第187話 飛び火

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 白いモコモコが木々に絡みついた奇妙な森の中、ただ呆然としていた。
 我とミモザとクラメと、全ての元凶リコリスが立ち尽くす。

 ついさっきまで地下深くにある霧蜘蛛(ミストレッグ)の巣穴に飛び込んで軽く死にかけるような冒険の果てにボスの操糸の幻影蜘蛛(マリオネイト・ストリンガー)を倒してきた気がするのだが。

 ものの数秒で全てがなかったことのように済まされている。
 これぞまさに魔王になり得る力を持てあました月の民の本領……。
 マジでデタラメすぎる。舵取りひとつ失敗したら世界滅ぶぞ、マジで。

「蜘蛛のベッドはふわふわで心地よかったわ。まるで雲のベッドね」

 リコリスはまさに今自分が蜘蛛にさらわれていたことも自覚していないどころか、おそらく体内に超猛毒を打ち込まれていただろうに、まるでケロっとしている辺り、本当に何の助けも要らなかったのは間違いない。

 我らはかなり命がけで救助に向かったつもりなのだが、この始末である。
 色々と思うところもあるのだが……コイツに何を言っても仕方あるまい。

「ふひ、ふひ、リコリスさん、私、急にいなくなるから心配、したのですよ」
「そうなの? いつの間にかいなくなっていたのね。そういえば、気付いたときには地面の下で寝ていたんだったわ。そう、それは心配させたわね、ボンちゃん」

 クラメがリコリスに駆け寄り、熱い抱擁に加え、鼻を擦り合わせる。

「さっちゃんも、ごめんね」
「む”ーっ!?」

 急にクラメを振りほどいたかと思ったら、今度はこっちに来て抱きついてくる。
 ついでとばかりに我の唇を……。
 とんだ飛び火を喰らってしまった……。

「ひゃーっ!? フィーしゃん!?」
 ミモザが両手で顔を覆って隠すのが横目で見えてしまった。

 まったく、コイツという奴は。コイツという奴は!
 しかし、謝れるようになっただけ進歩はしているのか。

 幸い、今回は誰も怪我人は出なかった。実に奇跡的な生還を果たした。
 ひょっとしたら、この森も丸ごと消し炭にされていたかもしれなかったと思えば、丸く収まったとも言えるだろうな。

 もう一言くらい説教してやりたい気持ちを抑えつつここは涙を流すクラメに免じ、次の機会に持ち越すとしよう。なお、許すとは言っていない。

「やれやれ……なんだか一気に気が抜けてしまったわ……」
「さすがに私も疲れましら……、霧蜘蛛の巣穴の最深部なんて初めて入りましらし」
 あんなところ、もう二度と入りたくはないぞ。

「あら、じゃあもう帰るのかしら?」
「そうだな。色々あったが、必要な材料も十分揃ったしな」
 お前はあんまり集めてないけどな、リコリスよ。

「ふひ? で、でも、あの方は……ヤスミさんは、いいのですか?」
「あの女は――」

 正直面倒くさそうだったし、何より今からまた霧蜘蛛の巣穴に戻りたくもないし、放っておいてもいいかな――と思った矢先。

「師匠おおおぉぉぉぉぉぉっっ!!! 何ぁ故逃げるんですかああぁぁっ!!!!」

 なんとそこには元気に走り回るヤスミの姿が。
 その前にはシゲルもあり得ない速さでシュンシュンと飛び回っている。
 器用にまた霧蜘蛛の卵が埋まっているアシギリグサを避けながら。

 いやいや、リコリスの転移魔法でビュンと瞬間移動してきた我らはともかくとし、巣穴の最深部にいた二人が既に地上にいるってどんなスピードだ。
 そんなに短い道のりじゃなかっただろうに。

「問題なさそうだな。日が暮れる前に森を抜けよう」
「そ、そうれすね……。ヤスミしゃーん! 私たち先に帰りまふねー!」

 聞こえているかどうかは定かではないが、ミモザが大きく手を振る。
 明日からちゃんと営業に出てこれるんだろうな、アイツ。
 あれでも普段は清楚寄りで、ミモザの店の数少ない従業員なのだぞ。
 どんな空気で顔をあわせればいいのか分からん。

