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出会い④ 5輪:最初で最後がいい

ー/ー




 体育館で始業式が行われているため、しんと静まり返った校舎内。

そんな廊下を稜太郎は我が物顔で歩いていた。


 けれど美鎖子のバタバタバタッという忙しない足音が聞こえてきたため、稜太郎は立ち止まると、彼女の方を振り返った。

そして自分の目の前で膝に手をつき、ヒーヒーと息をしている美鎖子に「…よかったの?」と話しかけた。


美鎖子「空気がっ地獄でっ、とってもっ居れたものじゃっ」

 美鎖子は胸に手を当てながら呼吸を整えた。


美鎖子「三毛くんはっよかったんですかっ?あのっ…感謝状?」

 美鎖子がそう尋ねると、稜太郎は軽く息を吐いた。

それから左上の方を見るように顎を上げると、考えがまとまっていないような仕草を取りながら話し始めた。


稜太郎「感謝状(あれ)で「僕は良い人だ」っていう証明?するみたいで…なんか、んー。
人助けしたからって、僕がいきなり良い人になるわけじゃないでしょ?
だから…そうだな。
“気持ち悪い”から大丈夫かなぁって」

 美鎖子はリアクションに困って「へっへー!」と嘘くさい返事をした。

人命救助の感謝状(イコール)良い人の証明書だと考えていた自分が恥ずかしくなったからだ。


美鎖子(きっ気持ち悪いって、いっ言い切られた)

 美鎖子は動揺した心と同じくらい、無駄に身体を弾ませてしまった。

なぜか笑顔にもなってしまった。

別にさっきまで感謝状をもらおうとしていた訳ではないけれど、
稜太郎がいなければ感謝状をもらっていたであろう自分が想像に難くなかったからだ。


 すると先生たちが校長室から出て来る声がした。

美鎖子越しにその様子を直接見た稜太郎は、すぐ横にあった階段の踊り場の方へ行った。

美鎖子も先生たちに…特に校長先生に絡まれるのが怖かったので、2階へとつながる階段の影に隠れた。


 すると稜太郎が奥の方にある階段の影に隠れていたドアに気づき、そのドアノブを捻った。

美鎖子も一緒になってそのドアの向こうを覗いてみた。

ドアは外と繋がっている。


稜太郎「…来る?」

 稜太郎がそう尋ねてきた。

美鎖子は何度も小さく頷いて、ドアから駆け足で外に出た。


 ドアから外に出ると、何のために作られたか分からない3畳ほどの場所に出た。

周りの景色が見えないほど生い茂った木々が、バリケードのようにその空間を区切っている。

下のコンクリートには誰も来ないのか、ところどころに苔が生えていた。

美鎖子が周りを見渡して確認してみても、後ろの階段の踊り場にあるドアからしか出入り口がなさそうだった。


 ドアを閉めた稜太郎は、またスクールバックを雑に置いた。

そしてドアの前にある、湿気でジメッとした冷たいコンクリートの段差に腰かけた。

美鎖子もまたスクールバックを抱きしめながら、恐る恐る彼の隣に座った。


美鎖子(沈黙…)

 美鎖子は目の前にある木々の葉っぱの枚数を数え始めた。

学校に来るまでの道中で、消防士の気を使った会話に全く反応を示さなかった稜太郎を思い出し、
“自分の話なんてもっとつまらないだろう”と考えた美鎖子なりの暇潰しだった。


稜太郎「……というか、名前なんだっけ?」

美鎖子「すみませンンン!!!!」

 美鎖子は稜太郎に向かって、凄い勢いで頭を下げた。


美鎖子(この謎の沈黙は私の名前を思い出そうとしていただけだったのね!
そうだよね、三毛くんは有名人(?)だけど、私は他のクラスの全く関係のないですもんね!
そんな私ごときが普通に『三毛くん』なんて気安く呼んでしまいましたけどね!)

