【使用人】偽令嬢になりたくて

ー/ー



「何ぃ!? なんで我が行かなければならんのだ! これから学校なのだぞ!」
「ええ、申し訳ありません。本当なら学業の方に専念してもらいたいところですが、フィーちゃんも立場というのもありますので……」

 異種族国家パエデロスでも一際大きな屋敷を構える国外でも有名な令嬢フィーは、突然訪れた女僧侶マルペルにギャンギャンとがなり立てる。
 何やらお偉いさんらの会合に出席しなければならないらしい。

 普通に考えれば、こういう場合は顔を持っている親だけが出席するはずなのだが、何ということか、令嬢フィーには親がいない。当然、当主もフィー自身である。

「ぐぬぬ……堅苦しい規律を愚直に守りおって……」
「フィーちゃんの今後のこともあるんですよ。どうか出席してください」

 こうまで頼まれて断っては後味も悪い。
 それに何より、あまりわがままを言える立場でもなかった。

「……仕方ない。遠方の王族が揃っている中に穴を空けるわけにもいかんしな」
「急な無理を言ってごめんね、フィーちゃん」
「ミモザ、そういうことだ。話は聞いておっただろう。我は今日、学校を休む」
「ふみゅみゅぅ……分かりましら」

 今まさにこれから学校へ行こうとしていたフィーの親友であるエルフのミモザは、分かりやすいくらいに肩を落とす。

「ああ、オキザリス。今日のところはミモザについてやってくれ」
「よろしいのですか、お嬢様」
「今日一日、フィーちゃんには私も同行していますから大丈夫ですよ」
「御意」

 オキザリスと呼ばれた目つきの悪いメイド少女が粛々と二人に向かって頭を下げ、ミモザの方へと進む。そして改めてお辞儀し、姿勢を正す。

「今日は宜しくお願い致します。ミモザ様」
「はい、よろしくお願いしまふです」

 そんなやり取りをしていると、屋敷の前に馬車が一台、パッパカと到着する。
 ずいぶんと装飾が凝っており、まさに貴族御用達な雰囲気が漂う。

「迎えの馬車が来ましたね。では行きましょうか、フィーちゃん」
「ミモザ、我がいなくてもしっかりやるのだぞ。オキザリス、ミモザのことを頼む。ミモザの言うことくらいなら聞いてやってくれ。それからミモザ――」

 フィーとマルペルが馬車に乗り込み、それが見えなくなるまでに延々と馬車からは延々とミモザ、ミモザ、ミモザという声が届いてきた。
 ようやくしてフィーの声が聞こえなくなった辺りで、ミモザも心を切り替える。

「さて……学校いきまふか。でもフィーしゃんがいないと皆しゃんが驚きましゅね」
「そうかもしれませんね」

 これから二人が向かうのは生徒の多くが貴族や王族たちで占められる世にも珍しい魔法の技術を全くのゼロから学ぶことができるネルムフィラ魔導士学院だ。
 このゼロからというのは誇張でもなんでもなく、魔法の才能がない者であっても、卒業するまでに魔法が使えるようになるカリキュラムが組まれている。

 問題となるのは、フィーはこの学校内でも名を馳せており、主席ではないものの、クラスメイトたちからも慕われ、頼りにされていた。
 そんな彼女が急にいなくなるとなると、ちょっとした混乱が予測される。

 そのクラスメイトの中には、どういうわけか、ついぞ最近まで魔王を名乗っていた少女リコリスが紛れ込んでおり、これがまた気まぐれな性格をしている。
 分かっていることとしては、フィーに異常に執着しているらしいということ。

 もし、彼女にフィーがいないことを知られでもしたら、パニックを起こして学校を破壊しかねない。少なくとも、ミモザはそんな想像が過ぎってしまった。
 例の彼女が魔王であることを知っている者は少ない。
 フィーから直接聞かされたミモザと、丁度直ぐ近くにいたからこっそり聞いていたオキザリスの他、ネルムフィラ魔導士学院の関係者くらいだろうか。

