第176話 そばにいるということ、羨ましいこと
ー/ー 学校帰りにミモザの店で働くのも大分慣れてきたのではないだろうか。わざわざ時間帯を狙ってくる客も増えてきていて、疲れるということには変わりないのだが。
「ふぅぅ……それでは、閉店しましょうか。皆しゃん、お疲れさまでふ!」
最後の客が帰ったタイミングを見計らってかミモザの一言で、サッと閉店作業に移り、あっという間にことが済まされる。
売り上げはいつもと変わらず上々。文句の付け所もない。
まだ店を大きくする前は今のような従業員も揃っておらず、開店する日も不定期だったこともあり、売り上げ自体が不安定だったことも多かった。それでも経営不振になるような赤字にはならなかった気もするが、その頃に比べれば安定している。
生産技術も、接客技術も、今の従業員たちが優秀すぎるがゆえに、際限なくぶちあげられている側面を垣間見えるというもの。
だからこそ、というわけでもないが、基本的な技術も習得し、優秀な従業員たちの揃っている今、我の出る幕はなくなってきていたように思う。
「それでは店長ぅ、私はお先に上がりますねぇ~」
「拙者も、お暇させていただきます!」
仕事を終えたデニアとヤスミが店を出ていく傍ら、ミモザの視線を汲み取ったのかどうかまでは定かではないが、うずうずとした様子のノイデスと、何かを察した様子のサンシは帰る様子を見せない。
「あ、あの! ノイデシュしゃんに、シャンシしゃん……ノイデスさんにサンシさん! ちょっと残っててもらえましゅか!?」
今、結構盛大に二人の名前を噛んだような気がするが、どうにか言い直し、なかったかのように振る舞う。
「おう、師匠。何をするんだい?」
「ほっほっほ、何か手伝えることはありますかな」
そう言われるのを待っていましたと言わんばかりに二人は良い笑顔を見せる。
黒光りする筋肉を見せるムキムキのハーフオーガのノイデスと、それとは対照的に小人のように小さいドワーフのサンシは、加工技術が優れている技師である。
ノイデスは男勝りの巨体でありながら、力仕事は元より、見かけによらず細かい細工を得意としており、彫刻も彫れるし、杖のような細いものでも美しい像を刻むことができる。
サンシの方はドワーフということもあり、主に鉱石の加工が専門だ。素材さえあれば武器も防具も造れる。もちろん修繕もお手の物だ。サービスで家具や食器の修繕も承ってる。
この二人を残すと言うことは言わずもがな、その目的は分かりきっているといってもいいだろう。
「新しい商品開発しようと思いまして、フィーしゃんにもお願いしてるんでふ」
「残業となって申し訳ないが、ちょっとだけ付き合ってくれ」
ようやく今日の営業が終わったというのに、まだこれ以上仕事があるのかと、普通なら嫌な顔ひとつしてもおかしくはない状況だが、ノイデスもサンシも曇りのない笑みで返事してくれる。
「おっしゃ! 腕が鳴るぜぇ!」
「では、何から手を付けましょう。素材は足りておりますかな」
いつの間にこんな息もぴったりに、と嫉妬を覚えないでもない。
「設計図は考えてあるので、まずは見てくらさい」
そういって、いつの間にこさえたのか、大きな巻物を作業台に広げる。
こう活き活きとしたミモザを間近で見るのも久しぶりのように思う。そこまで離れていたつもりはないし、何なら日中はいつも学校で接しているはずなのだが。
我は何処か今の自分に引け目を感じすぎていたのかもしれない。
直ぐそばで成長していく姿を眺め、それを停滞する自分と比べ、もうそこに自分が隣にいられないような、そんな気がして。
「……フィーしゃん、どうしましら?」
「ん、いや、何でもない。少し複雑な術式だったから眺めていただけだ」
「実はここの箇所がちょっと分からなくて」
「遊走式循環法だな。これだと遠回りになる。魔力が上手く行き渡らなくなってしまうだろうな。少し形は崩れるが分散を制御する式に書き直せば――」
そんなに遠い記憶ではないはずだ。何せこのパエデロスに来てからのことだから。この街が国に成るまで遠い道のりがあったとはいえ、それでも我がこれまで生きてきた時間で考えれば一瞬なくらい。
それでも心の内が温まるような懐かしさを覚えてしまうのはどうしたものか。
不意に、リコリスとクラメの二人が脳裏を過ぎる。一目も憚らない、傍から見たら仲睦まじいあの二人が、どうも自分とミモザと被っていたようだ。
引け目に感じ、少しずつ、少しずつ、自分から距離を離していることも理解できず、ただただ他人を羨む感情だけが増幅させられていたのだろうか。変なことを気付かされてしまった気がする。それも思いもよらぬ形で。
「んー? っつーことは、何をすりゃあいいんだ?」
「この形に合うように鉱石を加工する必要がある。ここに適した鉱石となると――」
「これで良いですかな?」
「それならぴったりでふね! でも、ちょっと硬いれすから大変かも」
