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第170話 こうして平和が乱されていく

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 そこはかとなく季節相応の冷ややかな風が身を引き締めさせてくれる、そんな最中、我は心臓が凍てつきそうな心地でいた。
 なんなら思考までカチコチに固まってしまいそうな勢いだ。

「おい、フィー! アレは一体どういうことなんだよ!」

 小うるさいガキ……、もとい金持ち系男子のパエニアがひっきりなしにせっついてくる。どうしてこんなに血相を変えているのか、理由はよく分かる。何故なら我も血の気が引いているからだ。

 ごらんいただきたい。我の、我らの眼前には、あろうことか、この異種族混合の平和大国パエデロスのリーダーを暗殺した(ということにされている)世界の脅威、魔王(本物)だったはずの女だ。

 まるで幼い子供のような容姿をしているが誰が誤魔化され、誰が騙されようか。

 月の如き麗しい白髪と、炎の如き朱き瞳の少女。リコリス・ルキフェルナとは彼女のことだ。というか、今、本人もそう名乗ったし。

 もう少し大混乱が起きてもおかしくはなかったが、幸いと言うべきか何なのか、その姿の彼女を知る者は圧倒的に少数派だったようで、教室内で青ざめているのは我とパエニアくらいらしい。

「お前が倒したはずじゃないのかよ!」

 この国に住む者たちはそのように認識している。だが、それは事実と異なる。

「この我がガチの魔王を倒せるわけなかろうが! あれはただの演技! それっぽく追い払っただけだ!」

 と言いたかったのが本音だが、流石にそんな情けない言葉を吐露するわけにもいかず――。

「……やはり今の我には力が及ばなかったか」

 と誤魔化すことにした。

「何カッコつけてんだよ、どうすんだアイツ」

 そんなことを言われても、アイツの目的がよく分からない。
 突然魔王になるとか言い出したり、やっぱやめるとか言ってのけたり、てっきりあのまま地下の奥底に帰って百年くらい眠りに就くものかと思っていたのだが。

「さっちゃん」
「うおっ!?」

 気がついたらリコリスが目の前にまで近付いていた。相変わらず感情の読みづらい気怠そうな顔をしている。
 今この瞬間にもどんなことを考えているかなんて皆目見当もつかない。

「り、リコリス……お前一体何の目的で現われた? まさか世界征服を目論んでいるとかじゃないだろうな」
「そのまさかはこっちがまさかだよ」

 フフフと力なく笑ってみせる。どうやら違うらしい。そんな野心があるような奴だとは元々思っていないしな。

「今のさっちゃん弱すぎて目を離したら直ぐ死んじゃうから、様子を見にきたのよ」

 何を失礼な、と言いたいが、間違いではない。実際に勇者に一回殺されているし、そこから弱体化しまくった挙げ句、呪いまで上乗せされて人間並みだしな。
 だからこそこの学校で魔法を一から身につけようとしているのだが。

