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第169話 魔王の壊した世界、勇者の遺した世界

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「ほえええええええええええぇぇぇぇぇええええぇぇっっ!!!!」
 ガマガエルでももっとマシだったであろう断末魔のようなソレを挙げたのは、我の魔法をぶつけられて吹っ飛んでいるリコリスだった。

 もう少しまともに演技をしてくれないものだろうか。協力してくれているだけでも十分な話ではあるのだが、この茶番が不審に思われないか内心、ビクビクしている。

 一体、今、何が行われているのかというと、パエデロスの中心ともいえる教会広場の上空にて、巨大化した――――というか元々の姿に戻った魔王リコリスによる迫真の演技を披露してもらっている最中だ。

 その筋書きはこうだ。

 勇者の暗殺を計画した魔王は、続いてパエデロスを乗っ取るべく民衆に宣言。
 目一杯驚かして、脅かしたところですかさず勇者の仲間たちが集結。
 新生魔王のリコリスは撃退されて、平和が取り戻される。そんな流れだ。

 少しの誤算があるとするならば、リコリスは演技でも他の奴にやられたフリをするのはイヤだと駄々をこね始めたことだろうか。
 仕方なく、我は魔王を撃退する役を演じるハメになってしまった。

「ああ、もう、だめ。なんて、なんて強い力。負けてしまうぅぅぅぅー!!!!」

 今さら演技指導する気も起きない。
 目眩まし代わりに駄目押しの一手。魔法の追撃を加え、リコリスの身体が光り出し、爆発四散――――したかのように見せかけて何処かへと転移した。

 教会広場から上空を見ていた民衆たちは、唖然としていた。
 それはどちらの意味でなのかによってこれからのパエデロスの未来が左右する。
 少しの間を置いて、歓声があがったのを確認し、一先ず成功を確信した。

 この場所は、勇者ロータスが建国宣言をするために、広い舞台のようになっていたことが幸いして、この茶番劇を決行するに至った。
 三階ほどの高さのテラスから上空を飛ぶ巨大な魔王リコリスに魔法をぶつける様はさぞかし見応えがあったことだろう。

 一体何のためにこんな茶番劇を執り行ったのかは説明するまでもない。
 勇者ロータスを暗殺した悪役を明確にし、その退場を大衆に目撃させるためだ。

 これで混乱が全て収まるとは思えないが、少なくとも水面下でレッドアイズ国がロータスの暗殺を企てていたという最悪のシナリオを上書きできただろう。

 魔王という存在が、全ての元凶だった。そしてその魔王も、パエデロスの令嬢が力を振り絞って撃退した。これで平和が取り戻されたのだ、と。

 勇者ロータスを失い、悲しみ、怒り、憎しみに満ちていたパエデロスの民衆たちは、この場で何もかもを納得することは難しいだろう。これからまた長い時間を掛けてその傷が癒えるのを待つしかない。

『さっちゃん……、最後のちょっと痛かった。お鼻少しすりむいたかも。かゆいわ。もっと手加減してほしかったわ』

 頭の中にリコリスの声が聞こえてくる。転移先から念話してきているようだ。
 そりゃあ、できる限り思いっきり撃ったからな。
 それでも、掠り傷の一つ程度で済まされているのが癪に障るが。

 はっきり言って、我もあのロータスが死んだことを納得などしていないし、これでリコリスを全て許そうと思えなくて今も胸の中がズキズキと痛くて仕方なかった。

 リコリスは我の復活のための方法を考えた結果、人間を利用することを思い付いた。その結果、最も負の感情を得られるものが勇者の暗殺だった。

 あくまでリコリスは手を貸しただけに過ぎず、計画を立てたのも実行したのもロータスに恨みを抱いていた人間なのだ。

 無論、元々我はロータスを殺すためにこの地を訪れた。ロータスに強い恨みを抱いていた。それを汲んだリコリスの行動を咎めるのも収まりが悪い。

 命を奪うという、取り返しのつかないことをしてしまったことにはかわりないのだから。

 一応、死者の蘇生に近いことが不可能というわけではない。リコリスの力を持ってすれば不死者(アンデッド)として蘇らせることもできなくはなかった。だが、そんな命の冒涜を許すような輩は我を含め、勇者の仲間にはいなかったようだ。