「そうだ、アレを使えば――」

 ※ ※ ※

 ミモザはオキザリスを連れて、自分の家へと戻った。家といってもそこはミモザの経営する魔具を取り扱っている店舗となっており、一目散に向かったのは倉庫だ。
 そこには在庫であったり、素材であったりがキチンと整理整頓されている。

「あっ! ありましら!」

 ミモザが棚から取り出したのは手のひらに載る程度の小箱。
 開けてみるとそこには指輪が入っていた。

瞬間的人違い(スルーポーズ)。姿を変えることができる変身魔具れす」
「なるほど。しかし、それでお嬢様に変身するということですね。しかしそうなるとミモザ様がいなくなってしまいますが……」
「この指輪は店に出してないから予備もいっぱいありまふ。店の誰かにお願いして、私のフリをしてもらいましゅ」

 ナイスアイディアとばかりにミモザは笑顔を見せる。

「ですが、まだ店は開店前。従業員の方もお見えになっていないようです。このまま従業員を待っていると学校に遅刻してしまいますね」
「むぅぅん……オキザリスしゃんに変身してもらったら、今度はオキザリスしゃんもいなくなっちゃいまふね……使用人がいないと怪しまれるかも……」
「では、ミモザ様。こうしてはいかがでしょうか」

 ※ ※ ※

 異種族国パエデロスを象徴するといっても過言ではないネルムフィラ魔導士学院の校門の前に、その三人は姿を現した。

 月の如く美しき銀髪と血の如く紅い瞳のご令嬢フィー。
 太陽に照らされる小麦の如く金髪と空色の瞳のミモザ。
 そんな二人の後ろからは、小さなメイドのオキザリスが付き添う。

「み、ミモザ様……これで大丈夫なのでしょうか」
 おどおどとした態度でミモザ――の姿をした者が言う。

「チコリー先輩。今はミモザ様なのですからもう少ししゃっきりと」
 前を向いたまま悟られないよう小声でオキザリスが言う。

「学校に入りましゅよ……怪しまれないようにしてくらさい」
 ビクビクと引きつった表情でフィー――の姿をしたミモザが言う。

 傍から見れば、そこにいるのはフィーとミモザ、それとオキザリスだ。
 しかし、フィーの中身はミモザ、ミモザの中身はメイドのチコリーだった。
 従業員の代わりに屋敷から連れてこられ、急遽ミモザ役を押しつけられたらしい。

「あ、フィー様、ミモザ様。ごきげんよう、今日もともに勉学に励みましょう」

 女学生の一人が一向に気付き、会釈する。

「ふはっふはっふはっ! よろしゅく頼むじょ!」
「あの……おはようございます」

 秒で女学生は首を傾げる。確か今、声をかけたのはフィーとミモザだったはず。
 そんな疑問を浮かべている表情だ。

「アレ? フィー様、ですよね?」
「うんむ。ワレはフィーである。何かおかしなところでもありましゅ……あるか?」
「こちらはミモザ様?」
「は、はい、その通りです。私はミモザ様ですとも」

 冷や汗をかいて硬直する二人を背中から押すように、オキザリスが言葉を添える。

「お嬢様、ミモザ様。遅刻してしまいますので教室に急ぎましょう。さあ」
「うんむ……、そうであるな。いくぞ、チコ……ミモザよ」
「え、あ、はい、フィー様」

 あからさまに挙動不審な二人はそそくさとその場を立ち去ろうとする。

「よう、フィーとミモザじゃねえか。お前らにしては遅かったな」

 教室の近くまで来て、男子生徒パエニアが声を掛けてくる。

「う、おお、パエニアか。ちょっと用事があってな。ふはっふはっふはっ!」
「ん? なんでミモザがフィーの格好してんだよ。何の遊びだ?」
「ふぇっ!? な、なんれぇ?」

 結局この後、クラスメイトは一人も騙せずバレバレだったので観念して白状した。
 ちなみにリコリスは寝坊して午前中丸々欠席していたので事無きことを得た。


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次のエピソードへ進む 第177話 ただのお使いが尻ぬぐいに


