表示設定
表示設定
目次 目次




#1

ー/ー



第1部5章『大丈夫』クレリス-虚凍の惑星

>>Towa

 ――遠くで誰かが名前を呼んでいる気がする。

『――ワさん、トワさ――』

 ぼんやりとした頭が言葉の意味を理解し始める。確かに、呼ばれている。まるで、水の底に沈んでいるみたいな感覚だ。

 体が重い。手足が痺れている。この感覚は前にもあったような気がする。まぶたが重くて目が開けない。
 だけど少しずつ自分が覚醒していくことを自覚する。

『――うだ、心復電器はまだ――』
『――活性化アンプルをもう1本――』

 声がする。何を言っているんだろう。
 そうだ、私は航宙船にのって……冷凍睡眠で……ぼんやりと、思い出してきた。記憶がよみがえるにつれて感覚も少しずつ戻ってくる。

『ポッドの緊急プロトコル2-B、もう一度最初からです!』
『ですが船長、もう3回も……』
『かまいません、可能性があるなら何回でも試すんです!ドク、アンプルの追加は!』
『すまない、さっきので最後だ……』

 船長、さん……?重たい瞼を開くと、外の様子が見えた。薄暗い船室。誰かがカプセルを覗き込んでいる。

『船長、トワさんが覚醒しました!』
『……そうですか』
『トワさん、今ポッドを解放します』

 この人は……確かランスさん……?目の前の船員さんの顔を見ながらそんな事を考えていると、ポッド内の空気が排出され、カプセルの扉が解放された。

「どこか具合の悪いところはありませんか?」
「……大……丈夫」

 肺の中に溜まっていた冷気を吐き出したような気分だ。声がまだちゃんと出ない。

「船長、プロトコル2-B……効果ありません」
「くそっ!」

 いつも紳士的な船長さんが悪態をついている。何かあったんだろうか……?
 声のした方を見ると、もうひとつの冷凍ポッドが解放されてて、その前に船長さんたち3人が屈み込んでいる。……3人の影から見えるのは……アイリス?

「……アイ……リス?」

 アイリスはまだ覚醒していないんだろうか?でもどうして船長さん達が?頭の中で疑問が渦巻くけど、答えが出る前に体が先に動いていた。しびれの残る重い手足を動かし、私は身を起こす。自分の体では無いような感覚を抱いたまま、アイリスのポッドへ向かう。

「トワ、さん……」

 立ち上がった船長さんが私に声を掛けているが、私の意識はアイリスに向いていた。
 ――青白い光に照らされたアイリスの顔。いや、青白いのは光じゃない。アイリスの顔が青白いんだ。冷凍中はこんな肌色になるはず。だけど、何かが違う気がする。
 だって、もうポッドは解放されているのに……どうしてアイリスは起きてないの?

「アイリス……?」

 呼びかけた。
 けど、何も返事が返ってこない。

「トワさん……」
「……船長、私が彼女に話そうか?」
「いえ、私が説明を」
「了解した。では我々は一度退室します」

 船長さん達は何を言ってるんだろう?
 また到着予定の星でトラブルでも起きてるんだろうか?
 まだ思うように動かない体をなんとか動かし、アイリスの前に跪く。

「トワさん、落ち着いて聞いてください。……アイリスさんの事です」

 船長さんは私を見つめると悲痛な表情で、こう告げた。アイリスの事……?

「……解凍処置が、失敗しました」

 ……何を言ってるんだろう、この人は。だってもう解凍処置は終わってるのに。

「我々も手を尽くしたのですが……アイリスさんは、亡くなりました」

 なくなった?アイリスが?そんな事あるはずがない。アイリスはここにいるし、だって、さっきまであんなに元気だったし、むしろ私の方が疲れ果ててたし。今だってアイリスは寝てるだけだし。

「悪い……冗談は……だめ」

 私が絞り出した言葉に船長さんは無言で頭を振った。

「クレリスの管制局から連絡がありました。ヴェリザンのミラー大統領(・・・)から直接の連絡で、当船にクレナシス症候群の感染者が乗船している可能性があると。私達クルーはワクチンを打っていたのですが、トワさんとアイリスさんが未接種であるとの事でしたので、お二人の解凍措置に万全を期すために待機していたのですが……」

 船長さんが何か言っているが、私の耳にその言葉は入ってこない。アイリスが、死んだ?そんなの、嘘に決まってる。
 嘘だよね?

「アイリス……?」

 もう一度呼びかけた。でも、反応はない。ただ、起きていないだけ……だよね?自分に言い聞かせるように、アイリスの頬に手を伸ばす。冷たい頬が指先に触れる。

 ……どうして、こんなに冷たいの?
 指先の冷たい感覚が頭の奥に突き刺さるように感じる。頭が痛い。呼吸が苦しい。

「……アイ……リス……?起きて?……もうすぐ……到着、するよ?」

 どれだけ呼びかけても返事が無い。どうして返事をしてくれないの?