稜太郎「なっ名前」

 稜太郎が若干引き気味になっていることを、美鎖子は旋毛で感じ取った。

なので彼がこれ以上怯えないようゆっくりと顔を上げて、背中を丸めながら弱々しく答えた。


美鎖子「ぃっ1年2組の神楽美鎖子です…」

稜太郎「あぁ、カグラは苗字だったんだ。
へぇ、隣のクラスなんだね」

 稜太郎は頷きながら返事をした。


稜太郎「僕は1年3組の三毛稜太郎…って知ってるのか、な?」

 はい、知ってます…なんて美鎖子が言い出せるはずはなく。

低い声で「ははは」と顔を引き攣らせて笑った。

背骨は恥ずかしさでどんどん縮こまっていく。


稜太郎「あ。保健室、行かなくて大丈夫?」

美鎖子「え?なっなんですか?」

 美鎖子は背中を丸めたまま、稜太郎を上目遣いで見た。


稜太郎「顔色、さっきまですごく悪かったから」

 稜太郎は自分の顔を指差しながら答えた。


美鎖子(さっきまで悪かったんだ…)

 美鎖子は救命処置をしていた時、頭の先から血が引いていく感覚があった。

しかし校長室では自分の体調の悪さはさほど気にならなかった。


美鎖子(あぁ、たぶんさっきまで、ちゃんと救命処置の状況を伝えなきゃとか、
謎の緊張感が漂ってるなとか、三毛くんはサングラスを外さなくていいのかなとか。
校長先生は始業式に行った方がいいんじゃないかなとか、そもそも校長先生ここにいる意味あった?とか、
色んなことで頭がいっぱいだったから…全然体調のことは気にならなかったのかも)

 美鎖子は人差し指と親指の指先同士をくっつけて、両手でOKサインを作ってみせた。


美鎖子「大丈夫です、元々低血圧なんで」

稜太郎「え、じゃなおさら」

美鎖子「なおさら慣れているんで大丈夫です」

 美鎖子は早口で答えると、稜太郎の方へ少しOKサインを近づけた。

すると稜太郎はOKサインを見つめたまま、ピタリと固まってしまった。


美鎖子(…あっあれぇ?時間止まったぁ?)

 呑気に美鎖子がそんなことを考えていると。

稜太郎はいきなりOKサインを作っていた美鎖子の右手首を掴み、自分の方へ引き寄せた。


美鎖子「ん!!?ん?!」

 美鎖子は突然の出来事に身体中の筋肉を硬直させた。

稜太郎があまりにも真剣に、美鎖子の作ったOKサインを観察しているからだ。


 美鎖子も自分の左手のOKサインを崩さないまま、手のひらが自分に向くようにゆっくりひっくり返した。

しかし美鎖子が左手の具合を十分に確認する前に、稜太郎がぼそっと呟いた。


稜太郎「…爪の跡」

美鎖子「…あっ、あー!!」

 美鎖子は勢いよく稜太郎の手から自分の腕を引き抜いて、スクールバックを強く抱き締めながら彼から距離を取った。


 美鎖子は救命処置の後や校長室で話をしている間ずっと拳を握りしめていた。

けれど綺麗に4つ、自分の手のひらに赤紫色に変色した、爪が食い込んだ跡がついていることに全く気づいていなかった。


 美鎖子は早口で「こっこここれも大丈夫です本当に」と言った。

稜太郎は少し間を空けて、ゆっくりと一回頷いた。

納得はしてない、という感じの頷きではあったが。


 直後、始業式を終えた生徒たちの声が体育館から流れ出てきた。

稜太郎は立ち上がると、スクールバックをリュックのようにして背負った。

そして美鎖子に「じゃぁ僕行くね」と挨拶するとドアノブに手をかけた。


稜太郎「あ。同い年なんだから、敬語じゃなくていいよ?」

 稜太郎が不意に振り返ってそう言ったので、
焦った美鎖子は「でっですよね!」と敬語で返してしまった。

稜太郎はその返事に何の反応も示さないまま、ドアを開けて校舎の中に戻って行った。


 美鎖子はひとり、自分の手の平についた爪の跡を眺めながら、小さくため息を吐いた。

この短時間で稜太郎に自分の恥ずかしい部分を全部見られたような気がしていたからだ。

それに自分が、稜太郎が『気持ち悪い』と感じる部類の良い人に対して、居心地の良さを感じていることに自己嫌悪に襲われていた。


 美鎖子は、今度は大きくため息をついた。


美鎖子(これで三毛くんと関わるのは最初で最後でありますように。
…いや、私が最初で最後にさせるのかも)

