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インターミッション 『ほしをみるひと』ペレジス-星望の惑星

ー/ー



 城のように荘厳な建物の最上階に広がるテラスで、その少女……アリサ・シノノメはひとり夜空に瞬く星々を見上げていた。月明かりに照らされたアッシュブロンドの長い髪は、夜の風に揺られて柔らかく光を纏っている。
 彼女の澄んだ青い瞳は無限の星空をまっすぐに見据え、そこにある何かに強く惹かれているかのように輝いていた。遠く、触れることも声をかけることもできない存在へと手を伸ばしそうな表情。静寂に包まれたその姿は夢と現実の狭間にあるようで、神秘的なたたずまいすら感じさせた。

「アリサ、また星を見ていたのかい?」

 静かに語りかけられる優しい声にアリサは驚くことなくゆっくりと振り返った。その瞳に映ったのは彼女に語りかけた温和な顔の男性、ウォルターの姿だった。彼女は微笑みを浮かべて彼を見つめ返した。

「はい、おじさま」

 ウォルターもまたアリサの端正な顔に映る星明かりを眺めるように微笑みながら、ゆっくりと彼女に近づいた。

 アリサはウォルターの事をおじさまと呼ぶが二人に血縁関係はない。二人の関係は一言では言い表せない……いや、複雑怪奇とも言える関係だった。

「もう7年になるね」
「……はい。お元気でおられると良いのですが」
「ヴェリザンまでは15年ほど掛かりますからね。彼女たちならきっとまだ夢の中ですよ。さあ、今夜は風が少し冷える。もう戻りましょう」

 ウォルターの言葉にアリサは黙って頷くと室内へ戻った。彼女達がいる城のような建物は、かつてギルド伯と自称した男の邸宅であり、今ではモーリオンギルドのペレジス支部であり――アリサが寝泊まりする官舎でもある。

 二人の関係が始まったのは7年前の事だ。この星を不当に支配していたギルド伯を名乗る男との戦いの最中、二人は出会った。
 初めはギルド伯に虐げられる少女と、ギルド伯の不正を暴くために派遣された監察官という、騒動の渦中にあるビジネスライクとでもいえるような関係。しかし行動を共にするうちアリサの母がウォルターと旧知の仲である事、そして二人が初恋の相手同士であった事が明らかになった。
 戦いの結果、アリサは亡父であるギルド支部長の地位を引き継ぐことになり、ウォルターは彼女を支えるため監察官の職を辞してアリサの補佐官となった。そしてその関係は7年後の今でも続いている。

 二人の関係は「母親の知人」「初恋の人の娘」という関係ではあるが、それを複雑なものにしているのが二人の年齢にまつわる話だった。ギルドの監察官であり、宇宙を股に掛けた任務に就いていたウォルターは亜光速航行の影響で戸籍上の年齢よりも遙かに若い肉体を維持している。実際、彼の戸籍年齢は既に80歳に近いが、肉体の……そして彼自身が生きた体感年齢は三十代後半のものだった。
 一方のアリサは外見的にも精神的にもミドルティーンの少女である。しかし彼女の戸籍年齢は50歳に近い。一度も惑星外に出たことがないにも関わらず。

 彼女には大きな秘密があった。「テロマー」と呼ばれる、人から進化した長命種族の一員。それが彼女が抱え、そして彼女に苦しみをもたらしていた秘密だ。彼女は年若い外見を保ったまま、実際に惑星上で50年近くの人生を過ごしているのだ。
 つまり、戸籍上も肉体的な見た目もウォルターが年上に見えるが、実際に生きてきた歳月はアリサの方が長い。
 こうした事情を抱える二人の間には、互いの呼び方が定まるまでにいくつかの変遷があった。

 初対面のころ、アリサは彼を「ウォルターさん」と呼び、ウォルターは彼女を「アリサ嬢」とどこか他人行儀な呼称を用いて呼んでいた。しかしウォルターと母の関係を知ってから、アリサは彼の事を「ウォルターおじさま」と呼ぶことが増え、当時はその表現が長すぎることに彼女自身も苦笑してしまう場面もあった。
 一方で補佐官となってからのウォルターはアリサを「管理官殿」と公的に呼び、これがアリサの心に微かな悲しみをもたらした。こうした経緯を経て、5年前に二人は話し合い、プライベートな場面では「おじさま」「アリサ」と親しみを込めて呼び合うことで落ち着いていた。