 仮に、無理やりにでもそんなことを強行したらロータスに怒られるを通り越して、今度こそ我も二度目の死を向かえることになるだろうな。

 どうか世界の最果てから、世界樹(ユグドラシル)の枝葉となって見守っててくれ。

「フィー様! フィー様、バンザイ!」
「ロータス様の仇を討たれたっ!」
「救世主フィー様! 真なる勇者フィー様ぁ!」

 あ、まずい。こうなるのは予想はしていたけれど、民衆たちがどんどん加速度的に盛り上がっていっている。魔王に悪役を押しつける作戦は大成功。これで何とかパエデロスでの安寧は保たれることだろう。ただ、これからが大変だ。

 これまでロータスが成してきた大きな功績は、魔王によって破壊されてしまった。
 それをまた立て直していかなければならないのだ。これは骨が折れる。

 世界各国の王族や貴族の前で、我が英雄となる瞬間も見せつけてしまったので、その帳尻合わせも一筋縄ではいかなそうだ。

 だが、成せばなるまい。あの勇者の遺してきたものを継ぐために。
 嗚呼、さっきの茶番よりもずっと笑えるではないか。

 勇者に殺されて、勇者どもに復讐したかっただけなのに、我はこのパエデロスを訪れて、勇者どもと手を取り合うようになり、今は勇者の遺志を継いでいる。
 偽の魔王を倒した、そんな三文芝居の悪役を被ったただの令嬢として。

 眼下の民衆から拍手喝采を浴びる我は、今の自分が一体何に成ろうとしているのか、これから待ち構えているであろう前途多難の道に少しばかり憂鬱を覚えていた。

 ※ ※ ※

 ※ ※

 ※

 パエデロスの空は、冷たく澄みきっていた。まるで誰かの心境をそのまま反映したかのように。街の中は打って変わって、以前までと変わりない賑わいを取り戻し、活気に溢れている。

 数日に及ぶ勇者にして初代国王になりかけた男の葬式の後、誰も被ることのなかった冠は、今も教会の奥に置かれた玉座の上にひっそりと存在を主張している。

 最近では、あの王なき冠を一目見たくて遠方からこの教会を訪れるものは多く、参拝客で今日も教会は長蛇の列だ。あんな冠を毎日拝んで何が楽しいのやら。

 パエデロスの新たな王の候補はまだ現れていない。一時は我に女王になれという声もうるさかったが、どうにか振り切った。現状、実質的な管理はダリアやマルペルたち、勇者の仲間たちが担っている。

 あまりロータスがいたときと代わり映えしないような気がしないでもない。大きな会議に招かれた場合はバレイに頑張ってもらっている。あの我の芋農家で世話になっていた農業組合会長の男だ。

 聞くところによれば、農業組合だけに留まらず、貿易や外交などにも手を伸ばしているらしく、バレイの他に適任はいなかったとも言える。さすがにパエデロスの王になることは辞退したが。

 そんなこんなで、勇者の遺した平和の国パエデロスは今日ものほほんと変わらぬ平穏を保っていた。ほんの少し前までは毎日が嵐のようだったが、ようやく落ち着いてきたのを実感する。

 やはり、この国にロータスがいないことがただただ違和感しかなく、身体の一部がもぎ取られたかのような喪失感に苛まれるばかりだが、これも慣れるだろうか。

 ちなみに、我は今もネルムフィラ魔導士学院に通学していた。まだまだ学ぶことも多いからな。最近この学院では、やはり魔王の話題が尽きない。新たな歴史が刻まれたのだから仕方あるまい。

 そんな横で、我は悪役令嬢として忍び込んでいるのだった。

「フィーしゃん、どうしましら? さっきから窓の外眺めて、うらのそわでふけど」

 上の空といいたいのだろう。この愛くるしい小動物のような幼女エルフで眼福しつつ、アンニュイな気持ちを抑える。

「なんでもないぞ、ミモザ。最近は色々と忙しかったからな。まだ疲れがたまっておるのかもしれん」
「そうでふか。フィーしゃん、ここのとこずっとお店の方にも顔出してなかったから心配してたんれすよ」
「心配には及ばん。我はこの通り、元気だからな! それより、ミモザの方も根を詰めすぎるでないぞ。ノイデスの奴に聞いたが、また徹夜ばかりというではないか。もう学校も再開したのだからほどほどにだな」

