【教職員】魔女の誤算

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 平穏の大国とまで謳われる異種族国家パエデロスの中央に建つ、一際存在感のあるネルムフィラ魔導士学院は、実に平和なひとときを過ごしていたといってもいい。

 それは元から穏やかな環境だったからという意味ではなく、その学校で異彩を放つトラブルメーカーなる存在が今日は登校していなかったからである。

 連日続く事件も起こりようがないため、職員室では逆の意味でざわついていた。

「え? 今日は静かだな~って思ってましたが、あの子たち欠席していたんですね」

 頭からローブをすっぽり被り、顔を隠した女呪術師マーガが気の抜けるような声で今さらのようなことを言う。

 彼女は学校の教師を担っており、今日も一通りの授業を終えたばかりだ。
 それでいて、生徒の何人かが出席していないことに後から気付いた様子。
 その素っ頓狂っぷりに同じく教師である魔女ダリアは、やや呆れた顔を見せる。

「ええ。今頃、町中駆けずり回って材料集めながら生産してるんじゃないかしら」
「うへ~、それは大変そうですね。机や椅子はともかく、学校で使う魔具の材料とか探すのだけでもヒィヒィ言っちゃいますね」

 何の話題かといえば、最近やたらと破壊される学校の備品を新たに補填するべく、たまたまその手の商売をやっていた生徒に依頼をし、ついでとばかりに件の問題児にその手伝いを命じていたのだ。

 生徒に商談を持ち込むなんて少々奇妙に思われるが、ネルムフィラ魔導士学院は、別段、年齢の制約を設けているわけではない。
 生徒の中には教師の面々より長生きしている種族もいるくらいだ。
 だからこそ、既に職業に就いている生徒もいる。何の不思議もない。

 ふと、何か思い出したのか、マーガは首を大きく左右にかしげる。

「あれ? あれれ? 材料の中にはあまり街に流通していないのもありましたよね。野草とかキノコとか。何処で調達してくるんでしょう?」
「キッキバル先生、何を言ってるんですか。ここ、パエデロスは冒険者の街ですよ? 採集の依頼を掛ければ請け負ってくれる人なんていくらでも……」

 そこまで自分で言って、ダリアは頭の片隅に奇妙なとっかかりを覚えた。
 そして、注文書の写しを自分の机から探し出し、確認する。
 すると、やや血の気の引いた表情を浮かべた。

「どうしました? ダリア先生」
「あ、いや、材料のリストを確認してたら少し嫌な予感がして……」
「どれどれ、ちょっと見させてもらいますよ」

 そういってマーガはダリアから羊皮紙を受け取り、端から端までを眺める。

「やっぱ、この材料を調達するとしたらエルフさんにお願いしないとー、ですよね。でも、エルフの冒険者さんって意外と少ないし、私も苦労しますよ」

 ブツブツと、材料の名前やその成分を思い出すように呟きながらも、口の端々からマーガは「大変ですよねー」「高そうですよねー」と漏らす。

「そういえば、ダリア先生。注文依頼したあの子ってエルフでしたね。こういうのが採れるところとかよく知ってるんじゃないですか? ひょっとしたら材料調達とかは自分で採りに行っちゃったりしちゃったりなんて」

 その時点で、ダリアの顔はすっかり青ざめていた。

「あ、あの、キッキバル先生……? もしこの材料を集めるとしたらやっぱりそれは霧蜘蛛(ミストレッグ)の生息地になるかしら?」
「勿論そうでしょう! なんといってもあの分泌される糸から特殊な魔素がたっぷりもっさりと染み出してくるのですから、同じような環境を再現なんてできませんよ。うひひ……リストにありませんが卵付近に生えるアシギリグサとか眉唾ものですよ」