「だからといってわざわざお前まで学校に入ってくることはないだろうが」
「あら。あらあら。私はさっちゃんとお揃いの方が嬉しいわ」

 口元に手をあて、おほほと笑う。
 本当に何を言っているのかワケ分からん。

「大体どうやって入学にまでこぎつけたんだ」
「そんなに難しくはなかったわ。とても面倒くさかったけど」

 どっちなんだよ、それは。しかも答えではないし。

「ほら、そこ! 仲良くするのはいいけど、授業始めるわよ!」

 そんなこんなごちゃごちゃ言っていたらダリアから叱りの声が飛んでくる。
 いや、お前もお前でどういうつもりでコイツの入学を許したんだよ。

 言いたいこと聞きたいことは山ほどあったが、これ以上は学業に支障が出ると判断し、一先ずこの場では保留ということにしておくことにした。

 ※ ※ ※

「おい、ダリア。貴様、何のつもりだ」
「何よ、藪から棒に」

 授業を終えて直後、教室を出ていったダリアを追いかけ、捕まえた。
 捕まえたといっても、ダリアの方が身長も高いので、背中を引っ張るくらいしかできなかったけれども。

「まさかとは思うが、お前が連れてきた新入生の正体を知らないとは言わせないぞ」
「リコリス・ルキフェルナ。アンタと違って本物の魔王……だった子でしょ?」

 周囲に聞こえないよう名前の後だけは囁くように言う。

「そこまで知ってて入学を許すなんて、どうかしてると思うのだがな。アイツは勇者暗殺の首謀者なんだぞ」
「はぁー……、違うわ。あの子は首謀者じゃない。確かに新生魔王軍を結成させようとしたのは事実だけどね。旧魔王軍やロータスに怨みを持った組織に言いくるめられて協力してただけよ」

 知った風に言うではないか。まあ、確かに我もそうだろうとは思っているが。

「あの子の力は前のアンタ並みに強大よ。なのに、あの子ときたらそれを自覚していないの。少しもよ。また誰かに悪用されたりしたら、ロータスみたいな惨事を何度もでも引き起こされるじゃない」
「い、言ってることは分からないでもないが……お前はそれで納得しているのか? 間接的であっても、アイツはロータスを――」
「納得してる、って言ったらウソになるけど……なんというか……私もロータスの考え方が根付いているのかもね。平和な世界。アイツの理想を壊したくないの」

 ダリアの声と拳が震えているのは、よく見えた。
 かなりの感情を抑え込んでいる様子が窺える。

「本当はね、あの子、リコちゃんはアンタに会いたいって学校に来たんだけどね。正直、私は自分の命を賭しても殺そうとも考えてたわ」
「そらまたぶっちゃけたな」
「でもね、できなかったわ。単純に向こうの方が強かったというのもあるけど、何より、あの子自身は無垢だったから」

 無垢――と言えるのか? 単にアイツは何も考えてないだけだとは思うが。

「だから、私が入学を提案したのよ。ここの学校にいる限りは、悪い虫もつかないように見張ることもできるしね」
「思い切りすぎだろ、その発想……」

 言っていることは分からないでもない。リコリスの力を利用すれば大概のことはできる。だが、そんなことを考える輩なんてそうはいなかった。
 平気で何百年は眠り続けるような自堕落女だし、会話も成り立たないし。

 辛うじて存在を知っている奴がいたとしても、アレは腐っても先代魔王の実の娘。生半可な者では会いに行こうとする気にもならんだろう。

 おそらく諸悪の根源はセバスチャンだろう。先代魔王の頃からの従者だし、娘のこともよく知っていたはず。あのガイコツ野郎が元勇者の仲間の面々とリコリスを引き合わせたとしか考えられん。

 どうやってリコリスを説得させたのか知らんが、余計なことをしでかしたものだ。

「ダリア。経緯は分かったが、大丈夫なのか? アイツを監視するということがどういうことなのかちゃんと分かっているんだろうな?」
「大丈夫よ。膨大な魔力は抑えてもらっているし、あの子はアンタと違って素直で良い子だから早々問題なんて――」

 刹那、爆発音が響いた。
 それも、たった今まで我がいた教室の中からだ。

 振り返ってみると、教室の窓はパリンパリンに割れ、生徒たちの悲鳴が続いた。

「しぇ……しぇんしぇえ……、リコリスしゃんが……魔法の練習をしたら爆発が……けほっ、けほっ」
「ミモザ!? お、おい! ミモザしっかりしろ!」

 モクモクと立ち上る黒煙とともに、這い出してきたミモザを見て、我の血の気が引いた。多分、さざ波くらいの音を立てて引いた。
 すぐ横に立っていたダリアも自分の下した決断を後悔しているに違いない。

