第183話 師の影を追って
ー/ー「ヤスミ。お前の師匠が、ここにいるのか?」
思わずオウム返しのように訊ねてしまった。
ひょっとしたら、あまり訊かれたくないことかもしれないのに。
「あ、すみません、フィー嬢。少しあの人の気配というか、匂いのようなものを感じてしまって。今いるかどうかは分かりません」
取り繕うように笑みを見せる。匂いって。
ヤスミの手に握られたナイフのような武器は少々痛んでいるようにも見えた。
「それは、一体なんだ? ヤスミも同じような武器を持っていたようだが、随分と変わった形状をしたナイフだな」
「ええ。これは手裏剣と呼ばれるもので、拙者の故郷――極東の島国の、ほんの一部で使われている武器の一つです」
そういえばいつだったか、隠密や情報収集に特化した仕事をしていたようなことを言っていた気がする。
我も詳しくはないが、極東にはシノビという暗殺稼業があるんじゃなかったっけ。まさか、シュリケンとかいうのも、暗殺の武器じゃなかろうな。
「その形状や用途も様々で、ナイフのように切ったり、投げて使ったりもできます。そしてこれは、拙者の師匠が愛用していた手裏剣と同じなんですよ」
東の果てにある国の武器など、そうは多くない。
冒険者たちが集うパエデロスでも、専ら使われる武器も限られる。
偶然同じ武器を見かけるなんてことも早々あるまい。
「それに、以前師匠から聞いたことがあったんです。遙か遠くの大陸には、影も形も悟らせない幻影のような蜘蛛がいると」
「まるで霧蜘蛛のようではないか」
「修行相手に丁度よかったと笑いながら言っていましたので、拙者は正直、いつもの冗談かと思っていたのですが」
実際に目の当たりにしてしまっては信じるしかないだろう。
というか、修行相手って。
音もなく襲いかかるような蜘蛛とやりあっていたというのか?
むしろ、その師匠の存在こそ我には何かの冗談に聞こえるぞ。
「もし、ここが師匠の話に聞いていた場所なら……逃げるわけにはいきません。少しでも師匠に近付くためにも!」
おぅぅ……またしても、ヤスミが燃えている。普段は明るく健気そうな印象が強かったが、意外と熱血な一面もあるのだな。
師匠がどんな奴なのか知らないが、この態度を見るに相当慕っているのだろう。
「お嬢。確か、霧蜘蛛に捕獲された者は最深部の貯蔵庫に運ばれる……ということでしたね。空間を見て把握しました。おそらく、次の階層が最深部でしょう」
明るく照らされた洞穴内の何処をどのように観察した結果、それだけの空間を把握できたのか、今の我には理解できないが、ヤスミの確信めいた顔を見る限り、信憑性に足る情報とみた。
多分だが、光に怯んで逃げていった蜘蛛の方角から洞穴内の位置関係を推測したのかもしれない。それでもあれだけの無数の蜘蛛の動きを目で見て追うのは人間業とは到底思えないわけだが。というか今もウジャウジャ蠢いててよく分からん。
「お嬢、クラメ殿。あの穴からリコリス殿の気配や匂いは感じられますか?」
「はい、あそこからリコリスしゃんの魔力が漏れてましゅ」
「ふっひ、私も、鼻がビンビンと感じてます。これはリコリスさんが近いです」
ヤスミの指さした先の大穴を見て、二人がそう答える。
もしかしたら我は置いていかれるのかもしれない。
ハッキリいってこの戦いにはついていけない……そんな気がして。
「フィー嬢。拙者一人なら下まで降りられますが、二人を安全に降ろせる魔法はありますか?」
「む? ああ、勿論あるぞ。ミモザ、クラメ。我の身体に掴まれ」
二人が我の身体にくっついてきたのを確認し、詠唱を開始する。
「穏やかなる孤高の風」
我を中心として、ふわりとした風が巻き起こる。
そして、そのまま下層に向かって飛び降りた。周囲を取り巻く風によって落下速度はふわふわと抑えられ、着実にゆっくりと降りていく。
その横を、ヤスミは単身の跳躍だけでピョンピョンと飛び降りていき、我らよりも先に下層の地に足をつけていた。こういうのって普通ロープとか使わない?