 何にせよ、あの二人の関係に首を突っ込むのだけはやめておこう。
 こちらが危害を被る前にとっととこの場を去るに限る。

 採集しておいた野草やキノコが足りているか確認しつつ、気持ちを切り替えよう。

「あれ? みんな、今帰り?」
「え? ダリアしゃん!? どうしてここに?」

 急転直下。じゃあ帰るか、の空気を醸し出したところで、唐突に姿を現したのは、なんでか、あろうことか、赤髪の魔女ダリアだった。本当何しに来た。
 箒なんかに跨がって飛んできちゃって、まるで魔女みたい。実際に魔女だが。

 そのままダリアはふわふわと地面に着地してきた。

「ちょっと気になって様子見にね。店の人に聞いたらここに向かってるっていうからつい来ちゃった」
「おいおい、もう十分な採集は終わってしまったぞ」
「あはは、そうみたいね」

 酷いタイミングもあったものだ。
 おそらくリコリスのことを心配してのことだろうが、なら尚のこと今さらすぎる。

「そんなに心配なら何故最初からついてこんかったのだ。酷い目に遭ったのだぞ」
 ひそひそとダリアに寄り、文句をぶつける。
「危険な森に行くなんて初耳だったからよ。てっきり街で仕入れてくるものかと」

 確かに街での買い物くらいだったらわざわざ出向くまでもなかったかもしれんが、それでもリコリスはお前らにとって監視対象だろうに。目を離すなや!
 というか、ちゃんと事前に何処行くかぐらい確認とっておかんか!

 何事もなく解決したからよかったものを、一歩間違えていたら大炎上だったしな。我も人のことを言えんが、ダリアも平和ボケしすぎではないのか。
 むしろ、逆だろうか。忙しすぎて手が回らなかったというのが正確か。

「みんなが無事で何よりよ。じゃあここからは一緒に帰り……ま……しょ?」
 何故だろう。ダリアが急に硬直した。
 あたかも頭から凍てつく冷気を被せられたかのように。

 一体、ダリアは何を見たというのか。
 その視線の先を追ってみると、丁度その対象は直ぐそこにまで来ていた。

「おおっとぉ?」

 先ほどからヤスミに追いかけ回されていたキモキモチャラ男がこちらに気付く。
 急に足を止めたものだから、背後からヤスミが勢いよく頭から飛び込んできたが、それを華麗にスルー。微塵も振り向きもせず器用に避けるもんだ。
 ヤスミは勢い余ってそのまま柔らかい地面にめり込む。

「あ、あ、あ、あ、あ、アンタぁ……し、シゲルぅ……ッッ!」
 ダリアから何か燃えたぎるような感情の暴走を感じる。

 そういえば二人は知り合いか。
 勇者ロータスと手を組み、我の城を急襲してきたレッドアイズ国の一派だったな。
 さすがにどういう関係なのかまでは割り出せてはいないが。

「よぉ、ハニー。久しぶり。こんなとこで会えるなんて奇遇だな」
 ダリアに対するシゲルのこの軽さよ。我の知るキモくてチャラい振る舞いだ。

 片やメラメラと、片やチャラチャラと。二人の温度差が途轍もない。
 ひょっとしなくてもこの二人、相性が悪いのだろうか。

 そういえば、いつだったか誰かに言われた気がする。あれは誰だっただろうか。
 シゲルのことはダリアだけには明かすなだとか、穏便なことにはならないだとか、ダリアの正気が保てないみたいなことも言ってたような。

「しげ、ししし、しげげ、シゲルルウゥゥゥ……ッッッ!!!!」
「なんだい、ハニー。久しぶりの再会がそんなに嬉しいのかい?」

 お前の目にはこれが歓喜する乙女の顔に見えるのか?
 我には、地獄の果てからやってきた鬼の形相にしか見えんのだが。

「ししし、師匠ぅぅぅ、師匠おぉぉうぅぅ……ッッッ!!!!」
 こっちもこっちで恋する乙女というより地の底から這い出てきた怨霊なのだが。

 なんなの、コイツの女関係。何をどう間違えたらこんなに狂えるの?


