第173話 淑女を学べ
ー/ー ネルムフィラ魔導士学院の存在は、異種族国家パエデロスにとっても、諸外国にとっても重要視されており、端的に言って世界中に注目されていることは間違いない。
何といっても魔法技術の最先端に臨み、前代未聞の取り組みに踏み切ったこの学校は世界規模での今後の魔法学における分水嶺といえるだろう。
そんなことは前々から分かりきっている話で、一歩間違えれば世界中から批難されかねない超絶危ない橋を現在進行形で渡っている状況下にある。
当然、ここに関わる教職員ともども、石橋を叩くような思いのはずだ。
――そのはずなのだが。
教室内にいる生徒たちが、異様に少ない。
なんなら、今朝の登校中に廊下とかですれ違った生徒もまばらだった。
目について異常さを汲み取れる。何かタチの悪い病気でも流行っているとか、そういうわけじゃあないことは分かりきっていた。その要因となっているのは、間違いなくリコリス・ルキフェルナだ。
ここ数日、同じ学校のクラスメイトとして過ごしてきて、トラブルのなかった日が一度もない。我の説得やら、教職員らの指導、ミモザやパエニアを含む生徒たちのカバーに、オキザリスのような使用人たちの護衛もあって、今のところ生徒たちの中に容認できないような死傷者は出ていないが、安心安全という言葉は姿形もない。
結果として、未来を約束された貴族の多いこの学校では過保護ならぬ正論束ねた保護の声が上がり、至極真っ当な理由で登校拒否が日に日に増えている。これはもう、色々とシャレになっていない事態といえよう。
「分かっておるのか、リコリス」
「さっちゃん、私はお腹がすいてるの。ごはんを待っていることは理解しているわ」
午前中の授業を終え、料理を運ぶ魔導機兵が行き交う食堂の席につき、リコリスの真正面を切って言い放った言葉は微塵も届かなかったらしい。
「そうではなくてだな。お前がこの学校に来てからというもの、騒ぎを起こしてばかりではないか。学生という身分に己からなったのなら秩序をだな」
「私は悪くないわ。だって、私、頑張って学生してるもの」
普通の学生はちょっと教室が寒くなったとかいう理由で天井を燃やし尽くしたり、眠くなってきたからと言って校庭の花壇に猛毒性である睡眠花を大量に生やしたり、授業の内容に飽きてきたからといってより効率の良い魔法術式を実演添えてぶっぱなしたりはせんからな。
金にものを言わせるわがままな貴族でもそうはならんわ。
「屁理屈にもなっておらんぞ。お前の魔力はここでは異質かつ異常かつ異能すぎる。学校は学び舎であり、狩り場ではない。お前の基準での行動は他の連中にとっては命に関わると言っているのだ」
「つきがなかったのよ。そう思ってもらうしかないわ」
それはどういう意味で言っているのかが汲み取りづらい。自分でトラブルを巻き起こしておきながら、自分の周囲にいる者の方が運が悪かったとでもいいたいのか。
果たして会話が通じてるのか通じてないのか。リコリスの目線は、ただただボーッと給仕の魔導機兵を追っている。
すると何かが目に付いたのか、リコリスが立ち上がる。
「あなた、珍しいのね。一体、なんなのかしら」
つかつかとリコリスが歩み寄る。
その先にいたのは女生徒だ。テーブルについて食事をしている最中だった。
何が気になったのかは分からんが、目に付いたのだろう。
「え、あ、あなたは……リコリスさん、ね。な、な、なんの用でしょう」
「あら? 私のことを知ってるのね。どういうことかしら」
「おい、リコリス。クラスメイトの名前くらい覚えておけ。そいつはクラメ。クラメ・ボンフィアだろ」
女生徒――クラメは、挙動不審に視線を泳がせる。さっきまでおっとりと優雅に食事をしていただろうに、突然学園きっての超絶トラブルメイカーに声を掛けられてテンパっているのは我でも分かった。
「クラメ、クラメ、クラメ……、ひょっとしたら覚えてるかもしれないわ」
「あ、あ、あの……私になんの用でしょう」
「別になんでもないわ。あまりにも美味しそうにご飯を食べてるから、私もとってもお腹がすいて、ぐうぐう、なの」
「は、はぁ……」
相変わらずの会話の噛み合わなさっぷりに、クラメも鼻をひくつかせる。
「クラメ、ぼ、ぼ……えっと、ボンちゃん。あなた珍しいわ。とても珍しい」
「え、それって、私の種族のことを、い、言っている、のですか?」
明らかにクラメは動揺した様子を見せる。おそらく、あまり触れられたくないところなのだろう。それは傍から見ても分かる話だ。
彼女はハーフオーク。混血種であり、一見すると容姿は人間のようだが、顔にある特徴的なその豚鼻は隠しようもなく、本人も気にしているのだと思われる。
混血種は、それぞれの種族の特徴が身体に出てくるものだが、クラメは身体のほとんどが普通の人間でありながら、鼻だけオークの特徴が出ている点が妙に目立つ。
元より、クラメは内気な性格で、普段から他人との距離を置いていることが多かった。やはり自分の容姿のこと、種族のことを過剰に気にしている様子だ。
