第171話 無自覚デストロイヤー
ー/ー 爆破された教室は職員たちがワァーっと駆けつけてきて修復作業が開始された。あの分なら次の授業のときにはすっかり元通りになっていることだろう。
一応ネルムフィラ魔導士学院は「魔法の使えない者に魔法を習得させる」という建前上、魔法の失敗に関しては驚くほど寛容で、お咎めなしらしい。
ちなみに、ダリアの方は生徒の管理不届きでこちらはただでは済まされなさそうだ。授業も終わった後だというのに、災難なことだ。
はたして、当人がそれをどれくらい理解しているのかは分からんが。
「リクエストにお応えして魔法を放ってあげただけなのに、みんな何に驚いているのか分からないわ」
やはりというべきか、教室をぶっ放した張本人はこれこのように悪びれもしない。
どういう流れがあったらお試し感覚であんな魔法を使おうと思うんだ、一体。
「爆発魔法はダメだろう。教師以外は魔法から身を守る手段すら未熟なのだぞ」
「爆発魔法じゃないわ。熱と冷の融合魔法よ」
「結局爆発を生み出しているじゃないか。理屈で結果を誤魔化すな」
そこでリコリスはハッとしたように口元に手をやる。納得したらしい。
何千年も引き籠もっていたような奴だし、常識も欠落しすぎだ。
「我も教室の外にいたからよかったものを巻き込まれば下手したら死んでおったぞ」
「そうだったわ。気をつける」
欠落しているのは、はたして常識だけなのかも疑問だ。
「フィーしゃん、次の授業が始まりまふよ~」
「ああ、そうだったな。ほら、リコリス。次の授業に行くぞ」
「授業、思ってたより面白くないわ」
まだダリアの授業しか受けてないだろうに、飽きるの早すぎだ。
お前本当に何しに入学してきたんだよ。
※ ※ ※
「さあ、ヒヨッコども! 今日もビシバシしごいてやるから覚悟することだな!」
次の授業は何だったか、と思い出しかけた辺りで、我の冷や汗は止まらなくなっていた。座学ならまだしも、実技とは。
グラウンドのど真ん中で、太陽に照らされる小麦の如く金髪を持ち、空色の瞳をした長身の女が、腕を組み仁王立ちして生徒どもを眼光だけで威圧していた。
あれがミモザの母親だとか、聞かされても信じられんだろうな。未だにタチの悪いウソだと思われているかもしれん。
「なんだい、また見かけない子が増えたね。名前を覚えるのも面倒だ。まずはガツンとぶつかってこい!」
今日もプディカは血気盛んなご様子。エルフってもっとこう、静まりかえった森のようにお淑やかなイメージなんじゃなかろうか。生徒の多くがエルフの印象を間違えて覚えてしまわないか不安を覚えないでもない。
「お前さんらの力量を測ってやるから、挨拶がてらお得意の魔法を放ちな!」
「ふぅん……魔法使っていいんだ」
ゾクっとしたあまり、前に出たリコリスを引き留めるのが一歩遅れた。
リコリスが腕を突き出した直後、周囲の空気がガクンと凍てつくように冷たくなっていった。なんなら、地面の上には霜が走り、宙には小さな氷の結晶が浮いている。
無詠唱、かつ秒で、瞬きする猶予もなく、パキッ、という音が聞こえたときには、プディカの氷像がそこに忽然と出現していた。
凍らされた本人も、何が起きたのか理解できていなさそうだ。
「って、おい! 少しは手加減しないか!」
「ん? したよ?」
キョトンとした顔で返事する。リコリスが本気の本気で魔法を放ったらおそらくこのパエデロスの全域に氷河期が訪れていただろう。これでもかなり力を抑えていることは分かる。それでも、それを加味したとしても、やりすぎには変わりない。
「おい、貴様ら! ボサっと見てないで炎魔法でプディカを救出しろ! 急げ!」
