第178話 霧蜘蛛の森
ー/ー ひんやりとした冷気に包まれた薄暗い森の中、異様に湿っぽい苔にまみれた地面をにちゃにちゃと踏み進むのは我らが一行。
耳を澄ませば、そこかしこから草を薙ぐようなカサカサ音が聞こえてくる。
正直あまり直視したいものではないが、目に付く木々にはカビでも生えているのかというくらいに真っ白なモコモコに覆われており、不快感を駆り立てる。
この寒気は、この森の空気のせいだけではないだろう。
「まったく薄気味悪いものだな。こう足場も悪いと下手に動けん」
「転ぶと直ぐにクモしゃんが飛んできまふ。気をつけてくらさい」
なんだってこんなところに足を運んできたのか。
元々ダリアからのお使いのためだったはず。
学校で使う備品や教材のために、その材料を調達する目的だった。
だから我とミモザがここにいるのは良しとしよう。
「あっちもこっちもにちゃにちゃしてるわ。ここはきっとにちゃにちゃの森ね」
「ふぐぅ……き、気持ち悪い……は、鼻が、もげそう……」
脳天気なリコリスと、苦悶の表情を浮かべるクラメが後ろからついてくる。
この二人は材料調達のお手伝いだ。正直、場違い感が否めない。
「皆殿、拙者から離れぬようにしてくださいね」
そういって前を先導するのはヤスミだ。普段明るく振る舞っている態度と打って変わって、警戒心をバチバチに張り巡らせた戦士の如き威圧を感じる。
ミモザの店の従業員から彼女を連れてこれたのは心強いところだが。
果たしてこれは一体何の集まりなのだろうか。
我とミモザ、リコリスとクラメ、そしてヤスミ。計五名。
随分と、変わったメンバーになってしまったような気がする。
「おっと、これはリストにあったキノコではないか?」
「そうれすね。薬の材料になりましゅ。持って帰りましょう」
探索しながらも、着々と依頼されていた材料は集めていく。
しかし――
「あら、あんなところにとっても大きな蜘蛛。上に乗れそうだわ。乗りたくはないけれど。ボンちゃんはどうかしら」
「ふひぃぃ! いえいえ、く、く、クモはちょっと……!」
「そうなの。じゃあ燃やしてしまおうかしら」
「ま、待った! リコリス殿、燃やすのはまずいです! こちらから危害を与えなければ勝手に何処かに行くので放っておきましょう!」
うぅむ。さっきからこんな調子で、リコリスがあまり協力的でないどころか、とんでもなく足手まといになっている。その度に、ヤスミがカバーしている調子だ。
改めて言うほどのことでもないが、ここは蜘蛛の棲む森。
主に生息しているのは霧蜘蛛といって、比較的に大人しい種族で、例え外敵が縄張りに入ってきても直ぐには攻撃してこないくらいの温厚っぷり。
しかしひとたび敵だと認識されたら周囲の蜘蛛たちが一斉に襲いかかってくる。
霧吹きの如く、おびただしい量の蜘蛛糸を四方八方から放ち、敵をあっという間にグルグル巻きにしてしまうという。今まさにそこら中の木々にカビのようにモコモコしている真っ白い物体こそ、霧蜘蛛の糸である。
この糸には特殊な栄養成分が含まれており、ここに適した植物やキノコが生えやすくなるらしい。これらが我らの依頼にある材料となるわけだ。
ちなみに、霧蜘蛛の糸は火気厳禁である。とんでもない可燃性があり、ちょっと燃やすだけでも一気に燃え広がる。そのため、もし火炎魔法なんて放ったらそれこそ森中の霧蜘蛛たちがワラワラと集まってくるだろうな。
「ふひ、ふひ……、早くカーネ先生から頼まれた材料を持ち帰りましょう」
クラメは顔色が真っ青だ。よほど不快らしい。蜘蛛の足音がひっきりなしに響いてくることもそうだが、霧蜘蛛の糸は腐臭を放つ。
ハーフオークであるクラメには我らより数倍、いや数十倍キツいだろうな。