 あのじゃじゃ馬娘を制御できると思うか?
 倒れるミモザを抱き起こしつつ、そんな視線をダリアに向ける。

 冷や汗つきの苦笑いで返された。


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 そこはかとなく季節相応の冷ややかな風が身を引き締めさせてくれる、そんな最中、我は心臓が凍てつきそうな心地でいた。
 なんなら思考までカチコチに固まってしまいそうな勢いだ。
「おい、フィー! アレは一体どういうことなんだよ!」
 小うるさいガキ……、もとい金持ち系男子のパエニアがひっきりなしにせっついてくる。どうしてこんなに血相を変えているのか、理由はよく分かる。何故なら我も血の気が引いているからだ。
 ごらんいただきたい。我の、我らの眼前には、あろうことか、この異種族混合の平和大国パエデロスのリーダーを暗殺した(ということにされている)世界の脅威、魔王(本物)だったはずの女だ。
 まるで幼い子供のような容姿をしているが誰が誤魔化され、誰が騙されようか。
 月の如き麗しい白髪と、炎の如き朱き瞳の少女。リコリス・ルキフェルナとは彼女のことだ。というか、今、本人もそう名乗ったし。
 もう少し大混乱が起きてもおかしくはなかったが、幸いと言うべきか何なのか、その姿の彼女を知る者は圧倒的に少数派だったようで、教室内で青ざめているのは我とパエニアくらいらしい。
「お前が倒したはずじゃないのかよ!」
 この国に住む者たちはそのように認識している。だが、それは事実と異なる。
「この我がガチの魔王を倒せるわけなかろうが! あれはただの演技! それっぽく追い払っただけだ!」
 と言いたかったのが本音だが、流石にそんな情けない言葉を吐露するわけにもいかず――。
「……やはり今の我には力が及ばなかったか」
 と誤魔化すことにした。
「何カッコつけてんだよ、どうすんだアイツ」
 そんなことを言われても、アイツの目的がよく分からない。
 突然魔王になるとか言い出したり、やっぱやめるとか言ってのけたり、てっきりあのまま地下の奥底に帰って百年くらい眠りに就くものかと思っていたのだが。
「さっちゃん」
「うおっ!?」
 気がついたらリコリスが目の前にまで近付いていた。相変わらず感情の読みづらい気怠そうな顔をしている。
 今この瞬間にもどんなことを考えているかなんて皆目見当もつかない。
「り、リコリス……お前一体何の目的で現われた? まさか世界征服を目論んでいるとかじゃないだろうな」
「そのまさかはこっちがまさかだよ」
 フフフと力なく笑ってみせる。どうやら違うらしい。そんな野心があるような奴だとは元々思っていないしな。
「今のさっちゃん弱すぎて目を離したら直ぐ死んじゃうから、様子を見にきたのよ」
 何を失礼な、と言いたいが、間違いではない。実際に勇者に一回殺されているし、そこから弱体化しまくった挙げ句、呪いまで上乗せされて人間並みだしな。
 だからこそこの学校で魔法を一から身につけようとしているのだが。
「だからといってわざわざお前まで学校に入ってくることはないだろうが」
「あら。あらあら。私はさっちゃんとお揃いの方が嬉しいわ」
 口元に手をあて、おほほと笑う。
 本当に何を言っているのかワケ分からん。
「大体どうやって入学にまでこぎつけたんだ」
「そんなに難しくはなかったわ。とても面倒くさかったけど」
 どっちなんだよ、それは。しかも答えではないし。
「ほら、そこ! 仲良くするのはいいけど、授業始めるわよ!」
 そんなこんなごちゃごちゃ言っていたらダリアから叱りの声が飛んでくる。
 いや、お前もお前でどういうつもりでコイツの入学を許したんだよ。
 言いたいこと聞きたいことは山ほどあったが、これ以上は学業に支障が出ると判断し、一先ずこの場では保留ということにしておくことにした。