我の言葉で我に返った生徒たちが慌てふためいて、地面ごとカチコチにされた教師に思い思いの炎をぶつける。まだ火力不足も否めないが、そのくらいで丁度良い。
「あ、溶かせばいいのね。じゃあ――」
「お前は何もせんでいい!」
リコリスに任せたら今度はプディカが丸焦げになってしまうのは目に見えている。下手したら死ぬぞ、それは。骨まで焦げるぞ。
生徒たちの決死の炎魔法の甲斐もあって、ある程度溶けてきた辺りでプディカは氷の中から這い出て自らの魔法で周囲の氷をサッと溶かして事無きことを得た。
「ぶえっしょい! くぅぅ、このワタシが氷漬けにされるとは。お前さん、なかなか見所があるじゃないか」
「嬉しいわ」
びしょ濡れのコートを羽織るプディカにちょいちょいと声を掛ける。
「……お前まさかコイツの正体を知らんのか? コイツはあの魔王だぞ」
「何っ!? ……話には聞いていたが、こんなちんちくりんに化けていたか。通りで潜在魔力が上手く量れないと思った」
勇者が暗殺されたときにパエデロスにいながら顔も知らなかったんかい。
そういえば、あのときプディカは元勇者の仲間たちにボコボコにされていたんだっけか。つまりしれっとリコリスとは初対面になるのか。何処かのタイミングで会っていそうなものなのだが。
「ったく、これじゃ教師としてのワタシの面目丸つぶれじゃないかい」
「今はお前の面目よりこの学校の平和の方がつぶされかねない状況だぞ」
「ちぃっ。ダリアの奴も厄介なもんを迎え入れちまったもんだね」
身体をブルブルと震え上がらせながらこの場にいないあの赤髪魔女に悪態をつく。
その震えは寒さなのか恐怖なのか、あるいはそのどちらもなのか。
日頃から教師という立場にかこつけて戦闘のせの字も分からぬ貴族の生徒たちを相手に威張り散らしていた報いだと思えば、いい気味だと言えるが。
「おかーさん……、大丈夫れすか……?」
「フン。ミモザに心配されるほどのことはない。ワタシの娘ならこれくらいの気概で掛かってきな!」
せっかく心配して寄ってきた実の娘の前ではこんな態度だ。全身を凍結されるような醜態を晒しておきながら面の皮の厚い母親よ。普通の人間なら瀕死の重体だぞ。
まあ、そこは元エルフの里の族長をやっていただけのことはある。
「さて、少し脱線したが、授業といこうじゃないかい」
といいながら自分の周りに炎魔法と風魔法を同時に発動させ、熱風を身にまとう。
ぐっしょりだったコートを一瞬で乾燥させ、身体の震えも止めた。
「新入生の力量は十分に見せてもらったから後はワタシ権限で見学を許してやろう」
仕切り直しのつもりっぽいが、あからさまにリコリスを危惧している様子がありありと察せる。今までこの授業で見学を許された生徒なんていなかった。
例え体調不良でも無理やり参加させておっただろうに。
「あら、見るだけなの? やっぱり授業って退屈だわ」
今日の午前中の授業だけでも十分すぎるくらいの大問題を引き起こしたとは思っていないらしい。お前の周囲は退屈だったどころの騒ぎじゃないんだぞ。
「退屈だと思うなら無理に学校に付き合う必要もない。これが毎日続くのだからな」
とりあえずダリアには悪いが学校の平穏のための提案をしてみる。
「何もしない毎日の方がずっと退屈だわ。退屈すぎてさっちゃんが死んでしまうくらいだもの。それならさっちゃんの傍にいる方が退屈しないわよ」
別に我は退屈すぎて死んだわけではないのだが。おそらく本人としては、自分が寝ている間に我が死んでしまったことを言いたいのだろうな。
「それに、これが毎日なら私は退屈じゃないわ」
フフフと不気味に笑うリコリスの表情からは、やはり何も汲み取れなかった。
本当にコイツは物事をちゃんと考えて行動しているのだろうか。
憂鬱さ加減に溜め息も出た。
