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第184話 グルグル、ぶらんぶらん

ー/ー



「ちょ……ミモザ? クラメ? ど、何処だ?」

 お互いにはぐれないよう、かなり接近していたはずだ。
 それなのに、こんなにも煙みたいに消えることってあるのか?

 それとも、さっきまでそこにいると思い込んでいただけで、最初から皆、幻影だったとだもいうのか?

 暗闇の中、我一人ぽつんと取り残されている。

 何の姿も確認することができない。真っ白い糸にコーティングされた、広いだけの空間。何か大きなものが隠れるような影も隙間もない。

 何処かに僅かでも気配を感じられるか?
 何もいない。何も感じない。不気味なほどシンと静まり返っている。

 だが、何かいる。いるはずなんだ。
 そうでもなければ、ヤスミも、ミモザも、クラメも突然消えたりはしない。

 この白に静まり返った闇の中に、蜘蛛どものボスが息を潜めている。気を抜くな。抜いたら、何処から襲ってくるか分からない。

 こうなれば、仕方ない。先手必勝だ。ドデカい魔法を一発ぶちかまして……って、そんなことをしたらミモザたちも巻き添えになるではないか!

 ただでさえ姿を消して何処にいるかも分からないというのに。
 どうするんだ、この状況!
 に、逃げるしか……。

「動かない方がいいよ。既に奴の間合いだからさ」
「むぐぅぅっ!?」

 誰!? 何!? 急に背後から抱きつかれたんだけど!?

 暗闇の中、静かに聞こえてきた声。明らかに男の声だ。

 当然ミモザでも、クラメでも、ヤスミでもないし、勿論リコリスですらない。
 だがどうしてだろう。この声、何処かで聞いたことがあるような気がする。

 思い出そうとすると、不快な気分が込み上げてくるようだ。
 一体なんなんだ、この男。

「カシアちゃん……って呼んであげた方がいい? いや、今は違う姿か」

 その名で呼ばれて、我は心臓が裏返しになるかと思った。
 我がその名を名乗ることはめったにない。
 それは我がミモザの姉になりきるときに使う偽名だからだ。

 もし、その名前を聞いたことがある奴がいるとしたら限られる。

「お前、まさか……」
「おっと、その先は言わなくてもいいぜ。それよりやることあんじゃん?」
「あ、ああ……わ、我の仲間を助けねば」

 殆どが闇にまみえて見えない空間の中、明瞭に分かったことがある。
 そこにいるチャラい男は、この暗い場所で、底なしに明るい笑みを浮かべている。

「霧蜘蛛(ミストレッグ)の上位個体種、操糸の幻影蜘蛛(マリオネイト・ストリンガー)は気配を消すことに特化した闇の暗殺者。音を消す糸や光を屈折させる糸を自在に操り、周囲に幻影を見せるって寸法だよ」
「何? ということは、我の仲間は消えていないのか?」
「は~い、ピンポ~ン。って言いたいとこなんだけど、ここで焦って動き回ると糸でグルグル巻きにされて天井に吊されちゃうのよね、これが」

 などと言いながら、そいつは我の顎をグッと持ち上げ、天井に向けさせる。
 見ると、おそらくさっきまではなかったはずの糸玉が三つほど追加されていた。

「蜘蛛の糸なんて大体トラップに決まってるんだから、その上を歩いたらどうなるかくらい分かるもんじゃない? フツーに考えてもさ」

 正論を言われるが腹が立って仕方ないな。
 この最下層に降りてきたとき、壁も床も天井も糸でビッシリだった。
 まさか、その糸が動いてくるなんて思わんだろう。

 こちらとしては撥衝の障壁珠(バリアボール)で完全防御していたつもりだった。
 だが、これはあくまで外部からの攻撃を防ぐものに過ぎない。
 既に足下にある糸から身を守るなんて器用な真似はできないのだ。

 ということはつまり、糸の幻に引っかかってる間に、床の糸の罠に引っかかって、ついでに音を消す糸によって誰の悲鳴も聞こえなかったと。
 糸のエキスパートかよ。まさに蜘蛛。