 外見上、二人はミドルティーンの少女と30代後半の男性という、やや不釣り合いな年齢差にも見えた。しかしギルドの人々は皆アリサの外見が長らく変わらず、成人年齢をとうに超えていることを承知しているため、二人の関係に対して疑念を抱く者は誰もいなかった。
 それどころか噂好きの女性職員の間では、美男美女である二人がいつ結婚するのかと言う話題が定番となっており、既に二人は密かに内縁関係にあるのではないかとする説が最も人気を集めていた。しかし、当の二人はそんな噂には気付かず――いや、監察官であったウォルターは気付いていたはずだが、少なくとも表向きは気付かない様子で、穏やかな時を過ごしていた。

 実際のところ、二人の間に恋愛感情が存在していなかったのは事実だ。ウォルターにとってアリサは共に生きられなかった初恋の人の唯一の遺産であり、自ら守ると誓った相手である。
 一方でアリサにとってのウォルターは、自分を理解し、信頼を寄せることができる守護者のような存在だ。過去の辛い経験から男性恐怖症に陥っていたアリサにとって、唯一自然体で接することが出来る男性がウォルターだったのだ。
 しかし互いに深い尊敬と親愛を抱いていることは傍目にも明らかで、それゆえに噂好きな女性職員たちは二人に恋愛感情があることを疑っていなかった。

 だが、二人の関係が恋愛に発展しない本当の理由は他のところにあった。実は、アリサには密かな想い人がいたのだ。

「あなたはまるで星空に恋しているようだ」

 居室へ戻るアリサに付きそうウォルターは先ほどのアリサの姿を思い返し、そう声をかけた。

「いいえ、私が恋しているのは……」

 アリサがそう口にしかけたその時、廊下の反対側から歩いてきた女性職員の姿が目に入った。夜勤の職員だろう。会釈する女性職員にアリサは開きかけた口を閉じ、静かに会釈を返すと再び廊下を歩み始める。
 かつての彼女を知るものであればその歩みの自然さに驚くかもしれない。なぜなら彼女の左足は手ひどく傷つけられ、その機能は大きく損なわれていたからだ。しかし救い主(トワ)による癒やしと、アリサ自身の懸命なリハビリにより日常生活には全く支障が無いレベルにまで彼女の左足は回復していた。


 7年前の騒動が起きるまで、アリサはその異常な長命ゆえに「不老の怪物」や「罪人」として――実際には冤罪であったが――周囲から厭われ、忌避される存在であった。しかし人々が彼女に冷たい視線を向け、アリサが闇の中を孤独に彷徨っていたとき、ただ一人アリサに救いの手を差し伸べてくれた少女がいた。
 アリサがかつて予知の力で最後に視た幻影の救い人。銀色の髪をなびかせ、虹色の瞳で彼女を静かに見つめる、幻視通りの姿で彼女の前に現れた少女、トワ。
 彼女が差し出した救いの手に、アリサは瞬く間に恋に落ちた。

 星々に暮らす一般の人々の間ではいざしらず、血統主義で内部での結婚出産が推奨されるギルドの内部では同性愛は極めて批判的な目で見られるものだ。特に一定以上のシンガー能力を持つ者については、次世代のシンガー能力を担保することを名目として、実質的に自由恋愛が許されない程にその制約は強い。
 長らく云われない非難や軽蔑の目に晒され続けていたアリサにとってはそのような他者の視線やギルドの因習はどうでも良い些事ではあったが、それでもギルド支部を任されている立場からアリサは自分の想いを決して人前で口にすることは無かった。