一応ネルムフィラ魔導士学院は「魔法の使えない者に魔法を習得させる」という建前上、魔法の失敗に関しては驚くほど寛容で、お咎めなしらしい。
ちなみに、ダリアの方は生徒の管理不届きでこちらはただでは済まされなさそうだ。授業も終わった後だというのに、災難なことだ。
はたして、当人がそれをどれくらい理解しているのかは分からんが。
「リクエストにお応えして魔法を放ってあげただけなのに、みんな何に驚いているのか分からないわ」
やはりというべきか、教室をぶっ放した張本人はこれこのように悪びれもしない。
どういう流れがあったらお試し感覚であんな魔法を使おうと思うんだ、一体。
「爆発魔法はダメだろう。教師以外は魔法から身を守る手段すら未熟なのだぞ」
「爆発魔法じゃないわ。熱と冷の融合魔法よ」
「結局爆発を生み出しているじゃないか。理屈で結果を誤魔化すな」
そこでリコリスはハッとしたように口元に手をやる。納得したらしい。
何千年も引き籠もっていたような奴だし、常識も欠落しすぎだ。
「我も教室の外にいたからよかったものを巻き込まれば下手したら死んでおったぞ」
「そうだったわ。気をつける」
欠落しているのは、はたして常識だけなのかも疑問だ。
「フィーしゃん、次の授業が始まりまふよ~」
「ああ、そうだったな。ほら、リコリス。次の授業に行くぞ」
「授業、思ってたより面白くないわ」
まだダリアの授業しか受けてないだろうに、飽きるの早すぎだ。
お前本当に何しに入学してきたんだよ。
※ ※ ※
「さあ、ヒヨッコども! 今日もビシバシしごいてやるから覚悟することだな!」
次の授業は何だったか、と思い出しかけた辺りで、我の冷や汗は止まらなくなっていた。座学ならまだしも、実技とは。
グラウンドのど真ん中で、太陽に照らされる小麦の如く金髪を持ち、空色の瞳をした長身の女が、腕を組み仁王立ちして生徒どもを眼光だけで威圧していた。
あれがミモザの母親だとか、聞かされても信じられんだろうな。未だにタチの悪いウソだと思われているかもしれん。
「なんだい、また見かけない子が増えたね。名前を覚えるのも面倒だ。まずはガツンとぶつかってこい!」
今日もプディカは血気盛んなご様子。エルフってもっとこう、静まりかえった森のようにお淑やかなイメージなんじゃなかろうか。生徒の多くがエルフの印象を間違えて覚えてしまわないか不安を覚えないでもない。
「お前さんらの力量を測ってやるから、挨拶がてらお得意の魔法を放ちな!」
「ふぅん……魔法使っていいんだ」
ゾクっとしたあまり、前に出たリコリスを引き留めるのが一歩遅れた。
リコリスが腕を突き出した直後、周囲の空気がガクンと凍てつくように冷たくなっていった。なんなら、地面の上には霜が走り、宙には小さな氷の結晶が浮いている。
無詠唱、かつ秒で、瞬きする猶予もなく、パキッ、という音が聞こえたときには、プディカの氷像がそこに忽然と出現していた。
凍らされた本人も、何が起きたのか理解できていなさそうだ。
「って、おい! 少しは手加減しないか!」
「ん? したよ?」
キョトンとした顔で返事する。リコリスが本気の本気で魔法を放ったらおそらくこのパエデロスの全域に氷河期が訪れていただろう。これでもかなり力を抑えていることは分かる。それでも、それを加味したとしても、やりすぎには変わりない。
「おい、貴様ら! ボサっと見てないで炎魔法でプディカを救出しろ! 急げ!」
我の言葉で我に返った生徒たちが慌てふためいて、地面ごとカチコチにされた教師に思い思いの炎をぶつける。まだ火力不足も否めないが、そのくらいで丁度良い。
「あ、溶かせばいいのね。じゃあ――」
「お前は何もせんでいい!」