 どうして、私を独りにするの?
 ずっと二人で一緒に旅を続けるって、約束したのに。

 アイリスが何かを握りしめている事に気がついた。小さく冷たい手をとると、力なくアイリスの指が開いた。これは……パパの形見の……私がアイリスにお守りとして預けていた……?
 私が虹水晶のペンダントに目をやると同時に当時に、開いたままの手からペンダントがするりとこぼれ落ちた。力なく開かれたアイリスの右手に残る、ペンダントの金具と同じ形の火傷の痕。

 その光景を目にした瞬間、私の頭の中で何かが……私の心を守っていた最後の砦が、崩れるような音がした。アイリスは――もういない。
 私の頭は……アイリスが死んでしまった事を、理解してしまった。

「アイリスッ!!!!」

 認めたくなかった事実を認めてしまった私の心は限界を迎え――崩れた砦の向こうから、暗闇が押し寄せる。
 私の意識は、その暗闇に呑み込まれていった。


>>Towa:??? Later -???-

「――ワさん、よかった、目が覚めたんですね。お加減は――」

 ――てんじょう。
 だれかいる。

「――レリスのギルド支部の方がギルド葬をと言われているのですが、とりあえずトワさんが起きられるまで待っていただくようにとお話――」

 ぎるど……そう。

 てんじょう。しろい。
 くるしい。
 どうして?

「――うすこし、時間を頂くように伝えておきま――」


>>Towa:??? Later -???-

「モーリオンギルド、クレリス支部の首席補佐官、レイクロットです。この度はブースタリア管理官の突然の訃報に接し、心からお悔やみ申し上げます」

 ――知らない人。
 ぎるど……ギルド?
 ブースタリア……お義父さん……。

「――以上のような理由から、当支部にてブースタリア管理官のギルド葬を執り行わせて頂きたいと考えております。シンガー殿にはご承認いただきたく――」

 しょうにん?商人……ウォルターさん?

「首席補佐官殿、見ての通りトワさんはまだ……」
「ですが、いつまでも現状のままでは……。せめて埋葬の手続きだけでも……」

 まいそう……埋葬?

「……だ……め」
「トワさん!?」

 埋めたら、旅が出来なくなる。
 わたしは……私達は……

「たび……つづけないと……いけない……」

「バジャー船長、どういう意味かお判りになりますか?」
「……推測でよろしければ。お二人は義理の姉妹関係だと伺っています。そして、ずっと二人で旅を続けるという約束を交わされていたと……」
「……そうでしたか。ではこの星に埋葬するのはご遺族の意思ではないということですね」
「そう、なりますね」
「でしたら……宇宙葬で検討させて頂ければ」
「その方がおそらくお二人のご希望に添えているかと。私ももう少しトワさんにお話をしてみます」

 ……なんの、はなしだろう。

「手配に少し時間が掛かりますので、お二人がクレリスに来られた目的を先にすまされた方が良いかもしれません」
「ああ、その話はアイリスさんに聞いています。本船に積まれているコンテナを大図書館で調査されたいと……」

 アイリス、どこ……?
 アイリス……アイリス……アイリス!

「アイリスっ!」

「シンガー殿!?」
「……失言でした……彼女の前で管理官殿の名前を出してしまうと――」

 世界がまた暗くなっていく。
 なにもきこえない。
 なにもみえない。


>>Towa:1Day Later -???-

「トワさん、こちらで入館手続きを」

 広い建物。
 図書館……?水晶が沢山。

「こちらに手をかざしてください」

 台に手をおく。光ってる。

[Authentication Complete.
 Welcome Celestielle.]

「おや、私の時と反応が違いますね……さすがシンガー殿と言ったところですか?」

 船長さん、コンテナ……運んでる。

「今認証をされたのはどなたか」

 知らない人。黒くて……人、じゃない?
 ……わからない。

「こちらの女性です。ギルドのシンガー殿です」
「……奥で機姫(きき)カルティアがお会いするとの事だ」
「機姫様が?」
「きき?」

 知らない言葉。
 黒い人と、船長さん、歩き出した。

「私も噂でしか聞いたことはありませんが、機姫カルティア様と言えばこの大図書館を管理されている方だとか……」
「……そう」

 大きな扉……が、開く。
 中は……光でいっぱい。
 白い、人がいる。
 光って……本棚に……つながってる?
 この人も、人じゃない?

