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第172話 そして彼女は連行されていった

ー/ー



 今日の授業を一通り完走した感想としては、よくもまあ死人が出なかったと。
 それだけ教員や職員連中が奮闘し、生徒どももカバーに回ったおかげなのだが。

 リコリス自身、力を抑えていると言っていたのもあながち間違いではないのかもしれないが、それでも今日だけで耳にした爆発音の回数を片手の指で数えられない。

 いつ学校そのものが破壊されてしまうのかヒヤヒヤものだった。

 今朝、リコリスが教室に入って挨拶したときはそれなりに歓迎のムードだったというのに、もう既に他クラスごとリコリスの存在が知れ渡ってしまった様子だ。
 ネルムフィラ魔導士学院始まって以来の厄災でしかない。

 これだけの大騒ぎの要因を学校に持ち込んだダリアはどのように申し開きするつもりなのか、気になって仕方ないところ。

「みんな、今日も一日お疲れ様。また明日も元気よくいこうね!」

 教卓の前でダリアがあからさまなくらい明るく振る舞う。

 いっそ空回りするほどの空元気であったことはクラスメイト一同察することができただろう。ダリアの奴め、多分、心の中では号泣しておるぞ。

 これで明日、一斉に登校拒否が巻き起こっても我はなんら不思議には思わない。何人くらい残るのやら。そんな予想も立ててしまうほど。

 何はともあれ下校の時刻となり、ダリアが教室から出ていったタイミングでクラスメイトたちも一斉に教室からガヤガヤと出ていった。心なしか、リコリスと関わらないようにそそくさと逃げるような素振りだった気がしないでもない。

「これで終わりなのね。随分とあっという間だったわ」
「退屈な一日だったろう? これが明日明後日もあるんだ。お前に続けられるか?」
「たまには頑張ってみるわ」

 コイツにしては珍しい発言だ。自堕落な生活を続けて数千年くらい引き籠もっていたというのに、毎日学校に通う気力があるというのか。それを何処まで信じていいのかは分からんが、あまり無理に引き留めるものでもないか。

「頑張るのは結構なことだが……あまり騒ぎを起こすんじゃない。今日だけでどれだけ校舎を破壊したと思っているんだ」
「もろい校舎の方が悪いわ。だって直ぐに壊れるんだもの。もろもろはぼろぼろよ」
「もろもろだというのなら我もそうだ。ぼろぼろになるだけじゃ済まんぞ」
「大丈夫。コントロールはしてるから」

 それは一体どういう意味だ。あえて我を被害の範囲内に入れないようにしつつ、破壊的な魔法を放っているということか。器用なイタズラもあったものだな、おい。

「フィーしゃん、一緒に帰りましょう」
「おお、ミモザ。今行くぞ」

 教室の出入り口で待つミモザに駆け寄ろうとして、ふと疑問を覚えた。

「そういえば、リコリスは何処へ帰るんだ? あの地下にある実家か?」

 先代魔王の居城が一応リコリスの家だ。距離的に言えばとんでもなく遠いが、リコリスのレベルの転移魔法を使えば秒と掛からないだろう。

「いちいちあんなところから行って帰るなんて面倒臭いわ。魔力も勿体ない」
「そりゃあそうか。じゃあ何処かに家でも建ててるのか?」

 リコリスほどの資産があればパエデロスに豪邸を建てるのも容易だろう。あの城には先代魔王が遺した財宝が丸ごとそのまま残っていただろうし。

「私のおうちは、ここよ」

 床を指さす。何を言っているんだ、コイツは。

「だりゃあ、とか言ったっけ、あの赤い女。あんまりあちこちに行くなっていうから、ここに住まわせてもらうことにしたわ」
「ダリア、な。つまり学生寮か。お前にはあまり快適じゃないと思うが……」
「いいのよ、別に。それくらい我慢できるから」