「クラメ殿、お気をつけを。足下に子蜘蛛が」
「ふっひぃぃっ!?」
こうなるとヤスミもいよいよ引率の教師みたいになってきたな。
ついてきてくれたのがヤスミで助かったとも言える。
デニアは別のルートから材料を調達してもらっており、ノイデスとサンシは店に残って今ある材料だけで教材を作ってもらっている。役割分担を最適化した結果だ。
「まだ材料は全然足りないでふね……」
結構集めたつもりなのだが、意外と鞄の中は隙間だらけだ。リコリスに至っては鞄がぺたんこ状態で、材料を集めているのかどうかも怪しい。本当何しにきたアイツ。
「綺麗な小石が落ちているわ。これも材料になるかしら」
それはただの小石だ。何の材料にもならん。
こんなに苦労するんだったら冒険者を雇ったり、我の使用人を連れてきたりも考慮べきだっただろうか。あまり大人数すぎても霧蜘蛛を刺激してしまうから余計に危険なことになってしまうわけだが。
「あ、待ってくだしゃい。一度止まってくらさい」
「む、どうした、ミモザ」
急に声を張り上げるものだから一同が一斉に立ち止まる。
何かが起きたような様子はない。蜘蛛たちは相変わらずカサカサしてるが。
「あの辺一帯にアシギリグサは生えていまふ。向こうには近付かない方がいいれす」
見てみると、湿った苔の上に草っ原が見えた。アシギリグサという名前なのかどうかは知らないが、パッと見では雑草が生えているだけのようだ。
「お嬢。あの草は何なんでしょうか」
「あれはクモしゃんが密集して魔素が濃くなった場所に生える草でふ。見た目では分からないれすが、あの地面の下にはクモさんの卵が埋まっているから、近付いたらクモしゃんたちが襲ってきましゅよ」
さすがミモザ、詳しいな。
何も知らないまま歩いていったら餌食になっていたとこだ。
「ふこっ。でも、む、向こうの方から何か、いい匂いがします」
「アシギリグサが生えるくらい魔素が濃い場所だと、他にも魔法薬の材料になる薬草やキノコも生えるんでふよ」
いい匂いなんてしているだろうか。
ひょっとすると、クラメにしか分からないのかもしれない。
「お嬢、それも必要な材料なんですか?」
「貰ったリストの中にはなかったれすが、あると助かりましゅね」
「なるほど。では拙者にお任せを」
そういうや否や、ヤスミはシュタっと飛び立ち、アシギリグサのある位置を華麗に避けて通りながら、バッタか何かのように森の向こうの方へと進む。
しばらく地面に這いつくばったかと思えば、すぐさまシュタタっと戻ってきた。
「お嬢、このような感じでいかがですか? 拙者はこちらの植物にはあまり詳しくはないのですが……」
と、結構どっさりと野草やキノコの詰まった鞄を見せてくる。
ちょっと飛んで、ちょっと戻ってきた程度でそんなに採取してきたのか。
しかも、種類に偏りがないよう色々なものを少しずつ揃えてきていた。
「ヤスミしゃん、ありがとうございまふ! ……ええと、こっちの方は使えそうれすが、これは毒草でふね。このキノコも調理すれば食べられましゅが――」
ミモザの目利きが始まる。こういうのもミモザの専門分野といえるだろう。
魔具を造れるだけがミモザの取り柄ではないのだ。
「ふひっ! こ、この草……カーネ先生の授業で嗅いだことが、あります」
「これは市場でもなかなか出回らない奴れふ。きっとカーネ先生も喜びましゅよ」
スンスンとクラメが鼻をひくつかせてミモザの横に混ざる。あの悪臭にまみれたカーネの薬の臭いを記憶しているのか? とんでもない特技もあったものだ。
「この臭いのキノコでしたら、さっき、あちらにもありましたよ」
「本当れしゅか!?」
誰にでも取り柄はあるものだな。この分なら早く調達が終わりそうだ。