「ようこそ、セレスティエル。あなたのご帰還を心より嬉しく思います」

 うれしい……?
 うれしくなんか、ない。
 私は、そんな名前じゃない。

「わたしは……トワ」
「なるほど、エトワールですものね」

 何を言っているのか、わからない。
 どうしてわらうの?
 こんなにかなしいのに。

「機姫様、トワさんは大事な方を亡くされたばかりで……まだお話は難しいかと」
「……そうでしたか。では御用向きは貴方に伺っても?」
「こちらのコンテナの中身について調査をお願いしたい、と伺っています」

 白い人……調べてくれる……人?

「エイギス、お願いできますか」
「……御意」

 黒い人、コンテナを開ける。

「これは……!貴様、何故これを!」
「……エイギス」
「ですが、これは!」
「エトワール……いえ、トワ様。調査のご依頼、承りました。調査にに少しお時間を頂きたいので……気の向かれた時にでもまたお越し頂ければ」
「……わかった」
「私は機族(マシナリィ)ですから、いつまでもお待ちしておりますね」

 ましなりぃ。
 知らない人……人じゃない、人。
 アリサ……。
 たすけて、アリサ。
 わたし、くるしいよ……。


>>Towa:2Days Later -Badger1-

 私は宇宙船の中にいた。搬入口が開いているので、コスモスーツを着ている。船倉の中央には鈍い光を放つ透明な棺が静かに安置されている。

 ……アイリスはその中で静かに横たわっていた。まるで眠るように、旅立ちの時を待っている。

『シンガー殿、ブースタリア管理官殿をお送りする方向にご希望があれば……』

 この星のギルドの人、確か補佐官と言っていった人……が静かに尋ねてきた。

 方向……?聞かれている意味が、最初はよくわからなかった。

『通常は、故人に縁の深い星系へ向けて送り出すのですが……。今回はシンガー殿が希望される方向へお送りさせて頂きます』

 補佐官さんの言葉が続く。

 故郷……。その言葉が、ようやく頭の中で理解できた。
 そうだ、アイリスはこれから旅に出るんだ。

『……旅を……』

 口から、掠れた声が出た。まるで自分の声じゃないような、掠れた声が。

『……続けるって……一緒に……』

 船長さんは私の気持ちを理解してくれたのか、小さく頷くとコンソールの操作を始めた。
『お二人はペレジス方面から来られましたから、そちらと逆向きの軌道を指定します』

 棺がゆっくりと持ち上がる。船倉の真ん中に浮かんでいる。ギルドの人達、船員さん達が祈りを捧げている。

 光が棺を包む。小さな軌道の線が宙に描かれる。その線の先が――アイリスが旅立つ、大宇宙(おおぞら)の果て。

『魂の輝きが、永遠に水晶に宿りますように』

 誰かの弔いの言葉と共に、棺が動き始める。私には……ただ、その光景を見つめることしかできなかった。棺が光の帯に包まれて浮かぶ。ぶその光景をぼんやりと目で追うことしか出来ない。

『アイリス……』

 気がつけば、私は小さな声でアイリスを呼んでいた。自分が呼んだアイリスの名に、胸が、心が締め付けられる。

 その声は棺には届かない。アイリスには、届かない。だけど、呼ばずにはいられなかった。

『アイリス……お願い、置いて行かないで……』

 光の帯が強く輝き、棺はゆっくりと宇宙へと押し出されていく。
 遠い大宇宙(おおぞら)の果てへ。

 ――もう二度と帰らない旅路へ。

 どうして私はアイリスをお姉ちゃんって呼んであげなかったんだろう。アイリスはいつもあんなに姉と呼んでほしがっていたのに。最後に話したときだってそうだ。
 それなのに、私は……最後の時まで拒否してしまった。なら、せめて……。

『お姉ちゃ――ん!!!』

 呼び声は真空に溶け、誰にも――アイリスにも届かない。そのことを悟った瞬間、私の中で最後に残っていた何かが壊れた音がした。
 心が、空っぽになった。

 空っぽの心で、棺が星々の間に消えていく光景を、ただ見つめていた。


>>Towa:Few Days Later

 お姉ちゃんを見送ってから何日かが過ぎた。
 そろそろ私も旅に出ないと、お姉ちゃんに置いて行かれてしまう。大丈夫、私は旅を続けられる。だから、ちゃんと旅立ちの準備をしないと。

 宿の部屋に置きっぱなしになっていたトランクを開けると、お姉ちゃんが使っていたフォトンタブとギルド章が目に入った。ギルド章を首から掛け、そっと手に取ったフォトンタブを左の手首に装着する。

[Authentication Failure.]
[Guildnet Connection DENIED.]