 妙な言い回しだ。リコリスらしいといえばその通りなんだが、本当に何を考えているのかが分からない。ダリアを含むこの学校の関係者からすれば目を離すわけにはいかないだろうから結果として窮屈な目にあうのは至極当然なのだろうけども。

「何にしても、うっかり破壊だけは気をつけるのだぞ。明日登校してきたら学校がなくなっていたとかシャレにならん」
「善処するわ」

 なんとも不安な言葉だ。コイツから目を離していいのか悩んでしまう。

 ミモザを待たせるわけにもいかんし、どうしたものかと決めあぐねていたらダリアと、学校の職員が数人ばかりゾロゾロと教室の前に現われた。

 今さっき出ていったばかりなのになんで戻ってきたんだ。

「さてと、リコリスちゃん。行きましょうか」
「ええ、頼むわ」

 そんな短いやり取りを終えると、すかさず職員がリコリスを囲う。
 まるでお姫様の護衛か。なんだこの待遇。

「どういうことだこれは」
「そりゃアンタ……目を離すわけにいかないからよ」

 ダリアにむしろ何を言っているんだとばかりに呆れた目で言われた。
 ああ、まさに監視するというわけか。

 考えるまでもなかった。なんといっても、リコリスは勇者暗殺に関わっているし、強大な魔力を持ち合わせている超絶危険因子。その割には今日一日、結構やりたい放題を許しすぎだったんじゃないかという疑問も沸いてくるが。

「そういうことだから、さっちゃん。また明日、会いましょ」
「あ、ああ。また明日な」

 あの無気力な瞳。アイツ自身は自分の待遇や処遇をどのくらい理解しているんだ。完全にお忍びの王女みたいな振る舞いだぞ。
 呆然とする我を置き去りにするかのように、職員たちに連行されるがまま、リコリスは廊下の奥へと消えていった。

 あの人数でもリコリスの奇行を止められるのかどうか、微妙に気になって仕方のないところだが、受け入れると決断したダリアが全部の責任を負うのだろう。
 ネルムフィラ魔導士学院が崩壊しても、もう我の知ったことではない。

 いや、学校がなくなるのは困るが。

「……行くぞ、ミモザ」
「はいっ」

 これ以上は考えてもらちが明かないので、我はミモザの手を握り、何食わぬ顔で下校を決め込むことにするのだった。

 ※ ※ ※

「えっ!? リコリスしゃんは魔王だったんれすか!?」
「ああ、そうだ」

 帰り道がてらミモザにリコリスの正体を明かしておく。正直なところ、伏せておいていいことはないだろうからな。こういうのは早めに打ち明けておくに限る。

「通りで潜在魔力が凄いと思いましら」

 確かリコリスは魔力を押さえ込んで隠しているんじゃなかったっけか。お前の母親ですら魔力を量れないとか言っていたはずなんだが。元々そっちの方の才能は優れていたが、また一段と磨かれてきているようだ。

「今日一日見ていて分かったと思うが、昔っからあんな調子なのだ。目を離すとどんなことをしでかすのか分かったものではない」
「みんなとっても大騒ぎれしたね」

 改めて思い返すだけで溜め息が止まらなくなる。

 できることなら追い返してやりたいところなのだが、そんなことができたら苦労はしない。全盛期だった頃の我でもどうにかできたか怪しいし。
 追い返すどころか返り討ちだ。誰もリコリスには実力では敵わない。

 かといって、ちょっと言葉で説得して帰ってもらったとしても、またすぐ何かの気まぐれで戻ってきそうな気もする。それくらいアイツの行動は本当に読めない。

 飽きっぽいのは昔から変わってないので飽きるのを待つのが得策といえよう。
 退屈だ退屈だと言っていたからてっきり今日一日だけで飽きてとっとと帰るのかと思っていたが、明日も普通に来る気満々っぽいのがどうも分からん。