 それに、そもそも救い人であるトワとその姉であるアイリスは星を渡る途中でこの星に偶然立ち寄った旅人でしかなかった。ギルドの幹部であるアイリスは星の状況を見過ごすことが出来ずギルド伯の打倒に尽力したが、事が終われば二人は再び旅へと戻ってゆく。そんな背景もあり、アリサが初めて知った恋心は決して成就しないことが運命づけられていた。
 それでも。トワが星を去る前夜、アリサは彼女に自らの想いを告げた。言葉に詰まりながら、自分の心を精一杯告げるアリサに、トワは瞳に微笑みを浮かべてこう言った。

「いつかまた、大宇宙(おおぞら)のどこかで」

 それは星を旅する人々の間で交わされる定番の……そして永遠の別れを示す言葉だ。しかしアリサにとってその言葉は、いつか来る再会の日を期待させる一抹の希望であり、そして同時に彼女の心を縛る枷にもなった。
 普通に考えれば星を旅する人々と惑星に生きる人々の時間の流れは残酷なほど違う。ウォルターがそうであったように、刻はその流れをもって人々の絆を容易く断ち切ってしまう。しかし、長命種である自分であれば……?
 もしかしたら、愛するトワが戻ってくるその日まで待ち続けることが出来るのではないか?

 だからアリサは毎夜、星を見つめる。いつか想い人が帰ってくる事を願って。


 時が流れアリサはギルド支部長代理から正式な支部長へと昇格し、かつて自らの父がそうであったようにペレジスの評議会に参加する立場となっていた。
 アリサの生家であるシノノメ家はペレジスのオリジネーターである四大名家の一つであり、本来ならアリサは評議会で大きな影響力を行使することができる立場でもあった。
 だがアリサはあくまでギルド支部長としての立場で評議会に参加し、ギルドか統治に関与しないという原則を守って議決には参加せず、ギルドに対する質疑にのみ応えるという従来のギルドと評議会の立ち位置を遵守した。

 アリサが評議員として働き始めてしばくした頃、ウォルターがかつて所属していた監察部からの召喚を受けた。既に監察官を辞して久しい彼だが、どうやら彼が過去に行った監察に関連する事案が発生したとの理由で、たまたま近隣星域に停泊していた統括局の機動拠点「オラクルXVIII」へと出向くことになったのだ。
 丁度この頃、支部長となったアリサには専属秘書官が付くようになっていた。テレジアと言う名の、アリサにとって母方の遠縁に当たる少女はとても有能でありアリサへの揺るぎない忠誠心はウォルターも感じ入るほどだった。テレジアがいればアリサの仕事も立場も問題無いであろうと判断したウォルターはアリサにしばしの別れを告げて任務へと赴く。

 前回この星を旅立った際は残した女性に二度と会えないことを覚悟していた。しかし、今回は違う。そう信じてウォルターは任務へと向かう。
 ……胸中に一抹の不安を感じながら。

 だがウォルターの不安は現実のものとなってしまった。トワ達が向かったヴェリザンで致死性の高い疫病のパンデミックが発生し、惑星自体が壊滅的な被害を被っているという緊急連絡がギルド支部にもたらされたのだ。そして事態の悪化を告げるヴェリザンからの続報はやがてぷつりと途切れ……それ以降はいくら呼びかけてもヴェリザンが通信に応じることはなかった。

 タイミング的にまだトワ達はヴェリザンに到着していないと思いつつも、疫病で壊滅した惑星へ向かっているトワ達のことを思うアリサの胸中は穏やかではなかった。だが、遠く離れたペレジスからでは何の手も打つことはできない。

 アリサには、トワの無事を願いながら毎夜祈るように星を見上げることしか出来なかった。


 それから数年間が経過してなおヴェリザンからの連絡は途絶えたままで、ペレジスの評議会のみならずモーリオンギルドまでもがヴェリザンの壊滅を認めざるを得ない状況となった。トワ達の行方が気がかりなアリサにとっては心安まらない時が続く。
 さらに間の悪いことに、評議会内でアリサの評議員としての正統性が疑われる事態が発生してしまう。名家の出とはいえ「不老の怪物」であるとの理由でアリサが評議員にはふさわしくないと告発する評議員が現れたのだ。彼女の異常な長寿と過去の罪――冤罪であるとすでに判明しているが――を評議会やメディアで取り上げ、騒ぎ立てる評議員達。
 どうやらアリサを貶めることでギルドの権威を失墜させようと画策する者、そしてシノノメ家の影響力を削ごうとする勢力がペレジスに複数存在しているという事実をギルド側が把握した時点で、すでに手遅れと思えるほどその勢力ーー有り体に言えばクジョウ家ーーの影響力は拡大していた。