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 白いモコモコが木々に絡みついた奇妙な森の中、ただ呆然としていた。
 我とミモザとクラメと、全ての元凶リコリスが立ち尽くす。
 ついさっきまで地下深くにある|霧蜘蛛《ミストレッグ》の巣穴に飛び込んで軽く死にかけるような冒険の果てにボスの|操糸の幻影蜘蛛《マリオネイト・ストリンガー》を倒してきた気がするのだが。
 ものの数秒で全てがなかったことのように済まされている。
 これぞまさに魔王になり得る力を持てあました月の民の本領……。
 マジでデタラメすぎる。舵取りひとつ失敗したら世界滅ぶぞ、マジで。
「蜘蛛のベッドはふわふわで心地よかったわ。まるで雲のベッドね」
 リコリスはまさに今自分が蜘蛛にさらわれていたことも自覚していないどころか、おそらく体内に超猛毒を打ち込まれていただろうに、まるでケロっとしている辺り、本当に何の助けも要らなかったのは間違いない。
 我らはかなり命がけで救助に向かったつもりなのだが、この始末である。
 色々と思うところもあるのだが……コイツに何を言っても仕方あるまい。
「ふひ、ふひ、リコリスさん、私、急にいなくなるから心配、したのですよ」
「そうなの? いつの間にかいなくなっていたのね。そういえば、気付いたときには地面の下で寝ていたんだったわ。そう、それは心配させたわね、ボンちゃん」
 クラメがリコリスに駆け寄り、熱い抱擁に加え、鼻を擦り合わせる。
「さっちゃんも、ごめんね」
「む”ーっ!?」
 急にクラメを振りほどいたかと思ったら、今度はこっちに来て抱きついてくる。
 ついでとばかりに我の唇を……。
 とんだ飛び火を喰らってしまった……。
「ひゃーっ!? フィーしゃん!?」
 ミモザが両手で顔を覆って隠すのが横目で見えてしまった。
 まったく、コイツという奴は。コイツという奴は!
 しかし、謝れるようになっただけ進歩はしているのか。
 幸い、今回は誰も怪我人は出なかった。実に奇跡的な生還を果たした。
 ひょっとしたら、この森も丸ごと消し炭にされていたかもしれなかったと思えば、丸く収まったとも言えるだろうな。
 もう一言くらい説教してやりたい気持ちを抑えつつここは涙を流すクラメに免じ、次の機会に持ち越すとしよう。なお、許すとは言っていない。
「やれやれ……なんだか一気に気が抜けてしまったわ……」
「さすがに私も疲れましら……、霧蜘蛛の巣穴の最深部なんて初めて入りましらし」
 あんなところ、もう二度と入りたくはないぞ。
「あら、じゃあもう帰るのかしら?」
「そうだな。色々あったが、必要な材料も十分揃ったしな」
 お前はあんまり集めてないけどな、リコリスよ。
「ふひ? で、でも、あの方は……ヤスミさんは、いいのですか?」
「あの女は――」
 正直面倒くさそうだったし、何より今からまた霧蜘蛛の巣穴に戻りたくもないし、放っておいてもいいかな――と思った矢先。
「師匠おおおぉぉぉぉぉぉっっ!!! 何ぁ故逃げるんですかああぁぁっ!!!!」
 なんとそこには元気に走り回るヤスミの姿が。
 その前にはシゲルもあり得ない速さでシュンシュンと飛び回っている。
 器用にまた霧蜘蛛の卵が埋まっているアシギリグサを避けながら。
 いやいや、リコリスの転移魔法でビュンと瞬間移動してきた我らはともかくとし、巣穴の最深部にいた二人が既に地上にいるってどんなスピードだ。
 そんなに短い道のりじゃなかっただろうに。
「問題なさそうだな。日が暮れる前に森を抜けよう」
「そ、そうれすね……。ヤスミしゃーん! 私たち先に帰りまふねー!」
 聞こえているかどうかは定かではないが、ミモザが大きく手を振る。
 明日からちゃんと営業に出てこれるんだろうな、アイツ。