 ……知ってるよ。私はお姉ちゃんじゃないんだ。でもカメラやメモは使えるみたいだから、このままにしておく。

 服は……ゆったりしたものなら着れるだろうか。幾つか見繕ってサイズの合うものを探した。どれも胸元が緩くウェストがきついけど、仕方ない。

 出立の準備を終えた私は鏡に自分の姿を写して確認を行う。
 誰だろう……この女の子は。
 髪はぼさぼさ、目の下に酷いくまもできている。ほんとうに酷い格好だ。でも、そんな事は重要じゃない。どんな状態であっても、私は旅を続けないといけないんだから。

「トワ、あなたは大丈夫」

 鏡に写る女の子にそう言い聞かせる。そうだ、大丈夫だ。
 二つのギルド章を首からさげ、漆黒の瞳で見つめ返す女の子の姿を見ながら……私は旅を続ける覚悟を新たにする。

 そうだ、出立の前に少し路銀を調達しておいた方が良いかもしれない。そう思った私は、、荷物の中からアリサにもらったC3を探し出す。調律してギルドに持ち込めばお金(GC)になるだろう。

 小振りなC3を掲げ持ち、私は歌を――紡ぎ出そうとした。
 ……けど。

「お姉ちゃん……私……」

 いや、声は出る。そうか、私……。
 私の、唯一の特技だったんだけどな。

「――歌も、なくしちゃったよ……」

 ……でも、大丈夫。
 私は、大丈夫だから。


>>Towa:1Day Later

「本当によろしいのですか?もし遠慮されているのであれば……」
「……大丈夫です」

 私は大丈夫。船長さんはペレジスへ戻る船に私を乗せてくれると申し出てくれた。でも、私は旅を続けないといけない。故郷にはまだ戻れない。

「そう、ですか……では無理強いはしませんが。でも、本当に」
「船長さん。色々と有り難うございました。このご恩を……いつかお返しできると良いのですが」
「トワさんが壮健で旅を続けられる事。それが我々への恩返しだと思ってください」
「……有り難うございます。お姉ちゃんの分も……感謝します」

 不思議なことに「歌」を失ってから、私の口は私が思うように言葉を紡げるようになった。船長さん達への感謝の気持ちもスムーズに伝えられる。

「我々はペレジスとヴェリザンの間を往復しています。もし何か困りごとがあれば、どちらかの軌道ステーションに言伝頂ければ、可能な限りお手伝いしますよ」
「心遣いに感謝します。でも……私は旅をしないといけないから……遠くへ。どこまでも」

 船長さんの申し出に私がそう応えると、彼は少し寂しげな笑みを浮かべて……クレリスを出航していった。

 たぶん、もう彼らに会うことはないだろう。沢山お世話になった。どうやっても返せないほどの、恩。今の私には深く頭を下げて彼らを見送ることしか出来なかった。

 ……さあ、私も出発しないと。


「一番早く出航する便のチケットを」
「……一番早い……ですか?どちら方面ですか?」
「どこでもいいです」
「えっ……?」

 軌道ステーションの乗船受付カウンター。お姉ちゃんは先に旅立った。私も急いで旅に出ないと。

「一番早く出航するのは……45分後にアルカナムへ向かう貨物船がありますが……。少し急すぎますし、下等航行しかありませんので他を……」
「それで大丈夫です」
「……はぁ……そうですか……」

 下等航行……つまり冷凍睡眠。大丈夫。それで問題ない。カウンターの女性に軽く微笑む(・・・)と、私はその船のチケットを買った。

 大きなトランクと小さなトランク。積み込む荷物は二つだ。鋼の獣(メタルビースト)のコンテナは大図書館に預けてある。調査結果は気が向いたときに聞きに行けばいいだろう。あの……なんとかという白い人もそう言っていた。

 船倉に落ち着いた私は冷凍睡眠ポッドに腰掛け、フォトンタブを操作して記録された映像を再生する。映し出される故郷の映像には何も感じない。そこはもう、私にとっては遠い過去の場所だから。でも、最後の一枚は違う。

「お姉ちゃん……私、ちゃんと旅を続けるよ。私、大丈夫だよ」

 ばっちり決め顔をした姉の自撮り写真(ホロ)にむかってそう呟く。

 ――どれだけそうしていたのだろうか。船倉に現れた船員がそろそろ冷凍睡眠に入れと言っている。私はフォトンタブをオフにし、大事にしまい込んだ。少しサイズの合わない衣装を身に纏った私は三つのペンダントを首に掛けたまま冷凍睡眠ポッドへ横たわる。
 もしかしたら、夢の中でお姉ちゃんに会えるかもしれない。