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「何ぃ!? なんで我が行かなければならんのだ! これから学校なのだぞ!」
「ええ、申し訳ありません。本当なら学業の方に専念してもらいたいところですが、フィーちゃんも立場というのもありますので……」
 異種族国家パエデロスでも一際大きな屋敷を構える国外でも有名な令嬢フィーは、突然訪れた女僧侶マルペルにギャンギャンとがなり立てる。
 何やらお偉いさんらの会合に出席しなければならないらしい。
 普通に考えれば、こういう場合は顔を持っている親だけが出席するはずなのだが、何ということか、令嬢フィーには親がいない。当然、当主もフィー自身である。
「ぐぬぬ……堅苦しい規律を愚直に守りおって……」
「フィーちゃんの今後のこともあるんですよ。どうか出席してください」
 こうまで頼まれて断っては後味も悪い。
 それに何より、あまりわがままを言える立場でもなかった。
「……仕方ない。遠方の王族が揃っている中に穴を空けるわけにもいかんしな」
「急な無理を言ってごめんね、フィーちゃん」
「ミモザ、そういうことだ。話は聞いておっただろう。我は今日、学校を休む」
「ふみゅみゅぅ……分かりましら」
 今まさにこれから学校へ行こうとしていたフィーの親友であるエルフのミモザは、分かりやすいくらいに肩を落とす。
「ああ、オキザリス。今日のところはミモザについてやってくれ」
「よろしいのですか、お嬢様」
「今日一日、フィーちゃんには私も同行していますから大丈夫ですよ」
「御意」
 オキザリスと呼ばれた目つきの悪いメイド少女が粛々と二人に向かって頭を下げ、ミモザの方へと進む。そして改めてお辞儀し、姿勢を正す。
「今日は宜しくお願い致します。ミモザ様」
「はい、よろしくお願いしまふです」
 そんなやり取りをしていると、屋敷の前に馬車が一台、パッパカと到着する。
 ずいぶんと装飾が凝っており、まさに貴族御用達な雰囲気が漂う。
「迎えの馬車が来ましたね。では行きましょうか、フィーちゃん」
「ミモザ、我がいなくてもしっかりやるのだぞ。オキザリス、ミモザのことを頼む。ミモザの言うことくらいなら聞いてやってくれ。それからミモザ――」
 フィーとマルペルが馬車に乗り込み、それが見えなくなるまでに延々と馬車からは延々とミモザ、ミモザ、ミモザという声が届いてきた。
 ようやくしてフィーの声が聞こえなくなった辺りで、ミモザも心を切り替える。
「さて……学校いきまふか。でもフィーしゃんがいないと皆しゃんが驚きましゅね」
「そうかもしれませんね」
 これから二人が向かうのは生徒の多くが貴族や王族たちで占められる世にも珍しい魔法の技術を全くのゼロから学ぶことができるネルムフィラ魔導士学院だ。
 このゼロからというのは誇張でもなんでもなく、魔法の才能がない者であっても、卒業するまでに魔法が使えるようになるカリキュラムが組まれている。
 問題となるのは、フィーはこの学校内でも名を馳せており、主席ではないものの、クラスメイトたちからも慕われ、頼りにされていた。
 そんな彼女が急にいなくなるとなると、ちょっとした混乱が予測される。
 そのクラスメイトの中には、どういうわけか、ついぞ最近まで魔王を名乗っていた少女リコリスが紛れ込んでおり、これがまた気まぐれな性格をしている。
 分かっていることとしては、フィーに異常に執着しているらしいということ。
 もし、彼女にフィーがいないことを知られでもしたら、パニックを起こして学校を破壊しかねない。少なくとも、ミモザはそんな想像が過ぎってしまった。
 例の彼女が魔王であることを知っている者は少ない。
 フィーから直接聞かされたミモザと、丁度直ぐ近くにいたからこっそり聞いていたオキザリスの他、ネルムフィラ魔導士学院の関係者くらいだろうか。
