第179話 危険なかくれんぼ

ー/ー



「お嬢、こちらはいかがでしょうか」
「これは全部使える野草れすね。ありがとうございまふ!」

 ヤスミはその身のこなしで危険なところから採取し、それをミモザが判断する。

「ふひふひ。ミモザさん、こちらのキノコは大丈夫でしたか?」
「ほぉぉ、しゅごいです。貴重な材料がこんなにいっぱい!」

 その一方でクラメは目に見えない位置にある希少な素材を嗅覚で採取してくる。

 あれ……? ひょっとして我、お荷物になっていないか……?
 一応、我にも多少なりの知識はあるとはいえ、そこいらに生えている野草やキノコの知識ともなればミモザには敵わない。

 順調な流れにはなっているが、我の持ってる鞄もまだ半分くらい余裕がある。
 いつの間にか酷くおくれを取ってしまったな。

 まあ、リコリスよりマシだと思えば――って、ちょっと待てよ?

「お、おい、リコリスは何処だ?」
「ほえ? リコリスしゃん?」
「ふひっ……そこにい……あ、違う……これはリコリスさんの鞄!?」

 ハッとしたクラメが斜め後ろの方に向き直ると、放り出された鞄だけがそこに残っていた。その周囲を見回してみるが、リコリスの姿は何処にもない。
 野草集めに夢中になっている間に、何処へ消えたんだ。

「と、とりあえず、ふひ、リコリスさんの鞄を……」
「クラメしゃん待ってくらしゃい!」
「ふっひぃぃっ!?」

 クラメの背中に抱きつく勢いでミモザが飛びつき、そのまま背後にドサっと倒す。
 その音を聞いて一瞬、周囲の蜘蛛たちがザワっとこちらに注目した気がするが、すぐに注意が逸れた。

「ふひ、ふひ、ふひ? な、なんですか?」
「アシギリグサれす。近付いたららめでふよ」

 よくよく注意深く見てみると、リコリスの鞄が落ちている位置には草がボウボウに生えていた。さっきミモザに教えてもらったばかりだったが、正直雑草とどう違うのか今見ても分からない。

「ということは何だ。リコリスの奴、霧蜘蛛(ミストレッグ)にさらわれたのか?」

 アシギリグサの近くには霧蜘蛛の卵が埋まっているから近付くなという話を、あのリコリスが覚えていたとは思えん。そもそも聞いてなかったんじゃないか。

「ふえええっ!? そ、そ、そんな、リコリスさんが!? で、で、でも、そんな音も気配もなくですか?」
「霧蜘蛛は獲物を狙うときは音を立てないんでふよ。糸も特殊で、ちょっとの間だったら巻き付けた獲物を霧みたいに見えないように隠しちゃうんれしゅ」

 こっわ。なにそれ。こっわ。

 すぐ近くにいたはずなのに、誰も気付かないくらいに忽然と消えていったのがその証拠か。ひょっとしたら帰る間際まで気付かなかった可能性すらある。

「不覚……拙者が気付かないとは。まだ精進が足りませんでした」

 なんかヤスミが地面に膝を突いて落胆している。
 いっそオーバーなくらい落ち込んでいるようだ。
 この場にいた誰も気付かなかったのだからそこまで自分を責めないでも。

「じゃ、じゃあ、は、はやく、リコリスさんを、ふひぃ、たす、助けないと!」

 リコリスのことだから助ける必要もなさそうだが、蜘蛛に襲われて鬱陶しいと思ったアイツが何をしでかすのか分からない。放っておいたら森が火の海になっていてもおかしくはないだろう。

「ミモザ。獲物を捕えた霧蜘蛛は何をするんだ?」
「いったん巣に持ち帰ってから毒で弱らせたりして、そのあとに仲間を呼んで、いっしょに捕食するんでふ。だから食べられる前に巣を探しゃないと」