 だか、それもある意味仕方の無いことだった。幾年にも及んだギルド伯の悪行は今もペレジスにその爪痕を残しており、ギルドを恨んでいる人物は決して少なくは無かったからだ。そしてそのような恨みを持つ者とって、アリサの抱える秘密、そして冤罪はとても攻撃しやすい「弱点」だったのだから。
 反ギルドを標榜する評議員達は評議会における構成員の年齢規定を持ち出し、アリサを責め立てた。不老のアリサはいったいいつまで評議員の座に居座るつもりなのか、それはギルド伯による評議会の、そしてギルドの私物化と何が違うのか、と。

 二つの苦難を抱え、アリサは星を見ることを止めてしまった。今の自分が星を眺めると、遠くにいるトワに救いを求めてしまう。強くあることが出来ないと思ったから。


 アリサは反ギルド勢力の陰謀を打ち破るために、これまで公的には明言しこなかった「長命種」という自身の出自を公の場で明かす決意をする。

「――私の両親は共に人間でしたが、私自身は人であり、同時に人ではありません。かつて伝説に記された長命種族、テロマー。それが私がこの容姿であり続ける理由です――」

 彼女は惑星全土に中継された評議会の場で静かに語る。彼女は自らの実年齢を公表した上で、外見がどうあれ実年齢が議会が規定する上限年齢に達した時点で評議員の座を辞すると明言した。そして同じタイミングでにギルドの支部長の座を退くとも。

 この告白によってアリサに対する「ギルドによる評議会の私物化」という疑惑は払拭され、期限付きではあるがアリサの正当性は回復される事になった。「不老の怪物」と言う疑惑はアリサ自身が認めてしまった形になったが、彼女の実年齢を知った惑星上の女性達から上がる羨望と嫉妬の声の前に、その話はうやむやとなった。

 同時にその頃からだろうか。ペレジスの住民達の間でアリサの事を永遠の女帝(エターナルエンプレス)と呼ぶ声が上がる様になったのは。

 アリサはこの二つ名を嫌い、否定した。そのため公的な書類にその名は残らなかったが、それでもペレジスでは畏敬の念を込めて彼女をその二つ名で呼ぶ者は多く、同時に非公式ではあるが彼女こそが星の統治者だと評する人々も多く現れた。
 アリサは評議会の場では慣習を守り口を閉ざしたままだったが、それでも多くの者は彼女こそがペレジスの統治者、女帝であると自ら頭を垂れた。結果としてアリサは望まぬまま星の統治者……ただし影の支配者に祭り上げられることになった。

 ともあれ、事態が落ち着き、アリサは再び星空を眺めるようになったが、その瞳には以前よりも強い意志の光が宿っていた。


 評議会の騒動が終わってしばらくして、ウォルターが統括局から帰還を果たした。評議会での騒動を聞いたウォルターはアリサが出自を公開したことに動揺するが、同時にアリサが自身の力で試練を乗り越えた事を知り、さらには自らの地位を結果的に固めることに成功した彼女の事を誇りに思うようになった。
 そんなある日、ウォルターはアリサに対して告げた。

「君にはもう私の守護は必要ないのかもしれない。だが君は私にとって娘同然だ。君さえよければこれからも隣で支えさせて欲しい……出来れば、父として」

 アリサはウォルターの言葉に驚くが、一度失った「家族」を再び得ることができる機会に心動かされ、ウォルターを「お義父(おとう)様」と呼ぶことに同意した。


 そして幾日かが経ち、アリサが待ちに待った日が訪れた。滅亡したと思われていたヴェリザンとの通信が回復したのだ。アリサが受け取ったのはトワ本人からの通信ではなく、レイラと名乗る幼い少女からの要領を得ない通信だった。
 彼女の言葉によって星を訪れたトワがクリスタルオルガンと呼ばれる楽器と恒星間通信網を復活させたこと、調律の疲れで倒れた事、ヴェリザンの疫病は既に収まっていることが判明した。
 レイラは幼く、状況報告よりもトワと親しくしている事を一方的に話すばかりで、トワの事が気がかりで仕方のないアリサをやきもきさせた。

