第175話 キス魔王襲来
ー/ー クラメにリコリスのことを任せてからしばらく経ったが、淑女直々の教育の賜か、とんでもない爆発音は聞かなくなってきていた。
まだプチ騒動はそれなりにあるが、以前までと比べれば可愛いものよ。
一方のクラメの方も、リコリスから魔法のコツを教わり、大分授業についていけるようになったどころか、元々能力的には及第点だったこともあり、目を見張るような早さでメキメキ上達していった。
いつだったかの我とミモザとの関係を思い出さないでもない。我もリコリスのように、ミモザに沢山の魔法やその使い方を教えたものだ。ああいうことがあったからこそ、我とミモザは親友同士になれたようなもの。
それまでクラスメイトとも距離を離しがちで、少し暗めだったクラメも、リコリスと接していくうちに少しずつ明るくなっていったようにも思う。
これは思っていた以上の成果だろう。
「ふひっ、素晴らしいです、リコリスさん。姿勢を崩さない歩き方、ちゃんとできていますよ」
「そうかしら。嬉しいわ。ボンちゃんの真似をしてただけなのだけれど」
あの調子で余計な騒ぎを起こさないでいてくれれば我としても助かるし、ネルムフィラ魔導士学院の教職員の面々も胸をなで下ろせるというもの。
ただ少し……、誤算があるとするならば――
「リコリスさん、ふひっ」
「んっ」
ふと、クラメがリコリスの顔を覗き込んだかと思えば、その鼻の先端同士をくっつける。傍から見たら、一体何をしているのかと気になるところだが、これはクラメなりのスキンシップだ。
オーク族には、親密な間柄の仲間同士の鼻と鼻を擦り合わせる習性がある。だからそれ以上の深い意味はないのだが、何も知らない側からしてみれば意味深な行動だ。
「さっちゃん、むー」
「んぐ!」
油断していたらリコリスの顔面が我の眼前に迫っていた。
誤算というのは、クラメのスキンシップをリコリスが覚えてしまったことだろう。
クラメの顔には大きな豚鼻があるから、鼻をくっつける際に十分な面積を確保できるが、そうではない者同士が同じようなことをしようとすると、鼻どころか、顔同士を合わせるような形になってしまう。
それが他人からすればどう見えるかなんて言わずもがな。
こういうのこそ、クラメに注意してもらいたかったのだが、日常的にキスをする文化圏もあり、当然クラメも鼻をくっつけるのは挨拶くらいにしか思っていない。
気付いた頃にはリコリスは所構わずキスを迫るとんでもないキス魔になっていた。
勿論、リコリスにそんな自覚などあるはずもない。
特に、他人との距離感が狂っているリコリスには抱き癖もあり、クラメのスキンシップと合わさってかなりディープなことになる。
「みなさん、おはようございま~す。今日もよろしくお願いします」
「んー」
「ふぐっ!?」
また一人、教室に入ってきたクラスメイトの女子がリコリスの犠牲になる。
日常的にキスをする習慣のないものほどダメージが大きい。
本人は鼻をくっつけることしか意識していないが、アレ、普通に唇も当たるし。
「おい、リコリス、そのくらいにしておけ。授業が始まる」
「ん、このくらいにしておくわ」
あっさりと女子生徒を解放し、リコリスは自分の席へとつく。
一方で、残された女子生徒は放心状態で床にへたりこんでしまい、十数秒ほど赤面したまま硬直状態になっていたが、予鈴のチャイムが鳴り響いた辺りで我に返り、そそくさと自分の席につく。
ネルムフィラ魔導士学院内でのとんでもないトラブルは劇的に減ったものの、これはこれ非健全というべきか、風紀が乱れているというべきか、クラス内で新たな問題が発生してしまっているな。
しかしというか、やはり当の本人には何ら自覚がないわけなのだが。
正直なところ、学校が破壊されるわけでもないのだから、直ちに対処すべきでもないような気もしてくるのは、我も少々感覚が麻痺しているのだろうか。
何はともあれ、今日も今日とて、教室の扉がガララと音を立てて、学校生活の始まりを告げる。
※ ※ ※
放課後を迎え、粛々と生徒たちが下校していく。そんな最中に、リコリスとクラメは教室に残り、日課になりつつあるお互いの指導を始める。
最初の頃は目を離すまいと我もそこに残っていたのだが、あまり長く残っているとミモザの店の手伝いもできない。クラメはともかく、リコリスは学生寮住まいで、教職員に監視されている立場でもある。
「じゃあ、クラメ、リコリス。我は先に帰るからな」
ので、ここのところは、クラメに全てを託したまま帰るようになっていた。その結果があのキス魔なのだが。
「はい、フィーさん、ごきげんよう」
見送りつつも、教室に残っていたのは二人きりで抱き合うリコリスとクラメの姿ばかり。あの二人はどういう関係なんだったか、今になって不明瞭に思えてきた。
「お嬢様、ミモザ様がお待ちですよ」