「師匠、俺に任せてくれよ。こんくらいならちょちょいのちょいだぜ!」
リコリスには淑女がどうとか押しつけておきながらも、我自身は遠目から何をしていたのやら。皮肉にも、社交性をもっと身につけるべきは我だったのでは。
「すごいれふ……硬い鉱石なのにこんなに早く」
「お嬢、こちらのパーツも完成しましたぞ」
「よくやったぞ、ノイデス、サンシ。あとはこれに術式を組み込んで仕上げだ」
そうこうしているうちにも、新商品開発は順調に進んでいく。
魔法を構築するミモザがいて、細部を加工するノイデスがいて、それを影から見事にサポートするサンシがいるからこそ作業は迅速にできている。
そこに我も加わっていると実感できることが何より嬉しいと思える。
「はふぅー……、上手くいきましら」
「お、これで完成か? 意外とあっさりだったな」
「いえいえ、サンシさん。まだベースが出来上がっただけですよ」
「そうだな。店に出すならここから調整しないとな。もちろん、量産できるような形にしなければ意味がないぞ」
夜は更けていくが、もうしばらく店内の明かりが消えることはなさそうだ。
ミモザも放っておいたら徹夜してでも作業をぶっ続けるだろうしな。
作業台の上に敷いた魔法陣を何度も書き直しては素材も置き直し、そんなことを繰り返しては時間が経過していく。集中するミモザを止めるのは、我の役目だった頃もあったな。いつからだったか、邪魔をするまいと思うようになっていたが。
「よし、ミモザ。今日はそんなところでいいだろう」
「ふぇ……? でも、まだ調整が……」
「そんなボサボサでギトギトな顔して何を言っておる。明日も学校なのだぞ。無茶するなといつも言ってるだろう?」
「ふみゅぅ……そうれすねぇ……」
ずっとすぐそばで見ておいてなんだが、何をどうしたらこんな汚れるのだろう。
自分のことに無頓着すぎる。
ノイデスとサンシのアシストがあるからこそ、ミモザの負担は軽減されている。
それも相まって、まだまだ全然体力を残している感じなのだろう。
まったく……成長したとは思っていたが、こういう節度のなさは変わらずか。
ミモザこそ、淑女らしくとまでいかないにしても、あの学校に通うからにはリコリスみたいにクラメから立ち振る舞いを教わるべきなのかもしれないな。
無論、あのキス癖までは学ばなくていいが。
「ノイデスもサンシも、日中から店の仕事とあわせて疲れただろう。今夜は我の屋敷に泊まるといい。湯浴みの準備もしておこうか。頼んだぞ、オキザリス」
「御意」
「ふぅぅ……それでは、閉店しましょうか。皆しゃん、お疲れさまでふ!」
最後の客が帰ったタイミングを見計らってかミモザの一言で、サッと閉店作業に移り、あっという間にことが済まされる。
売り上げはいつもと変わらず上々。文句の付け所もない。
まだ店を大きくする前は今のような従業員も揃っておらず、開店する日も不定期だったこともあり、売り上げ自体が不安定だったことも多かった。それでも経営不振になるような赤字にはならなかった気もするが、その頃に比べれば安定している。
生産技術も、接客技術も、今の従業員たちが優秀すぎるがゆえに、際限なくぶちあげられている側面を垣間見えるというもの。
だからこそ、というわけでもないが、基本的な技術も習得し、優秀な従業員たちの揃っている今、我の出る幕はなくなってきていたように思う。
「それでは店長ぅ、私はお先に上がりますねぇ~」
「拙者も、お暇させていただきます!」
仕事を終えたデニアとヤスミが店を出ていく傍ら、ミモザの視線を汲み取ったのかどうかまでは定かではないが、うずうずとした様子のノイデスと、何かを察した様子のサンシは帰る様子を見せない。
「あ、あの! ノイデシュしゃんに、シャンシしゃん……ノイデスさんにサンシさん! ちょっと残っててもらえましゅか!?」
今、結構盛大に二人の名前を噛んだような気がするが、どうにか言い直し、なかったかのように振る舞う。
「おう、師匠。何をするんだい?」
「ほっほっほ、何か手伝えることはありますかな」
そう言われるのを待っていましたと言わんばかりに二人は良い笑顔を見せる。
黒光りする筋肉を見せるムキムキのハーフオーガのノイデスと、それとは対照的に小人のように小さいドワーフのサンシは、加工技術が優れている技師である。
ノイデスは男勝りの巨体でありながら、力仕事は元より、見かけによらず細かい細工を得意としており、彫刻も彫れるし、杖のような細いものでも美しい像を刻むことができる。
サンシの方はドワーフということもあり、主に鉱石の加工が専門だ。素材さえあれば武器も防具も造れる。もちろん修繕もお手の物だ。サービスで家具や食器の修繕も承ってる。
この二人を残すと言うことは言わずもがな、その目的は分かりきっているといってもいいだろう。
「新しい商品開発しようと思いまして、フィーしゃんにもお願いしてるんでふ」
