第182話 操糸の幻影蜘蛛

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 ミモザの話によると、霧蜘蛛(ミストレッグ)という種族は闇雲に群れを増やしているわけではなく、餌の捕獲具合や巣穴の拡張度合いによって状況を見極めているそうだ。

 即ち、集落の大きさとはそのまま脅威の大きさと言い換えてもいい。
 それだけ知性を持つと当然、蜘蛛の群れを統括する幹部も何匹か現われる。
 つまりエリート蜘蛛だ。

 そしてエリートの中のエリートは集落の大きさだけ文字通り大きく成長していき、別の個体へと変貌していく。その中の一つが操糸の幻影蜘蛛(マリオネイト・ストリンガー)だ。

 大体の中小規模の霧蜘蛛は、群れも幹部も等しく大きくなっていくが、操糸の幻影蜘蛛の場合は、ボスだけが偏って大きくなるらしい。つまり、美味い汁を沢山吸っているということなのだろうな。

 結果としてボスの異常な巨大化により、一部の階層が破壊されてしまうのだとか。
 結構これまでの階層を見る限り、十分な広さはあったと思うが、それが破壊されるってどんだけ巨大化してるんだ……。
 それなら巨大化した幹部が増えすぎて床が抜けていた、って方が良かったわ。

 霧蜘蛛は普段温厚だが、敵意を剥き出すと音もなく気配もなく獲物に襲いかかる、瞬足の狩人になるが、操糸の幻影蜘蛛はその比ではない。
 そこに存在しているのかどうかも悟られないほど、まさに霧の如く姿を消すことができるのだという。

 よりにもよって、リコリスをさらっていったのがそんな奴がボスをやっている集落とはな。さらに最悪なことに、温厚な霧蜘蛛と異なり、獰猛ということだ。

「――ので、最下層に近付いたら問答無用で襲ってくると思いましゅ」
「つまり、リコリスを助けに行けば必然とボスと戦わなければならんということか」

 もうアイツのことは放っておいて帰ってしまってもいいんじゃないだろうか。

「は、はやく、ふひっ、はやくリコリスさんを、ふっひ! た、助けないと!」
 クラメも酷く焦っている様子で鼻息を荒くする。

 まさかリコリスの正体が元魔王だとは知るまい。
 弱体化している我と違って、アイツはバリバリ魔力も有り余っているし、殺そうとしてもそう簡単には殺せないだろう。

「お嬢。操糸の幻影蜘蛛を倒す術はあるのですか?」
「ええとぉ……クモしゃんは火には弱いのれ、巣穴の外から燃やすのが一般的でふ。れも、それだと森全体の延焼をどうにかしないといけなくて数百人くらいで消火活動しながら燃やす感じれす」

 数百人の規模で燃やしながら消火という光景がなかなか想像できない。
 ただでさえ、巣穴自体も油のように燃えやすいわけだしな。
 害虫駆除というにはあまりにも規模が大きく、軽く戦争じみた方法だ。
 勿論、この場にいる人数ではとてもできるものではないだろう。

 そもそもこれから向かうのは巣穴の最下層。
 そんなところで炎の魔法でも使ったら大惨事どころじゃない。
 蜘蛛どころか我らも出口に辿り着く前にこんがりと燃え尽きてしまうだろう。

「ふひ、他の霧蜘蛛みたいに明かりで怯んだ隙に、というのは、ダメ、ですか?」
「操糸の幻影蜘蛛は好戦的れふから……怯えるどころか襲ってきましゅ」

 なんか割と状況的に詰んでいるような気がしないでもない。
 リコリスの方の心配は一切していないのだが、リコリスをほったらかしのままではいられないし、かといって助けに行けばこっちの命が危ない。

 操糸の幻影蜘蛛がどれほどの脅威となるか。
 ある程度自由に魔法がぶっ放せるならやりようもあるが、リコリスがさらわれていったときなど、誰も何も気付かなかった。あんなに直ぐそばにいたのに、だ。