「種族? ううん、違うわ。あなた、とても美しいもの」
「ふぇええっ!? 私が、うつ、うつ、美しい!?」
クラメがオーバーすぎるくらいに驚き、椅子から転げ落ちそうになる。そんなリアクションにも気に掛ける様子もなくリコリスはクラメに近付いていく。
「キレイなお皿。美しいお皿。なんで空っぽのお皿を並べているのかと思ったわ」
リコリスの意味不明な言葉に、我もついつい立ち上がり、クラメの座っていたテーブルを見に行ってしまう。確かに何もない磨かれたようにキレイな皿が並んでいた。
食器が置かれている辺り、食べ終えた後なのだろうが、その形跡もまるでない。
「はへ? そ、そんなこ、ことですか。いえ、私もこれで貴族の端くれ。マナーは嗜んでいますので」
あわてふためきながらも、クラメは毅然とした態度を振る舞おうとする。かなり無理があるのだが、そこはあまり言及してやらない方がいいか。
クラメは見た目こそ、顔の豚鼻が目立ち、豚っぽい印象が強烈に与えられるが、礼儀正しさ、礼節をわきまえており、同じクラスメイトの中でも気品がある。
この学校にはパエニアのようなひねくれた生徒も少なくはないし、本来はクラメのような生徒こそこのネルムフィラ魔導士学院に来るべきなのだと思う。
「まったく……他人の食事の邪魔をするとは。リコリスも少しはクラメを見習ったらどうだ? お前には淑やかさも何も足りなさすぎる」
「私そんなに野蛮かしら?」
自覚がないところが恐ろしいものだ。こうやってズカズカと他人に踏み込んでいける空気の読めなさもまた淑女にはあるまじき振る舞いだ。
リコリスを淑女と呼んでいいのかどうかは分からんが、一応先代魔王の娘ではあるのだし、他人の気持ちを察しろまでとは言わないにしても、品格は重んじてほしい。
といっても、リコリスも親が亡くなってからあの地下の居城に数千年と引き籠もり、我以外の誰かと接することもなかっただろうし、根本的にコミュニケーション能力が壊滅的で、だからこそセバスチャンの口車に乗せられてあっさりととんでもないことを引き起こしたりするのだ。
「クラメ。ちょっとコイツに礼儀のなんたるかを教えてやってくれないか?」
「ふひいぃぃ!? わ、わ、わた、私がですか?」
思わず鼻息を荒くしてしまい恥ずかしくなったのか、クラメは赤面してリコリスの方に視線を送った。
何といっても魔法技術の最先端に臨み、前代未聞の取り組みに踏み切ったこの学校は世界規模での今後の魔法学における分水嶺といえるだろう。
そんなことは前々から分かりきっている話で、一歩間違えれば世界中から批難されかねない超絶危ない橋を現在進行形で渡っている状況下にある。
当然、ここに関わる教職員ともども、石橋を叩くような思いのはずだ。
――そのはずなのだが。
教室内にいる生徒たちが、異様に少ない。
なんなら、今朝の登校中に廊下とかですれ違った生徒もまばらだった。
目について異常さを汲み取れる。何かタチの悪い病気でも流行っているとか、そういうわけじゃあないことは分かりきっていた。その要因となっているのは、間違いなくリコリス・ルキフェルナだ。
ここ数日、同じ学校のクラスメイトとして過ごしてきて、トラブルのなかった日が一度もない。我の説得やら、教職員らの指導、ミモザやパエニアを含む生徒たちのカバーに、オキザリスのような使用人たちの護衛もあって、今のところ生徒たちの中に容認できないような死傷者は出ていないが、安心安全という言葉は姿形もない。
結果として、未来を約束された貴族の多いこの学校では過保護ならぬ正論束ねた保護の声が上がり、至極真っ当な理由で登校拒否が日に日に増えている。これはもう、色々とシャレになっていない事態といえよう。
「分かっておるのか、リコリス」
「さっちゃん、私はお腹がすいてるの。ごはんを待っていることは理解しているわ」
午前中の授業を終え、料理を運ぶ魔導機兵が行き交う食堂の席につき、リコリスの真正面を切って言い放った言葉は微塵も届かなかったらしい。
「そうではなくてだな。お前がこの学校に来てからというもの、騒ぎを起こしてばかりではないか。学生という身分に己からなったのなら秩序をだな」
「私は悪くないわ。だって、私、頑張って学生してるもの」
普通の学生はちょっと教室が寒くなったとかいう理由で天井を燃やし尽くしたり、眠くなってきたからと言って校庭の花壇に猛毒性である睡眠花を大量に生やしたり、授業の内容に飽きてきたからといってより効率の良い魔法術式を実演添えてぶっぱなしたりはせんからな。
金にものを言わせるわがままな貴族でもそうはならんわ。
「屁理屈にもなっておらんぞ。お前の魔力はここでは異質かつ異常かつ異能すぎる。学校は学び舎であり、狩り場ではない。お前の基準での行動は他の連中にとっては命に関わると言っているのだ」
「つきがなかったのよ。そう思ってもらうしかないわ」