「――なんにしても、だ。アイツの動向には気をつけるのだぞ、ミモザ」
「ふぁい」

 舌っ足らずな返事を聞き、我は少しだけピリっとした心が和んだ。


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 それだけ教員や職員連中が奮闘し、生徒どももカバーに回ったおかげなのだが。
 リコリス自身、力を抑えていると言っていたのもあながち間違いではないのかもしれないが、それでも今日だけで耳にした爆発音の回数を片手の指で数えられない。
 いつ学校そのものが破壊されてしまうのかヒヤヒヤものだった。
 今朝、リコリスが教室に入って挨拶したときはそれなりに歓迎のムードだったというのに、もう既に他クラスごとリコリスの存在が知れ渡ってしまった様子だ。
 ネルムフィラ魔導士学院始まって以来の厄災でしかない。
 これだけの大騒ぎの要因を学校に持ち込んだダリアはどのように申し開きするつもりなのか、気になって仕方ないところ。
「みんな、今日も一日お疲れ様。また明日も元気よくいこうね!」
 教卓の前でダリアがあからさまなくらい明るく振る舞う。
 いっそ空回りするほどの空元気であったことはクラスメイト一同察することができただろう。ダリアの奴め、多分、心の中では号泣しておるぞ。
 これで明日、一斉に登校拒否が巻き起こっても我はなんら不思議には思わない。何人くらい残るのやら。そんな予想も立ててしまうほど。
 何はともあれ下校の時刻となり、ダリアが教室から出ていったタイミングでクラスメイトたちも一斉に教室からガヤガヤと出ていった。心なしか、リコリスと関わらないようにそそくさと逃げるような素振りだった気がしないでもない。
「これで終わりなのね。随分とあっという間だったわ」
「退屈な一日だったろう? これが明日明後日もあるんだ。お前に続けられるか?」
「たまには頑張ってみるわ」
 コイツにしては珍しい発言だ。自堕落な生活を続けて数千年くらい引き籠もっていたというのに、毎日学校に通う気力があるというのか。それを何処まで信じていいのかは分からんが、あまり無理に引き留めるものでもないか。
「頑張るのは結構なことだが……あまり騒ぎを起こすんじゃない。今日だけでどれだけ校舎を破壊したと思っているんだ」
「もろい校舎の方が悪いわ。だって直ぐに壊れるんだもの。もろもろはぼろぼろよ」
「もろもろだというのなら我もそうだ。ぼろぼろになるだけじゃ済まんぞ」
「大丈夫。コントロールはしてるから」
 それは一体どういう意味だ。あえて我を被害の範囲内に入れないようにしつつ、破壊的な魔法を放っているということか。器用なイタズラもあったものだな、おい。
「フィーしゃん、一緒に帰りましょう」
「おお、ミモザ。今行くぞ」
 教室の出入り口で待つミモザに駆け寄ろうとして、ふと疑問を覚えた。
「そういえば、リコリスは何処へ帰るんだ? あの地下にある実家か?」
 先代魔王の居城が一応リコリスの家だ。距離的に言えばとんでもなく遠いが、リコリスのレベルの転移魔法を使えば秒と掛からないだろう。
「いちいちあんなところから行って帰るなんて面倒臭いわ。魔力も勿体ない」
「そりゃあそうか。じゃあ何処かに家でも建ててるのか?」
 リコリスほどの資産があればパエデロスに豪邸を建てるのも容易だろう。あの城には先代魔王が遺した財宝が丸ごとそのまま残っていただろうし。
「私のおうちは、ここよ」
 床を指さす。何を言っているんだ、コイツは。
「だりゃあ、とか言ったっけ、あの赤い女。あんまりあちこちに行くなっていうから、ここに住まわせてもらうことにしたわ」
「ダリア、な。つまり学生寮か。お前にはあまり快適じゃないと思うが……」
「いいのよ、別に。それくらい我慢できるから」