 あれでも普段は清楚寄りで、ミモザの店の数少ない従業員なのだぞ。
 どんな空気で顔をあわせればいいのか分からん。
 何にせよ、あの二人の関係に首を突っ込むのだけはやめておこう。
 こちらが危害を被る前にとっととこの場を去るに限る。
 採集しておいた野草やキノコが足りているか確認しつつ、気持ちを切り替えよう。
「あれ? みんな、今帰り?」
「え? ダリアしゃん!? どうしてここに?」
 急転直下。じゃあ帰るか、の空気を醸し出したところで、唐突に姿を現したのは、なんでか、あろうことか、赤髪の魔女ダリアだった。本当何しに来た。
 箒なんかに跨がって飛んできちゃって、まるで魔女みたい。実際に魔女だが。
 そのままダリアはふわふわと地面に着地してきた。
「ちょっと気になって様子見にね。店の人に聞いたらここに向かってるっていうからつい来ちゃった」
「おいおい、もう十分な採集は終わってしまったぞ」
「あはは、そうみたいね」
 酷いタイミングもあったものだ。
 おそらくリコリスのことを心配してのことだろうが、なら尚のこと今さらすぎる。
「そんなに心配なら何故最初からついてこんかったのだ。酷い目に遭ったのだぞ」
 ひそひそとダリアに寄り、文句をぶつける。
「危険な森に行くなんて初耳だったからよ。てっきり街で仕入れてくるものかと」
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 何事もなく解決したからよかったものを、一歩間違えていたら大炎上だったしな。我も人のことを言えんが、ダリアも平和ボケしすぎではないのか。
 むしろ、逆だろうか。忙しすぎて手が回らなかったというのが正確か。
「みんなが無事で何よりよ。じゃあここからは一緒に帰り……ま……しょ?」
 何故だろう。ダリアが急に硬直した。
 あたかも頭から凍てつく冷気を被せられたかのように。
 一体、ダリアは何を見たというのか。
 その視線の先を追ってみると、丁度その対象は直ぐそこにまで来ていた。
「おおっとぉ?」
 先ほどからヤスミに追いかけ回されていたキモキモチャラ男がこちらに気付く。
 急に足を止めたものだから、背後からヤスミが勢いよく頭から飛び込んできたが、それを華麗にスルー。微塵も振り向きもせず器用に避けるもんだ。
 ヤスミは勢い余ってそのまま柔らかい地面にめり込む。
「あ、あ、あ、あ、あ、アンタぁ……し、シゲルぅ……ッッ!」
 ダリアから何か燃えたぎるような感情の暴走を感じる。
 そういえば二人は知り合いか。
 勇者ロータスと手を組み、我の城を急襲してきたレッドアイズ国の一派だったな。
 さすがにどういう関係なのかまでは割り出せてはいないが。
「よぉ、ハニー。久しぶり。こんなとこで会えるなんて奇遇だな」
 ダリアに対するシゲルのこの軽さよ。我の知るキモくてチャラい振る舞いだ。
 片やメラメラと、片やチャラチャラと。二人の温度差が途轍もない。
 ひょっとしなくてもこの二人、相性が悪いのだろうか。
 そういえば、いつだったか誰かに言われた気がする。あれは誰だっただろうか。
 シゲルのことはダリアだけには明かすなだとか、穏便なことにはならないだとか、ダリアの正気が保てないみたいなことも言ってたような。
「しげ、ししし、しげげ、シゲルルウゥゥゥ……ッッッ!!!!」
「なんだい、ハニー。久しぶりの再会がそんなに嬉しいのかい?」
 お前の目にはこれが歓喜する乙女の顔に見えるのか?
 我には、地獄の果てからやってきた鬼の形相にしか見えんのだが。
「ししし、師匠ぅぅぅ、師匠おぉぉうぅぅ……ッッッ!!!!」
 こっちもこっちで恋する乙女というより地の底から這い出てきた怨霊なのだが。
 なんなの、コイツの女関係。何をどう間違えたらこんなに狂えるの?