本当に、アイツ人間なの?
「皆殿。正直なところを言いますが、拙者は皆殿を守りながら戦うことはできないかもしれません。リコリス殿の救出を優先します」
「ああ、分かっている。それは巣穴に突入する時点でも覚悟を決めていたことだ」
さすがに操糸の幻影蜘蛛なんてものがいるだなんて知らなかったし、相手が未知数すぎて、自分の身を守りきれるのかやや不安なところはあるが、リコリスと接触すればどうにかなるはずだ。
というか、本当、アイツは今、一体何をしているんだ。
霧蜘蛛にさらわれて結構経っていると思うのだが。
「防衛魔具も大量に用意してありまふよ!」
「ふひっ、せ、戦力にはなりませんが、リコリスさんを救うためなら、ふひ、ふひ」
それを聞いてヤスミが安心したかどうかまでは定かではないが、武器を構え直す。
ここから先、いつ操糸の幻影蜘蛛と遭遇するかは分からない。
「かたじけない。では、進みましょう――最深部へ!」
※ ※ ※
光の魔法は解いてしまったので、再び洞穴内には闇が訪れる。
懐中の発光筒の明かりだけが照らす恐ろしく薄暗く、そして異様に広い通路を、慎重に進んでいった。
先頭を切るヤスミは、足音を立てぬようすり足のように進み、その後ろではミモザの珠のついた杖を突き出した我らが続く。
撥衝の障壁珠と名付けられたこの魔具は今度店にも売り出そうとしている新商品で、外部からの攻撃だけを弾くという代物だ。
ミモザのアイディアに我の知識を足し、ノイデスとサンシの技術によって造り上げられたもの。一見するとただの珠のついた杖にしか見えないが、こうして手に持って構えているだけでどんな攻撃も受け付けない無敵の壁を発生させる。
その一方で、こちらからの攻撃はすり抜けるため、危険な状況におかれても防御しながら攻撃することが可能。まだ試作段階で、色々と調整中なのだが。
まさか、自分たちが早速使うことになるとまでは思ってもみなかった。
そうこうしていると、正面に真っ白な空間が広がる。
突然、宮殿か何かに迷い込んでしまったのかと思うほど、床も壁も天井も真っ白になっており、その異様さに圧倒される。これ全部、蜘蛛の糸か。
垂れ下がる糸の束がまるで最上級のカーテンのようにさえ見えた。
ここが洞穴じゃなかったら、その先に王族が鎮座していてもおかしくないくらい。
だが、それはパッと見だけの印象で、現実はそんなに上品なものではない。
歩く度に白い床はニチャニチャと粘性を帯びた音を立てるし、少し不快だ。
あと、地上でも見たような白いモコモコの物体が天井から垂れ下がっており、中には時折蠢いているようで、かすかに揺れている。
なるほど、ここが話に聞いていた霧蜘蛛の貯蔵庫か。
言わずもがな、あのぶらさがっている奴は……。
「フィーしゃん……あそこ」
ミモザがそっと指をさす。
そこに他より一際小さな白いモコモコがぶら下がっている。
「ふひ、り、リコリスさんの匂いが、します」
クラメも気付いたのか、そっちの方を見上げる。
どうやら運良く見つけることができたようだ。
思っていたよりあっさりだった。
あとはあそこからリコリスを引っ張り出してこんなところから脱出するだけだ。
そう思った矢先、奇妙な違和感に襲われる。
たった今の今まで、我らの前にいたヤスミが、忽然と姿を消していた。
「まさか……? おい、ヤスミがいなくなった……ぞ?」
我が振り向いたとき、そこには誰もいなかった。
思わずオウム返しのように訊ねてしまった。
ひょっとしたら、あまり訊かれたくないことかもしれないのに。
「あ、すみません、フィー嬢。少しあの人の気配というか、匂いのようなものを感じてしまって。今いるかどうかは分かりません」