 妙な言い回しだ。リコリスらしいといえばその通りなんだが、本当に何を考えているのかが分からない。ダリアを含むこの学校の関係者からすれば目を離すわけにはいかないだろうから結果として窮屈な目にあうのは至極当然なのだろうけども。
「何にしても、うっかり破壊だけは気をつけるのだぞ。明日登校してきたら学校がなくなっていたとかシャレにならん」
「善処するわ」
 なんとも不安な言葉だ。コイツから目を離していいのか悩んでしまう。
 ミモザを待たせるわけにもいかんし、どうしたものかと決めあぐねていたらダリアと、学校の職員が数人ばかりゾロゾロと教室の前に現われた。
 今さっき出ていったばかりなのになんで戻ってきたんだ。
「さてと、リコリスちゃん。行きましょうか」
「ええ、頼むわ」
 そんな短いやり取りを終えると、すかさず職員がリコリスを囲う。
 まるでお姫様の護衛か。なんだこの待遇。
「どういうことだこれは」
「そりゃアンタ……目を離すわけにいかないからよ」
 ダリアにむしろ何を言っているんだとばかりに呆れた目で言われた。
 ああ、まさに監視するというわけか。
 考えるまでもなかった。なんといっても、リコリスは勇者暗殺に関わっているし、強大な魔力を持ち合わせている超絶危険因子。その割には今日一日、結構やりたい放題を許しすぎだったんじゃないかという疑問も沸いてくるが。
「そういうことだから、さっちゃん。また明日、会いましょ」
「あ、ああ。また明日な」
 あの無気力な瞳。アイツ自身は自分の待遇や処遇をどのくらい理解しているんだ。完全にお忍びの王女みたいな振る舞いだぞ。
 呆然とする我を置き去りにするかのように、職員たちに連行されるがまま、リコリスは廊下の奥へと消えていった。
 あの人数でもリコリスの奇行を止められるのかどうか、微妙に気になって仕方のないところだが、受け入れると決断したダリアが全部の責任を負うのだろう。
 ネルムフィラ魔導士学院が崩壊しても、もう我の知ったことではない。
 いや、学校がなくなるのは困るが。
「……行くぞ、ミモザ」
「はいっ」
 これ以上は考えてもらちが明かないので、我はミモザの手を握り、何食わぬ顔で下校を決め込むことにするのだった。
 ※ ※ ※
「えっ!? リコリスしゃんは魔王だったんれすか!?」
「ああ、そうだ」
 帰り道がてらミモザにリコリスの正体を明かしておく。正直なところ、伏せておいていいことはないだろうからな。こういうのは早めに打ち明けておくに限る。
「通りで潜在魔力が凄いと思いましら」
 確かリコリスは魔力を押さえ込んで隠しているんじゃなかったっけか。お前の母親ですら魔力を量れないとか言っていたはずなんだが。元々そっちの方の才能は優れていたが、また一段と磨かれてきているようだ。
「今日一日見ていて分かったと思うが、昔っからあんな調子なのだ。目を離すとどんなことをしでかすのか分かったものではない」
「みんなとっても大騒ぎれしたね」
 改めて思い返すだけで溜め息が止まらなくなる。
 できることなら追い返してやりたいところなのだが、そんなことができたら苦労はしない。全盛期だった頃の我でもどうにかできたか怪しいし。
 追い返すどころか返り討ちだ。誰もリコリスには実力では敵わない。
 かといって、ちょっと言葉で説得して帰ってもらったとしても、またすぐ何かの気まぐれで戻ってきそうな気もする。それくらいアイツの行動は本当に読めない。
 飽きっぽいのは昔から変わってないので飽きるのを待つのが得策といえよう。
 退屈だ退屈だと言っていたからてっきり今日一日だけで飽きてとっとと帰るのかと思っていたが、明日も普通に来る気満々っぽいのがどうも分からん。
「――なんにしても、だ。アイツの動向には気をつけるのだぞ、ミモザ」
「ふぁい」
 舌っ足らずな返事を聞き、我は少しだけピリっとした心が和んだ。