それはどういう意味で言っているのかが汲み取りづらい。自分でトラブルを巻き起こしておきながら、自分の周囲にいる者の方が運が悪かったとでもいいたいのか。
果たして会話が通じてるのか通じてないのか。リコリスの目線は、ただただボーッと給仕の魔導機兵を追っている。
すると何かが目に付いたのか、リコリスが立ち上がる。
「あなた、珍しいのね。一体、なんなのかしら」
つかつかとリコリスが歩み寄る。
その先にいたのは女生徒だ。テーブルについて食事をしている最中だった。
何が気になったのかは分からんが、目に付いたのだろう。
「え、あ、あなたは……リコリスさん、ね。な、な、なんの用でしょう」
「あら? 私のことを知ってるのね。どういうことかしら」
「おい、リコリス。クラスメイトの名前くらい覚えておけ。そいつはクラメ。クラメ・ボンフィアだろ」
女生徒――クラメは、挙動不審に視線を泳がせる。さっきまでおっとりと優雅に食事をしていただろうに、突然学園きっての超絶トラブルメイカーに声を掛けられてテンパっているのは我でも分かった。
「クラメ、クラメ、クラメ……、ひょっとしたら覚えてるかもしれないわ」
「あ、あ、あの……私になんの用でしょう」
「別になんでもないわ。あまりにも美味しそうにご飯を食べてるから、私もとってもお腹がすいて、ぐうぐう、なの」
「は、はぁ……」
相変わらずの会話の噛み合わなさっぷりに、クラメも鼻をひくつかせる。
「クラメ、ぼ、ぼ……えっと、ボンちゃん。あなた珍しいわ。とても珍しい」
「え、それって、私の種族のことを、い、言っている、のですか?」
明らかにクラメは動揺した様子を見せる。おそらく、あまり触れられたくないところなのだろう。それは傍から見ても分かる話だ。
彼女はハーフオーク。混血種であり、一見すると容姿は人間のようだが、顔にある特徴的なその豚鼻は隠しようもなく、本人も気にしているのだと思われる。
混血種は、それぞれの種族の特徴が身体に出てくるものだが、クラメは身体のほとんどが普通の人間でありながら、鼻だけオークの特徴が出ている点が妙に目立つ。
元より、クラメは内気な性格で、普段から他人との距離を置いていることが多かった。やはり自分の容姿のこと、種族のことを過剰に気にしている様子だ。
「種族? ううん、違うわ。あなた、とても美しいもの」
「ふぇええっ!? 私が、うつ、うつ、美しい!?」
クラメがオーバーすぎるくらいに驚き、椅子から転げ落ちそうになる。そんなリアクションにも気に掛ける様子もなくリコリスはクラメに近付いていく。
「キレイなお皿。美しいお皿。なんで空っぽのお皿を並べているのかと思ったわ」
リコリスの意味不明な言葉に、我もついつい立ち上がり、クラメの座っていたテーブルを見に行ってしまう。確かに何もない磨かれたようにキレイな皿が並んでいた。
食器が置かれている辺り、食べ終えた後なのだろうが、その形跡もまるでない。
「はへ? そ、そんなこ、ことですか。いえ、私もこれで貴族の端くれ。マナーは嗜んでいますので」
あわてふためきながらも、クラメは毅然とした態度を振る舞おうとする。かなり無理があるのだが、そこはあまり言及してやらない方がいいか。
クラメは見た目こそ、顔の豚鼻が目立ち、豚っぽい印象が強烈に与えられるが、礼儀正しさ、礼節をわきまえており、同じクラスメイトの中でも気品がある。
この学校にはパエニアのようなひねくれた生徒も少なくはないし、本来はクラメのような生徒こそこのネルムフィラ魔導士学院に来るべきなのだと思う。
「まったく……他人の食事の邪魔をするとは。リコリスも少しはクラメを見習ったらどうだ? お前には淑やかさも何も足りなさすぎる」
「私そんなに野蛮かしら?」
自覚がないところが恐ろしいものだ。こうやってズカズカと他人に踏み込んでいける空気の読めなさもまた淑女にはあるまじき振る舞いだ。
リコリスを淑女と呼んでいいのかどうかは分からんが、一応先代魔王の娘ではあるのだし、他人の気持ちを察しろまでとは言わないにしても、品格は重んじてほしい。
といっても、リコリスも親が亡くなってからあの地下の居城に数千年と引き籠もり、我以外の誰かと接することもなかっただろうし、根本的にコミュニケーション能力が壊滅的で、だからこそセバスチャンの口車に乗せられてあっさりととんでもないことを引き起こしたりするのだ。
「クラメ。ちょっとコイツに礼儀のなんたるかを教えてやってくれないか?」
「ふひいぃぃ!? わ、わ、わた、私がですか?」
思わず鼻息を荒くしてしまい恥ずかしくなったのか、クラメは赤面してリコリスの方に視線を送った。
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まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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