リコリスに任せたら今度はプディカが丸焦げになってしまうのは目に見えている。下手したら死ぬぞ、それは。骨まで焦げるぞ。
生徒たちの決死の炎魔法の甲斐もあって、ある程度溶けてきた辺りでプディカは氷の中から這い出て自らの魔法で周囲の氷をサッと溶かして事無きことを得た。
「ぶえっしょい! くぅぅ、このワタシが氷漬けにされるとは。お前さん、なかなか見所があるじゃないか」
「嬉しいわ」
びしょ濡れのコートを羽織るプディカにちょいちょいと声を掛ける。
「……お前まさかコイツの正体を知らんのか? コイツはあの魔王だぞ」
「何っ!? ……話には聞いていたが、こんなちんちくりんに化けていたか。通りで潜在魔力が上手く量れないと思った」
勇者が暗殺されたときにパエデロスにいながら顔も知らなかったんかい。
そういえば、あのときプディカは元勇者の仲間たちにボコボコにされていたんだっけか。つまりしれっとリコリスとは初対面になるのか。何処かのタイミングで会っていそうなものなのだが。
「ったく、これじゃ教師としてのワタシの面目丸つぶれじゃないかい」
「今はお前の面目よりこの学校の平和の方がつぶされかねない状況だぞ」
「ちぃっ。ダリアの奴も厄介なもんを迎え入れちまったもんだね」
身体をブルブルと震え上がらせながらこの場にいないあの赤髪魔女に悪態をつく。
その震えは寒さなのか恐怖なのか、あるいはそのどちらもなのか。
日頃から教師という立場にかこつけて戦闘のせの字も分からぬ貴族の生徒たちを相手に威張り散らしていた報いだと思えば、いい気味だと言えるが。
「おかーさん……、大丈夫れすか……?」
「フン。ミモザに心配されるほどのことはない。ワタシの娘ならこれくらいの気概で掛かってきな!」
せっかく心配して寄ってきた実の娘の前ではこんな態度だ。全身を凍結されるような醜態を晒しておきながら面の皮の厚い母親よ。普通の人間なら瀕死の重体だぞ。
まあ、そこは元エルフの里の族長をやっていただけのことはある。
「さて、少し脱線したが、授業といこうじゃないかい」
といいながら自分の周りに炎魔法と風魔法を同時に発動させ、熱風を身にまとう。
ぐっしょりだったコートを一瞬で乾燥させ、身体の震えも止めた。
「新入生の力量は十分に見せてもらったから後はワタシ権限で見学を許してやろう」
仕切り直しのつもりっぽいが、あからさまにリコリスを危惧している様子がありありと察せる。今までこの授業で見学を許された生徒なんていなかった。
例え体調不良でも無理やり参加させておっただろうに。
「あら、見るだけなの? やっぱり授業って退屈だわ」
今日の午前中の授業だけでも十分すぎるくらいの大問題を引き起こしたとは思っていないらしい。お前の周囲は退屈だったどころの騒ぎじゃないんだぞ。
「退屈だと思うなら無理に学校に付き合う必要もない。これが毎日続くのだからな」
とりあえずダリアには悪いが学校の平穏のための提案をしてみる。
「何もしない毎日の方がずっと退屈だわ。退屈すぎてさっちゃんが死んでしまうくらいだもの。それならさっちゃんの傍にいる方が退屈しないわよ」
別に我は退屈すぎて死んだわけではないのだが。おそらく本人としては、自分が寝ている間に我が死んでしまったことを言いたいのだろうな。
「それに、これが毎日なら私は退屈じゃないわ」
フフフと不気味に笑うリコリスの表情からは、やはり何も汲み取れなかった。
本当にコイツは物事をちゃんと考えて行動しているのだろうか。
憂鬱さ加減に溜め息も出た。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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