 ※ ※ ※
「おい、ダリア。貴様、何のつもりだ」
「何よ、藪から棒に」
 授業を終えて直後、教室を出ていったダリアを追いかけ、捕まえた。
 捕まえたといっても、ダリアの方が身長も高いので、背中を引っ張るくらいしかできなかったけれども。
「まさかとは思うが、お前が連れてきた新入生の正体を知らないとは言わせないぞ」
「リコリス・ルキフェルナ。アンタと違って本物の魔王……だった子でしょ?」
 周囲に聞こえないよう名前の後だけは囁くように言う。
「そこまで知ってて入学を許すなんて、どうかしてると思うのだがな。アイツは勇者暗殺の首謀者なんだぞ」
「はぁー……、違うわ。あの子は首謀者じゃない。確かに新生魔王軍を結成させようとしたのは事実だけどね。旧魔王軍やロータスに怨みを持った組織に言いくるめられて協力してただけよ」
 知った風に言うではないか。まあ、確かに我もそうだろうとは思っているが。
「あの子の力は前のアンタ並みに強大よ。なのに、あの子ときたらそれを自覚していないの。少しもよ。また誰かに悪用されたりしたら、ロータスみたいな惨事を何度もでも引き起こされるじゃない」
「い、言ってることは分からないでもないが……お前はそれで納得しているのか? 間接的であっても、アイツはロータスを――」
「納得してる、って言ったらウソになるけど……なんというか……私もロータスの考え方が根付いているのかもね。平和な世界。アイツの理想を壊したくないの」
 ダリアの声と拳が震えているのは、よく見えた。
 かなりの感情を抑え込んでいる様子が窺える。
「本当はね、あの子、リコちゃんはアンタに会いたいって学校に来たんだけどね。正直、私は自分の命を賭しても殺そうとも考えてたわ」
「そらまたぶっちゃけたな」
「でもね、できなかったわ。単純に向こうの方が強かったというのもあるけど、何より、あの子自身は無垢だったから」
 無垢――と言えるのか? 単にアイツは何も考えてないだけだとは思うが。
「だから、私が入学を提案したのよ。ここの学校にいる限りは、悪い虫もつかないように見張ることもできるしね」
「思い切りすぎだろ、その発想……」
 言っていることは分からないでもない。リコリスの力を利用すれば大概のことはできる。だが、そんなことを考える輩なんてそうはいなかった。
 平気で何百年は眠り続けるような自堕落女だし、会話も成り立たないし。
 辛うじて存在を知っている奴がいたとしても、アレは腐っても先代魔王の実の娘。生半可な者では会いに行こうとする気にもならんだろう。
 おそらく諸悪の根源はセバスチャンだろう。先代魔王の頃からの従者だし、娘のこともよく知っていたはず。あのガイコツ野郎が元勇者の仲間の面々とリコリスを引き合わせたとしか考えられん。
 どうやってリコリスを説得させたのか知らんが、余計なことをしでかしたものだ。
「ダリア。経緯は分かったが、大丈夫なのか? アイツを監視するということがどういうことなのかちゃんと分かっているんだろうな?」
「大丈夫よ。膨大な魔力は抑えてもらっているし、あの子はアンタと違って素直で良い子だから早々問題なんて――」
 刹那、爆発音が響いた。
 それも、たった今まで我がいた教室の中からだ。
 振り返ってみると、教室の窓はパリンパリンに割れ、生徒たちの悲鳴が続いた。
「しぇ……しぇんしぇえ……、リコリスしゃんが……魔法の練習をしたら爆発が……けほっ、けほっ」
「ミモザ!? お、おい! ミモザしっかりしろ!」
 モクモクと立ち上る黒煙とともに、這い出してきたミモザを見て、我の血の気が引いた。多分、さざ波くらいの音を立てて引いた。
 すぐ横に立っていたダリアも自分の下した決断を後悔しているに違いない。
 あのじゃじゃ馬娘を制御できると思うか?
 倒れるミモザを抱き起こしつつ、そんな視線をダリアに向ける。
 冷や汗つきの苦笑いで返された。