 そんなたわいもない会話を交わしつつ、平和を満喫していく。

「おい、フィー。また隣のクラスからお前と握手したいって奴が来てるぞ」
「何? またか……何度目だ。さすがに多すぎではないか?」
「お前が魔王を倒したって噂は世界中に広まってるからな。わざわざフィーに会いに遠方の国から編入してくる奴までいんだから仕方ねえだろ」

 小生意気な呆れ顔でパエニアがフンと鼻を鳴らす。
 やれやれ……偽魔王を倒した令嬢という肩書きも厄介なものだ。

「そういえばパエニアくん、最近フィーしゃんのこと、名前で呼ぶんでしゅね。前だったら芋とかって呼んでたのに」
「べ、別にいいじゃねえかよそんなの!」

 言われてみれば、なんか普通にずっと名前で呼ばれているような気がする。さすがに変な呼び名にも飽きたんだろうか。どうでもいいが。

「は~い、みんな~、席について~」

 そうこうしていると、教室にすっかり先生が板についたダリアが現われる。その一声でクラスメイトたちは一斉に自分の席へと駆け込んでいく。

 平和だ。なんと平和なのだろう。こんなにも尊い平和を満喫しなければバチがあたってしまうのではないだろうか。そんな気分にもさせてくれる。

「今日はね、みんなに新しいお友達を紹介しま~す」

 なんだ、また誰か編入してきたのか。最近、本当に多くなったものだ。

「それじゃ、入ってきて」

 ダリアが笑顔でそう促すと、教室内に一人の少女がゆったりと現われる。
 それは月の如き麗しい乳白色の髪と、炎の如き朱い瞳をした少女。
 我は思わず目を疑った。

「私の名前は、リコリス・ルキフェルナよ。みんなよろしくね」

 無機質な笑みを浮かべ、確かにそう自己紹介した。

 ひょっとして、我の平和は遠ざかったのかもしれない。
 不意に、そんな確信を抱いた。


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「ほえええええええええええぇぇぇぇぇええええぇぇっっ!!!!」
 ガマガエルでももっとマシだったであろう断末魔のようなソレを挙げたのは、我の魔法をぶつけられて吹っ飛んでいるリコリスだった。
 もう少しまともに演技をしてくれないものだろうか。協力してくれているだけでも十分な話ではあるのだが、この茶番が不審に思われないか内心、ビクビクしている。
 一体、今、何が行われているのかというと、パエデロスの中心ともいえる教会広場の上空にて、巨大化した――――というか元々の姿に戻った魔王リコリスによる迫真の演技を披露してもらっている最中だ。
 その筋書きはこうだ。
 勇者の暗殺を計画した魔王は、続いてパエデロスを乗っ取るべく民衆に宣言。
 目一杯驚かして、脅かしたところですかさず勇者の仲間たちが集結。
 新生魔王のリコリスは撃退されて、平和が取り戻される。そんな流れだ。
 少しの誤算があるとするならば、リコリスは演技でも他の奴にやられたフリをするのはイヤだと駄々をこね始めたことだろうか。
 仕方なく、我は魔王を撃退する役を演じるハメになってしまった。
「ああ、もう、だめ。なんて、なんて強い力。負けてしまうぅぅぅぅー!!!!」
 今さら演技指導する気も起きない。
 目眩まし代わりに駄目押しの一手。魔法の追撃を加え、リコリスの身体が光り出し、爆発四散――――したかのように見せかけて何処かへと転移した。
 教会広場から上空を見ていた民衆たちは、唖然としていた。
 それはどちらの意味でなのかによってこれからのパエデロスの未来が左右する。
 少しの間を置いて、歓声があがったのを確認し、一先ず成功を確信した。
 この場所は、勇者ロータスが建国宣言をするために、広い舞台のようになっていたことが幸いして、この茶番劇を決行するに至った。
 三階ほどの高さのテラスから上空を飛ぶ巨大な魔王リコリスに魔法をぶつける様はさぞかし見応えがあったことだろう。
 一体何のためにこんな茶番劇を執り行ったのかは説明するまでもない。
