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ep.65 死亡前線3

ー/ー



(一枚、いや無尽蔵に分身できるのであれば、一枚どころじゃない、何枚も上手だ)

 夜深の異能(アクト)は夜の他にも、繊細な操作が必要なものの、肉体構造の組み替えに治療、他の物質に干渉し操るといった多種多様に渡る便利な能力がある。
 しかし、そのどれもがこの状況を打開できるものではない。
 そして、異能(アクト)は無尽蔵じゃない。いつかは限界が来る。

(とはいえ、もちろんまだまだ余力はある。けれど、僕より先にタイムリミットが来るのきっと)

 ちらりと後方にいる少女を一瞥した。
 別に焦る気も焦る必要もなかった。この場面はこういう形で終わる。
 そんなもの今まで腐るほど繰り返してきた。
 二者択一。近衛千寿流の命と飛竜型の魔獣(マインドイーター)の殲滅。初めからどちらかしか取ることができないただの天秤遊び。
 片方を取ればたちまちもう片方は重力のままに崩れ去ってしまうだけ。それだけの遊び。

 どちらも取ろうとして頑張った。
 けれど、無理だった。
 空が鳴いた。それは青天の霹靂か。
 見上げた上空の先、飛竜たちが飛び交うそのずっと向こう側。
 天空(そら)の先。地表に這いずって一喜一憂と喚きたてる矮小な僕たちを馬鹿しているのか、お前には無理だと嘲笑っているようだった。

「いいさ、僕には誰かを守るという行為自体、向いていなかったのかもしれないね。じゃあ、今日はもうこれで終わりにしよう」

 今日は影の魔獣(マインドイーター)がシャルを連れ去った夜に似ていた。
 雨が心を苛めるようにその勢いを強め、いつまでも降り続けたあの夜。
 千寿流ちゃんに期待外れだと落胆したあの夜。
 新しい景色を観れるかもしれないと期待した――あの夜。

「……」

 再び視線を落とす。
 大丈夫、何も落胆しちゃいない。
 今は凪の様に穏やかな心持ちだ。

 その直後、その静寂を破る様に空気が裂け金切り音のような音がした。

「キヨミお兄さん! くろいヤツ! きちゃうよっ!」

 シャルが上空の飛竜の群れを指さし、そう叫んだ。
 夜深は顔を上げることはしなかったが、群れなんて生易しいものじゃない。二十を超える飛竜の大群が円を描きながら、的を絞らせないと全方位から一斉に突っ込んできていた。
 夜深は両手をゆっくりと胸の前に持ち上げる。それはいつか見た心臓を象る不気味な手印。

「夜潜」



 緞帳が下りる様に画面が暗転する。
 黒から赤に。
 静寂から喧噪に。

 真っ黒に染まった夜は、上から乱暴に塗りたくられた、濁りくすんだ赤で覆い潰される。
 無遠慮に無秩序に降り撒かれる液体で顔を汚さないようフードを被り直す。

(うん? これは魔獣(マインドイーター)の血?あの飛竜の物か。分身した飛竜は血を流すことはない。それは先ほど確認済みだ。ともなれば――)

「この程度で手をこまねくって、お笑い種にもなりはしないわよ?」

 少女の猫なで声が聴こえた。

ep.65 死亡前線3

 降り注ぐ血が止むのを待って空を見上げる。
 そこにはところどころ血に染まり張り巡らされた糸と、バラバラに引き千切られ霧散する飛竜型の魔獣(マインドイーター)。そして返り血を全身に浴びた少女が、視えない糸を足場に空中に立っていた。

 いくら知能があり学習する魔獣(マインドイーター)といえど、視えない糸を完全に凌ぎ切ることはできず、自ら糸の海に突っ込み両断され続けていた。
 血の雨が降っている原因は、引き裂かれたその中に本体が何体も紛れ込んでいたということだろう。

「君、誰だい? 初めましてだよね」

 そう呼ばれて酔っていたように首を擡げた少女は、返り血に染まった顔でこちらを覗き込んだ。

「あたし? あたしはね、天才よ。天才の人形師。そして数奇なる人形師、タルトレット・アニエス!」

 人形師、ともすればこの張り巡らされた糸は、本来傀儡を操るための糸ということになるだろう。
 人形師がこんなところで何をやっているのか尋ねてみたい気もしたが、この少女からは自分と同じひねくれモノのニオイがした。おそらく満足のいく答えは一つも返ってこないだろう。

