第186話 熱烈猛烈ラブファイア

ー/ー



「――っつーわけで、オレはヤスミの師匠やってたんだわ」

 そんな軽いノリで、あっけらかんと言われても今ひとつ信じられん。
 ヤスミのような生真面目で気立ての良い娘が、こんなちゃらんぽらん野郎の下で、一体何を学んでいたというのか。

「もぅ! 師匠ってば酷いよ! あれから急に姿を眩ましてたかと思えば、こちらの大陸で英雄なんて云われているだなんて! 好き勝手しすぎ!」

 ええと……このプンスカ怒ってる変な口調の娘は何処のどなただったかな?
 我の知り合いによく似ているような気がするのだが……。

「あのちっちぇ国を離れてからオレはもう自由に生きるって言ったろう? ったく、こんな辺境の地まで追いかけてきやがって」
「あ、いや、別に拙者は師匠を追いかけてきたわけでは……」

 そういう割には顔を赤らめて目を逸らす。丸っきり図星じゃないのか。

「なんだか複雑なじじょーがありそうれふね」
「ふひっ、そうかもしれません」
「なんだか見ていて面白い二人だわ」

 完全に外野の三人娘が何か言ってる。

「ま、積もる話はあんけどよ。オレとしてはちゃっちゃと仕事を済ませたいんでね」
「そういえばお前の仕事とは何だったのだ?」
「んー、お前らの仕事が山菜狩りならオレの仕事はコイツよ、コイツ」

 そういってシゲルはザクっと手元の刃物でそこら辺の蜘蛛糸を裂いてみせる。
 たかが蜘蛛糸かと思いきや、それだけで既に上質な絹のようだ。

「霧蜘蛛の糸は高く売れるんでね。たまに採りにくるんだ」
 結局金儲けのためか。ブレなさすぎて逆に安心してしまったわ。

「にしたって、助かっちまったわ、お嬢さん方。普段は蜘蛛と追っかけっこしながらザクザクっといただいてたんだが、まさか倒してくれるなんてね。へっへっへ」
 奇しくも、コイツの手助けをしてしまったわけだ。利害の一致とはいえ悔しいな。

 逆にミモザを含む仲間連中の救出を手伝ってもらっている手前、文句も言えない。

「ほぉれ、こいつは返しとくよっと」
 シゲルがポイっと杖を渡してくる。

 これは我の持っていた撥衝の障壁珠(バリアボール)ではないか。いつの間に……。

「ちょいと盗ませてもらったぜ」
 ニヤリ顔で言われる。あー、むず痒い。

 そうか。操糸の幻影蜘蛛(マリオネイト・ストリンガー)が燃えていく中、これを使ってあの業炎や真空魔法から身を守っていたのか。ちゃっかりしすぎて本当怖い。マジキモい。

「ヤスミよぉ、前にも言ったと思うけど、あんま己を過信するのも大概にしとけよ」
「うっ……」
「ソイツが悪いこととまでは言わねえが、今回も危険な橋、渡ろうとしたな」

 という言い回しから察するに、以前も似たようなことがあったのだろうか。
 確かに今回の材料調達は大成功だったとは言い難い。
 主に、リコリスのせいであり、リコリスが全部悪いのだが。

 かといって、ヤスミの行動が正しかったとも一概には言い切れない。
 結果としてリコリスを追いかけていき、ミモザもクラメも蜘蛛に捕まった。
 我はシゲルがいたから辛うじて助かったが、逆にシゲルがいなかったら全滅だ。

 ついでに、あまり本人を前にしては言いたくはないが、師匠の影を執拗に追って、自分なら乗り越えてみせると過信していたところもある。
 ヤスミにしては冷静さを欠いた行動が目立っていた。

 正解がどうだったのかは今となっては分からない。
 ただ、ヤスミが判断を鈍らせていなければ違った結果もあったような気もする。
 まさかとは思うが、シゲルも一部始終見ていてそう言ったのではあるまいな。

 あんなおちゃらけてちゃらんぽらんなくせして、師匠面ウザいわ。
 ヤスミも間に受けてしょんぼりしておるし。

「さてと……オレの用事は済んだ。こんなとこに長居は無用。ボス蜘蛛は倒したが、ここが蜘蛛の巣穴の最深部であることには変わりない。お前らも用事が済んだんなら早いとこ出てった方がいいぜ」