 ギルドの支部長であるアリサは私情を押さえてヴェリザンの情報を得ようと奮闘するが、恒星間通信のためのフォトンエネルギーが枯渇しつつあるのか、ヴェリザンからの通信状況は刻一刻と悪化してゆく。音声が途切れそうになる中、アリサの耳に聞き慣れた声が響いた。

『アリ…サ!10-7…繰…か…す…78』
「アイリスさん!10-78ですか!?」

 トワと共に旅をしているもう一人の恩人、アイリスの声。アリサが彼女の声を聞き間違えるはずは無く、その名を呼ぶが……アリサの言葉に通信機が応えることはなかった。

 後ほどアリサがウォルターに確認したところ通信途絶の直前にアイリスが伝えた10-78はギルドの緊急コードであり、要支援、人員を送れとの合図であった事が判明した。短時間で端的に状況を告げるアイリスの機転に感心しつつも、トワの声が聞けなかった事に失望するアリサ。
 だが、私情を挟まずアリサは行動を開始する。アリサはアイリスの要請に応えるべくギルド統括局や周辺宙域の惑星とも連携を開始、ペレジスを離れられない自身の名代としてテレジアをヴェリザンへと派遣し、復興支援に尽力した。

 任務に邁進するアリサだが、内心は穏やかでは無かった。無邪気にトワとのふれあいを語ったレイラに対して感じた複雑な気持ち。それがアリサが生まれて初めて感じた「嫉妬」と言う感情であった事に気付くまでに、彼女は少しの時間を要した。
 そして……トワに対する恋心の深さを痛感しながらも、その時のアリサには嫉妬も思慕の念も、心の奥底に押し込むことしか出来なかった。


 そしてそれから数年後。アリサを心の底から悲しませるニュースがギルドネット経由でアリサの元に届いた。本心では一秒でも早くこの星を離れたいと思ったアリサだったが、トワとこの星で再会することを約束していた事を思い出し、彼女は思いとどまった。
 もしかしたらトワがこの星へ戻ってくるかもしれない。自分がこの星を離れてしまえば再会の機会が失われてしまうかもしれない。そう考えて。

 星を見つめるアリサの目が再び憂いを帯びるようになったのは、この頃からだ。


 やがてアリサが評議員とギルド支部長を辞する年齢となった。外見はトワ達と共に過ごした頃と殆ど変化していなかったが、彼女は約束通り評議会とギルド支部長の座を後任に明け渡した。
 そんなアリサに対して、少数残っていた反ギルド派の人間は拍子抜けしてしまう。彼らは女帝などと呼ばれていたアリサが理由をつけて権力の座に固執すると信じていたのだ。ギルドと星に対する責任感のみで職務にあたっていたアリサの人柄を知っていれば、そのような事はありえないということは自明の理であったにもかかわらず。
 アリサの行動に戸惑う人々にウォルターは静かに告げる。貴方たちは彼女の何を見ていたのですか、と。


 公職を退き、ギルドの業務からも手を引いたアリサは、トワとの再会を願い続けながら星の孤児たちの世話に心を尽くすようになった。在職中に蓄えた財で孤児院を開設し、ウォルターとテレジアの3名で孤児たちを親のように見守る日々。
 そして時折「趣味」と称した……私的な世直しの活動にも勤しんだ。

 そんな穏やかな時間がアリサの心の支えとなっていく。時折星空を見上げトワへの想いを抱えながらも、アリサは孤児たちとの関わりが心に温もりと生きがいをもたらしていることに気づくようになる。
 義父と朋友と子供達と暮らす慌ただしくも穏やかな生活は、彼女がかつて彼女が一度失い、そして再び得ることが出来た「家族」そのものだったから。

 この頃、アリサが星空を見上げる回数は随分と少なくなっていた。それが満たされた生活ゆえの事なのか、毎日の生活に追われて星を見上げるゆとりすらなかったのかは、彼女にも判らなかったが。