「そうだ、アレを使えば――」
 ※ ※ ※
 ミモザはオキザリスを連れて、自分の家へと戻った。家といってもそこはミモザの経営する魔具を取り扱っている店舗となっており、一目散に向かったのは倉庫だ。
 そこには在庫であったり、素材であったりがキチンと整理整頓されている。
「あっ! ありましら!」
 ミモザが棚から取り出したのは手のひらに載る程度の小箱。
 開けてみるとそこには指輪が入っていた。
「|瞬間的人違い《スルーポーズ》。姿を変えることができる変身魔具れす」
「なるほど。しかし、それでお嬢様に変身するということですね。しかしそうなるとミモザ様がいなくなってしまいますが……」
「この指輪は店に出してないから予備もいっぱいありまふ。店の誰かにお願いして、私のフリをしてもらいましゅ」
 ナイスアイディアとばかりにミモザは笑顔を見せる。
「ですが、まだ店は開店前。従業員の方もお見えになっていないようです。このまま従業員を待っていると学校に遅刻してしまいますね」
「むぅぅん……オキザリスしゃんに変身してもらったら、今度はオキザリスしゃんもいなくなっちゃいまふね……使用人がいないと怪しまれるかも……」
「では、ミモザ様。こうしてはいかがでしょうか」
 ※ ※ ※
 異種族国パエデロスを象徴するといっても過言ではないネルムフィラ魔導士学院の校門の前に、その三人は姿を現した。
 月の如く美しき銀髪と血の如く紅い瞳のご令嬢フィー。
 太陽に照らされる小麦の如く金髪と空色の瞳のミモザ。
 そんな二人の後ろからは、小さなメイドのオキザリスが付き添う。
「み、ミモザ様……これで大丈夫なのでしょうか」
 おどおどとした態度でミモザ――の姿をした者が言う。
「チコリー先輩。今はミモザ様なのですからもう少ししゃっきりと」
 前を向いたまま悟られないよう小声でオキザリスが言う。
「学校に入りましゅよ……怪しまれないようにしてくらさい」
 ビクビクと引きつった表情でフィー――の姿をしたミモザが言う。
 傍から見れば、そこにいるのはフィーとミモザ、それとオキザリスだ。
 しかし、フィーの中身はミモザ、ミモザの中身はメイドのチコリーだった。
 従業員の代わりに屋敷から連れてこられ、急遽ミモザ役を押しつけられたらしい。
「あ、フィー様、ミモザ様。ごきげんよう、今日もともに勉学に励みましょう」
 女学生の一人が一向に気付き、会釈する。
「ふはっふはっふはっ! よろしゅく頼むじょ!」
「あの……おはようございます」
 秒で女学生は首を傾げる。確か今、声をかけたのはフィーとミモザだったはず。
 そんな疑問を浮かべている表情だ。
「アレ? フィー様、ですよね?」
「うんむ。ワレはフィーである。何かおかしなところでもありましゅ……あるか?」
「こちらはミモザ様?」
「は、はい、その通りです。私はミモザ様ですとも」
 冷や汗をかいて硬直する二人を背中から押すように、オキザリスが言葉を添える。
「お嬢様、ミモザ様。遅刻してしまいますので教室に急ぎましょう。さあ」
「うんむ……、そうであるな。いくぞ、チコ……ミモザよ」
「え、あ、はい、フィー様」
 あからさまに挙動不審な二人はそそくさとその場を立ち去ろうとする。
「よう、フィーとミモザじゃねえか。お前らにしては遅かったな」
 教室の近くまで来て、男子生徒パエニアが声を掛けてくる。
「う、おお、パエニアか。ちょっと用事があってな。ふはっふはっふはっ!」
「ん? なんでミモザがフィーの格好してんだよ。何の遊びだ?」
「ふぇっ!? な、なんれぇ?」
 結局この後、クラスメイトは一人も騙せずバレバレだったので観念して白状した。
 ちなみにリコリスは寝坊して午前中丸々欠席していたので事無きことを得た。