 大丈夫。私は旅を続けられる。
 大丈夫。私は約束を守るんだ。
 大丈夫。
 大丈夫。
 大丈夫――。

 私の想いは、凍てつく眠りの中へ落ちていった。



スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



第1部5章『大丈夫』クレリス-虚凍の惑星
>>Towa
 ――遠くで誰かが名前を呼んでいる気がする。
『――ワさん、トワさ――』
 ぼんやりとした頭が言葉の意味を理解し始める。確かに、呼ばれている。まるで、水の底に沈んでいるみたいな感覚だ。
 体が重い。手足が痺れている。この感覚は前にもあったような気がする。まぶたが重くて目が開けない。
 だけど少しずつ自分が覚醒していくことを自覚する。
『――うだ、心復電器はまだ――』
『――活性化アンプルをもう1本――』
 声がする。何を言っているんだろう。
 そうだ、私は航宙船にのって……冷凍睡眠で……ぼんやりと、思い出してきた。記憶がよみがえるにつれて感覚も少しずつ戻ってくる。
『ポッドの緊急プロトコル2-B、もう一度最初からです!』
『ですが船長、もう3回も……』
『かまいません、可能性があるなら何回でも試すんです!ドク、アンプルの追加は!』
『すまない、さっきので最後だ……』
 船長、さん……?重たい瞼を開くと、外の様子が見えた。薄暗い船室。誰かがカプセルを覗き込んでいる。
『船長、トワさんが覚醒しました!』
『……そうですか』
『トワさん、今ポッドを解放します』
 この人は……確かランスさん……?目の前の船員さんの顔を見ながらそんな事を考えていると、ポッド内の空気が排出され、カプセルの扉が解放された。
「どこか具合の悪いところはありませんか?」
「……大……丈夫」
 肺の中に溜まっていた冷気を吐き出したような気分だ。声がまだちゃんと出ない。
「船長、プロトコル2-B……効果ありません」
「くそっ!」
 いつも紳士的な船長さんが悪態をついている。何かあったんだろうか……?
 声のした方を見ると、もうひとつの冷凍ポッドが解放されてて、その前に船長さんたち3人が屈み込んでいる。……3人の影から見えるのは……アイリス?
「……アイ……リス?」
 アイリスはまだ覚醒していないんだろうか?でもどうして船長さん達が?頭の中で疑問が渦巻くけど、答えが出る前に体が先に動いていた。しびれの残る重い手足を動かし、私は身を起こす。自分の体では無いような感覚を抱いたまま、アイリスのポッドへ向かう。
「トワ、さん……」
 立ち上がった船長さんが私に声を掛けているが、私の意識はアイリスに向いていた。
 ――青白い光に照らされたアイリスの顔。いや、青白いのは光じゃない。アイリスの顔が青白いんだ。冷凍中はこんな肌色になるはず。だけど、何かが違う気がする。
 だって、もうポッドは解放されているのに……どうしてアイリスは起きてないの?
「アイリス……?」
 呼びかけた。
 けど、何も返事が返ってこない。
「トワさん……」
「……船長、私が彼女に話そうか?」
「いえ、私が説明を」
「了解した。では我々は一度退室します」
 船長さん達は何を言ってるんだろう?
 また到着予定の星でトラブルでも起きてるんだろうか?
 まだ思うように動かない体をなんとか動かし、アイリスの前に跪く。
「トワさん、落ち着いて聞いてください。……アイリスさんの事です」
 船長さんは私を見つめると悲痛な表情で、こう告げた。アイリスの事……?
「……解凍処置が、失敗しました」
 ……何を言ってるんだろう、この人は。だってもう解凍処置は終わってるのに。
「我々も手を尽くしたのですが……アイリスさんは、亡くなりました」
 なくなった?アイリスが?そんな事あるはずがない。アイリスはここにいるし、だって、さっきまであんなに元気だったし、むしろ私の方が疲れ果ててたし。今だってアイリスは寝てるだけだし。
「悪い……冗談は……だめ」
 私が絞り出した言葉に船長さんは無言で頭を振った。
「クレリスの管制局から連絡がありました。ヴェリザンのミラー|大統領《・・・》から直接の連絡で、当船にクレナシス症候群の感染者が乗船している可能性があると。私達クルーはワクチンを打っていたのですが、トワさんとアイリスさんが未接種であるとの事でしたので、お二人の解凍措置に万全を期すために待機していたのですが……」
 船長さんが何か言っているが、私の耳にその言葉は入ってこない。アイリスが、死んだ?そんなの、嘘に決まってる。
 嘘だよね?
「アイリス……?」
 もう一度呼びかけた。でも、反応はない。ただ、起きていないだけ……だよね?自分に言い聞かせるように、アイリスの頬に手を伸ばす。冷たい頬が指先に触れる。