 やがてウォルターに老いの影が差し……ついに彼がアリサに永遠の別れを告げる日が訪れた。
 彼が遺した手紙には、アリサへの深い愛情と、彼女が自分の誇りであったことが記されていた。いつまでも見守りたかったこと、最後まで見守れなかった事を詫びる言葉と共に。

 ――君は私にとって「星」のような存在だった。いつか旅立つ君の行く先が、いつも輝いていることを切に願う。

 そう締めくくられた彼の手紙を抱きしめ、涙をこぼすアリサ。刻の流れによって大切な人を失う経験はこれまでにも幾度もあったが、義父と慕ったウォルターを失った悲しみは大きかった。
 彼女は決してウォルターに恋愛感情を抱いていた訳ではない。でも、それでも――もし、生きる刻が同じであれば、彼と夫婦として歩むような、そんな人生が有り得たかもしれないと、二人は共に想っていたから。
 彼女が長い時間を掛けて取り戻した笑顔が失われそうになる程に、その喪失は大きかった。

 だが、彼女はテレジアの支えを受けながら子供達の為に尽くすことで、心に空いた隙間を埋めようとした。子供達はアリサの悲しみを感じ取り、彼女を支えようとした。
 ……そして、しばらくの時を経て孤児院に笑顔が戻った。アリサの私的な世直しはこの頃ピークを迎え、ペレジスは――裏社会も含め、真の意味で平穏を迎えつつあった。

 アリサは再び夜空を見上げるようになった。姿は見えずとも、傍らでウォルターがアリサに寄り添ってくれている事を感じながら。


 そんなある日、アリサは久しぶりに未来を知らせる幻視を視た。これまでも孤児院の子供達に関する小さな予知めいたものが視えた事はあったが、今回の幻視は極めて鮮明なものだった。
 トワとの再会を巡る、3つのビジョン。それはアリサを歓喜させると共に、戸惑わせた。それからしばらくの間、アリサは何処ともしれぬ場所について持てる伝手をすべて使って調べ始めた。
 それが何を意味するのか、彼女自身も理解しないまま。


 そして幾千幾万もの夜空を見上げ続けたアリサが報われる時が訪れた。アリサの前に、ついにトワが帰還する日がやってきたのだ。かつての別れ際にトワが残した言葉は果たされ、二人は再会する。
 ――暗い悲しみとの色と共に。