 これはまずい。急いでリコリスを見つけ出さないと火の海だ。

「ミモザ、リコリスの魔力は察知できるか?」
「ええと……ごめんなしゃい。霧蜘蛛の糸のせいで痕跡も分からないれしゅ……」

 魔力の痕跡も残さないのかよ、霧蜘蛛。

「クラメ、リコリスの臭いは辿れるか?」
「ふひぃ、あの、その、近くならともかく、あまり遠くの臭いは……」

 さっきから鼻がもげそうな顔してたしな。

「ヤスミ。霧蜘蛛の気配を追えるか?」
「……」

 さっきから地面に四つん這いになったまま、ヤスミは動かない。
 そんなにまでショックで立ち直れないのか?
 ふとそう思ってよく見たら、ヤスミは地面に耳を当てていた。

「お嬢。霧蜘蛛というのは地面の下に巣を張るのですか?」
「そ、そうでふけど……」

 それだけ聞くと、ヤスミはすくりと立ち上がり、土を払う。今の行動で何か分かったのだろうか。少し確信めいた顔をしている。

「どうやらこの地下にいるようです」
「あ、その、ヤスミしゃん! 霧蜘蛛の巣はとても入り組んでいて、出口もないんでふよ。土の下から飛び出して、戻るときに埋めてしまうから……」
「まるで忍びみたいですね。なるほど、少しだけ親近感を覚えます」

 腕をパキポキと鳴らし、いつになくヤスミは燃えている表情を見せる。
 いつもの笑顔を絶やさない優しい従業員とは仮の姿、とでも言いたげだ。

「ここでお嬢のご学友殿を救わねば、拙者としても面目立ちませんよ。汚名返上する

 何か、聞きなじみのない言葉を呟いたかと思えば、ヤスミは何やら両手に金属製の爪のついたグローブのようなものを装着し、地面に突き立てる。
 いや、そもそもいつの間にそんなものをつけていたのかも分からない。

 ザリザリザリと高速で足下を掘り返し、ものの一瞬でそこに大きな穴を空ける。
 いくら柔らかい地面だからといってそんなあっさり簡単に掘れるものなのか?

「どうやらこれが霧蜘蛛の巣穴のようですね」

 ヤスミが空けた大穴の先にはまるで洞窟のような空間が広がっていた。
 蜘蛛の巣穴だと主張するかのように、足の踏み場もないくらいに、カサカサカサカサと蜘蛛たちがひしめきあい、足音が響いてくる。

 さっきから聞こえていたカサカサ音のほとんどは地面の下から聞こえていたのか。
 それに気付いた途端、ちょっとさすがに背筋が凍り付いた。

 パッと見えるだけで何十匹だ。一匹一匹が我やミモザ、クラメよりも大きな蜘蛛が群れをなしている。これはあんま直視したくない。
 巣に穴を空けられているが、まだこちらとは敵対していない様子だ。

「あ、リコリスしゃんの魔力がかすかに感じ取れまふ」
「うっぷ……、わ、私も、かろうじてリコリスさんの匂いが分かります」

 どうやらヤスミに続き、二人も確信を得たらしい。
 この巣穴の奥にリコリスが囚われているのだと。

「皆殿はこちらでお待ち下さい。拙者一人でリコリス殿を救出してきます」
「待て待て、いくらなんでもお前一人じゃ無理があるだろ」
「そうでしゅよ。単独が一番危険れす」
「ふひっ! わ、私もリコリスさんを、助けに行きたい、です!」

 三人の同時押しに、さすがのヤスミも怯む。

 実力はともかくとして、実はこのメンバーの中で最も年下はヤスミである。
 自衛の手段なら普段から身につけているし、ネルムフィラ魔導士学院でも実戦経験を積んで学んでいるところがある。
 加えて、この中で唯一魔法を扱うことができないのもヤスミだけ。

 とんでもなく言い返し辛かっただろうな。
 元より、危険な旅路であることは重々承知の上で来ていたわけだし。

「一刻の猶予もないのだ。人数が多くて困ることはあるまい」
「私たちらって自分の身は守れまふよ」

 そこまで言われるとさすがのヤスミも折れたのか観念したようだ。

「――分かりました。少し拙者も冷静を欠いていましたね。共にまいりましょう」

 さて、何はともあれ早いところリコリスの奴を見つけ出さないとな。
 アイツから目を離すと何が起こるのか分かったものではない。
 この森が火の海に沈む前に、急いで霧蜘蛛を救出せねば。