 ここに入った時点で、罠の中に飛び込んできたも同然というわけか。

「お前には分かるのか? 操糸の幻影蜘蛛の位置が」
「微かな空気の震えだって糸の振動で消しちまうんだぜ? 分かるわけないじゃん」

 どんな化け物蜘蛛だよ、それは。気配も音も光も糸で思うままに操る蜘蛛か。
 しかし、その割にはこの男の余裕ぶった態度が不思議で仕方ない。

「でも奴の幻をどうにかするコツはある」
「何? それは本当か?」
「光の微細な屈折を操るから、実は過度な光には弱いんだ。例えば、さっきみたいな光の魔法とか特にね」

 おい。さっきみたいな、ってお前一体いつから我らのことを見ていたんだ?
 そう突っ込もうとしたが、今はそれどころではないな。

「だから操糸の幻影蜘蛛は光を嫌い、光るものに襲いかかるんだ。ってとこでさあ、ものは相談なんだけどさ。天井をさっきより光らせるってできる?」
「それは可能だが……その後にどうするつもりだ?」
「まず奴の姿をハッキリさせた方がこっちも動きやすいだろ? もし、おともだちを助けたいんだったらそうした方が賢明じゃない?」

 ぐぬぬ……言っていることが間違っていないだけに、腹が立つ。
 本来はそこまでの策を我が練るべきだったんじゃないか。

「……分かった。さっきの魔法を放つ。目が眩むなよ?」
「よろしくー」

 この状況だというのに、なんと軽い男だ。全く以てキモキモチャラ男である。

かがやき導く世界(そこにあるヒカリ)

 天井に向かって、魔力を放つ。そして、それを遠隔に操作し、一気に弾けさせた。
 刹那、光の球が天井に散っていき、この真っ白な空間に眩い明かりが広がる。

「な、なんだ、これは……?」

 薄目を開けながら、辺りをもう一度見回す。
 真っ白いだけのだだっ広い洞穴だと思っていた空間が突如として違う顔を見せる。

 一言で言うならば、歪んだ鏡張りの迷宮。
 右も左も、屈折した像が反射する壁でいっぱいだ。
 ずっとこんなところを歩いていたのか?

 鏡の壁もよくよく見ると微動しており、生きているかのように蠢いている。
 つまりこの鏡も蜘蛛の糸でできているらしい。
 しゅるしゅると形を変え、位置も変え、少しずつ歪みを調整していた。

 一気に明るい光で照らされたことで屈折に対応しきれなかったのだろう。

「飛ぶよ」
「は? うおおおわぁぁっ!?」

 次の瞬間、我の身体は紐でグルグル巻きにされており、そのまま天井にすっ飛ぶ。
 何が起こったのかを理解するより前に、今そこに見えていた鏡の壁が倒されていく光景を目の当たりにしてしまった。

 ずっとそこに立ったままだったら鏡もろとも巻き込まれていただろう。
 あの音もなく迫り来る巨大な蜘蛛の突進に。

 そこで改めて気付いた。
 またしても我の身体に紐が巻き付けられて、天井に吊されていることに。
 今日で二度目だぞ、この格好。

「アイツが操糸の幻影蜘蛛だ。こうしてみると面白いだろ?」

 巨大な蜘蛛の身体のあちこちは欠けていた。全容がくっきりと見えない。
 おそらく光を屈折させて、自分の姿を見えないようにしているのだろう。
 今は強烈な光によってそれが上手くいっていないようだが。

 鏡張りの蜘蛛に、鏡の迷宮か。
 ネタを明かされると滑稽に見えなくもないが、面白い状況でもない。

「アイツは自分自身の身体にもああして糸を巻き付けてるから炎で燃やしてやるのが手っ取り早いんだが――炎をつけても一瞬で消せる魔法とか使える?」
「我を便利屋扱いするでないわ。だが……それができそうな奴は今捕まってるしな」
「じゃあ、そこまで連れていくから交渉頼むよ」
「え? あ? は? 何を言って……」

 次の瞬間、我の身体はグルグル巻きのまま、ぶらんぶらんと天井を移動していた。
 って、おい! 我を荷物みたいに運ぶでないわ!

