第185話 爆炎救出劇

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「あらよっと!」
「ぎょわぁっ!」

 紐で身体をグルグル巻きにされた我は、天井を否応なしにぶらんぶらんと移動し、天井から吊された白いモコモコの前に運ばれる。

「せめてもっと丁寧に運ばんか、シゲル!」
「ちんたらやってたら蜘蛛に食われちゃうっての」

 少しも悪びれもしないキモキモチャラ男は、天井に上手いこと鉤爪を食い込ませ、あたかも宙に浮いているかのように制止していた。
 こんな奴とこんなところで再会するとは夢にも思わんかったわ。

 この陽気でキモい男は信じられないだろうが、かつては勇者ロータスと手を組み、世界を救ったことになっている英雄の一人だ。
 その名もシゲル・ナデシコ。本業は盗賊で、財宝も情報も好き放題盗む悪党だ。

 今では顔も割れているからか、顔を変えながらも人知れず裏稼業をしてるらしい。
 前に出会ったときも、仲間を作って盗掘紛いのことをしていた。

「ほらほら、早くしないと蜘蛛のおやつになっちゃうよ~」

 シゲルの言う通り、我の眼下では巨大蜘蛛が狙い澄ますようにこちらを見ている。
 まさかあの巨体で飛んでくるのか? 考えている暇も惜しい。

「まったく手間かけさせおって! お前のせいで面倒事が押し寄せてきたわ!」

 ここまで近付けば流石に我でも魔力を感知できる。
 あとはこの目の前にあるモコモコした糸玉を裂くだけだ。

「これだ、間違いない」
「そこに入っているんだな?」
「ああ、中から出してやってくれ」

 我の言葉を合図に、シゲルは刃物っぽいものを糸玉に突き立てる。
 なんかそのナイフ的な奴、奇妙な形をしていないか?
 ついさっき何処かで見かけたような気もするが……。

「ほぅら、お嬢さん、救出~」
 シゲルの手で切り裂かれた糸玉の中からソレが姿を現す。

 月の如き麗しい白髪と、炎の如き朱き瞳の少女。
 まるでお姫様気分で白いベッドの中で眠っているようだった。

「おいこら、リコリス! いい加減に起きろ!」
「……う~ん、とても心地よいなのに。どうして起きなければならないのかしら? もう少し寝ててもいいと思うわ。あら、さっちゃん、蓑虫みたいな格好ね」

 人の気も知らんでコイツは……っ!
 このまま糸玉のベッドごと燃やし尽くしてやろうか!

「お二人さん、のんびりおしゃべりしてないで手を貸してくれよ」
「リコリス、あの蜘蛛をどうにかしろ! このままだとみんな食われてしまうぞ!」
「あの蜘蛛って、さっちゃんの後ろにいる子?」

 ドキリとした。だって音もなかったし。気配も感じてなかったし。
 真後ろを振り返ろうとしたそのとき、我の身体は吹っ飛んでいた。

 攻撃されたのかと思いきや、そうじゃなかったことに気付く。
 どうやらシゲルが我の身体に巻き付けていた紐を切って、床に落としたらしい。
 だから! 我を! 乱暴に! 扱うでないわ!

 それと同時くらいに、天井からドサドサと、糸玉が落っこちてきた。
 これもシゲルが切り落としてきたっぽい。

「わっぷっ!?」
「ふっひぃぃ!?」
「きゃっ!?」

 落ちてきた糸玉には既に切れ込みが入っており、それが大きく裂けたかと思えば、その中から三人が這い出してきた。
 もちろん、さっき蜘蛛に捕まったミモザとクラメとヤスミだ。

「全員揃ったな? じゃあオレは今からコイツに火を放つ! こんがり焼けてきたら消火してくれ! 一気に消さないと燃え広がって全員焼け死ぬからよろしくぅ!」

 天井を見上げると半透明なりかけの巨大蜘蛛とシゲルが逆さづりで対峙していた。
 そんなヤバいことを軽く言ってのけるな、キモキモチャラ男!

 ちょっと待てと言う前に、既にシゲルの手の中に火が灯る。着火するの早っ!
 手際が良すぎてこっちのベクトルでも気持ち悪すぎる!