 何かの琴線に触れたのか、マーガは途端に興奮気味になって饒舌になる。
 ローブのおかげで顔は見えないが、その下の素顔は相当乱れているに違いない。

「私もね、一時期はカーネ先輩に相談して霧蜘蛛の糸のような成分を人工的に作ってそういう農場とか作っちゃいましょうって言ったことあるんですが、先輩ったらもう私のことをゴミを見るような目でそんなの無理だー、って怒鳴るほど――」
「あのですね、キッキバル先生。もしかしたら、あの子たち、霧蜘蛛の生息している森に向かったのかもしれません」
「だとしても大丈夫じゃないですか? あの蜘蛛たちは温厚ですし、近くに寄っても怒らないですし、上にちょっと乗るくらいもできちゃったくらいで」

 楽観的な言葉を投げかけるマーガと打って変わり、ダリアの方は気が気じゃないと言わんばかりに冷や汗が額をつたって落ちる。

 霧蜘蛛なるものは、何もしない限り人畜無害といってもいいくらい温厚な蜘蛛だ。
 だが、一度(ひとたび)その攻撃性が露わになれば、並みの冒険者では太刀打ちできないほどの脅威へと変貌する。
 討伐依頼だった場合は、上級の魔術師を百人単位で雇わなければならないだろう。

「材料調達には、例のあの子もついていっているんですよ」
「ええと、フィーさんでしたっけ? いつも一緒にいる」
「いえ、そっちじゃなくて、こないだも教室を破壊した方の」
「ぁー、そっちでしたかー」

 間違えちゃった間違えちゃった、と軽くトボけた辺りで、マーガは事の重大さに、今さらのように気付いてしまう。
 学校一のトラブルメーカーをそんなところに送り込んだという事実に戦く。

「それ、まずくないですかね。霧蜘蛛さんを怒らせたら地面の下にピュン、ですよ。もう本当に見えない速さでピュン!」
「そうよ……霧蜘蛛の生態とかをよぉく知っているミモザちゃんだけならまだしも、あの子が一緒だとしたら最悪の事態も考えられる……」

 ダリアは額に手をぴしゃりと当て、顔を覆う。
 とんでもないことを依頼してしまったかもしれない。そう後悔するように。

「ああ、いや、でも、さすがに霧蜘蛛が危険だということくらい教えるでしょう? あの子はとってもいい子だから回避の仕方も丁寧に説明するでしょうし、なんなら、すごーい冒険の助っ人だって一緒に連れていくと思いますよ」
「だとしても……そこにいるのはあの子よ。予想が付かないあの子」
「教室みたいに爆発、させちゃいますかね? なぁんて、えへへ……」

 二人の間に、気まずい空気が流れる。
 霧蜘蛛は怒らせてはいけない種族であることをよく知っているからだ。

 加えて、霧蜘蛛の棲む森は、非常に燃えやすいという危険性もある。
 縄張り付近にマーキングとして張り巡らされた霧蜘蛛の糸は導火線のように簡単に燃え移り、軽い気持ちで火を焚こうものなら、森ごと全焼しかねない。

 どう足掻いても対処が難しい超危険生物だ。

「キッキバル先生、私早退するわ。一度ミモザちゃんのお店に寄って確認してくる。もし何もなかったらすぐ戻ってくるけど、戻ってこなかったら後はよろしくね」

 机に散らばった書類を束ねたり、書類の下に埋もれていた杖を引っ張り出したり、忙しなく身支度を調えると、ダリアは帽子を深く被り直して職員室を飛び出す。

「え、そんな……後はよろしくって、このお仕事、私がやるんですか?」

 その場に残されたマーガは、唖然としながらダリアの机に目をやる。
 決してほったらかしにしてはいけない量だ。

 何も起きていないことを切に願う。

 もし霧蜘蛛の森にあの問題児が同行していれば、何も起こらない可能性の方が低いという不安を拭いきれないマーガだったが、目の前に積まれている圧倒的なソレと、どちらが優先度が高いだろうか、とやや悩んだ。

