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ep.66 死亡前線4

ー/ー



 再び血の雨が降る。
 真っ黒のキャンバスに彩りを与える様に、無秩序にその筆を振るい続ける。

「すごい あのお姉さん」

 目を真っ赤に泣きはらしたシャルが、口に手を当てて感嘆の声を漏らす。
 タルトはその後も、向かってくる残りの飛竜をすべて張り巡らした糸で絡め捕り、数分と経たずに全滅させる。
 思考をして対策を立てる対人相手との戦いでなければ、これほど便利な異能(アクト)は無いだろうと千寿流の治療の傍ら思う夜深だった。
 ひとしきり笑って満足したのか、血濡れた赤い糸を軽快に渡って夜深のもとに降りてくる。

「ありがとう、助かったよ。君が助けに入ってくれなかったら、きっとこの子は助けられなかったと思う」

 スカートの裾を振り払っているタルトに声をかける。
 払い終わると少女は返事を返すでもなく夜深の横を通り抜け、千寿流のもとに向かう。

「ちじゅる~! よかった~!」

 横になって眠っている千寿流に抱きついているシャル。その傍ら覗き込むように顔を近づけるタルト。
 千寿流はまだ意識が戻っていない状態だったが、外から見れる傷は全てといってもいいほど完治していた。その治癒能力の精度の高さに感心したようにうんうんと頷くタルト。

「すごいね、アナタ。邪魔が入らなければ、あそこまでの大怪我を傷一つなしの状態で回復できちゃうなんて、そうね、ポケセンみたいね!」

「なにその例え。意味わかんないな」

 少女は夜深に向き直り、こんなことも分かんないの? と驚いた顔をつくる。

「まあいっか。でも、こんなすごい能力を持っているなら、お医者さんでもやって悠々自適に暮らしたりとかしたほうがいいんじゃないの? 連日行列できるでしょ、うふふふ、救世主みたい!」

「それもいいね。感謝されるのは嫌いじゃないからね。そういう道もあるかもね。でも、それじゃつまらないでしょ」

「そういうもの?」

「そういうものだよ」

 短い問答の繰り返しで何気ない会話を交わしながら、タルトはさらに千寿流に近づきその傍らに立つ。

「ねえ、紫のちっちゃい子? ちょっとその子の顔よく見せて」

 屈みこんでシャルに言う。
 目蓋を泣きはらしたシャルはすこぶる不服そうな顔をしたが、タルトの助けがなければ千寿流を助けられなかった事は理解していたため、しぶしぶ譲ることにした。

「うん、いい子ね。あたし、素直な子は好きよ」

 千寿流の頬を血が付いてしまうこともお構いなしに、頬から耳にかけて指を滑らせる。
 その後、指先で顎を持ち上げて鼻に軽く口づけをした。

「うふふ、肌も甘くてもちもち。赤ちゃんみたいな素肌ね。けど――」

 タルトは立ち上がり夜深に向きなおる。

「これだけ完璧に傷を治すことができるなら、いくら壊しても問題ないんじゃない?」

「それはどういった意味だい?」

 タルトは少し思案するように目線を落とし、ちらりと千寿流とシャルのほうに目を向ける。クスリと笑った後、再び夜深に目線を戻す。

「あっははは、そう怖い顔しないでよ。別に治せるからって、この子をどうこうしようなんて思ってないわよ。だってほら、そんなことしたら、この泣きじゃくってる子に嫌われちゃうからね」

「怖い顔? そんなつもりないけど。で、助けてもらったところ悪いけどさ、どうにも君と話が合うようには思えないんだよね。ねえ、どうするの、この空気」

 シャルは今の一連で完全にタルトを警戒してしまったのか、千寿流に近づけさせまいとタルトとの間に立っている。夜深も表情だけは笑ってはいるが、気を許せない相手だと認識した。

「いや、気まぐれよ、気まぐれ。ここ大口(おーく)はいろいろと噂が絶えないでしょ。あたしも一度は見ておきたいなって前々から思っていたのよね」

「へえ……偶然ね」

「そ、偶然も偶然。で、来てみたらなんかやば気な場面に出くわしちゃったワケ。さすがに見て見ぬ振りもできないかなーってそう思っただけよ。それ以外に用なんて何もない」

 タルトはそこで一呼吸を置く。
 ゆっくりと右の人差し指を上げると地面に敷かれた一本の糸が浮き上がり、タルトを宙に浮かび上がらせた。それはさながら空中浮遊、マジックでも見ているかのような不思議な光景だった。

「だから、今日はサヨウナラ。きっと近いうちにまた会うことになるでしょうから。また会えたら優雅にティータイムとでもいきましょうか? もちろん紅茶は砂糖抜きでね」

 そう言ってダンスを踊る様に器用に糸の上で一回転した後、一歩後退り後方に空いた大穴に頭から落ちていく。
 冷静になった後だから分かる。目の前には分かりづらく艶を消した状態の糸が何本か視えた。
 さっきの魔獣(マインドイーター)の件を踏まえると、彼女は何種類もの糸を巧みに使い分けているとみて間違いない。
 ならばそれはブラフでさらに敷き詰められていると考えていいだろう。気を許したところで手足がバラバラになっていた。なんて冗談は流石に面白くない。
 それに今追いかけたとしても、きっと彼女の姿はもうどこにも見当たらないだろう。
 仮にあの大穴の先に闇以外の何かが待っていたとしても、二人を連れて飛び込もうというのは馬鹿馬鹿しすぎる話だからだ。