 すると火薬だったのかと思うくらいに小さな火は瞬く間に蜘蛛の全身を包み込み、大きな炎へと成長する。燃え広がる速さも尋常ではない。可燃性が異常すぎる。

「リコリス、少しの間だけこの空間の空気を消せ、今すぐに!」
「ん、よく分からないけど分かったわ」

 パチンと指を弾いた、その次の瞬間、猛烈な苦しさに見舞われる。
 空気がなくなったのだ。

 すかさず、我はその魔法を発動させる。

穏やかなる孤高の風(ブローインウィンド)
 真空となったその場に、空気が流れ込む。

 糸にまみれた真っ白な空間からは空気が消失したが、我を中心とした狭い範囲内に呼吸できるだけの空気が発生する。
 この行動にどれだけの意味があるのかは天井にいる蜘蛛を見れば一目瞭然だ。

 今にも爆発しかねない勢いで轟々と燃えさかっていた操糸の幻影蜘蛛(マリオネイト・ストリンガー)の業炎は、瞬時に鎮火され、殆ど真っ黒な炭と化した物体がボロボロと落下してきた。

 何故あれだけの炎が消えたのか。その理由は簡単。
 空気がなければ炎が燃え続けることはできないからだ。

 火気厳禁のこの場所で、炎以外に弱点のない蜘蛛を倒す手段など限られる。
 さっきもミモザの言っていたように巣穴ごと焼いて延焼を防ぐくらいだろう。

 とはいえ、さすがに我やミモザ、クラメの魔法で鎮火させるには無理があった。
 実際あんなスピードで燃え広がっていく炎を食い止めようとしていたら、おそらく巣穴ごと崩れるようなドデカい魔法をぶっ放していたところだ。

 その点、造作もなく一瞬で、空気を消してしまえるリコリスは都合よかった。
 あんな魔法を無詠唱でできるのは世界中探してもリコリスくらいのものだ。

 それにしても、だ。シゲルの奴め、作戦を話す前に燃やしにかかるとは。
 リコリスがいなかったらどうするつもりだったんだ。
 むしろ、リコリスのことを知っていたのか。元魔王だということも。

「――って、リコリス。そろそろ空気を戻してもいいぞ」
「あらそう? じゃあ、戻しておくわ」

 すっかり炎の勢いもなくなり、後に残ったのはデカい蜘蛛の燃えかす。
 一部がやや煤けてしまった白い空間の中には鏡のような物体の残骸が転がる。

 そういえば、シゲルの奴は何処に行った?
 まさか、蜘蛛と一緒に燃え尽きたか?
 そうでなくとも、結構な時間、真空の中にいたから死んだかもしれん。

「おーおー、危っねぇ危ねぇ」
 と思ったら、普通に天井から床に着地してきた。ちっ、生きてたか。

「おい、蜘蛛は何とかしたぞ。そろそろあれそれ丸ごと全ぇ部説明してもらおうか。なんでこんなところにいるんだ、お前は」
「やれやれ……そいつぁオレのセリフなんだがな。女の子たちぞろぞろ引き連れて、ピクニックしにくるとこじゃないぜ?」

 確かにそれは正論かもしれん。地上の森で山菜狩りしてるだけならまだしも。

「フィーしゃん、その人は誰れすか?」
「ああ、こいつは――」

 突如として現われた謎の男をどう紹介したものかと悩んでいたら、不意に我の横をヒュンと風がすり抜けていった。否、それは風ではなかった。

「しっ、師匠おおおおぉぉぉぉぉっっ!!!」
「うおっ!」

 疾風の如く瞬足で駆け抜けていったのはヤスミだった。
 今まで聞いたこともないような大声を上げて、突進し、キレイに避けられる。

 ……って、師匠? 誰が? 誰の?

「師匠! 師匠! 師匠ぉぉおお! 一体今まで何処に行っていたの! 拙者、拙者はずっと、師匠のことを……ッ!!」
「お、落ち着けよ、ヤスミ。他の奴らがビビってんじゃん。どうどう」