「残業となって申し訳ないが、ちょっとだけ付き合ってくれ」
ようやく今日の営業が終わったというのに、まだこれ以上仕事があるのかと、普通なら嫌な顔ひとつしてもおかしくはない状況だが、ノイデスもサンシも曇りのない笑みで返事してくれる。
「おっしゃ! 腕が鳴るぜぇ!」
「では、何から手を付けましょう。素材は足りておりますかな」
いつの間にこんな息もぴったりに、と嫉妬を覚えないでもない。
「設計図は考えてあるので、まずは見てくらさい」
そういって、いつの間にこさえたのか、大きな巻物を作業台に広げる。
こう活き活きとしたミモザを間近で見るのも久しぶりのように思う。そこまで離れていたつもりはないし、何なら日中はいつも学校で接しているはずなのだが。
我は何処か今の自分に引け目を感じすぎていたのかもしれない。
直ぐそばで成長していく姿を眺め、それを停滞する自分と比べ、もうそこに自分が隣にいられないような、そんな気がして。
「……フィーしゃん、どうしましら?」
「ん、いや、何でもない。少し複雑な術式だったから眺めていただけだ」
「実はここの箇所がちょっと分からなくて」
「遊走式循環法だな。これだと遠回りになる。魔力が上手く行き渡らなくなってしまうだろうな。少し形は崩れるが分散を制御する式に書き直せば――」
そんなに遠い記憶ではないはずだ。何せこのパエデロスに来てからのことだから。この街が国に成るまで遠い道のりがあったとはいえ、それでも我がこれまで生きてきた時間で考えれば一瞬なくらい。
それでも心の内が温まるような懐かしさを覚えてしまうのはどうしたものか。
不意に、リコリスとクラメの二人が脳裏を過ぎる。一目も憚らない、傍から見たら仲睦まじいあの二人が、どうも自分とミモザと被っていたようだ。
引け目に感じ、少しずつ、少しずつ、自分から距離を離していることも理解できず、ただただ他人を羨む感情だけが増幅させられていたのだろうか。変なことを気付かされてしまった気がする。それも思いもよらぬ形で。
「んー? っつーことは、何をすりゃあいいんだ?」
「この形に合うように鉱石を加工する必要がある。ここに適した鉱石となると――」
「これで良いですかな?」
「それならぴったりでふね! でも、ちょっと硬いれすから大変かも」
「師匠、俺に任せてくれよ。こんくらいならちょちょいのちょいだぜ!」
リコリスには淑女がどうとか押しつけておきながらも、我自身は遠目から何をしていたのやら。皮肉にも、社交性をもっと身につけるべきは我だったのでは。
「すごいれふ……硬い鉱石なのにこんなに早く」
「お嬢、こちらのパーツも完成しましたぞ」
「よくやったぞ、ノイデス、サンシ。あとはこれに術式を組み込んで仕上げだ」
そうこうしているうちにも、新商品開発は順調に進んでいく。
魔法を構築するミモザがいて、細部を加工するノイデスがいて、それを影から見事にサポートするサンシがいるからこそ作業は迅速にできている。
そこに我も加わっていると実感できることが何より嬉しいと思える。
「はふぅー……、上手くいきましら」
「お、これで完成か? 意外とあっさりだったな」
「いえいえ、サンシさん。まだベースが出来上がっただけですよ」
「そうだな。店に出すならここから調整しないとな。もちろん、量産できるような形にしなければ意味がないぞ」
夜は更けていくが、もうしばらく店内の明かりが消えることはなさそうだ。
ミモザも放っておいたら徹夜してでも作業をぶっ続けるだろうしな。
作業台の上に敷いた魔法陣を何度も書き直しては素材も置き直し、そんなことを繰り返しては時間が経過していく。集中するミモザを止めるのは、我の役目だった頃もあったな。いつからだったか、邪魔をするまいと思うようになっていたが。
「よし、ミモザ。今日はそんなところでいいだろう」
「ふぇ……? でも、まだ調整が……」
「そんなボサボサでギトギトな顔して何を言っておる。明日も学校なのだぞ。無茶するなといつも言ってるだろう?」
「ふみゅぅ……そうれすねぇ……」
ずっとすぐそばで見ておいてなんだが、何をどうしたらこんな汚れるのだろう。
自分のことに無頓着すぎる。
ノイデスとサンシのアシストがあるからこそ、ミモザの負担は軽減されている。
それも相まって、まだまだ全然体力を残している感じなのだろう。
まったく……成長したとは思っていたが、こういう節度のなさは変わらずか。
ミモザこそ、淑女らしくとまでいかないにしても、あの学校に通うからにはリコリスみたいにクラメから立ち振る舞いを教わるべきなのかもしれないな。
無論、あのキス癖までは学ばなくていいが。
「ノイデスもサンシも、日中から店の仕事とあわせて疲れただろう。今夜は我の屋敷に泊まるといい。湯浴みの準備もしておこうか。頼んだぞ、オキザリス」
「御意」
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