 ……どうして、こんなに冷たいの?
 指先の冷たい感覚が頭の奥に突き刺さるように感じる。頭が痛い。呼吸が苦しい。
「……アイ……リス……?起きて?……もうすぐ……到着、するよ?」
 どれだけ呼びかけても返事が無い。どうして返事をしてくれないの?
 どうして、私を独りにするの?
 ずっと二人で一緒に旅を続けるって、約束したのに。
 アイリスが何かを握りしめている事に気がついた。小さく冷たい手をとると、力なくアイリスの指が開いた。これは……パパの形見の……私がアイリスにお守りとして預けていた……?
 私が虹水晶のペンダントに目をやると同時に当時に、開いたままの手からペンダントがするりとこぼれ落ちた。力なく開かれたアイリスの右手に残る、ペンダントの金具と同じ形の火傷の痕。
 その光景を目にした瞬間、私の頭の中で何かが……私の心を守っていた最後の砦が、崩れるような音がした。アイリスは――もういない。
 私の頭は……アイリスが死んでしまった事を、理解してしまった。
「アイリスッ!!!!」
 認めたくなかった事実を認めてしまった私の心は限界を迎え――崩れた砦の向こうから、暗闇が押し寄せる。
 私の意識は、その暗闇に呑み込まれていった。
>>Towa:??? Later -???-
「――ワさん、よかった、目が覚めたんですね。お加減は――」
 ――てんじょう。
 だれかいる。
「――レリスのギルド支部の方がギルド葬をと言われているのですが、とりあえずトワさんが起きられるまで待っていただくようにとお話――」
 ぎるど……そう。
 てんじょう。しろい。
 くるしい。
 どうして?
「――うすこし、時間を頂くように伝えておきま――」
>>Towa:??? Later -???-
「モーリオンギルド、クレリス支部の首席補佐官、レイクロットです。この度はブースタリア管理官の突然の訃報に接し、心からお悔やみ申し上げます」
 ――知らない人。
 ぎるど……ギルド?
 ブースタリア……お義父さん……。
「――以上のような理由から、当支部にてブースタリア管理官のギルド葬を執り行わせて頂きたいと考えております。シンガー殿にはご承認いただきたく――」
 しょうにん?商人……ウォルターさん?
「首席補佐官殿、見ての通りトワさんはまだ……」
「ですが、いつまでも現状のままでは……。せめて埋葬の手続きだけでも……」
 まいそう……埋葬?
「……だ……め」
「トワさん!?」
 埋めたら、旅が出来なくなる。
 わたしは……私達は……
「たび……つづけないと……いけない……」
「バジャー船長、どういう意味かお判りになりますか?」
「……推測でよろしければ。お二人は義理の姉妹関係だと伺っています。そして、ずっと二人で旅を続けるという約束を交わされていたと……」
「……そうでしたか。ではこの星に埋葬するのはご遺族の意思ではないということですね」
「そう、なりますね」
「でしたら……宇宙葬で検討させて頂ければ」
「その方がおそらくお二人のご希望に添えているかと。私ももう少しトワさんにお話をしてみます」
 ……なんの、はなしだろう。
「手配に少し時間が掛かりますので、お二人がクレリスに来られた目的を先にすまされた方が良いかもしれません」
「ああ、その話はアイリスさんに聞いています。本船に積まれているコンテナを大図書館で調査されたいと……」
 アイリス、どこ……?
 アイリス……アイリス……アイリス!
「アイリスっ!」
「シンガー殿!?」
「……失言でした……彼女の前で管理官殿の名前を出してしまうと――」
 世界がまた暗くなっていく。
 なにもきこえない。
 なにもみえない。
>>Towa:1Day Later -???-
「トワさん、こちらで入館手続きを」
 広い建物。
 図書館……?水晶が沢山。
「こちらに手をかざしてください」
 台に手をおく。光ってる。
[Authentication Complete.
 Welcome Celestielle.]
「おや、私の時と反応が違いますね……さすがシンガー殿と言ったところですか?」
 船長さん、コンテナ……運んでる。
「今認証をされたのはどなたか」
 知らない人。黒くて……人、じゃない?
 ……わからない。
「こちらの女性です。ギルドのシンガー殿です」
「……奥で|機姫《きき》カルティアがお会いするとの事だ」
「機姫様が?」
「きき?」
 知らない言葉。
 黒い人と、船長さん、歩き出した。
「私も噂でしか聞いたことはありませんが、機姫カルティア様と言えばこの大図書館を管理されている方だとか……」