取り繕うように笑みを見せる。匂いって。
ヤスミの手に握られたナイフのような武器は少々痛んでいるようにも見えた。
「それは、一体なんだ? ヤスミも同じような武器を持っていたようだが、随分と変わった形状をしたナイフだな」
「ええ。これは手裏剣と呼ばれるもので、拙者の故郷――極東の島国の、ほんの一部で使われている武器の一つです」
そういえばいつだったか、隠密や情報収集に特化した仕事をしていたようなことを言っていた気がする。
我も詳しくはないが、極東にはシノビという暗殺稼業があるんじゃなかったっけ。まさか、シュリケンとかいうのも、暗殺の武器じゃなかろうな。
「その形状や用途も様々で、ナイフのように切ったり、投げて使ったりもできます。そしてこれは、拙者の師匠が愛用していた手裏剣と同じなんですよ」
東の果てにある国の武器など、そうは多くない。
冒険者たちが集うパエデロスでも、専ら使われる武器も限られる。
偶然同じ武器を見かけるなんてことも早々あるまい。
「それに、以前師匠から聞いたことがあったんです。遙か遠くの大陸には、影も形も悟らせない幻影のような蜘蛛がいると」
「まるで霧蜘蛛のようではないか」
「修行相手に丁度よかったと笑いながら言っていましたので、拙者は正直、いつもの冗談かと思っていたのですが」
実際に目の当たりにしてしまっては信じるしかないだろう。
というか、修行相手って。
音もなく襲いかかるような蜘蛛とやりあっていたというのか?
むしろ、その師匠の存在こそ我には何かの冗談に聞こえるぞ。
「もし、ここが師匠の話に聞いていた場所なら……逃げるわけにはいきません。少しでも師匠に近付くためにも!」
おぅぅ……またしても、ヤスミが燃えている。普段は明るく健気そうな印象が強かったが、意外と熱血な一面もあるのだな。
師匠がどんな奴なのか知らないが、この態度を見るに相当慕っているのだろう。
「お嬢。確か、霧蜘蛛に捕獲された者は最深部の貯蔵庫に運ばれる……ということでしたね。空間を見て把握しました。おそらく、次の階層が最深部でしょう」
明るく照らされた洞穴内の何処をどのように観察した結果、それだけの空間を把握できたのか、今の我には理解できないが、ヤスミの確信めいた顔を見る限り、信憑性に足る情報とみた。
多分だが、光に怯んで逃げていった蜘蛛の方角から洞穴内の位置関係を推測したのかもしれない。それでもあれだけの無数の蜘蛛の動きを目で見て追うのは人間業とは到底思えないわけだが。というか今もウジャウジャ蠢いててよく分からん。
「お嬢、クラメ殿。あの穴からリコリス殿の気配や匂いは感じられますか?」
「はい、あそこからリコリスしゃんの魔力が漏れてましゅ」
「ふっひ、私も、鼻がビンビンと感じてます。これはリコリスさんが近いです」
ヤスミの指さした先の大穴を見て、二人がそう答える。
もしかしたら我は置いていかれるのかもしれない。
ハッキリいってこの戦いにはついていけない……そんな気がして。
「フィー嬢。拙者一人なら下まで降りられますが、二人を安全に降ろせる魔法はありますか?」
「む? ああ、勿論あるぞ。ミモザ、クラメ。我の身体に掴まれ」
二人が我の身体にくっついてきたのを確認し、詠唱を開始する。
「穏やかなる孤高の風」
我を中心として、ふわりとした風が巻き起こる。
そして、そのまま下層に向かって飛び降りた。周囲を取り巻く風によって落下速度はふわふわと抑えられ、着実にゆっくりと降りていく。
その横を、ヤスミは単身の跳躍だけでピョンピョンと飛び降りていき、我らよりも先に下層の地に足をつけていた。こういうのって普通ロープとか使わない?