 美鎖子はだんだんと痛み出してきた爪の跡を強く親指で擦ると、拳で腿を強く叩いて立ち上がった。





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 体育館で始業式が行われているため、しんと静まり返った校舎内。
そんな廊下を稜太郎は我が物顔で歩いていた。
 けれど美鎖子のバタバタバタッという忙しない足音が聞こえてきたため、稜太郎は立ち止まると、彼女の方を振り返った。
そして自分の目の前で膝に手をつき、ヒーヒーと息をしている美鎖子に「…よかったの?」と話しかけた。
美鎖子「空気がっ地獄でっ、とってもっ居れたものじゃっ」
 美鎖子は胸に手を当てながら呼吸を整えた。
美鎖子「三毛くんはっよかったんですかっ?あのっ…感謝状?」
 美鎖子がそう尋ねると、稜太郎は軽く息を吐いた。
それから左上の方を見るように顎を上げると、考えがまとまっていないような仕草を取りながら話し始めた。
稜太郎「|感謝状《あれ》で「僕は良い人だ」っていう証明?するみたいで…なんか、んー。
人助けしたからって、僕がいきなり良い人になるわけじゃないでしょ?
だから…そうだな。
“気持ち悪い”から大丈夫かなぁって」
 美鎖子はリアクションに困って「へっへー!」と嘘くさい返事をした。
人命救助の感謝状|=《イコール》良い人の証明書だと考えていた自分が恥ずかしくなったからだ。
美鎖子(きっ気持ち悪いって、いっ言い切られた)
 美鎖子は動揺した心と同じくらい、無駄に身体を弾ませてしまった。
なぜか笑顔にもなってしまった。
別にさっきまで感謝状をもらおうとしていた訳ではないけれど、
稜太郎がいなければ感謝状をもらっていたであろう自分が想像に難くなかったからだ。
 すると先生たちが校長室から出て来る声がした。
美鎖子越しにその様子を直接見た稜太郎は、すぐ横にあった階段の踊り場の方へ行った。
美鎖子も先生たちに…特に校長先生に絡まれるのが怖かったので、2階へとつながる階段の影に隠れた。
 すると稜太郎が奥の方にある階段の影に隠れていたドアに気づき、そのドアノブを捻った。
美鎖子も一緒になってそのドアの向こうを覗いてみた。
ドアは外と繋がっている。
稜太郎「…来る?」
 稜太郎がそう尋ねてきた。
美鎖子は何度も小さく頷いて、ドアから駆け足で外に出た。
 ドアから外に出ると、何のために作られたか分からない3畳ほどの場所に出た。
周りの景色が見えないほど生い茂った木々が、バリケードのようにその空間を区切っている。
下のコンクリートには誰も来ないのか、ところどころに苔が生えていた。
美鎖子が周りを見渡して確認してみても、後ろの階段の踊り場にあるドアからしか出入り口がなさそうだった。
 ドアを閉めた稜太郎は、またスクールバックを雑に置いた。
そしてドアの前にある、湿気でジメッとした冷たいコンクリートの段差に腰かけた。
美鎖子もまたスクールバックを抱きしめながら、恐る恐る彼の隣に座った。
美鎖子(沈黙…)
 美鎖子は目の前にある木々の葉っぱの枚数を数え始めた。
学校に来るまでの道中で、消防士の気を使った会話に全く反応を示さなかった稜太郎を思い出し、
“自分の話なんてもっとつまらないだろう”と考えた美鎖子なりの暇潰しだった。
稜太郎「……というか、名前なんだっけ?」
美鎖子「すみませンンン!!!!」
 美鎖子は稜太郎に向かって、凄い勢いで頭を下げた。
美鎖子(この謎の沈黙は私の名前を思い出そうとしていただけだったのね!
そうだよね、三毛くんは有名人(?)だけど、私は他のクラスの全く関係のない《《一般生徒》》ですもんね!
そんな私ごときが普通に『三毛くん』なんて気安く呼んでしまいましたけどね!)
稜太郎「なっ名前」
 稜太郎が若干引き気味になっていることを、美鎖子は旋毛で感じ取った。
なので彼がこれ以上怯えないようゆっくりと顔を上げて、背中を丸めながら弱々しく答えた。