そうこうしていると、教室の外に待たせていたオキザリスから声が掛かり、向き直る。まあ、あの二人はああしておいて問題ないだろう。何かあればダリアを含む監視役の教職員どもがどうにかしてくれるだろうし。
「すまない、ミモザ。待たせてしまったな」
「早くお店に向かいましょう。みなしゃん、待ってまふよ~」
ミモザに差し出された手を握り返しながら、やれやれと呆れかえる感情を溜め息に変えて吐き出した。少しくらいは周囲の目を気にしろとは言いたいが、仲が良くて困ることもあるまい。
「あの二人はまた特訓してるのでふか?」
「まあ、そうだな。リコリスも暴れないで済むし、クラメも魔法が上達している。双方にとって悪いことは何もあるまい」
キス癖がついたことだけが唯一の難点かもしれないが。
「そういえば、最近フィーしゃんに魔法を教わってないれすね」
「む? 今の我には大した潜在魔力もないし、魔力操作ならミモザの方がずっと上だろう? 一体何を教えてやればいいというのだ」
「なんでもいいです。前みたいに、フィーしゃんに魔法を教えてもらいたいれす」
などと言いながらもミモザが肩を寄せて、そのままじゃれるようにこちらに頭を預けてきた。まるで子供のようではないか。
思わずこちらもミモザに頭を貸した。そうすると必然的に頭と頭がコツンコとぶつかり、密着した形になる。あまり歩きやすい格好とは言えないが、直に感じるミモザのぬくもりと香りを堪能したくて、そのまま昇降口へと向かう。
まだ放課後になったばかりだから廊下にも他の生徒たち、他のクラスの連中の姿もちらほらと目に付くが、構うものか。
「さて、何の魔法を教えたものか。いくら魔法が使えるといってもあまり強力なのを教えるとダリアも怒るだろうしな」
「今の私なら以前と違って、自分の感覚で魔法を使えましゅから、復習でもいいれすよ。予習、復習は大事でふから」
やれやれ……。かつては潜在魔力も皆無で、力技で魔法のようなものを作り上げていた頃とは違う。今のミモザはネルムフィラ魔導士学院に来て、自身の潜在魔力を身につけて、本当の意味で完全な魔法が使えるようになった。
魔石の作り方ひとつとっても計り知れない。ミモザに魔具を持たす限り、不可能なんてないんじゃないかとさえ思わされる。
リコリスを放っておくより、リコリスがクラメに魔法を教えるより、何よりもミモザに魔法を教えることの方が危険極まりないような気がしてしまう。
「なら、とっておきを教えてやろうではないか」
「ふへへぇ~……、フィーしゃんありがとうございまふ」
まだプチ騒動はそれなりにあるが、以前までと比べれば可愛いものよ。
一方のクラメの方も、リコリスから魔法のコツを教わり、大分授業についていけるようになったどころか、元々能力的には及第点だったこともあり、目を見張るような早さでメキメキ上達していった。
いつだったかの我とミモザとの関係を思い出さないでもない。我もリコリスのように、ミモザに沢山の魔法やその使い方を教えたものだ。ああいうことがあったからこそ、我とミモザは親友同士になれたようなもの。
それまでクラスメイトとも距離を離しがちで、少し暗めだったクラメも、リコリスと接していくうちに少しずつ明るくなっていったようにも思う。
これは思っていた以上の成果だろう。
「ふひっ、素晴らしいです、リコリスさん。姿勢を崩さない歩き方、ちゃんとできていますよ」
「そうかしら。嬉しいわ。ボンちゃんの真似をしてただけなのだけれど」
あの調子で余計な騒ぎを起こさないでいてくれれば我としても助かるし、ネルムフィラ魔導士学院の教職員の面々も胸をなで下ろせるというもの。
ただ少し……、誤算があるとするならば――
「リコリスさん、ふひっ」
「んっ」
ふと、クラメがリコリスの顔を覗き込んだかと思えば、その鼻の先端同士をくっつける。傍から見たら、一体何をしているのかと気になるところだが、これはクラメなりのスキンシップだ。
オーク族には、親密な間柄の仲間同士の鼻と鼻を擦り合わせる習性がある。だからそれ以上の深い意味はないのだが、何も知らない側からしてみれば意味深な行動だ。
「さっちゃん、むー」
「んぐ!」
油断していたらリコリスの顔面が我の眼前に迫っていた。
誤算というのは、クラメのスキンシップをリコリスが覚えてしまったことだろう。
クラメの顔には大きな豚鼻があるから、鼻をくっつける際に十分な面積を確保できるが、そうではない者同士が同じようなことをしようとすると、鼻どころか、顔同士を合わせるような形になってしまう。
それが他人からすればどう見えるかなんて言わずもがな。
こういうのこそ、クラメに注意してもらいたかったのだが、日常的にキスをする文化圏もあり、当然クラメも鼻をくっつけるのは挨拶くらいにしか思っていない。
気付いた頃にはリコリスは所構わずキスを迫るとんでもないキス魔になっていた。
勿論、リコリスにそんな自覚などあるはずもない。