本当に、アイツ人間なの?
「皆殿。正直なところを言いますが、拙者は皆殿を守りながら戦うことはできないかもしれません。リコリス殿の救出を優先します」
「ああ、分かっている。それは巣穴に突入する時点でも覚悟を決めていたことだ」
さすがに操糸の幻影蜘蛛なんてものがいるだなんて知らなかったし、相手が未知数すぎて、自分の身を守りきれるのかやや不安なところはあるが、リコリスと接触すればどうにかなるはずだ。
というか、本当、アイツは今、一体何をしているんだ。
霧蜘蛛にさらわれて結構経っていると思うのだが。
「防衛魔具も大量に用意してありまふよ!」
「ふひっ、せ、戦力にはなりませんが、リコリスさんを救うためなら、ふひ、ふひ」
それを聞いてヤスミが安心したかどうかまでは定かではないが、武器を構え直す。
ここから先、いつ操糸の幻影蜘蛛と遭遇するかは分からない。
「かたじけない。では、進みましょう――最深部へ!」
※ ※ ※
光の魔法は解いてしまったので、再び洞穴内には闇が訪れる。
懐中の発光筒の明かりだけが照らす恐ろしく薄暗く、そして異様に広い通路を、慎重に進んでいった。
先頭を切るヤスミは、足音を立てぬようすり足のように進み、その後ろではミモザの珠のついた杖を突き出した我らが続く。
撥衝の障壁珠と名付けられたこの魔具は今度店にも売り出そうとしている新商品で、外部からの攻撃だけを弾くという代物だ。
ミモザのアイディアに我の知識を足し、ノイデスとサンシの技術によって造り上げられたもの。一見するとただの珠のついた杖にしか見えないが、こうして手に持って構えているだけでどんな攻撃も受け付けない無敵の壁を発生させる。
その一方で、こちらからの攻撃はすり抜けるため、危険な状況におかれても防御しながら攻撃することが可能。まだ試作段階で、色々と調整中なのだが。
まさか、自分たちが早速使うことになるとまでは思ってもみなかった。
そうこうしていると、正面に真っ白な空間が広がる。
突然、宮殿か何かに迷い込んでしまったのかと思うほど、床も壁も天井も真っ白になっており、その異様さに圧倒される。これ全部、蜘蛛の糸か。
垂れ下がる糸の束がまるで最上級のカーテンのようにさえ見えた。
ここが洞穴じゃなかったら、その先に王族が鎮座していてもおかしくないくらい。
だが、それはパッと見だけの印象で、現実はそんなに上品なものではない。
歩く度に白い床はニチャニチャと粘性を帯びた音を立てるし、少し不快だ。
あと、地上でも見たような白いモコモコの物体が天井から垂れ下がっており、中には時折蠢いているようで、かすかに揺れている。
なるほど、ここが話に聞いていた霧蜘蛛の貯蔵庫か。
言わずもがな、あのぶらさがっている奴は……。
「フィーしゃん……あそこ」
ミモザがそっと指をさす。
そこに他より一際小さな白いモコモコがぶら下がっている。
「ふひ、り、リコリスさんの匂いが、します」
クラメも気付いたのか、そっちの方を見上げる。
どうやら運良く見つけることができたようだ。
思っていたよりあっさりだった。
あとはあそこからリコリスを引っ張り出してこんなところから脱出するだけだ。
そう思った矢先、奇妙な違和感に襲われる。
たった今の今まで、我らの前にいたヤスミが、忽然と姿を消していた。
「まさか……? おい、ヤスミがいなくなった……ぞ?」
我が振り向いたとき、そこには誰もいなかった。
みんなのリアクション
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