 もう一度突進されかねないからか、シゲルも身構える。

「え? 二人とも知り合いだったのか? というか師匠って……?」

 普段のヤスミからは考えられないような取り乱しっぷりに我もドン引きだ。
 こんなキモキモチャラ男を慕う女が、よもや身近にいるとは思わなんだ。

 一体、二人はどういう関係なんだ。


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次のエピソードへ進む 第186話 熱烈猛烈ラブファイア


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「あらよっと!」
「ぎょわぁっ!」
 紐で身体をグルグル巻きにされた我は、天井を否応なしにぶらんぶらんと移動し、天井から吊された白いモコモコの前に運ばれる。
「せめてもっと丁寧に運ばんか、シゲル!」
「ちんたらやってたら蜘蛛に食われちゃうっての」
 少しも悪びれもしないキモキモチャラ男は、天井に上手いこと鉤爪を食い込ませ、あたかも宙に浮いているかのように制止していた。
 こんな奴とこんなところで再会するとは夢にも思わんかったわ。
 この陽気でキモい男は信じられないだろうが、かつては勇者ロータスと手を組み、世界を救ったことになっている英雄の一人だ。
 その名もシゲル・ナデシコ。本業は盗賊で、財宝も情報も好き放題盗む悪党だ。
 今では顔も割れているからか、顔を変えながらも人知れず裏稼業をしてるらしい。
 前に出会ったときも、仲間を作って盗掘紛いのことをしていた。
「ほらほら、早くしないと蜘蛛のおやつになっちゃうよ~」
 シゲルの言う通り、我の眼下では巨大蜘蛛が狙い澄ますようにこちらを見ている。
 まさかあの巨体で飛んでくるのか? 考えている暇も惜しい。
「まったく手間かけさせおって! お前のせいで面倒事が押し寄せてきたわ!」
 ここまで近付けば流石に我でも魔力を感知できる。
 あとはこの目の前にあるモコモコした糸玉を裂くだけだ。
「これだ、間違いない」
「そこに入っているんだな?」
「ああ、中から出してやってくれ」
 我の言葉を合図に、シゲルは刃物っぽいものを糸玉に突き立てる。
 なんかそのナイフ的な奴、奇妙な形をしていないか?
 ついさっき何処かで見かけたような気もするが……。
「ほぅら、お嬢さん、救出~」
 シゲルの手で切り裂かれた糸玉の中からソレが姿を現す。
 月の如き麗しい白髪と、炎の如き朱き瞳の少女。
 まるでお姫様気分で白いベッドの中で眠っているようだった。
「おいこら、リコリス! いい加減に起きろ!」
「……う~ん、とても心地よいなのに。どうして起きなければならないのかしら? もう少し寝ててもいいと思うわ。あら、さっちゃん、蓑虫みたいな格好ね」
 人の気も知らんでコイツは……っ!
 このまま糸玉のベッドごと燃やし尽くしてやろうか!
「お二人さん、のんびりおしゃべりしてないで手を貸してくれよ」
「リコリス、あの蜘蛛をどうにかしろ! このままだとみんな食われてしまうぞ!」
「あの蜘蛛って、さっちゃんの後ろにいる子?」
 ドキリとした。だって音もなかったし。気配も感じてなかったし。
 真後ろを振り返ろうとしたそのとき、我の身体は吹っ飛んでいた。
 攻撃されたのかと思いきや、そうじゃなかったことに気付く。
 どうやらシゲルが我の身体に巻き付けていた紐を切って、床に落としたらしい。
 だから! 我を! 乱暴に! 扱うでないわ!
 それと同時くらいに、天井からドサドサと、糸玉が落っこちてきた。
 これもシゲルが切り落としてきたっぽい。
「わっぷっ!?」
「ふっひぃぃ!?」
「きゃっ!?」
 落ちてきた糸玉には既に切れ込みが入っており、それが大きく裂けたかと思えば、その中から三人が這い出してきた。
 もちろん、さっき蜘蛛に捕まったミモザとクラメとヤスミだ。
「全員揃ったな? じゃあオレは今からコイツに火を放つ! こんがり焼けてきたら消火してくれ! 一気に消さないと燃え広がって全員焼け死ぬからよろしくぅ!」
 天井を見上げると半透明なりかけの巨大蜘蛛とシゲルが逆さづりで対峙していた。