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「お嬢、こちらはいかがでしょうか」
「これは全部使える野草れすね。ありがとうございまふ!」
 ヤスミはその身のこなしで危険なところから採取し、それをミモザが判断する。
「ふひふひ。ミモザさん、こちらのキノコは大丈夫でしたか?」
「ほぉぉ、しゅごいです。貴重な材料がこんなにいっぱい!」
 その一方でクラメは目に見えない位置にある希少な素材を嗅覚で採取してくる。
 あれ……? ひょっとして我、お荷物になっていないか……?
 一応、我にも多少なりの知識はあるとはいえ、そこいらに生えている野草やキノコの知識ともなればミモザには敵わない。
 順調な流れにはなっているが、我の持ってる鞄もまだ半分くらい余裕がある。
 いつの間にか酷くおくれを取ってしまったな。
 まあ、リコリスよりマシだと思えば――って、ちょっと待てよ?
「お、おい、リコリスは何処だ?」
「ほえ? リコリスしゃん?」
「ふひっ……そこにい……あ、違う……これはリコリスさんの鞄!?」
 ハッとしたクラメが斜め後ろの方に向き直ると、放り出された鞄だけがそこに残っていた。その周囲を見回してみるが、リコリスの姿は何処にもない。
 野草集めに夢中になっている間に、何処へ消えたんだ。
「と、とりあえず、ふひ、リコリスさんの鞄を……」
「クラメしゃん待ってくらしゃい!」
「ふっひぃぃっ!?」
 クラメの背中に抱きつく勢いでミモザが飛びつき、そのまま背後にドサっと倒す。
 その音を聞いて一瞬、周囲の蜘蛛たちがザワっとこちらに注目した気がするが、すぐに注意が逸れた。
「ふひ、ふひ、ふひ? な、なんですか?」
「アシギリグサれす。近付いたららめでふよ」
 よくよく注意深く見てみると、リコリスの鞄が落ちている位置には草がボウボウに生えていた。さっきミモザに教えてもらったばかりだったが、正直雑草とどう違うのか今見ても分からない。
「ということは何だ。リコリスの奴、霧蜘蛛《ミストレッグ》にさらわれたのか?」
 アシギリグサの近くには霧蜘蛛の卵が埋まっているから近付くなという話を、あのリコリスが覚えていたとは思えん。そもそも聞いてなかったんじゃないか。
「ふえええっ!? そ、そ、そんな、リコリスさんが!? で、で、でも、そんな音も気配もなくですか?」
「霧蜘蛛は獲物を狙うときは音を立てないんでふよ。糸も特殊で、ちょっとの間だったら巻き付けた獲物を霧みたいに見えないように隠しちゃうんれしゅ」
 こっわ。なにそれ。こっわ。
 すぐ近くにいたはずなのに、誰も気付かないくらいに忽然と消えていったのがその証拠か。ひょっとしたら帰る間際まで気付かなかった可能性すらある。
「不覚……拙者が気付かないとは。まだ精進が足りませんでした」
 なんかヤスミが地面に膝を突いて落胆している。
 いっそオーバーなくらい落ち込んでいるようだ。
 この場にいた誰も気付かなかったのだからそこまで自分を責めないでも。
「じゃ、じゃあ、は、はやく、リコリスさんを、ふひぃ、たす、助けないと!」
 リコリスのことだから助ける必要もなさそうだが、蜘蛛に襲われて鬱陶しいと思ったアイツが何をしでかすのか分からない。放っておいたら森が火の海になっていてもおかしくはないだろう。
「ミモザ。獲物を捕えた霧蜘蛛は何をするんだ?」
「いったん巣に持ち帰ってから毒で弱らせたりして、そのあとに仲間を呼んで、いっしょに捕食するんでふ。だから食べられる前に巣を探しゃないと」
 これはまずい。急いでリコリスを見つけ出さないと火の海だ。
「ミモザ、リコリスの魔力は察知できるか?」
「ええと……ごめんなしゃい。霧蜘蛛の糸のせいで痕跡も分からないれしゅ……」
 魔力の痕跡も残さないのかよ、霧蜘蛛。