 なんとも手際のいいことで、鞄からはみ出るくらいの糸をもっさりと詰め込んで、颯爽と出口の方へと向かっていく。
 爽やかな気遣いとは裏腹に、やってることがコソ泥すぎてギャップが酷い。

「あ、あの……っ、師匠! ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん、なんだ?」
「このようなところで出会ったのも何かのご縁。久しぶりに拙者と手合わせを……」
「だるい」
「そんなぁっ!?」

 よくそんな短い言葉でバッサリと切れるものだな。弟子じゃないのか。
 ヤスミの意を決した一言が無様に雲散霧消してしまったぞ。

「さっきも言ったがオレはあのクソみてぇ国を出てから好きに生きると決めたんだ。それに、もう師匠とか弟子とか関係ねえよ。お前も好きにしろと言ったはずだ」

 なんかとんでもなく突き放したような言葉ではないか。
 我のときはチャラい感じで絡んできたのにヤスミに対してあまりに冷遇すぎでは。

「師匠とか弟子とか……関係ない。好きに……生きる……」

 その一方で、なんかヤスミの様子がおかしい。
 落ち込んでいるというよりも、何故か余計に興奮しているような……?

「はぁぁぁん♡ そうよね! もう師匠とか弟子とか関係ない!」

 我の頭がおかしくなったのだろうか。
 どういうわけか、ヤスミの瞳がハートマークに見える気がする。
 ついでに、ヤスミが何を言っているのか全く理解できなくなってきた。

「じゃ、あばよ。お嬢ちゃんたち」

 間違いなく我らの方、ミモザ、クラメ、リコリスの方だけに一瞥をくれる。
 目にも留まらぬ速さでシゲルが消えたかと思えば、それを追うようにしてヤスミも足音が立つよりも速く矢のように飛び出していった。

 残された我らは唖然とするしかない。なんだったんだ、今のやりとりは。
 追いかけようにも、あの二人の異常ともいえる速さには追いつけまい。

 考えてもみれば、シゲルは盗賊である、という情報以外は殆ど不明だった。
 何の目的を持って勇者と手を組んだのさえも分からなかったくらい。

 足取りも辿れない亡霊みたいな奴だったのだが、あのヤスミはシゲルを追いかけて辺境の地までやってきたのだと思うと、尋常ではない執念を感じる。
 そもそもパエデロスにいる目撃情報があったわけでもあるまい。
 シゲル自身、ずっと顔も身分も隠して活動していたわけだしな。

 なんだか、ヤスミの知ってはいけない一面を垣間見てしまった気分だ。

「はっ!? フィーしゃんぼんやりしてる場合じゃないれす。早くここを出ないと、クモしゃんたちがやってきちゃうでふ」
「そうだった。さっきの蜘蛛が戻ってきたら押しつぶされるぞ」

 足の踏み場もないほど埋め尽くされた光景を思い返す。
 さっきは比較的安全な天井から照らしていたからどうにか散らすことができたが、無数の霧蜘蛛(ミストレッグ)を真ん前から光を当てたらヤバいことになりそうだ。
 逃げるどころかパニックを起こして踏みつぶされるかもしれん。

「ふひっ! 急いで外に出ましょう!」
「あら、みんな外に出たいのね。確かにここはとっても窮屈で息が詰まりそうだわ。焼けた蜘蛛の臭いも正直好きじゃないもの」

 誰のせいでこんなところまで来たと思っているんだ。

「じゃあ、出ましょ」

 それはそれはもう、忽然と。
 リコリスの「出ましょ」の「しょ」の時点で、我の視界は既に穴の外だった。

「ふぇえっ!? あれ? ここもう外れすか?」
「ふっひぃ!? リコリスさん、本当に凄いですね」

 多人数空間転移魔法をあっさりとやってのける。痺れるし、憧れるな、これは。
 蜘蛛に捕まったのがリコリスじゃなかったら楽だったんだろうな。
 そんなたらればが脳裏を過ぎっては、虚しさだけが残った。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第187話 飛び火