特に、他人との距離感が狂っているリコリスには抱き癖もあり、クラメのスキンシップと合わさってかなりディープなことになる。
「みなさん、おはようございま~す。今日もよろしくお願いします」
「んー」
「ふぐっ!?」
また一人、教室に入ってきたクラスメイトの女子がリコリスの犠牲になる。
日常的にキスをする習慣のないものほどダメージが大きい。
本人は鼻をくっつけることしか意識していないが、アレ、普通に唇も当たるし。
「おい、リコリス、そのくらいにしておけ。授業が始まる」
「ん、このくらいにしておくわ」
あっさりと女子生徒を解放し、リコリスは自分の席へとつく。
一方で、残された女子生徒は放心状態で床にへたりこんでしまい、十数秒ほど赤面したまま硬直状態になっていたが、予鈴のチャイムが鳴り響いた辺りで我に返り、そそくさと自分の席につく。
ネルムフィラ魔導士学院内でのとんでもないトラブルは劇的に減ったものの、これはこれ非健全というべきか、風紀が乱れているというべきか、クラス内で新たな問題が発生してしまっているな。
しかしというか、やはり当の本人には何ら自覚がないわけなのだが。
正直なところ、学校が破壊されるわけでもないのだから、直ちに対処すべきでもないような気もしてくるのは、我も少々感覚が麻痺しているのだろうか。
何はともあれ、今日も今日とて、教室の扉がガララと音を立てて、学校生活の始まりを告げる。
※ ※ ※
放課後を迎え、粛々と生徒たちが下校していく。そんな最中に、リコリスとクラメは教室に残り、日課になりつつあるお互いの指導を始める。
最初の頃は目を離すまいと我もそこに残っていたのだが、あまり長く残っているとミモザの店の手伝いもできない。クラメはともかく、リコリスは学生寮住まいで、教職員に監視されている立場でもある。
「じゃあ、クラメ、リコリス。我は先に帰るからな」
ので、ここのところは、クラメに全てを託したまま帰るようになっていた。その結果があのキス魔なのだが。
「はい、フィーさん、ごきげんよう」
見送りつつも、教室に残っていたのは二人きりで抱き合うリコリスとクラメの姿ばかり。あの二人はどういう関係なんだったか、今になって不明瞭に思えてきた。
「お嬢様、ミモザ様がお待ちですよ」
そうこうしていると、教室の外に待たせていたオキザリスから声が掛かり、向き直る。まあ、あの二人はああしておいて問題ないだろう。何かあればダリアを含む監視役の教職員どもがどうにかしてくれるだろうし。
「すまない、ミモザ。待たせてしまったな」
「早くお店に向かいましょう。みなしゃん、待ってまふよ~」
ミモザに差し出された手を握り返しながら、やれやれと呆れかえる感情を溜め息に変えて吐き出した。少しくらいは周囲の目を気にしろとは言いたいが、仲が良くて困ることもあるまい。
「あの二人はまた特訓してるのでふか?」
「まあ、そうだな。リコリスも暴れないで済むし、クラメも魔法が上達している。双方にとって悪いことは何もあるまい」
キス癖がついたことだけが唯一の難点かもしれないが。
「そういえば、最近フィーしゃんに魔法を教わってないれすね」
「む? 今の我には大した潜在魔力もないし、魔力操作ならミモザの方がずっと上だろう? 一体何を教えてやればいいというのだ」
「なんでもいいです。前みたいに、フィーしゃんに魔法を教えてもらいたいれす」
などと言いながらもミモザが肩を寄せて、そのままじゃれるようにこちらに頭を預けてきた。まるで子供のようではないか。
思わずこちらもミモザに頭を貸した。そうすると必然的に頭と頭がコツンコとぶつかり、密着した形になる。あまり歩きやすい格好とは言えないが、直に感じるミモザのぬくもりと香りを堪能したくて、そのまま昇降口へと向かう。
まだ放課後になったばかりだから廊下にも他の生徒たち、他のクラスの連中の姿もちらほらと目に付くが、構うものか。
「さて、何の魔法を教えたものか。いくら魔法が使えるといってもあまり強力なのを教えるとダリアも怒るだろうしな」
「今の私なら以前と違って、自分の感覚で魔法を使えましゅから、復習でもいいれすよ。予習、復習は大事でふから」
やれやれ……。かつては潜在魔力も皆無で、力技で魔法のようなものを作り上げていた頃とは違う。今のミモザはネルムフィラ魔導士学院に来て、自身の潜在魔力を身につけて、本当の意味で完全な魔法が使えるようになった。
魔石の作り方ひとつとっても計り知れない。ミモザに魔具を持たす限り、不可能なんてないんじゃないかとさえ思わされる。
リコリスを放っておくより、リコリスがクラメに魔法を教えるより、何よりもミモザに魔法を教えることの方が危険極まりないような気がしてしまう。
「なら、とっておきを教えてやろうではないか」
「ふへへぇ~……、フィーしゃんありがとうございまふ」
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