 アレよりも凄いボスが相手となると、ガチめにこちらが認識する前に全滅していてもおかしくはないだろう。気付いたときには既に蜘蛛の腹の中かもしれん。

「ところで、お嬢にクラメ殿。リコリス殿の気配は感じ取れていますか?」
「んみゅ、そうれすね。大分近付いてる気がしまふ」
「ふひ、く、蜘蛛の臭いで、その、分かりづらいですが、い、一応……」

 この巣穴が何階層なのかは知らないが、今いる階層がいくつか床をぶち抜きになっていることもあって、一気にショートカットできているのか。
 まあ、下層に続く道は蜘蛛まみれになっていて見えないのだが。

「あの、フィー嬢。こんなことを頼むのは忍びないのですが……」
「なんだ?」

 ヤスミがおずおずと訊ねてくる。

「今いるこの広間を丸ごと照らす魔法は使えますか? ほんの一瞬でいいのですが」
「それくらいならできるが……」
「空間を把握し、蜘蛛を散らすためにひとつ、お願いします」

 なるほど。頼まれるのは悪い気がしない。

「分かった。目が眩むかもしれぬから少し目を瞑っておけ」

 威力のある魔法をぶっ放すのと違って、明かりを灯すだけなら負担も軽い。
 懐中の発光筒(モバライター)みたいに持続して照らし続けるのは少々面倒だが、ちょっとの間だけなら問題ない。

かがやき導く世界(そこにあるヒカリ)

 我の手の中から光の玉が放たれ、洞穴内の中央にふわふわと浮遊していく。
 うーん、既に眩しい。タイミングを見計らい、魔力をさらに込める。

 対閃光防御! って腕で顔を隠しただけだが。

 玉は大きな光へと膨らんでいき、拡散させる。
 すると、あっという間に洞穴内は照らされ、瞬く間に昼間のように明るくなる。
 さすがに目がしばしばするが、次第に慣れてくる。

「ほへぇ……眩しいれす」
「ふひ、凄い……巣穴の中がハッキリと見えます」

 さっきまでは薄暗くてよく分からなかったが、大分見えてきた。
 ミモザが言った通り、本当に床が抜けていたようでバックリと階層が割れていた。

 意外とキレイな断面図だ。六段分くらいぶち抜かれていたっぽい。
 丁度我らが降りてきたところの真下周辺が大穴になっており、ヤスミに助けてもらっていなかったらかなりの高さを落下していたことが改めて分かった。

 落下地点の下層だが、あんなにもウジャウジャと見えていた蜘蛛どもも、この眩しさにはまいったのか、足場が見えるくらいには散っていた。

「あ、あそこ、下層への穴れすかね?」

 ミモザが遠くを指さす。階層の一番下の段に大穴が目に付いた。
 なんだかさっきまで降りてきた穴よりもずっと大きい気がする。

 加えて、補強されたのかどうかは定かではないが、蜘蛛の糸がビッシリと張り巡らされており、あたかも本来通れないものが無理やりに通ってこじ開けたから修繕された、ってぽい感じがヒシヒシと。

 少なくとも、この霧蜘蛛の集落のボスである操糸の幻影蜘蛛(マリオネイト・ストリンガー)はあの穴より身体が大きいと考えても間違いないだろう。

「どうだ、ヤスミ。空間は把握できたか?」
「……」

 集中しているのか、周囲を見渡し、険しい顔をしている。
 そんな壁や天井まで眺めて何が分かるというのだろうか。

 ただ、ヤスミの見つめる一点に、何か不思議なものが目に付いた。
 千切れた糸――いや、何かで切断されたかのような糸がぶら下がっている。
 それも、いくつも。

 誰か、ここに来たことがあるのか?
 冒険者ならいくらでもいるのだろうが……。

「おい、ヤスミ。大丈夫か? 何か分かったのか?」
「……」

 ヤスミは答えない。ただ、信じられないものを見たかのような表情を見せる。
 すると、何を思ったのか、突然ヤスミは天井に向かって跳躍し、降りてきた。
 天井にあるものなんて糸くらいのものだ。