 しかも天井が魔法でピカピカ光っているから眩しさも相まって気持ち悪い。
 なんで我がこんな目に……。


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 お互いにはぐれないよう、かなり接近していたはずだ。
 それなのに、こんなにも煙みたいに消えることってあるのか?
 それとも、さっきまでそこにいると思い込んでいただけで、最初から皆、幻影だったとだもいうのか?
 暗闇の中、我一人ぽつんと取り残されている。
 何の姿も確認することができない。真っ白い糸にコーティングされた、広いだけの空間。何か大きなものが隠れるような影も隙間もない。
 何処かに僅かでも気配を感じられるか?
 何もいない。何も感じない。不気味なほどシンと静まり返っている。
 だが、何かいる。いるはずなんだ。
 そうでもなければ、ヤスミも、ミモザも、クラメも突然消えたりはしない。
 この白に静まり返った闇の中に、蜘蛛どものボスが息を潜めている。気を抜くな。抜いたら、何処から襲ってくるか分からない。
 こうなれば、仕方ない。先手必勝だ。ドデカい魔法を一発ぶちかまして……って、そんなことをしたらミモザたちも巻き添えになるではないか!
 ただでさえ姿を消して何処にいるかも分からないというのに。
 どうするんだ、この状況!
 に、逃げるしか……。
「動かない方がいいよ。既に奴の間合いだからさ」
「むぐぅぅっ!?」
 誰!? 何!? 急に背後から抱きつかれたんだけど!?
 暗闇の中、静かに聞こえてきた声。明らかに男の声だ。
 当然ミモザでも、クラメでも、ヤスミでもないし、勿論リコリスですらない。
 だがどうしてだろう。この声、何処かで聞いたことがあるような気がする。
 思い出そうとすると、不快な気分が込み上げてくるようだ。
 一体なんなんだ、この男。
「カシアちゃん……って呼んであげた方がいい? いや、今は違う姿か」
 その名で呼ばれて、我は心臓が裏返しになるかと思った。
 我がその名を名乗ることはめったにない。
 それは我がミモザの姉になりきるときに使う偽名だからだ。
 もし、その名前を聞いたことがある奴がいるとしたら限られる。
「お前、まさか……」
「おっと、その先は言わなくてもいいぜ。それよりやることあんじゃん?」
「あ、ああ……わ、我の仲間を助けねば」
 殆どが闇にまみえて見えない空間の中、明瞭に分かったことがある。
 そこにいるチャラい男は、この暗い場所で、底なしに明るい笑みを浮かべている。
「霧蜘蛛《ミストレッグ》の上位個体種、|操糸の幻影蜘蛛《マリオネイト・ストリンガー》は気配を消すことに特化した闇の暗殺者。音を消す糸や光を屈折させる糸を自在に操り、周囲に幻影を見せるって寸法だよ」
「何? ということは、我の仲間は消えていないのか?」
「は~い、ピンポ~ン。って言いたいとこなんだけど、ここで焦って動き回ると糸でグルグル巻きにされて天井に吊されちゃうのよね、これが」
 などと言いながら、そいつは我の顎をグッと持ち上げ、天井に向けさせる。
 見ると、おそらくさっきまではなかったはずの糸玉が三つほど追加されていた。
「蜘蛛の糸なんて大体トラップに決まってるんだから、その上を歩いたらどうなるかくらい分かるもんじゃない? フツーに考えてもさ」
 正論を言われるが腹が立って仕方ないな。
 この最下層に降りてきたとき、壁も床も天井も糸でビッシリだった。
 まさか、その糸が動いてくるなんて思わんだろう。
 こちらとしては|撥衝の障壁珠《バリアボール》で完全防御していたつもりだった。
 だが、これはあくまで外部からの攻撃を防ぐものに過ぎない。
 既に足下にある糸から身を守るなんて器用な真似はできないのだ。
 ということはつまり、糸の幻に引っかかってる間に、床の糸の罠に引っかかって、ついでに音を消す糸によって誰の悲鳴も聞こえなかったと。