「ふぅー……やれやれ、ダリア先生ってぱ本当お節介焼きですよね」

 大きな溜め息をついて、マーガは憂鬱そうにダリアの机を眺めた。


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次のエピソードへ進む 第185話 爆炎救出劇


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 平穏の大国とまで謳われる異種族国家パエデロスの中央に建つ、一際存在感のあるネルムフィラ魔導士学院は、実に平和なひとときを過ごしていたといってもいい。
 それは元から穏やかな環境だったからという意味ではなく、その学校で異彩を放つトラブルメーカーなる存在が今日は登校していなかったからである。
 連日続く事件も起こりようがないため、職員室では逆の意味でざわついていた。
「え? 今日は静かだな~って思ってましたが、あの子たち欠席していたんですね」
 頭からローブをすっぽり被り、顔を隠した女呪術師マーガが気の抜けるような声で今さらのようなことを言う。
 彼女は学校の教師を担っており、今日も一通りの授業を終えたばかりだ。
 それでいて、生徒の何人かが出席していないことに後から気付いた様子。
 その素っ頓狂っぷりに同じく教師である魔女ダリアは、やや呆れた顔を見せる。
「ええ。今頃、町中駆けずり回って材料集めながら生産してるんじゃないかしら」
「うへ~、それは大変そうですね。机や椅子はともかく、学校で使う魔具の材料とか探すのだけでもヒィヒィ言っちゃいますね」
 何の話題かといえば、最近やたらと破壊される学校の備品を新たに補填するべく、たまたまその手の商売をやっていた生徒に依頼をし、ついでとばかりに件の問題児にその手伝いを命じていたのだ。
 生徒に商談を持ち込むなんて少々奇妙に思われるが、ネルムフィラ魔導士学院は、別段、年齢の制約を設けているわけではない。
 生徒の中には教師の面々より長生きしている種族もいるくらいだ。
 だからこそ、既に職業に就いている生徒もいる。何の不思議もない。
 ふと、何か思い出したのか、マーガは首を大きく左右にかしげる。
「あれ? あれれ? 材料の中にはあまり街に流通していないのもありましたよね。野草とかキノコとか。何処で調達してくるんでしょう?」
「キッキバル先生、何を言ってるんですか。ここ、パエデロスは冒険者の街ですよ? 採集の依頼を掛ければ請け負ってくれる人なんていくらでも……」
 そこまで自分で言って、ダリアは頭の片隅に奇妙なとっかかりを覚えた。
 そして、注文書の写しを自分の机から探し出し、確認する。
 すると、やや血の気の引いた表情を浮かべた。
「どうしました? ダリア先生」
「あ、いや、材料のリストを確認してたら少し嫌な予感がして……」
「どれどれ、ちょっと見させてもらいますよ」
 そういってマーガはダリアから羊皮紙を受け取り、端から端までを眺める。
「やっぱ、この材料を調達するとしたらエルフさんにお願いしないとー、ですよね。でも、エルフの冒険者さんって意外と少ないし、私も苦労しますよ」
 ブツブツと、材料の名前やその成分を思い出すように呟きながらも、口の端々からマーガは「大変ですよねー」「高そうですよねー」と漏らす。
「そういえば、ダリア先生。注文依頼したあの子ってエルフでしたね。こういうのが採れるところとかよく知ってるんじゃないですか? ひょっとしたら材料調達とかは自分で採りに行っちゃったりしちゃったりなんて」
 その時点で、ダリアの顔はすっかり青ざめていた。
「あ、あの、キッキバル先生……? もしこの材料を集めるとしたらやっぱりそれは霧蜘蛛《ミストレッグ》の生息地になるかしら?」
「勿論そうでしょう! なんといってもあの分泌される糸から特殊な魔素がたっぷりもっさりと染み出してくるのですから、同じような環境を再現なんてできませんよ。うひひ……リストにありませんが卵付近に生えるアシギリグサとか眉唾ものですよ」