「アナタこそ、何者? すっごく嫌なニオイよ、その在り方。魂っていうの? 真っ黒ね」

「僕は夜深。鬼竜院夜深。鬼に竜に寺院、夜が深まるで夜深。この自己紹介で分かってくれるよね?」

 少女はどうでもよさそうに首を傾ける。

「別にアナタの名前が聴きたかったわけじゃないんだけど、まあいいわ」

「それでさ。この状況、とりあえずは君のこと、味方って数えてもいいんだよね」

 タルトは視えない糸をバランスを取ることもなく歩きながら、宙に浮かび上がった魔法陣から取り出した大きな装飾のついた杖を手で回転させ、思案するようにうーんと唸る。
 その仕草はわざとらしく芝居がかっており、何かを考えているようにも取れたが、ただ考えている演技(ふり)をしているようにも取れた。

「ところで、アナタの後ろにいる子。ちっちゃくて可愛いよねえ。見た感じ半分あの世(あっち)に突っ込んじゃってるみたいだけど」

(火傷なんてものじゃない。おびただしい量の血と散らばった肉片。左脳前頭葉から心臓の下の膵臓までかけて機能が停止している。もう助からない。こんな再会を喜べばいいのか悲しめばいいのか、こんなことなら……)

 そう言って千寿流を見る彼女の眼差しはどこか違和感があった。その正体がなんなのか分からなかったが、この二人は知り合いだった。なんてことがあるのだろうか?

「治してあげたいけど、上に飛んでる鳥が邪魔してきて、とてもじゃないけど手が回らないんだよね」

「へえ、治せるんだ。ふーん。アナタみたいな胡散臭い男、あたし一番嫌いなタイプだから聞いてあげる気なかったけど、そういうことなら話、変わっちゃうよね」

「というと?」

「いいよ、助けてあげる。飛んでる羽虫、全部毟っちゃえばアナタは治療に専念できるでしょ?」

 タルトは両人差し指をこめかみに当てて、小馬鹿にしたように舌をペロりと出すと、挑発するようにウインクして夜深にそう言った。

 人形師と名乗る少女は完全にこちら側に向いていた。それは、魔獣(マインドイーター)の群れに背を向けているということでもある。
 人形師というからには自動人形(オートマタ)のような、主人を害する意思のある者を排除する人形でも仕掛けられているのかと見渡したが、そのようなものは見当たらなかった。
 つまり、彼女は完全なる無防備ということだ。
 当然、そのチャンスを見逃す魔獣(マインドイーター)ではない。その隙だらけの背中を貫かんと、数匹の飛竜が垂直気味に角度をつけ、速度を上げ突っ込んでくる。
 タルトと飛竜の間にはいくつもの線が張り巡らされているものの、そのどれもが先ほど撒き散らされた血の雨に塗れていて、もはや罠としての機能を成していなかった。
 器用に体を折り曲げて、幾重にも張り巡らされている赤い糸を搔い潜り、タルトを背中を貫こうとした。

「笑えるね。アナタたちみたいなゴミに、あたしの可愛い人形たちを遣うわけないじゃない」

 キィイィイィイィイィ!?
 タルトとの距離、およそ三メートルに迫ったその瞬間。その体はバラバラに細切れになり血しぶきとなって辺りに肉片が飛び散った。
 
 仲間がやられたからの怒りからか、速度はこれまでで一番を記録していた。速度が上がればその分、糸の切れ味も比例して増す、ということまで頭が回らなかったのかもしれない。

「天才の人形遣いは天才の糸遣いでもあるのよ」

 血に塗れて真っ赤に染まった糸が張り巡らされたその間隙。吸い寄せられるようにその急所に向かう獲物を待ち受けるのは本命の透明で視えない糸。
 ただの数本、羽を捥ぐ様に敷かれた糸。それは激昂した愚かな獣を仕留めるには十分すぎる代物だった。