美鎖子「ぃっ1年2組の神楽美鎖子です…」
稜太郎「あぁ、カグラは苗字だったんだ。
へぇ、隣のクラスなんだね」
 稜太郎は頷きながら返事をした。
稜太郎「僕は1年3組の三毛稜太郎…って知ってるのか、な?」
 はい、知ってます…なんて美鎖子が言い出せるはずはなく。
低い声で「ははは」と顔を引き攣らせて笑った。
背骨は恥ずかしさでどんどん縮こまっていく。
稜太郎「あ。保健室、行かなくて大丈夫?」
美鎖子「え?なっなんですか?」
 美鎖子は背中を丸めたまま、稜太郎を上目遣いで見た。
稜太郎「顔色、さっきまですごく悪かったから」
 稜太郎は自分の顔を指差しながら答えた。
美鎖子(さっきまで悪かったんだ…)
 美鎖子は救命処置をしていた時、頭の先から血が引いていく感覚があった。
しかし校長室では自分の体調の悪さはさほど気にならなかった。
美鎖子(あぁ、たぶんさっきまで、ちゃんと救命処置の状況を伝えなきゃとか、
謎の緊張感が漂ってるなとか、三毛くんはサングラスを外さなくていいのかなとか。
校長先生は始業式に行った方がいいんじゃないかなとか、そもそも校長先生ここにいる意味あった?とか、
色んなことで頭がいっぱいだったから…全然体調のことは気にならなかったのかも)
 美鎖子は人差し指と親指の指先同士をくっつけて、両手でOKサインを作ってみせた。
美鎖子「大丈夫です、元々低血圧なんで」
稜太郎「え、じゃなおさら」
美鎖子「なおさら慣れているんで大丈夫です」
 美鎖子は早口で答えると、稜太郎の方へ少しOKサインを近づけた。
すると稜太郎はOKサインを見つめたまま、ピタリと固まってしまった。
美鎖子(…あっあれぇ?時間止まったぁ?)
 呑気に美鎖子がそんなことを考えていると。
稜太郎はいきなりOKサインを作っていた美鎖子の右手首を掴み、自分の方へ引き寄せた。
美鎖子「ん!!?ん?!」
 美鎖子は突然の出来事に身体中の筋肉を硬直させた。
稜太郎があまりにも真剣に、美鎖子の作ったOKサインを観察しているからだ。
 美鎖子も自分の左手のOKサインを崩さないまま、手のひらが自分に向くようにゆっくりひっくり返した。
しかし美鎖子が左手の具合を十分に確認する前に、稜太郎がぼそっと呟いた。
稜太郎「…爪の跡」
美鎖子「…あっ、あー!!」
 美鎖子は勢いよく稜太郎の手から自分の腕を引き抜いて、スクールバックを強く抱き締めながら彼から距離を取った。
 美鎖子は救命処置の後や校長室で話をしている間ずっと拳を握りしめていた。
けれど綺麗に4つ、自分の手のひらに赤紫色に変色した、爪が食い込んだ跡がついていることに全く気づいていなかった。
 美鎖子は早口で「こっこここれも大丈夫です本当に」と言った。
稜太郎は少し間を空けて、ゆっくりと一回頷いた。
納得はしてない、という感じの頷きではあったが。
 直後、始業式を終えた生徒たちの声が体育館から流れ出てきた。
稜太郎は立ち上がると、スクールバックをリュックのようにして背負った。
そして美鎖子に「じゃぁ僕行くね」と挨拶するとドアノブに手をかけた。
稜太郎「あ。同い年なんだから、敬語じゃなくていいよ?」
 稜太郎が不意に振り返ってそう言ったので、
焦った美鎖子は「でっですよね!」と敬語で返してしまった。
稜太郎はその返事に何の反応も示さないまま、ドアを開けて校舎の中に戻って行った。
 美鎖子はひとり、自分の手の平についた爪の跡を眺めながら、小さくため息を吐いた。
この短時間で稜太郎に自分の恥ずかしい部分を全部見られたような気がしていたからだ。
それに自分が、稜太郎が『気持ち悪い』と感じる部類の良い人に対して、居心地の良さを感じていることに自己嫌悪に襲われていた。
 美鎖子は、今度は大きくため息をついた。
美鎖子(これで三毛くんと関わるのは最初で最後でありますように。
…いや、私が最初で最後にさせるのかも)
 美鎖子はだんだんと痛み出してきた爪の跡を強く親指で擦ると、拳で腿を強く叩いて立ち上がった。