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「――っつーわけで、オレはヤスミの師匠やってたんだわ」
 そんな軽いノリで、あっけらかんと言われても今ひとつ信じられん。
 ヤスミのような生真面目で気立ての良い娘が、こんなちゃらんぽらん野郎の下で、一体何を学んでいたというのか。
「もぅ! 師匠ってば酷い《《でござる》》よ! あれから急に姿を眩ましてたかと思えば、こちらの大陸で英雄なんて云われているだなんて! 好き勝手しすぎ《《でござる》》!」
 ええと……このプンスカ怒ってる変な口調の娘は何処のどなただったかな?
 我の知り合いによく似ているような気がするのだが……。
「あのちっちぇ国を離れてからオレはもう自由に生きるって言ったろう? ったく、こんな辺境の地まで追いかけてきやがって」
「あ、いや、別に拙者は師匠を追いかけてきたわけでは……」
 そういう割には顔を赤らめて目を逸らす。丸っきり図星じゃないのか。
「なんだか複雑なじじょーがありそうれふね」
「ふひっ、そうかもしれません」
「なんだか見ていて面白い二人だわ」
 完全に外野の三人娘が何か言ってる。
「ま、積もる話はあんけどよ。オレとしてはちゃっちゃと仕事を済ませたいんでね」
「そういえばお前の仕事とは何だったのだ?」
「んー、お前らの仕事が山菜狩りならオレの仕事はコイツよ、コイツ」
 そういってシゲルはザクっと手元の刃物でそこら辺の蜘蛛糸を裂いてみせる。
 たかが蜘蛛糸かと思いきや、それだけで既に上質な絹のようだ。
「霧蜘蛛の糸は高く売れるんでね。たまに採りにくるんだ」
 結局金儲けのためか。ブレなさすぎて逆に安心してしまったわ。
「にしたって、助かっちまったわ、お嬢さん方。普段は蜘蛛と追っかけっこしながらザクザクっといただいてたんだが、まさか倒してくれるなんてね。へっへっへ」
 奇しくも、コイツの手助けをしてしまったわけだ。利害の一致とはいえ悔しいな。
 逆にミモザを含む仲間連中の救出を手伝ってもらっている手前、文句も言えない。
「ほぉれ、こいつは返しとくよっと」
 シゲルがポイっと杖を渡してくる。
 これは我の持っていた|撥衝の障壁珠《バリアボール》ではないか。いつの間に……。
「ちょいと盗ませてもらったぜ」
 ニヤリ顔で言われる。あー、むず痒い。
 そうか。|操糸の幻影蜘蛛《マリオネイト・ストリンガー》が燃えていく中、これを使ってあの業炎や真空魔法から身を守っていたのか。ちゃっかりしすぎて本当怖い。マジキモい。
「ヤスミよぉ、前にも言ったと思うけど、あんま己を過信するのも大概にしとけよ」
「うっ……」
「ソイツが悪いこととまでは言わねえが、今回も危険な橋、渡ろうとしたな」
 《《今回も》》という言い回しから察するに、以前も似たようなことがあったのだろうか。
 確かに今回の材料調達は大成功だったとは言い難い。
 主に、リコリスのせいであり、リコリスが全部悪いのだが。
 かといって、ヤスミの行動が正しかったとも一概には言い切れない。
 結果としてリコリスを追いかけていき、ミモザもクラメも蜘蛛に捕まった。
 我はシゲルがいたから辛うじて助かったが、逆にシゲルがいなかったら全滅だ。
 ついでに、あまり本人を前にしては言いたくはないが、師匠の影を執拗に追って、自分なら乗り越えてみせると過信していたところもある。
 ヤスミにしては冷静さを欠いた行動が目立っていた。
 正解がどうだったのかは今となっては分からない。
 ただ、ヤスミが判断を鈍らせていなければ違った結果もあったような気もする。
 まさかとは思うが、シゲルも一部始終見ていてそう言ったのではあるまいな。
 あんなおちゃらけてちゃらんぽらんなくせして、師匠面ウザいわ。
 ヤスミも間に受けてしょんぼりしておるし。