耳を澄ませば、そこかしこから草を薙ぐようなカサカサ音が聞こえてくる。
正直あまり直視したいものではないが、目に付く木々にはカビでも生えているのかというくらいに真っ白なモコモコに覆われており、不快感を駆り立てる。
この寒気は、この森の空気のせいだけではないだろう。
「まったく薄気味悪いものだな。こう足場も悪いと下手に動けん」
「転ぶと直ぐにクモしゃんが飛んできまふ。気をつけてくらさい」
なんだってこんなところに足を運んできたのか。
元々ダリアからのお使いのためだったはず。
学校で使う備品や教材のために、その材料を調達する目的だった。
だから我とミモザがここにいるのは良しとしよう。
「あっちもこっちもにちゃにちゃしてるわ。ここはきっとにちゃにちゃの森ね」
「ふぐぅ……き、気持ち悪い……は、鼻が、もげそう……」
脳天気なリコリスと、苦悶の表情を浮かべるクラメが後ろからついてくる。
この二人は材料調達のお手伝いだ。正直、場違い感が否めない。
「皆殿、拙者から離れぬようにしてくださいね」
そういって前を先導するのはヤスミだ。普段明るく振る舞っている態度と打って変わって、警戒心をバチバチに張り巡らせた戦士の如き威圧を感じる。
ミモザの店の従業員から彼女を連れてこれたのは心強いところだが。
果たしてこれは一体何の集まりなのだろうか。
我とミモザ、リコリスとクラメ、そしてヤスミ。計五名。
随分と、変わったメンバーになってしまったような気がする。
「おっと、これはリストにあったキノコではないか?」
「そうれすね。薬の材料になりましゅ。持って帰りましょう」
探索しながらも、着々と依頼されていた材料は集めていく。
しかし――
「あら、あんなところにとっても大きな蜘蛛。上に乗れそうだわ。乗りたくはないけれど。ボンちゃんはどうかしら」
「ふひぃぃ! いえいえ、く、く、クモはちょっと……!」
「そうなの。じゃあ燃やしてしまおうかしら」
「ま、待った! リコリス殿、燃やすのはまずいです! こちらから危害を与えなければ勝手に何処かに行くので放っておきましょう!」
うぅむ。さっきからこんな調子で、リコリスがあまり協力的でないどころか、とんでもなく足手まといになっている。その度に、ヤスミがカバーしている調子だ。
改めて言うほどのことでもないが、ここは蜘蛛の棲む森。
主に生息しているのは霧蜘蛛といって、比較的に大人しい種族で、例え外敵が縄張りに入ってきても直ぐには攻撃してこないくらいの温厚っぷり。
しかしひとたび敵だと認識されたら周囲の蜘蛛たちが一斉に襲いかかってくる。
霧吹きの如く、おびただしい量の蜘蛛糸を四方八方から放ち、敵をあっという間にグルグル巻きにしてしまうという。今まさにそこら中の木々にカビのようにモコモコしている真っ白い物体こそ、霧蜘蛛の糸である。
この糸には特殊な栄養成分が含まれており、ここに適した植物やキノコが生えやすくなるらしい。これらが我らの依頼にある材料となるわけだ。
ちなみに、霧蜘蛛の糸は火気厳禁である。とんでもない可燃性があり、ちょっと燃やすだけでも一気に燃え広がる。そのため、もし火炎魔法なんて放ったらそれこそ森中の霧蜘蛛たちがワラワラと集まってくるだろうな。
「ふひ、ふひ……、早くカーネ先生から頼まれた材料を持ち帰りましょう」
クラメは顔色が真っ青だ。よほど不快らしい。蜘蛛の足音がひっきりなしに響いてくることもそうだが、霧蜘蛛の糸は腐臭を放つ。
ハーフオークであるクラメには我らより数倍、いや数十倍キツいだろうな。
「クラメ殿、お気をつけを。足下に子蜘蛛が」
「ふっひぃぃっ!?」
こうなるとヤスミもいよいよ引率の教師みたいになってきたな。