 だが、降りてきたヤスミの手には、金属製の武器らしきものが握られていた。
 あれはひょっとして、先ほどからヤスミが使っていたものと同じものでは。

「……もしかして、師匠がここに?」

 ボソリと今にも消え入りそうな声で、ヤスミは確かにそう言った。


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 ミモザの話によると、霧蜘蛛《ミストレッグ》という種族は闇雲に群れを増やしているわけではなく、餌の捕獲具合や巣穴の拡張度合いによって状況を見極めているそうだ。
 即ち、集落の大きさとはそのまま脅威の大きさと言い換えてもいい。
 それだけ知性を持つと当然、蜘蛛の群れを統括する幹部も何匹か現われる。
 つまりエリート蜘蛛だ。
 そしてエリートの中のエリートは集落の大きさだけ文字通り大きく成長していき、別の個体へと変貌していく。その中の一つが|操糸の幻影蜘蛛《マリオネイト・ストリンガー》だ。
 大体の中小規模の霧蜘蛛は、群れも幹部も等しく大きくなっていくが、操糸の幻影蜘蛛の場合は、ボスだけが偏って大きくなるらしい。つまり、美味い汁を沢山吸っているということなのだろうな。
 結果としてボスの異常な巨大化により、一部の階層が破壊されてしまうのだとか。
 結構これまでの階層を見る限り、十分な広さはあったと思うが、それが破壊されるってどんだけ巨大化してるんだ……。
 それなら巨大化した幹部が増えすぎて床が抜けていた、って方が良かったわ。
 霧蜘蛛は普段温厚だが、敵意を剥き出すと音もなく気配もなく獲物に襲いかかる、瞬足の狩人になるが、操糸の幻影蜘蛛はその比ではない。
 そこに存在しているのかどうかも悟られないほど、まさに霧の如く姿を消すことができるのだという。
 よりにもよって、リコリスをさらっていったのがそんな奴がボスをやっている集落とはな。さらに最悪なことに、温厚な霧蜘蛛と異なり、獰猛ということだ。
「――ので、最下層に近付いたら問答無用で襲ってくると思いましゅ」
「つまり、リコリスを助けに行けば必然とボスと戦わなければならんということか」
 もうアイツのことは放っておいて帰ってしまってもいいんじゃないだろうか。
「は、はやく、ふひっ、はやくリコリスさんを、ふっひ! た、助けないと!」
 クラメも酷く焦っている様子で鼻息を荒くする。
 まさかリコリスの正体が元魔王だとは知るまい。
 弱体化している我と違って、アイツはバリバリ魔力も有り余っているし、殺そうとしてもそう簡単には殺せないだろう。
「お嬢。操糸の幻影蜘蛛を倒す術はあるのですか?」
「ええとぉ……クモしゃんは火には弱いのれ、巣穴の外から燃やすのが一般的でふ。れも、それだと森全体の延焼をどうにかしないといけなくて数百人くらいで消火活動しながら燃やす感じれす」
 数百人の規模で燃やしながら消火という光景がなかなか想像できない。
 ただでさえ、巣穴自体も油のように燃えやすいわけだしな。
 害虫駆除というにはあまりにも規模が大きく、軽く戦争じみた方法だ。
 勿論、この場にいる人数ではとてもできるものではないだろう。
 そもそもこれから向かうのは巣穴の最下層。
 そんなところで炎の魔法でも使ったら大惨事どころじゃない。
 蜘蛛どころか我らも出口に辿り着く前にこんがりと燃え尽きてしまうだろう。
「ふひ、他の霧蜘蛛みたいに明かりで怯んだ隙に、というのは、ダメ、ですか?」
「操糸の幻影蜘蛛は好戦的れふから……怯えるどころか襲ってきましゅ」
 なんか割と状況的に詰んでいるような気がしないでもない。
 リコリスの方の心配は一切していないのだが、リコリスをほったらかしのままではいられないし、かといって助けに行けばこっちの命が危ない。
 操糸の幻影蜘蛛がどれほどの脅威となるか。
 ある程度自由に魔法がぶっ放せるならやりようもあるが、リコリスがさらわれていったときなど、誰も何も気付かなかった。あんなに直ぐそばにいたのに、だ。