「さてと……オレの用事は済んだ。こんなとこに長居は無用。ボス蜘蛛は倒したが、ここが蜘蛛の巣穴の最深部であることには変わりない。お前らも用事が済んだんなら早いとこ出てった方がいいぜ」
 なんとも手際のいいことで、鞄からはみ出るくらいの糸をもっさりと詰め込んで、颯爽と出口の方へと向かっていく。
 爽やかな気遣いとは裏腹に、やってることがコソ泥すぎてギャップが酷い。
「あ、あの……っ、師匠! ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん、なんだ?」
「このようなところで出会ったのも何かのご縁。久しぶりに拙者と手合わせを……」
「だるい」
「そんなぁっ!?」
 よくそんな短い言葉でバッサリと切れるものだな。弟子じゃないのか。
 ヤスミの意を決した一言が無様に雲散霧消してしまったぞ。
「さっきも言ったがオレはあのクソみてぇ国を出てから好きに生きると決めたんだ。それに、もう師匠とか弟子とか関係ねえよ。お前も好きにしろと言ったはずだ」
 なんかとんでもなく突き放したような言葉ではないか。
 我のときはチャラい感じで絡んできたのにヤスミに対してあまりに冷遇すぎでは。
「師匠とか弟子とか……関係ない。好きに……生きる……」
 その一方で、なんかヤスミの様子がおかしい。
 落ち込んでいるというよりも、何故か余計に興奮しているような……?
「はぁぁぁん♡ そう《《でござる》》よね! もう師匠とか弟子とか関係ない《《でござる》》!」
 我の頭がおかしくなったのだろうか。
 どういうわけか、ヤスミの瞳がハートマークに見える気がする。
 ついでに、ヤスミが何を言っているのか全く理解できなくなってきた。
「じゃ、あばよ。お嬢ちゃんたち」
 間違いなく我らの方、ミモザ、クラメ、リコリスの方だけに一瞥をくれる。
 目にも留まらぬ速さでシゲルが消えたかと思えば、それを追うようにしてヤスミも足音が立つよりも速く矢のように飛び出していった。
 残された我らは唖然とするしかない。なんだったんだ、今のやりとりは。
 追いかけようにも、あの二人の異常ともいえる速さには追いつけまい。
 考えてもみれば、シゲルは盗賊である、という情報以外は殆ど不明だった。
 何の目的を持って勇者と手を組んだのさえも分からなかったくらい。
 足取りも辿れない亡霊みたいな奴だったのだが、あのヤスミはシゲルを追いかけて辺境の地までやってきたのだと思うと、尋常ではない執念を感じる。
 そもそもパエデロスにいる目撃情報があったわけでもあるまい。
 シゲル自身、ずっと顔も身分も隠して活動していたわけだしな。
 なんだか、ヤスミの知ってはいけない一面を垣間見てしまった気分だ。
「はっ!? フィーしゃんぼんやりしてる場合じゃないれす。早くここを出ないと、クモしゃんたちがやってきちゃうでふ」
「そうだった。さっきの蜘蛛が戻ってきたら押しつぶされるぞ」
 足の踏み場もないほど埋め尽くされた光景を思い返す。
 さっきは比較的安全な天井から照らしていたからどうにか散らすことができたが、無数の霧蜘蛛《ミストレッグ》を真ん前から光を当てたらヤバいことになりそうだ。
 逃げるどころかパニックを起こして踏みつぶされるかもしれん。
「ふひっ! 急いで外に出ましょう!」
「あら、みんな外に出たいのね。確かにここはとっても窮屈で息が詰まりそうだわ。焼けた蜘蛛の臭いも正直好きじゃないもの」
 誰のせいでこんなところまで来たと思っているんだ。
「じゃあ、出ましょ」
 それはそれはもう、忽然と。
 リコリスの「出ましょ」の「しょ」の時点で、我の視界は既に穴の外だった。
「ふぇえっ!? あれ? ここもう外れすか?」
「ふっひぃ!? リコリスさん、本当に凄いですね」
 多人数空間転移魔法をあっさりとやってのける。痺れるし、憧れるな、これは。
 蜘蛛に捕まったのがリコリスじゃなかったら楽だったんだろうな。
 そんなたらればが脳裏を過ぎっては、虚しさだけが残った。