 勇者ロータスを暗殺した悪役を明確にし、その退場を大衆に目撃させるためだ。
 これで混乱が全て収まるとは思えないが、少なくとも水面下でレッドアイズ国がロータスの暗殺を企てていたという最悪のシナリオを上書きできただろう。
 魔王という存在が、全ての元凶だった。そしてその魔王も、パエデロスの令嬢が力を振り絞って撃退した。これで平和が取り戻されたのだ、と。
 勇者ロータスを失い、悲しみ、怒り、憎しみに満ちていたパエデロスの民衆たちは、この場で何もかもを納得することは難しいだろう。これからまた長い時間を掛けてその傷が癒えるのを待つしかない。
『さっちゃん……、最後のちょっと痛かった。お鼻少しすりむいたかも。かゆいわ。もっと手加減してほしかったわ』
 頭の中にリコリスの声が聞こえてくる。転移先から念話してきているようだ。
 そりゃあ、できる限り思いっきり撃ったからな。
 それでも、掠り傷の一つ程度で済まされているのが癪に障るが。
 はっきり言って、我もあのロータスが死んだことを納得などしていないし、これでリコリスを全て許そうと思えなくて今も胸の中がズキズキと痛くて仕方なかった。
 リコリスは我の復活のための方法を考えた結果、人間を利用することを思い付いた。その結果、最も負の感情を得られるものが勇者の暗殺だった。
 あくまでリコリスは手を貸しただけに過ぎず、計画を立てたのも実行したのもロータスに恨みを抱いていた人間なのだ。
 無論、元々我はロータスを殺すためにこの地を訪れた。ロータスに強い恨みを抱いていた。それを汲んだリコリスの行動を咎めるのも収まりが悪い。
 命を奪うという、取り返しのつかないことをしてしまったことにはかわりないのだから。
 一応、死者の蘇生に近いことが不可能というわけではない。リコリスの力を持ってすれば不死者《アンデッド》として蘇らせることもできなくはなかった。だが、そんな命の冒涜を許すような輩は我を含め、勇者の仲間にはいなかったようだ。
 仮に、無理やりにでもそんなことを強行したらロータスに怒られるを通り越して、今度こそ我も二度目の死を向かえることになるだろうな。
 どうか世界の最果てから、世界樹《ユグドラシル》の枝葉となって見守っててくれ。
「フィー様! フィー様、バンザイ!」
「ロータス様の仇を討たれたっ!」
「救世主フィー様! 真なる勇者フィー様ぁ!」
 あ、まずい。こうなるのは予想はしていたけれど、民衆たちがどんどん加速度的に盛り上がっていっている。魔王に悪役を押しつける作戦は大成功。これで何とかパエデロスでの安寧は保たれることだろう。ただ、これからが大変だ。
 これまでロータスが成してきた大きな功績は、魔王によって破壊されてしまった。
 それをまた立て直していかなければならないのだ。これは骨が折れる。
 世界各国の王族や貴族の前で、我が英雄となる瞬間も見せつけてしまったので、その帳尻合わせも一筋縄ではいかなそうだ。
 だが、成せばなるまい。あの勇者の遺してきたものを継ぐために。
 嗚呼、さっきの茶番よりもずっと笑えるではないか。
 勇者に殺されて、勇者どもに復讐したかっただけなのに、我はこのパエデロスを訪れて、勇者どもと手を取り合うようになり、今は勇者の遺志を継いでいる。
 偽の魔王を倒した、そんな三文芝居の悪役を被ったただの令嬢として。
 眼下の民衆から拍手喝采を浴びる我は、今の自分が一体何に成ろうとしているのか、これから待ち構えているであろう前途多難の道に少しばかり憂鬱を覚えていた。
 ※ ※ ※
 ※ ※
 ※
 パエデロスの空は、冷たく澄みきっていた。まるで誰かの心境をそのまま反映したかのように。街の中は打って変わって、以前までと変わりない賑わいを取り戻し、活気に溢れている。
 数日に及ぶ勇者にして初代国王になりかけた男の葬式の後、誰も被ることのなかった冠は、今も教会の奥に置かれた玉座の上にひっそりと存在を主張している。