「……そう」
 大きな扉……が、開く。
 中は……光でいっぱい。
 白い、人がいる。
 光って……本棚に……つながってる?
 この人も、人じゃない?
「ようこそ、セレスティエル。あなたのご帰還を心より嬉しく思います」
 うれしい……?
 うれしくなんか、ない。
 私は、そんな名前じゃない。
「わたしは……トワ」
「なるほど、エトワールですものね」
 何を言っているのか、わからない。
 どうしてわらうの?
 こんなにかなしいのに。
「機姫様、トワさんは大事な方を亡くされたばかりで……まだお話は難しいかと」
「……そうでしたか。では御用向きは貴方に伺っても?」
「こちらのコンテナの中身について調査をお願いしたい、と伺っています」
 白い人……調べてくれる……人?
「エイギス、お願いできますか」
「……御意」
 黒い人、コンテナを開ける。
「これは……!貴様、何故これを!」
「……エイギス」
「ですが、これは!」
「エトワール……いえ、トワ様。調査のご依頼、承りました。調査にに少しお時間を頂きたいので……気の向かれた時にでもまたお越し頂ければ」
「……わかった」
「私は|機族《マシナリィ》ですから、いつまでもお待ちしておりますね」
 ましなりぃ。
 知らない人……人じゃない、人。
 アリサ……。
 たすけて、アリサ。
 わたし、くるしいよ……。
>>Towa:2Days Later -Badger1-
 私は宇宙船の中にいた。搬入口が開いているので、コスモスーツを着ている。船倉の中央には鈍い光を放つ透明な棺が静かに安置されている。
 ……アイリスはその中で静かに横たわっていた。まるで眠るように、旅立ちの時を待っている。
『シンガー殿、ブースタリア管理官殿をお送りする方向にご希望があれば……』
 この星のギルドの人、確か補佐官と言っていった人……が静かに尋ねてきた。
 方向……?聞かれている意味が、最初はよくわからなかった。
『通常は、故人に縁の深い星系へ向けて送り出すのですが……。今回はシンガー殿が希望される方向へお送りさせて頂きます』
 補佐官さんの言葉が続く。
 故郷……。その言葉が、ようやく頭の中で理解できた。
 そうだ、アイリスはこれから旅に出るんだ。
『……旅を……』
 口から、掠れた声が出た。まるで自分の声じゃないような、掠れた声が。
『……続けるって……一緒に……』
 船長さんは私の気持ちを理解してくれたのか、小さく頷くとコンソールの操作を始めた。
『お二人はペレジス方面から来られましたから、そちらと逆向きの軌道を指定します』
 棺がゆっくりと持ち上がる。船倉の真ん中に浮かんでいる。ギルドの人達、船員さん達が祈りを捧げている。
 光が棺を包む。小さな軌道の線が宙に描かれる。その線の先が――アイリスが旅立つ、|大宇宙《おおぞら》の果て。
『魂の輝きが、永遠に水晶に宿りますように』
 誰かの弔いの言葉と共に、棺が動き始める。私には……ただ、その光景を見つめることしかできなかった。棺が光の帯に包まれて浮かぶ。ぶその光景をぼんやりと目で追うことしか出来ない。
『アイリス……』
 気がつけば、私は小さな声でアイリスを呼んでいた。自分が呼んだアイリスの名に、胸が、心が締め付けられる。
 その声は棺には届かない。アイリスには、届かない。だけど、呼ばずにはいられなかった。
『アイリス……お願い、置いて行かないで……』
 光の帯が強く輝き、棺はゆっくりと宇宙へと押し出されていく。
 遠い|大宇宙《おおぞら》の果てへ。
 ――もう二度と帰らない旅路へ。
 どうして私はアイリスをお姉ちゃんって呼んであげなかったんだろう。アイリスはいつもあんなに姉と呼んでほしがっていたのに。最後に話したときだってそうだ。
 それなのに、私は……最後の時まで拒否してしまった。なら、せめて……。
『お姉ちゃ――ん!!!』
 呼び声は真空に溶け、誰にも――アイリスにも届かない。そのことを悟った瞬間、私の中で最後に残っていた何かが壊れた音がした。
 心が、空っぽになった。
 空っぽの心で、棺が星々の間に消えていく光景を、ただ見つめていた。
>>Towa:Few Days Later
 お姉ちゃんを見送ってから何日かが過ぎた。
 そろそろ私も旅に出ないと、お姉ちゃんに置いて行かれてしまう。大丈夫、私は旅を続けられる。だから、ちゃんと旅立ちの準備をしないと。
 宿の部屋に置きっぱなしになっていたトランクを開けると、お姉ちゃんが使っていたフォトンタブとギルド章が目に入った。ギルド章を首から掛け、そっと手に取ったフォトンタブを左の手首に装着する。
[Authentication Failure.]