 糸のエキスパートかよ。まさに蜘蛛。
 ここに入った時点で、罠の中に飛び込んできたも同然というわけか。
「お前には分かるのか? 操糸の幻影蜘蛛の位置が」
「微かな空気の震えだって糸の振動で消しちまうんだぜ? 分かるわけないじゃん」
 どんな化け物蜘蛛だよ、それは。気配も音も光も糸で思うままに操る蜘蛛か。
 しかし、その割にはこの男の余裕ぶった態度が不思議で仕方ない。
「でも奴の幻をどうにかするコツはある」
「何? それは本当か?」
「光の微細な屈折を操るから、実は過度な光には弱いんだ。例えば、さっきみたいな光の魔法とか特にね」
 おい。さっきみたいな、ってお前一体いつから我らのことを見ていたんだ?
 そう突っ込もうとしたが、今はそれどころではないな。
「だから操糸の幻影蜘蛛は光を嫌い、光るものに襲いかかるんだ。ってとこでさあ、ものは相談なんだけどさ。天井をさっきより光らせるってできる?」
「それは可能だが……その後にどうするつもりだ?」
「まず奴の姿をハッキリさせた方がこっちも動きやすいだろ? もし、おともだちを助けたいんだったらそうした方が賢明じゃない?」
 ぐぬぬ……言っていることが間違っていないだけに、腹が立つ。
 本来はそこまでの策を我が練るべきだったんじゃないか。
「……分かった。さっきの魔法を放つ。目が眩むなよ?」
「よろしくー」
 この状況だというのに、なんと軽い男だ。全く以てキモキモチャラ男である。
「|かがやき導く世界《そこにあるヒカリ》」
 天井に向かって、魔力を放つ。そして、それを遠隔に操作し、一気に弾けさせた。
 刹那、光の球が天井に散っていき、この真っ白な空間に眩い明かりが広がる。
「な、なんだ、これは……?」
 薄目を開けながら、辺りをもう一度見回す。
 真っ白いだけのだだっ広い洞穴だと思っていた空間が突如として違う顔を見せる。
 一言で言うならば、歪んだ鏡張りの迷宮。
 右も左も、屈折した像が反射する壁でいっぱいだ。
 ずっとこんなところを歩いていたのか?
 鏡の壁もよくよく見ると微動しており、生きているかのように蠢いている。
 つまりこの鏡も蜘蛛の糸でできているらしい。
 しゅるしゅると形を変え、位置も変え、少しずつ歪みを調整していた。
 一気に明るい光で照らされたことで屈折に対応しきれなかったのだろう。
「飛ぶよ」
「は? うおおおわぁぁっ!?」
 次の瞬間、我の身体は紐でグルグル巻きにされており、そのまま天井にすっ飛ぶ。
 何が起こったのかを理解するより前に、今そこに見えていた鏡の壁が倒されていく光景を目の当たりにしてしまった。
 ずっとそこに立ったままだったら鏡もろとも巻き込まれていただろう。
 あの音もなく迫り来る巨大な蜘蛛の突進に。
 そこで改めて気付いた。
 またしても我の身体に紐が巻き付けられて、天井に吊されていることに。
 今日で二度目だぞ、この格好。
「アイツが操糸の幻影蜘蛛だ。こうしてみると面白いだろ?」
 巨大な蜘蛛の身体のあちこちは欠けていた。全容がくっきりと見えない。
 おそらく光を屈折させて、自分の姿を見えないようにしているのだろう。
 今は強烈な光によってそれが上手くいっていないようだが。
 鏡張りの蜘蛛に、鏡の迷宮か。
 ネタを明かされると滑稽に見えなくもないが、面白い状況でもない。
「アイツは自分自身の身体にもああして糸を巻き付けてるから炎で燃やしてやるのが手っ取り早いんだが――炎をつけても一瞬で消せる魔法とか使える?」
「我を便利屋扱いするでないわ。だが……それができそうな奴は今捕まってるしな」
「じゃあ、そこまで連れていくから交渉頼むよ」
「え? あ? は? 何を言って……」
 次の瞬間、我の身体はグルグル巻きのまま、ぶらんぶらんと天井を移動していた。
 って、おい! 我を荷物みたいに運ぶでないわ!
 しかも天井が魔法でピカピカ光っているから眩しさも相まって気持ち悪い。
 なんで我がこんな目に……。