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ep.64 死亡前線2

ー/ー



(ああ、面白いよ千寿流ちゃん。君が命を張ってまで見せてくれる景色は、僕にいつも新鮮な風を送り届けてくれる)

 窮地としかいいようのないこの事態を夜深は楽しんでいた。
 その表情はいつか君島灸(きみじまやいと)が見せた表情に近いものがあった。けれど、その歪んだ口角は似て非なるもの。それは不幸を嗜む邪なる笑み。

「キヨミお兄さん?」

 夜深の纏っていた空気が変わったことに気が付いたシャルは、疑問を問いかける。

「ああ、大丈夫だよ。きっと元通りになるさ。なに、人体なんて積み木みたいなものだよ。順番に組み立てればどうとでもなる」

 夜深はシャルにも聴きとれないくらいの声でそう呟いた。
 別にシャルに対して返答をしたわけではない。それは誰ともなく漏れ出した独り言。言ってしまえば自分自身に対して。答えの分かり切っているただの自問自答。

 ――キイイイィイイィ!!
 再度、空気を切り裂くようなけたたましい声が響き渡る。それは一匹の飛竜が周りと意思疎通を図るための合図だ。魔獣(マインドイーター)といえど学習する。一匹で駄目だったのであれば次は複数。それが駄目ならさらに物量を上げる。
 それは獲物の息の根が止まるか、自分たちが滅ぼされるか、そのどちらかが訪れるまで延々と繰り返し続けられるのだ。

(三匹。いや、その判断はぬるい。時間差で次々と向かってくるだろうか。いや、そこまでの段取りを図れるほど知能は高くないだろう)

 上空から三匹の飛竜が向かってくる。先頭の飛竜が翼を折りたたみ速度と鋭さを上げると、示し合わせたように続く二匹も同じように翼を折りたたんだ。
 それはさながら投擲された槍の如く、殺意だけを増して獲物を穿たんと速度を上げ続ける。

愚楽黄泉(ぐらくこうせん)――」

 再び手を重ねると同じように、地面から湧き上がる影が球体を形作られる。それらは先ほどと同じように互いに反発と吸引を繰り返すように、夜深と魔獣(マインドイーター)を挟み眼前で暴れまわる。
 明けない夜を体現したような球体たちは、どれも同じ黒色なのに一つとして交わることはない。その不毛な行為は傍から見れば愚かなようで楽しそうにも見えた。それはまるで決着のつかない子供の喧嘩のようだ。

(まどか)

 夜深がそう呟いたとたん、あれだけ不規則な動きを繰り返していた八つの球体は、高速で円運動をしながら時計回りに回り始める。
 回転する球体は速度を上げ続け、やがて円に変わる。
 球が完全に円に変わると、その輪は直径十メートルほどに大きく広がり、その円の中に三匹の飛竜を映し出す。
 先頭の飛竜が速度をさらに加速させ、黒い輪を通り抜けようとした瞬間、その姿は跡形もなく消えてしまう。
 まるで鉛筆画を消しゴムで擦り消したかのように、飛竜の存在そのものが世界からログアウトする。断末魔すら許さない、絶対的な虚無への招待状だった。

(位置取りは問題ない。(まどか)で造られた円は簡易的な痲宮殿。相手が人間ならこの(アクト)は全く持って使い物にならないけど、おとなしくこれに引っかかってくれる相手なら――)

 後に続く二匹の飛竜もこの輪を通り過ぎようとした瞬間、虚空へと掻き消える。しかし、残りの二匹は全てを理解したとでも言わんばかりに体勢を変え、その場で急停止する。
 それだけではない。停止後、左右二手に分かれた飛竜型の魔獣(マインドイーター)は挟撃せんと夜深へと同時に襲い掛かる。

「最低限の学びってヤツはできるみたいだね。いや、最初の一匹も分身って考えると、下手な人間より賢いか」

 愚楽黄泉で生成できる球体は最大で同時に十個。それ以降に生成した場合、始めに生成した球体から消えていく。円は維持にかかる球体が増えれば増えるほどに、円の規模が大きくなりカバーできる範囲も増える。
 しかし、円の維持にかける球体を増やすということは同時にリスクも孕む。八つの球体で生成した円は一つでも欠けると、その瞬間に質量を維持できなくなり崩壊するというわけだ。
 その隙を魔獣(マインドイーター)は許してくれないだろう。
 そのために残した二つの生成の権利。
 夜深の後方、影に潜ませていた二つの球体が黒円に引き寄せられるように速度を上げ、飛竜の横っ腹に直撃した。

 キイィイィイィ!?
 自身の身に何が起こったかも分からない魔獣(マインドイーター)は、思わぬ伏兵の一撃を防御することもできず、困惑の奇声を上げ、そのまま円の中に飛び込み跡形もなく消えてしまった。

「っ……ずごい! キヨミお兄さん! あの ばけもの さんびきとも やっづけちゃった!」

 シャルは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、震える声でそう叫んだ。千寿流の冷たい手を握りしめながら、目の前の圧倒的な暴力に、僅かな希望を見出したのだ。
 しかし、夜深は答えない。
 まだ予断を許さない状況だからだ。
 役目を終えた黒い円は速度を落とし、やがて元の球体に戻ると、ゆっくりと質量を落とし空気に溶けて消えていく。

「あれ そのわっか きえちゃうの?」

(もう愚楽黄泉ではどうにもできないだろう。次は十を超える数が、八方を包囲して一斉に向かってくる。ここまでが限界かな)

 飛竜には失敗をもとに次の策を考えるだけの知能がある。それを可能にしているのが、あの分身能力と上空を飛び回ることのできる機動性。
 現状、夜深の手持ちのカードでは、千寿流たちを守りながら全てを屠るのはどう足掻いても不可能だった。