[Guildnet Connection DENIED.]
 ……知ってるよ。私はお姉ちゃんじゃないんだ。でもカメラやメモは使えるみたいだから、このままにしておく。
 服は……ゆったりしたものなら着れるだろうか。幾つか見繕ってサイズの合うものを探した。どれも胸元が緩くウェストがきついけど、仕方ない。
 出立の準備を終えた私は鏡に自分の姿を写して確認を行う。
 誰だろう……この女の子は。
 髪はぼさぼさ、目の下に酷いくまもできている。ほんとうに酷い格好だ。でも、そんな事は重要じゃない。どんな状態であっても、私は旅を続けないといけないんだから。
「トワ、あなたは大丈夫」
 鏡に写る女の子にそう言い聞かせる。そうだ、大丈夫だ。
 二つのギルド章を首からさげ、漆黒の瞳で見つめ返す女の子の姿を見ながら……私は旅を続ける覚悟を新たにする。
 そうだ、出立の前に少し路銀を調達しておいた方が良いかもしれない。そう思った私は、、荷物の中からアリサにもらったC3を探し出す。調律してギルドに持ち込めば|お金《GC》になるだろう。
 小振りなC3を掲げ持ち、私は歌を――紡ぎ出そうとした。
 ……けど。
「お姉ちゃん……私……」
 いや、声は出る。そうか、私……。
 私の、唯一の特技だったんだけどな。
「――歌も、なくしちゃったよ……」
 ……でも、大丈夫。
 私は、大丈夫だから。
>>Towa:1Day Later
「本当によろしいのですか?もし遠慮されているのであれば……」
「……大丈夫です」
 私は大丈夫。船長さんはペレジスへ戻る船に私を乗せてくれると申し出てくれた。でも、私は旅を続けないといけない。故郷にはまだ戻れない。
「そう、ですか……では無理強いはしませんが。でも、本当に」
「船長さん。色々と有り難うございました。このご恩を……いつかお返しできると良いのですが」
「トワさんが壮健で旅を続けられる事。それが我々への恩返しだと思ってください」
「……有り難うございます。お姉ちゃんの分も……感謝します」
 不思議なことに「歌」を失ってから、私の口は私が思うように言葉を紡げるようになった。船長さん達への感謝の気持ちもスムーズに伝えられる。
「我々はペレジスとヴェリザンの間を往復しています。もし何か困りごとがあれば、どちらかの軌道ステーションに言伝頂ければ、可能な限りお手伝いしますよ」
「心遣いに感謝します。でも……私は旅をしないといけないから……遠くへ。どこまでも」
 船長さんの申し出に私がそう応えると、彼は少し寂しげな笑みを浮かべて……クレリスを出航していった。
 たぶん、もう彼らに会うことはないだろう。沢山お世話になった。どうやっても返せないほどの、恩。今の私には深く頭を下げて彼らを見送ることしか出来なかった。
 ……さあ、私も出発しないと。
「一番早く出航する便のチケットを」
「……一番早い……ですか?どちら方面ですか?」
「どこでもいいです」
「えっ……?」
 軌道ステーションの乗船受付カウンター。お姉ちゃんは先に旅立った。私も急いで旅に出ないと。
「一番早く出航するのは……45分後にアルカナムへ向かう貨物船がありますが……。少し急すぎますし、下等航行しかありませんので他を……」
「それで大丈夫です」
「……はぁ……そうですか……」
 下等航行……つまり冷凍睡眠。大丈夫。それで問題ない。カウンターの女性に軽く|微笑む《・・・》と、私はその船のチケットを買った。
 大きなトランクと小さなトランク。積み込む荷物は二つだ。|鋼の獣《メタルビースト》のコンテナは大図書館に預けてある。調査結果は気が向いたときに聞きに行けばいいだろう。あの……なんとかという白い人もそう言っていた。
 船倉に落ち着いた私は冷凍睡眠ポッドに腰掛け、フォトンタブを操作して記録された映像を再生する。映し出される故郷の映像には何も感じない。そこはもう、私にとっては遠い過去の場所だから。でも、最後の一枚は違う。
「お姉ちゃん……私、ちゃんと旅を続けるよ。私、大丈夫だよ」
 ばっちり決め顔をした姉の自撮り|写真《ホロ》にむかってそう呟く。
 ――どれだけそうしていたのだろうか。船倉に現れた船員がそろそろ冷凍睡眠に入れと言っている。私はフォトンタブをオフにし、大事にしまい込んだ。少しサイズの合わない衣装を身に纏った私は三つのペンダントを首に掛けたまま冷凍睡眠ポッドへ横たわる。
 もしかしたら、夢の中でお姉ちゃんに会えるかもしれない。
 大丈夫。私は旅を続けられる。
 大丈夫。私は約束を守るんだ。
 大丈夫。
 大丈夫。
 大丈夫――。
 私の想いは、凍てつく眠りの中へ落ちていった。