 そんなヤバいことを軽く言ってのけるな、キモキモチャラ男!
 ちょっと待てと言う前に、既にシゲルの手の中に火が灯る。着火するの早っ!
 手際が良すぎてこっちのベクトルでも気持ち悪すぎる!
 すると火薬だったのかと思うくらいに小さな火は瞬く間に蜘蛛の全身を包み込み、大きな炎へと成長する。燃え広がる速さも尋常ではない。可燃性が異常すぎる。
「リコリス、少しの間だけこの空間の空気を消せ、今すぐに!」
「ん、よく分からないけど分かったわ」
 パチンと指を弾いた、その次の瞬間、猛烈な苦しさに見舞われる。
 空気がなくなったのだ。
 すかさず、我はその魔法を発動させる。
(|穏やかなる孤高の風《ブローインウィンド》)
 真空となったその場に、空気が流れ込む。
 糸にまみれた真っ白な空間からは空気が消失したが、我を中心とした狭い範囲内に呼吸できるだけの空気が発生する。
 この行動にどれだけの意味があるのかは天井にいる蜘蛛を見れば一目瞭然だ。
 今にも爆発しかねない勢いで轟々と燃えさかっていた|操糸の幻影蜘蛛《マリオネイト・ストリンガー》の業炎は、瞬時に鎮火され、殆ど真っ黒な炭と化した物体がボロボロと落下してきた。
 何故あれだけの炎が消えたのか。その理由は簡単。
 空気がなければ炎が燃え続けることはできないからだ。
 火気厳禁のこの場所で、炎以外に弱点のない蜘蛛を倒す手段など限られる。
 さっきもミモザの言っていたように巣穴ごと焼いて延焼を防ぐくらいだろう。
 とはいえ、さすがに我やミモザ、クラメの魔法で鎮火させるには無理があった。
 実際あんなスピードで燃え広がっていく炎を食い止めようとしていたら、おそらく巣穴ごと崩れるようなドデカい魔法をぶっ放していたところだ。
 その点、造作もなく一瞬で、空気を消してしまえるリコリスは都合よかった。
 あんな魔法を無詠唱でできるのは世界中探してもリコリスくらいのものだ。
 それにしても、だ。シゲルの奴め、作戦を話す前に燃やしにかかるとは。
 リコリスがいなかったらどうするつもりだったんだ。
 むしろ、リコリスのことを知っていたのか。元魔王だということも。
「――って、リコリス。そろそろ空気を戻してもいいぞ」
「あらそう? じゃあ、戻しておくわ」
 すっかり炎の勢いもなくなり、後に残ったのはデカい蜘蛛の燃えかす。
 一部がやや煤けてしまった白い空間の中には鏡のような物体の残骸が転がる。
 そういえば、シゲルの奴は何処に行った?
 まさか、蜘蛛と一緒に燃え尽きたか?
 そうでなくとも、結構な時間、真空の中にいたから死んだかもしれん。
「おーおー、危っねぇ危ねぇ」
 と思ったら、普通に天井から床に着地してきた。ちっ、生きてたか。
「おい、蜘蛛は何とかしたぞ。そろそろあれそれ丸ごと全ぇ部説明してもらおうか。なんでこんなところにいるんだ、お前は」
「やれやれ……そいつぁオレのセリフなんだがな。女の子たちぞろぞろ引き連れて、ピクニックしにくるとこじゃないぜ?」
 確かにそれは正論かもしれん。地上の森で山菜狩りしてるだけならまだしも。
「フィーしゃん、その人は誰れすか?」
「ああ、こいつは――」
 突如として現われた謎の男をどう紹介したものかと悩んでいたら、不意に我の横をヒュンと風がすり抜けていった。否、それは風ではなかった。
「しっ、師匠おおおおぉぉぉぉぉっっ!!!」
「うおっ!」
 疾風の如く瞬足で駆け抜けていったのはヤスミだった。
 今まで聞いたこともないような大声を上げて、突進し、キレイに避けられる。
 ……って、師匠? 誰が? 誰の?
「師匠! 師匠! 師匠ぉぉおお! 一体今まで何処に行っていたの《《でござるか》》! 拙者、拙者はずっと、師匠のことを……ッ!!」
「お、落ち着けよ、ヤスミ。他の奴らがビビってんじゃん。どうどう」
 もう一度突進されかねないからか、シゲルも身構える。
「え? 二人とも知り合いだったのか? というか師匠って……?」
 普段のヤスミからは考えられないような取り乱しっぷりに我もドン引きだ。
 こんなキモキモチャラ男を慕う女が、よもや身近にいるとは思わなんだ。
 一体、二人はどういう関係なんだ。