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(ああ、面白いよ千寿流ちゃん。君が命を張ってまで見せてくれる景色は、僕にいつも新鮮な風を送り届けてくれる)
 窮地としかいいようのないこの事態を夜深は楽しんでいた。
 その表情はいつか|君島灸《きみじまやいと》が見せた表情に近いものがあった。けれど、その歪んだ口角は似て非なるもの。それは不幸を嗜む邪なる笑み。
「キヨミお兄さん?」
 夜深の纏っていた空気が変わったことに気が付いたシャルは、疑問を問いかける。
「ああ、大丈夫だよ。きっと元通りになるさ。なに、人体なんて積み木みたいなものだよ。順番に組み立てればどうとでもなる」
 夜深はシャルにも聴きとれないくらいの声でそう呟いた。
 別にシャルに対して返答をしたわけではない。それは誰ともなく漏れ出した独り言。言ってしまえば自分自身に対して。答えの分かり切っているただの自問自答。
 ――キイイイィイイィ!!
 再度、空気を切り裂くようなけたたましい声が響き渡る。それは一匹の飛竜が周りと意思疎通を図るための合図だ。|魔獣《マインドイーター》といえど学習する。一匹で駄目だったのであれば次は複数。それが駄目ならさらに物量を上げる。
 それは獲物の息の根が止まるか、自分たちが滅ぼされるか、そのどちらかが訪れるまで延々と繰り返し続けられるのだ。
(三匹。いや、その判断はぬるい。時間差で次々と向かってくるだろうか。いや、そこまでの段取りを図れるほど知能は高くないだろう)
 上空から三匹の飛竜が向かってくる。先頭の飛竜が翼を折りたたみ速度と鋭さを上げると、示し合わせたように続く二匹も同じように翼を折りたたんだ。
 それはさながら投擲された槍の如く、殺意だけを増して獲物を穿たんと速度を上げ続ける。
「|愚楽黄泉《ぐらくこうせん》――」
 再び手を重ねると同じように、地面から湧き上がる影が球体を形作られる。それらは先ほどと同じように互いに反発と吸引を繰り返すように、夜深と|魔獣《マインドイーター》を挟み眼前で暴れまわる。
 明けない夜を体現したような球体たちは、どれも同じ黒色なのに一つとして交わることはない。その不毛な行為は傍から見れば愚かなようで楽しそうにも見えた。それはまるで決着のつかない子供の喧嘩のようだ。
「|円《まどか》」
 夜深がそう呟いたとたん、あれだけ不規則な動きを繰り返していた八つの球体は、高速で円運動をしながら時計回りに回り始める。
 回転する球体は速度を上げ続け、やがて円に変わる。
 球が完全に円に変わると、その輪は直径十メートルほどに大きく広がり、その円の中に三匹の飛竜を映し出す。
 先頭の飛竜が速度をさらに加速させ、黒い輪を通り抜けようとした瞬間、その姿は跡形もなく消えてしまう。
 まるで鉛筆画を消しゴムで擦り消したかのように、飛竜の存在そのものが世界からログアウトする。断末魔すら許さない、絶対的な虚無への招待状だった。
(位置取りは問題ない。|円《まどか》で造られた円は簡易的な痲宮殿。相手が人間ならこの|力《アクト》は全く持って使い物にならないけど、おとなしくこれに引っかかってくれる相手なら――)
 後に続く二匹の飛竜もこの輪を通り過ぎようとした瞬間、虚空へと掻き消える。しかし、残りの二匹は全てを理解したとでも言わんばかりに体勢を変え、その場で急停止する。
 それだけではない。停止後、左右二手に分かれた飛竜型の|魔獣《マインドイーター》は挟撃せんと夜深へと同時に襲い掛かる。
「最低限の学びってヤツはできるみたいだね。いや、最初の一匹も分身って考えると、下手な人間より賢いか」
 愚楽黄泉で生成できる球体は最大で同時に十個。それ以降に生成した場合、始めに生成した球体から消えていく。円は維持にかかる球体が増えれば増えるほどに、円の規模が大きくなりカバーできる範囲も増える。
 しかし、円の維持にかける球体を増やすということは同時にリスクも孕む。八つの球体で生成した円は一つでも欠けると、その瞬間に質量を維持できなくなり崩壊するというわけだ。
 その隙を|魔獣《マインドイーター》は許してくれないだろう。
 そのために残した二つの生成の権利。
 夜深の後方、影に潜ませていた二つの球体が黒円に引き寄せられるように速度を上げ、飛竜の横っ腹に直撃した。
 キイィイィイィ!?
 自身の身に何が起こったかも分からない|魔獣《マインドイーター》は、思わぬ伏兵の一撃を防御することもできず、困惑の奇声を上げ、そのまま円の中に飛び込み跡形もなく消えてしまった。
「っ……ずごい! キヨミお兄さん! あの ばけもの さんびきとも やっづけちゃった!」
 シャルは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、震える声でそう叫んだ。千寿流の冷たい手を握りしめながら、目の前の圧倒的な暴力に、僅かな希望を見出したのだ。
 しかし、夜深は答えない。
 まだ予断を許さない状況だからだ。
 役目を終えた黒い円は速度を落とし、やがて元の球体に戻ると、ゆっくりと質量を落とし空気に溶けて消えていく。
「あれ そのわっか きえちゃうの?」
(もう愚楽黄泉ではどうにもできないだろう。次は十を超える数が、八方を包囲して一斉に向かってくる。ここまでが限界かな)
 飛竜には失敗をもとに次の策を考えるだけの知能がある。それを可能にしているのが、あの分身能力と上空を飛び回ることのできる機動性。
 現状、夜深の手持ちのカードでは、千寿流たちを守りながら全てを屠るのはどう足掻いても不可能だった。