 何かの琴線に触れたのか、マーガは途端に興奮気味になって饒舌になる。
 ローブのおかげで顔は見えないが、その下の素顔は相当乱れているに違いない。
「私もね、一時期はカーネ先輩に相談して霧蜘蛛の糸のような成分を人工的に作ってそういう農場とか作っちゃいましょうって言ったことあるんですが、先輩ったらもう私のことをゴミを見るような目でそんなの無理だー、って怒鳴るほど――」
「あのですね、キッキバル先生。もしかしたら、あの子たち、霧蜘蛛の生息している森に向かったのかもしれません」
「だとしても大丈夫じゃないですか? あの蜘蛛たちは温厚ですし、近くに寄っても怒らないですし、上にちょっと乗るくらいもできちゃったくらいで」
 楽観的な言葉を投げかけるマーガと打って変わり、ダリアの方は気が気じゃないと言わんばかりに冷や汗が額をつたって落ちる。
 霧蜘蛛なるものは、何もしない限り人畜無害といってもいいくらい温厚な蜘蛛だ。
 だが、|一度《ひとたび》その攻撃性が露わになれば、並みの冒険者では太刀打ちできないほどの脅威へと変貌する。
 討伐依頼だった場合は、上級の魔術師を百人単位で雇わなければならないだろう。
「材料調達には、例のあの子もついていっているんですよ」
「ええと、フィーさんでしたっけ? いつも一緒にいる」
「いえ、そっちじゃなくて、こないだも教室を破壊した方の」
「ぁー、そっちでしたかー」
 間違えちゃった間違えちゃった、と軽くトボけた辺りで、マーガは事の重大さに、今さらのように気付いてしまう。
 学校一のトラブルメーカーをそんなところに送り込んだという事実に戦く。
「それ、まずくないですかね。霧蜘蛛さんを怒らせたら地面の下にピュン、ですよ。もう本当に見えない速さでピュン!」
「そうよ……霧蜘蛛の生態とかをよぉく知っているミモザちゃんだけならまだしも、あの子が一緒だとしたら最悪の事態も考えられる……」
 ダリアは額に手をぴしゃりと当て、顔を覆う。
 とんでもないことを依頼してしまったかもしれない。そう後悔するように。
「ああ、いや、でも、さすがに霧蜘蛛が危険だということくらい教えるでしょう? あの子はとってもいい子だから回避の仕方も丁寧に説明するでしょうし、なんなら、すごーい冒険の助っ人だって一緒に連れていくと思いますよ」
「だとしても……そこにいるのはあの子よ。予想が付かないあの子」
「教室みたいに爆発、させちゃいますかね? なぁんて、えへへ……」
 二人の間に、気まずい空気が流れる。
 霧蜘蛛は怒らせてはいけない種族であることをよく知っているからだ。
 加えて、霧蜘蛛の棲む森は、非常に燃えやすいという危険性もある。
 縄張り付近にマーキングとして張り巡らされた霧蜘蛛の糸は導火線のように簡単に燃え移り、軽い気持ちで火を焚こうものなら、森ごと全焼しかねない。
 どう足掻いても対処が難しい超危険生物だ。
「キッキバル先生、私早退するわ。一度ミモザちゃんのお店に寄って確認してくる。もし何もなかったらすぐ戻ってくるけど、戻ってこなかったら後はよろしくね」
 机に散らばった書類を束ねたり、書類の下に埋もれていた杖を引っ張り出したり、忙しなく身支度を調えると、ダリアは帽子を深く被り直して職員室を飛び出す。
「え、そんな……後はよろしくって、このお仕事、私がやるんですか?」
 その場に残されたマーガは、唖然としながらダリアの机に目をやる。
 決してほったらかしにしてはいけない量だ。
 何も起きていないことを切に願う。
 もし霧蜘蛛の森にあの問題児が同行していれば、何も起こらない可能性の方が低いという不安を拭いきれないマーガだったが、目の前に積まれている圧倒的なソレと、どちらが優先度が高いだろうか、とやや悩んだ。
「ふぅー……やれやれ、ダリア先生ってぱ本当お節介焼きですよね」
 大きな溜め息をついて、マーガは憂鬱そうにダリアの机を眺めた。