車で届けておきましらから……」
「……うん、ありがとう……」
 精も根も尽き果てたかのよう、あるいは燃え尽きた灰のようにうなだれるダリアにミモザは気遣うように優しく声をかけ、リストを手渡す。
 あれにはなんて声を掛けたものか。
 仕事の依頼を受けたのはミモザ。
 別件の罰として依頼の手伝いを命じられたのはリコリス。
 自主的についてきたのは我とクラメ。
 勝手に大暴れして何もかも破壊し尽くしたのがダリア。
 我なんも悪くないし、やること全部やったから咎めようもないし。
 そりゃあまあ、リコリスのせいで色々なトラブルには見舞われたけども。
「なあ、リコリス。お前の力でせめて森を戻せないか?」
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 生気を感じられないボロボロのダリアに促されるまま、我らは職員室を後にする。
 これからアイツの授業を受けるのだと思うと、色々と耐えられる気がしない。
「ふひっ、昨日は、本当に、お、お疲れ様でした」
「ああ、なんとか命に別状がなくてよかったな」
「あの、ふひ、わ、私、こういってはなんですが、そ、その楽しかった、です」
 鼻息強めにクラメが顔を伏せながら言う。
「そうだったのかしら。でも、ボンちゃんが楽しかったのなら良かったわ」
「ええ、ええ、私、結構その、箱入り、といいますか、あまり街の外に出ることも、あまりなかった、ふひ、ものですから。皆さんと一緒に、あんな冒険ができたことがとても、とても、嬉しかった、んです」
 クラメはクラスメイトの中でも自然と距離をおいていたところはあった。
 それは自分がハーフオークだからということもあるからだろう。
 あの豚鼻のコンプレックスを危惧して、他の貴族になじられないよう、家族からも大層大事にされていたことは何となく察せる。
「クラメしゃんがいてくれたから珍しいキノコも沢山見つけられて助かりましらよ。クモしゃんに捕まってしまったのは大変れしたが……」
「ふひ、そうですね。こんな私でも、お役に立てて、ふひっ、ふひひっ」
 物凄く上機嫌に鼻を鳴らしている。クラメがあんな風に笑うのも珍しいな。
「それに、昨日、私は、ふひひ、一つ大切なことを学びました」
「ふむ? 何を学んだんだ、クラメ」
「それは……真実の愛というもの、です。私、御伽噺の中だけだと、思ってました。ふひっ、あんな、あんな、燃えるような、情熱的な、愛が、あるなんて!」
 あれ? なんか急に話の雲行きが……。
「あの、ヤスミさんのような、熱烈な、ふひっ、感情。人は、恋に落ちると、ふひ、あんなにも熱くなれる、のだと」
 おぅいっ! なんか変な影響受けてるぅ!?
 お嬢様には刺激が強すぎたのか何なのか……。
「ダリア先生もまた、悲恋の愛に溺れた末路……ふひひ、これも、また儚いけれど、とても、ふひひひ、美しいものでした」
 まさかとは思うが、クラメにはあの鬼のような形相でシゲルを追い回すダリアが、そのように映っていたのか? う、美しいとは?
「ふひひひっ……とても勉強に、なりました」
 どうやらここに、余計な火をつけられた者がいたようだ。