 最近では、あの王なき冠を一目見たくて遠方からこの教会を訪れるものは多く、参拝客で今日も教会は長蛇の列だ。あんな冠を毎日拝んで何が楽しいのやら。
 パエデロスの新たな王の候補はまだ現れていない。一時は我に女王になれという声もうるさかったが、どうにか振り切った。現状、実質的な管理はダリアやマルペルたち、勇者の仲間たちが担っている。
 あまりロータスがいたときと代わり映えしないような気がしないでもない。大きな会議に招かれた場合はバレイに頑張ってもらっている。あの我の芋農家で世話になっていた農業組合会長の男だ。
 聞くところによれば、農業組合だけに留まらず、貿易や外交などにも手を伸ばしているらしく、バレイの他に適任はいなかったとも言える。さすがにパエデロスの王になることは辞退したが。
 そんなこんなで、勇者の遺した平和の国パエデロスは今日ものほほんと変わらぬ平穏を保っていた。ほんの少し前までは毎日が嵐のようだったが、ようやく落ち着いてきたのを実感する。
 やはり、この国にロータスがいないことがただただ違和感しかなく、身体の一部がもぎ取られたかのような喪失感に苛まれるばかりだが、これも慣れるだろうか。
 ちなみに、我は今もネルムフィラ魔導士学院に通学していた。まだまだ学ぶことも多いからな。最近この学院では、やはり魔王の話題が尽きない。新たな歴史が刻まれたのだから仕方あるまい。
 そんな横で、我は悪役令嬢として忍び込んでいるのだった。
「フィーしゃん、どうしましら? さっきから窓の外眺めて、うらのそわでふけど」
 上の空といいたいのだろう。この愛くるしい小動物のような幼女エルフで眼福しつつ、アンニュイな気持ちを抑える。
「なんでもないぞ、ミモザ。最近は色々と忙しかったからな。まだ疲れがたまっておるのかもしれん」
「そうでふか。フィーしゃん、ここのとこずっとお店の方にも顔出してなかったから心配してたんれすよ」
「心配には及ばん。我はこの通り、元気だからな! それより、ミモザの方も根を詰めすぎるでないぞ。ノイデスの奴に聞いたが、また徹夜ばかりというではないか。もう学校も再開したのだからほどほどにだな」
 そんなたわいもない会話を交わしつつ、平和を満喫していく。
「おい、フィー。また隣のクラスからお前と握手したいって奴が来てるぞ」
「何? またか……何度目だ。さすがに多すぎではないか?」
「お前が魔王を倒したって噂は世界中に広まってるからな。わざわざフィーに会いに遠方の国から編入してくる奴までいんだから仕方ねえだろ」
 小生意気な呆れ顔でパエニアがフンと鼻を鳴らす。
 やれやれ……偽魔王を倒した令嬢という肩書きも厄介なものだ。
「そういえばパエニアくん、最近フィーしゃんのこと、名前で呼ぶんでしゅね。前だったら芋とかって呼んでたのに」
「べ、別にいいじゃねえかよそんなの!」
 言われてみれば、なんか普通にずっと名前で呼ばれているような気がする。さすがに変な呼び名にも飽きたんだろうか。どうでもいいが。
「は~い、みんな~、席について~」
 そうこうしていると、教室にすっかり先生が板についたダリアが現われる。その一声でクラスメイトたちは一斉に自分の席へと駆け込んでいく。
 平和だ。なんと平和なのだろう。こんなにも尊い平和を満喫しなければバチがあたってしまうのではないだろうか。そんな気分にもさせてくれる。
「今日はね、みんなに新しいお友達を紹介しま~す」
 なんだ、また誰か編入してきたのか。最近、本当に多くなったものだ。
「それじゃ、入ってきて」
 ダリアが笑顔でそう促すと、教室内に一人の少女がゆったりと現われる。
 それは月の如き麗しい乳白色の髪と、炎の如き朱い瞳をした少女。
 我は思わず目を疑った。
「私の名前は、リコリス・ルキフェルナよ。みんなよろしくね」
 無機質な笑みを浮かべ、確かにそう自己紹介した。
 ひょっとして、我の平和は遠ざかったのかもしれない。
 不意に、そんな確信を抱いた。