「クラメ、リコリスの臭いは辿れるか?」
「ふひぃ、あの、その、近くならともかく、あまり遠くの臭いは……」
 さっきから鼻がもげそうな顔してたしな。
「ヤスミ。霧蜘蛛の気配を追えるか?」
「……」
 さっきから地面に四つん這いになったまま、ヤスミは動かない。
 そんなにまでショックで立ち直れないのか?
 ふとそう思ってよく見たら、ヤスミは地面に耳を当てていた。
「お嬢。霧蜘蛛というのは地面の下に巣を張るのですか?」
「そ、そうでふけど……」
 それだけ聞くと、ヤスミはすくりと立ち上がり、土を払う。今の行動で何か分かったのだろうか。少し確信めいた顔をしている。
「どうやらこの地下にいるようです」
「あ、その、ヤスミしゃん! 霧蜘蛛の巣はとても入り組んでいて、出口もないんでふよ。土の下から飛び出して、戻るときに埋めてしまうから……」
「まるで忍びみたいですね。なるほど、少しだけ親近感を覚えます」
 腕をパキポキと鳴らし、いつになくヤスミは燃えている表情を見せる。
 いつもの笑顔を絶やさない優しい従業員とは仮の姿、とでも言いたげだ。
「ここでお嬢のご学友殿を救わねば、拙者としても面目立ちませんよ。汚名返上する《《でござる》》」
 何か、聞きなじみのない言葉を呟いたかと思えば、ヤスミは何やら両手に金属製の爪のついたグローブのようなものを装着し、地面に突き立てる。
 いや、そもそもいつの間にそんなものをつけていたのかも分からない。
 ザリザリザリと高速で足下を掘り返し、ものの一瞬でそこに大きな穴を空ける。
 いくら柔らかい地面だからといってそんなあっさり簡単に掘れるものなのか?
「どうやらこれが霧蜘蛛の巣穴のようですね」
 ヤスミが空けた大穴の先にはまるで洞窟のような空間が広がっていた。
 蜘蛛の巣穴だと主張するかのように、足の踏み場もないくらいに、カサカサカサカサと蜘蛛たちがひしめきあい、足音が響いてくる。
 さっきから聞こえていたカサカサ音のほとんどは地面の下から聞こえていたのか。
 それに気付いた途端、ちょっとさすがに背筋が凍り付いた。
 パッと見えるだけで何十匹だ。一匹一匹が我やミモザ、クラメよりも大きな蜘蛛が群れをなしている。これはあんま直視したくない。
 巣に穴を空けられているが、まだこちらとは敵対していない様子だ。
「あ、リコリスしゃんの魔力がかすかに感じ取れまふ」
「うっぷ……、わ、私も、かろうじてリコリスさんの匂いが分かります」
 どうやらヤスミに続き、二人も確信を得たらしい。
 この巣穴の奥にリコリスが囚われているのだと。
「皆殿はこちらでお待ち下さい。拙者一人でリコリス殿を救出してきます」
「待て待て、いくらなんでもお前一人じゃ無理があるだろ」
「そうでしゅよ。単独が一番危険れす」
「ふひっ! わ、私もリコリスさんを、助けに行きたい、です!」
 三人の同時押しに、さすがのヤスミも怯む。
 実力はともかくとして、実はこのメンバーの中で最も年下はヤスミである。
 自衛の手段なら普段から身につけているし、ネルムフィラ魔導士学院でも実戦経験を積んで学んでいるところがある。
 加えて、この中で唯一魔法を扱うことができないのもヤスミだけ。
 とんでもなく言い返し辛かっただろうな。
 元より、危険な旅路であることは重々承知の上で来ていたわけだし。
「一刻の猶予もないのだ。人数が多くて困ることはあるまい」
「私たちらって自分の身は守れまふよ」
 そこまで言われるとさすがのヤスミも折れたのか観念したようだ。
「――分かりました。少し拙者も冷静を欠いていましたね。共にまいりましょう」
 さて、何はともあれ早いところリコリスの奴を見つけ出さないとな。
 アイツから目を離すと何が起こるのか分かったものではない。
 この森が火の海に沈む前に、急いで霧蜘蛛を救出せねば。