「ふ、紅茶は砂糖抜きでね、か。やっぱり君とはとことんに気が合わないな」

 夜深はやれやれという仕草をしながら、持っている十徳ナイフで糸を確かめるように一本一本切断していくのだった。


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 再び血の雨が降る。
 真っ黒のキャンバスに彩りを与える様に、無秩序にその筆を振るい続ける。
「すごい あのお姉さん」
 目を真っ赤に泣きはらしたシャルが、口に手を当てて感嘆の声を漏らす。
 タルトはその後も、向かってくる残りの飛竜をすべて張り巡らした糸で絡め捕り、数分と経たずに全滅させる。
 思考をして対策を立てる対人相手との戦いでなければ、これほど便利な|異能《アクト》は無いだろうと千寿流の治療の傍ら思う夜深だった。
 ひとしきり笑って満足したのか、血濡れた赤い糸を軽快に渡って夜深のもとに降りてくる。
「ありがとう、助かったよ。君が助けに入ってくれなかったら、きっとこの子は助けられなかったと思う」
 スカートの裾を振り払っているタルトに声をかける。
 払い終わると少女は返事を返すでもなく夜深の横を通り抜け、千寿流のもとに向かう。
「ちじゅる~! よかった~!」
 横になって眠っている千寿流に抱きついているシャル。その傍ら覗き込むように顔を近づけるタルト。
 千寿流はまだ意識が戻っていない状態だったが、外から見れる傷は全てといってもいいほど完治していた。その治癒能力の精度の高さに感心したようにうんうんと頷くタルト。
「すごいね、アナタ。邪魔が入らなければ、あそこまでの大怪我を傷一つなしの状態で回復できちゃうなんて、そうね、ポケセンみたいね!」
「なにその例え。意味わかんないな」
 少女は夜深に向き直り、こんなことも分かんないの? と驚いた顔をつくる。
「まあいっか。でも、こんなすごい能力を持っているなら、お医者さんでもやって悠々自適に暮らしたりとかしたほうがいいんじゃないの? 連日行列できるでしょ、うふふふ、救世主みたい!」
「それもいいね。感謝されるのは嫌いじゃないからね。そういう道もあるかもね。でも、それじゃつまらないでしょ」
「そういうもの?」
「そういうものだよ」
 短い問答の繰り返しで何気ない会話を交わしながら、タルトはさらに千寿流に近づきその傍らに立つ。
「ねえ、紫のちっちゃい子? ちょっとその子の顔よく見せて」
 屈みこんでシャルに言う。
 目蓋を泣きはらしたシャルはすこぶる不服そうな顔をしたが、タルトの助けがなければ千寿流を助けられなかった事は理解していたため、しぶしぶ譲ることにした。
「うん、いい子ね。あたし、素直な子は好きよ」
 千寿流の頬を血が付いてしまうこともお構いなしに、頬から耳にかけて指を滑らせる。
 その後、指先で顎を持ち上げて鼻に軽く口づけをした。
「うふふ、肌も甘くてもちもち。赤ちゃんみたいな素肌ね。けど――」
 タルトは立ち上がり夜深に向きなおる。
「これだけ完璧に傷を治すことができるなら、いくら壊しても問題ないんじゃない?」
「それはどういった意味だい?」
 タルトは少し思案するように目線を落とし、ちらりと千寿流とシャルのほうに目を向ける。クスリと笑った後、再び夜深に目線を戻す。
「あっははは、そう怖い顔しないでよ。別に治せるからって、この子をどうこうしようなんて思ってないわよ。だってほら、そんなことしたら、この泣きじゃくってる子に嫌われちゃうからね」
「怖い顔? そんなつもりないけど。で、助けてもらったところ悪いけどさ、どうにも君と話が合うようには思えないんだよね。ねえ、どうするの、この空気」
 シャルは今の一連で完全にタルトを警戒してしまったのか、千寿流に近づけさせまいとタルトとの間に立っている。夜深も表情だけは笑ってはいるが、気を許せない相手だと認識した。
「いや、気まぐれよ、気まぐれ。ここ|大口《おーく》はいろいろと噂が絶えないでしょ。あたしも一度は見ておきたいなって前々から思っていたのよね」
「へえ……偶然ね」
「そ、偶然も偶然。で、来てみたらなんかやば気な場面に出くわしちゃったワケ。さすがに見て見ぬ振りもできないかなーってそう思っただけよ。それ以外に用なんて何もない」
 タルトはそこで一呼吸を置く。
 ゆっくりと右の人差し指を上げると地面に敷かれた一本の糸が浮き上がり、タルトを宙に浮かび上がらせた。それはさながら空中浮遊、マジックでも見ているかのような不思議な光景だった。
「だから、今日はサヨウナラ。きっと近いうちにまた会うことになるでしょうから。また会えたら優雅にティータイムとでもいきましょうか? もちろん紅茶は砂糖抜きでね」
 そう言ってダンスを踊る様に器用に糸の上で一回転した後、一歩後退り後方に空いた大穴に頭から落ちていく。
 冷静になった後だから分かる。目の前には分かりづらく艶を消した状態の糸が何本か視えた。
 さっきの|魔獣《マインドイーター》の件を踏まえると、彼女は何種類もの糸を巧みに使い分けているとみて間違いない。
 ならばそれはブラフでさらに敷き詰められていると考えていいだろう。気を許したところで手足がバラバラになっていた。なんて冗談は流石に面白くない。
 それに今追いかけたとしても、きっと彼女の姿はもうどこにも見当たらないだろう。
 仮にあの大穴の先に闇以外の何かが待っていたとしても、二人を連れて飛び込もうというのは馬鹿馬鹿しすぎる話だからだ。
「ふ、紅茶は砂糖抜きでね、か。やっぱり君とはとことんに気が合わないな」
 夜深はやれやれという仕草をしながら、持っている十徳ナイフで糸を確かめるように一本一本切断していくのだった。