 アレよりも凄いボスが相手となると、ガチめにこちらが認識する前に全滅していてもおかしくはないだろう。気付いたときには既に蜘蛛の腹の中かもしれん。
「ところで、お嬢にクラメ殿。リコリス殿の気配は感じ取れていますか?」
「んみゅ、そうれすね。大分近付いてる気がしまふ」
「ふひ、く、蜘蛛の臭いで、その、分かりづらいですが、い、一応……」
 この巣穴が何階層なのかは知らないが、今いる階層がいくつか床をぶち抜きになっていることもあって、一気にショートカットできているのか。
 まあ、下層に続く道は蜘蛛まみれになっていて見えないのだが。
「あの、フィー嬢。こんなことを頼むのは忍びないのですが……」
「なんだ?」
 ヤスミがおずおずと訊ねてくる。
「今いるこの広間を丸ごと照らす魔法は使えますか? ほんの一瞬でいいのですが」
「それくらいならできるが……」
「空間を把握し、蜘蛛を散らすためにひとつ、お願いします」
 なるほど。頼まれるのは悪い気がしない。
「分かった。目が眩むかもしれぬから少し目を瞑っておけ」
 威力のある魔法をぶっ放すのと違って、明かりを灯すだけなら負担も軽い。
 |懐中の発光筒《モバライター》みたいに持続して照らし続けるのは少々面倒だが、ちょっとの間だけなら問題ない。
「|かがやき導く世界《そこにあるヒカリ》」
 我の手の中から光の玉が放たれ、洞穴内の中央にふわふわと浮遊していく。
 うーん、既に眩しい。タイミングを見計らい、魔力をさらに込める。
 対閃光防御! って腕で顔を隠しただけだが。
 玉は大きな光へと膨らんでいき、拡散させる。
 すると、あっという間に洞穴内は照らされ、瞬く間に昼間のように明るくなる。
 さすがに目がしばしばするが、次第に慣れてくる。
「ほへぇ……眩しいれす」
「ふひ、凄い……巣穴の中がハッキリと見えます」
 さっきまでは薄暗くてよく分からなかったが、大分見えてきた。
 ミモザが言った通り、本当に床が抜けていたようでバックリと階層が割れていた。
 意外とキレイな断面図だ。六段分くらいぶち抜かれていたっぽい。
 丁度我らが降りてきたところの真下周辺が大穴になっており、ヤスミに助けてもらっていなかったらかなりの高さを落下していたことが改めて分かった。
 落下地点の下層だが、あんなにもウジャウジャと見えていた蜘蛛どもも、この眩しさにはまいったのか、足場が見えるくらいには散っていた。
「あ、あそこ、下層への穴れすかね?」
 ミモザが遠くを指さす。階層の一番下の段に大穴が目に付いた。
 なんだかさっきまで降りてきた穴よりもずっと大きい気がする。
 加えて、補強されたのかどうかは定かではないが、蜘蛛の糸がビッシリと張り巡らされており、あたかも本来通れないものが無理やりに通ってこじ開けたから修繕された、ってぽい感じがヒシヒシと。
 少なくとも、この霧蜘蛛の集落のボスである|操糸の幻影蜘蛛《マリオネイト・ストリンガー》はあの穴より身体が大きいと考えても間違いないだろう。
「どうだ、ヤスミ。空間は把握できたか?」
「……」
 集中しているのか、周囲を見渡し、険しい顔をしている。
 そんな壁や天井まで眺めて何が分かるというのだろうか。
 ただ、ヤスミの見つめる一点に、何か不思議なものが目に付いた。
 千切れた糸――いや、何かで切断されたかのような糸がぶら下がっている。
 それも、いくつも。
 誰か、ここに来たことがあるのか?
 冒険者ならいくらでもいるのだろうが……。
「おい、ヤスミ。大丈夫か? 何か分かったのか?」
「……」
 ヤスミは答えない。ただ、信じられないものを見たかのような表情を見せる。
 すると、何を思ったのか、突然ヤスミは天井に向かって跳躍し、降りてきた。
 天井にあるものなんて糸くらいのものだ。
 だが、降りてきたヤスミの手には、金属製の武器らしきものが握られていた。
 あれはひょっとして、先ほどからヤスミが使っていたものと同じものでは。
「……もしかして、師匠がここに?」
 ボソリと今にも消え入りそうな声で、ヤスミは確かにそう言った。