ついてきてくれたのがヤスミで助かったとも言える。
デニアは別のルートから材料を調達してもらっており、ノイデスとサンシは店に残って今ある材料だけで教材を作ってもらっている。役割分担を最適化した結果だ。
「まだ材料は全然足りないでふね……」
結構集めたつもりなのだが、意外と鞄の中は隙間だらけだ。リコリスに至っては鞄がぺたんこ状態で、材料を集めているのかどうかも怪しい。本当何しにきたアイツ。
「綺麗な小石が落ちているわ。これも材料になるかしら」
それはただの小石だ。何の材料にもならん。
こんなに苦労するんだったら冒険者を雇ったり、我の使用人を連れてきたりも考慮べきだっただろうか。あまり大人数すぎても霧蜘蛛を刺激してしまうから余計に危険なことになってしまうわけだが。
「あ、待ってくだしゃい。一度止まってくらさい」
「む、どうした、ミモザ」
急に声を張り上げるものだから一同が一斉に立ち止まる。
何かが起きたような様子はない。蜘蛛たちは相変わらずカサカサしてるが。
「あの辺一帯にアシギリグサは生えていまふ。向こうには近付かない方がいいれす」
見てみると、湿った苔の上に草っ原が見えた。アシギリグサという名前なのかどうかは知らないが、パッと見では雑草が生えているだけのようだ。
「お嬢。あの草は何なんでしょうか」
「あれはクモしゃんが密集して魔素が濃くなった場所に生える草でふ。見た目では分からないれすが、あの地面の下にはクモさんの卵が埋まっているから、近付いたらクモしゃんたちが襲ってきましゅよ」
さすがミモザ、詳しいな。
何も知らないまま歩いていったら餌食になっていたとこだ。
「ふこっ。でも、む、向こうの方から何か、いい匂いがします」
「アシギリグサが生えるくらい魔素が濃い場所だと、他にも魔法薬の材料になる薬草やキノコも生えるんでふよ」
いい匂いなんてしているだろうか。
ひょっとすると、クラメにしか分からないのかもしれない。
「お嬢、それも必要な材料なんですか?」
「貰ったリストの中にはなかったれすが、あると助かりましゅね」
「なるほど。では拙者にお任せを」
そういうや否や、ヤスミはシュタっと飛び立ち、アシギリグサのある位置を華麗に避けて通りながら、バッタか何かのように森の向こうの方へと進む。
しばらく地面に這いつくばったかと思えば、すぐさまシュタタっと戻ってきた。
「お嬢、このような感じでいかがですか? 拙者はこちらの植物にはあまり詳しくはないのですが……」
と、結構どっさりと野草やキノコの詰まった鞄を見せてくる。
ちょっと飛んで、ちょっと戻ってきた程度でそんなに採取してきたのか。
しかも、種類に偏りがないよう色々なものを少しずつ揃えてきていた。
「ヤスミしゃん、ありがとうございまふ! ……ええと、こっちの方は使えそうれすが、これは毒草でふね。このキノコも調理すれば食べられましゅが――」
ミモザの目利きが始まる。こういうのもミモザの専門分野といえるだろう。
魔具を造れるだけがミモザの取り柄ではないのだ。
「ふひっ! こ、この草……カーネ先生の授業で嗅いだことが、あります」
「これは市場でもなかなか出回らない奴れふ。きっとカーネ先生も喜びましゅよ」
スンスンとクラメが鼻をひくつかせてミモザの横に混ざる。あの悪臭にまみれたカーネの薬の臭いを記憶しているのか? とんでもない特技もあったものだ。
「この臭いのキノコでしたら、さっき、あちらにもありましたよ」
「本当れしゅか!?」
誰にでも取り柄はあるものだな。この分なら早く調達が終わりそうだ。
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