「うふふふふ、馬鹿よね、ほんっとぉ~に馬鹿! 魔獣(マインドイーター)ってやっぱりどいつもこいつも馬鹿しかいない! あっははははははははは!」

 返り血を背に浴びながら、タルトはいつまでも愉快そうに笑い続けるのだった。


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(一枚、いや無尽蔵に分身できるのであれば、一枚どころじゃない、何枚も上手だ)
 夜深の|異能《アクト》は夜の他にも、繊細な操作が必要なものの、肉体構造の組み替えに治療、他の物質に干渉し操るといった多種多様に渡る便利な能力がある。
 しかし、そのどれもがこの状況を打開できるものではない。
 そして、|異能《アクト》は無尽蔵じゃない。いつかは限界が来る。
(とはいえ、もちろんまだまだ余力はある。けれど、僕より先にタイムリミットが来るのきっと)
 ちらりと後方にいる少女を一瞥した。
 別に焦る気も焦る必要もなかった。この場面はこういう形で終わる。
 そんなもの今まで腐るほど繰り返してきた。
 二者択一。近衛千寿流の命と飛竜型の|魔獣《マインドイーター》の殲滅。初めからどちらかしか取ることができないただの天秤遊び。
 片方を取ればたちまちもう片方は重力のままに崩れ去ってしまうだけ。それだけの遊び。
 どちらも取ろうとして頑張った。
 けれど、無理だった。
 空が鳴いた。それは青天の霹靂か。
 見上げた上空の先、飛竜たちが飛び交うそのずっと向こう側。
 |天空《そら》の先。地表に這いずって一喜一憂と喚きたてる矮小な僕たちを馬鹿しているのか、お前には無理だと嘲笑っているようだった。
「いいさ、僕には誰かを守るという行為自体、向いていなかったのかもしれないね。じゃあ、今日はもうこれで終わりにしよう」
 今日は影の|魔獣《マインドイーター》がシャルを連れ去った夜に似ていた。
 雨が心を苛めるようにその勢いを強め、いつまでも降り続けたあの夜。
 千寿流ちゃんに期待外れだと落胆したあの夜。
 新しい景色を観れるかもしれないと期待した――あの夜。
「……」
 再び視線を落とす。
 大丈夫、何も落胆しちゃいない。
 今は凪の様に穏やかな心持ちだ。
 その直後、その静寂を破る様に空気が裂け金切り音のような音がした。
「キヨミお兄さん! くろいヤツ! きちゃうよっ!」
 シャルが上空の飛竜の群れを指さし、そう叫んだ。
 夜深は顔を上げることはしなかったが、群れなんて生易しいものじゃない。二十を超える飛竜の大群が円を描きながら、的を絞らせないと全方位から一斉に突っ込んできていた。
 夜深は両手をゆっくりと胸の前に持ち上げる。それはいつか見た心臓を象る不気味な手印。
「夜潜」
 緞帳が下りる様に画面が暗転する。
 黒から赤に。
 静寂から喧噪に。
 真っ黒に染まった夜は、上から乱暴に塗りたくられた、濁りくすんだ赤で覆い潰される。
 無遠慮に無秩序に降り撒かれる液体で顔を汚さないようフードを被り直す。
(うん? これは|魔獣《マインドイーター》の血?あの飛竜の物か。分身した飛竜は血を流すことはない。それは先ほど確認済みだ。ともなれば――)
「この程度で手をこまねくって、お笑い種にもなりはしないわよ?」
 少女の猫なで声が聴こえた。
 降り注ぐ血が止むのを待って空を見上げる。
 そこにはところどころ血に染まり張り巡らされた糸と、バラバラに引き千切られ霧散する飛竜型の|魔獣《マインドイーター》。そして返り血を全身に浴びた少女が、視えない糸を足場に空中に立っていた。
 いくら知能があり学習する|魔獣《マインドイーター》といえど、視えない糸を完全に凌ぎ切ることはできず、自ら糸の海に突っ込み両断され続けていた。
 血の雨が降っている原因は、引き裂かれたその中に本体が何体も紛れ込んでいたということだろう。
「君、誰だい? 初めましてだよね」
 そう呼ばれて酔っていたように首を擡げた少女は、返り血に染まった顔でこちらを覗き込んだ。
「あたし? あたしはね、天才よ。天才の人形師。そして数奇なる人形師、タルトレット・アニエス!」
 人形師、ともすればこの張り巡らされた糸は、本来傀儡を操るための糸ということになるだろう。
 人形師がこんなところで何をやっているのか尋ねてみたい気もしたが、この少女からは自分と同じひねくれモノのニオイがした。おそらく満足のいく答えは一つも返ってこないだろう。
「アナタこそ、何者? すっごく嫌なニオイよ、その在り方。魂っていうの? 真っ黒ね」
「僕は夜深。鬼竜院夜深。鬼に竜に寺院、夜が深まるで夜深。この自己紹介で分かってくれるよね?」
 少女はどうでもよさそうに首を傾ける。
「別にアナタの名前が聴きたかったわけじゃないんだけど、まあいいわ」
「それでさ。この状況、とりあえずは君のこと、味方って数えてもいいんだよね」
 タルトは視えない糸をバランスを取ることもなく歩きながら、宙に浮かび上がった魔法陣から取り出した大きな装飾のついた杖を手で回転させ、思案するようにうーんと唸る。
 その仕草はわざとらしく芝居がかっており、何かを考えているようにも取れたが、ただ考えている|演技《ふり》をしているようにも取れた。
「ところで、アナタの後ろにいる子。ちっちゃくて可愛いよねえ。見た感じ半分|あの世《あっち》に突っ込んじゃってるみたいだけど」
(火傷なんてものじゃない。おびただしい量の血と散らばった肉片。左脳前頭葉から心臓の下の膵臓までかけて機能が停止している。もう助からない。こんな再会を喜べばいいのか悲しめばいいのか、こんなことなら……)
 そう言って千寿流を見る彼女の眼差しはどこか違和感があった。その正体がなんなのか分からなかったが、この二人は知り合いだった。なんてことがあるのだろうか?
「治してあげたいけど、上に飛んでる鳥が邪魔してきて、とてもじゃないけど手が回らないんだよね」
「へえ、治せるんだ。ふーん。アナタみたいな胡散臭い男、あたし一番嫌いなタイプだから聞いてあげる気なかったけど、そういうことなら話、変わっちゃうよね」
「というと?」
「いいよ、助けてあげる。飛んでる羽虫、全部毟っちゃえばアナタは治療に専念できるでしょ?」
 タルトは両人差し指をこめかみに当てて、小馬鹿にしたように舌をペロりと出すと、挑発するようにウインクして夜深にそう言った。
 人形師と名乗る少女は完全にこちら側に向いていた。それは、|魔獣《マインドイーター》の群れに背を向けているということでもある。
 人形師というからには|自動人形《オートマタ》のような、主人を害する意思のある者を排除する人形でも仕掛けられているのかと見渡したが、そのようなものは見当たらなかった。
 つまり、彼女は完全なる無防備ということだ。
 当然、そのチャンスを見逃す|魔獣《マインドイーター》ではない。その隙だらけの背中を貫かんと、数匹の飛竜が垂直気味に角度をつけ、速度を上げ突っ込んでくる。
 タルトと飛竜の間にはいくつもの線が張り巡らされているものの、そのどれもが先ほど撒き散らされた血の雨に塗れていて、もはや罠としての機能を成していなかった。
 器用に体を折り曲げて、幾重にも張り巡らされている赤い糸を搔い潜り、タルトを背中を貫こうとした。
「笑えるね。アナタたちみたいなゴミに、あたしの可愛い人形たちを遣うわけないじゃない」
 キィイィイィイィイィ!?
 タルトとの距離、およそ三メートルに迫ったその瞬間。その体はバラバラに細切れになり血しぶきとなって辺りに肉片が飛び散った。
 仲間がやられたからの怒りからか、速度はこれまでで一番を記録していた。速度が上がればその分、糸の切れ味も比例して増す、ということまで頭が回らなかったのかもしれない。
「天才の人形遣いは天才の糸遣いでもあるのよ」
 血に塗れて真っ赤に染まった糸が張り巡らされたその間隙。吸い寄せられるようにその急所に向かう獲物を待ち受けるのは本命の透明で視えない糸。
 ただの数本、羽を捥ぐ様に敷かれた糸。それは激昂した愚かな獣を仕留めるには十分すぎる代物だった。
「うふふふふ、馬鹿よね、ほんっとぉ~に馬鹿! |魔獣《マインドイーター》ってやっぱりどいつもこいつも馬鹿しかいない! あっははははははははは!」
 返り血を背に浴びながら、タルトはいつまでも愉快そうに笑い続けるのだった。