 そしてトワの手を取ったアリサは――自分が生まれ、育ち、傷つけられ、そして……守り、慈しんだ星を後にした。


 かつてアリサが星を見つめていた場所に、今はもう誰もいない。だが――そこで夜空を見上げた者は感じることだろう。

 どこまでも続く星々への旅路を祝福する、ほのかな温もりの存在を。



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 彼女の澄んだ青い瞳は無限の星空をまっすぐに見据え、そこにある何かに強く惹かれているかのように輝いていた。遠く、触れることも声をかけることもできない存在へと手を伸ばしそうな表情。静寂に包まれたその姿は夢と現実の狭間にあるようで、神秘的なたたずまいすら感じさせた。
「アリサ、また星を見ていたのかい?」
 静かに語りかけられる優しい声にアリサは驚くことなくゆっくりと振り返った。その瞳に映ったのは彼女に語りかけた温和な顔の男性、ウォルターの姿だった。彼女は微笑みを浮かべて彼を見つめ返した。
「はい、おじさま」
 ウォルターもまたアリサの端正な顔に映る星明かりを眺めるように微笑みながら、ゆっくりと彼女に近づいた。
 アリサはウォルターの事をおじさまと呼ぶが二人に血縁関係はない。二人の関係は一言では言い表せない……いや、複雑怪奇とも言える関係だった。
「もう7年になるね」
「……はい。お元気でおられると良いのですが」
「ヴェリザンまでは15年ほど掛かりますからね。彼女たちならきっとまだ夢の中ですよ。さあ、今夜は風が少し冷える。もう戻りましょう」
 ウォルターの言葉にアリサは黙って頷くと室内へ戻った。彼女達がいる城のような建物は、かつてギルド伯と自称した男の邸宅であり、今ではモーリオンギルドのペレジス支部であり――アリサが寝泊まりする官舎でもある。
 二人の関係が始まったのは7年前の事だ。この星を不当に支配していたギルド伯を名乗る男との戦いの最中、二人は出会った。
 初めはギルド伯に虐げられる少女と、ギルド伯の不正を暴くために派遣された監察官という、騒動の渦中にあるビジネスライクとでもいえるような関係。しかし行動を共にするうちアリサの母がウォルターと旧知の仲である事、そして二人が初恋の相手同士であった事が明らかになった。
 戦いの結果、アリサは亡父であるギルド支部長の地位を引き継ぐことになり、ウォルターは彼女を支えるため監察官の職を辞してアリサの補佐官となった。そしてその関係は7年後の今でも続いている。
 二人の関係は「母親の知人」「初恋の人の娘」という関係ではあるが、それを複雑なものにしているのが二人の年齢にまつわる話だった。ギルドの監察官であり、宇宙を股に掛けた任務に就いていたウォルターは亜光速航行の影響で戸籍上の年齢よりも遙かに若い肉体を維持している。実際、彼の戸籍年齢は既に80歳に近いが、肉体の……そして彼自身が生きた体感年齢は三十代後半のものだった。
 一方のアリサは外見的にも精神的にもミドルティーンの少女である。しかし彼女の戸籍年齢は50歳に近い。一度も惑星外に出たことがないにも関わらず。
 彼女には大きな秘密があった。「テロマー」と呼ばれる、人から進化した長命種族の一員。それが彼女が抱え、そして彼女に苦しみをもたらしていた秘密だ。彼女は年若い外見を保ったまま、実際に惑星上で50年近くの人生を過ごしているのだ。
 つまり、戸籍上も肉体的な見た目もウォルターが年上に見えるが、実際に生きてきた歳月はアリサの方が長い。
 こうした事情を抱える二人の間には、互いの呼び方が定まるまでにいくつかの変遷があった。
 初対面のころ、アリサは彼を「ウォルターさん」と呼び、ウォルターは彼女を「アリサ嬢」とどこか他人行儀な呼称を用いて呼んでいた。しかしウォルターと母の関係を知ってから、アリサは彼の事を「ウォルターおじさま」と呼ぶことが増え、当時はその表現が長すぎることに彼女自身も苦笑してしまう場面もあった。
 一方で補佐官となってからのウォルターはアリサを「管理官殿」と公的に呼び、これがアリサの心に微かな悲しみをもたらした。こうした経緯を経て、5年前に二人は話し合い、プライベートな場面では「おじさま」「アリサ」と親しみを込めて呼び合うことで落ち着いていた。
 外見上、二人はミドルティーンの少女と30代後半の男性という、やや不釣り合いな年齢差にも見えた。しかしギルドの人々は皆アリサの外見が長らく変わらず、成人年齢をとうに超えていることを承知しているため、二人の関係に対して疑念を抱く者は誰もいなかった。
 それどころか噂好きの女性職員の間では、美男美女である二人がいつ結婚するのかと言う話題が定番となっており、既に二人は密かに内縁関係にあるのではないかとする説が最も人気を集めていた。しかし、当の二人はそんな噂には気付かず――いや、監察官であったウォルターは気付いていたはずだが、少なくとも表向きは気付かない様子で、穏やかな時を過ごしていた。
 実際のところ、二人の間に恋愛感情が存在していなかったのは事実だ。ウォルターにとってアリサは共に生きられなかった初恋の人の唯一の遺産であり、自ら守ると誓った相手である。
 一方でアリサにとってのウォルターは、自分を理解し、信頼を寄せることができる守護者のような存在だ。過去の辛い経験から男性恐怖症に陥っていたアリサにとって、唯一自然体で接することが出来る男性がウォルターだったのだ。
 しかし互いに深い尊敬と親愛を抱いていることは傍目にも明らかで、それゆえに噂好きな女性職員たちは二人に恋愛感情があることを疑っていなかった。
 だが、二人の関係が恋愛に発展しない本当の理由は他のところにあった。実は、アリサには密かな想い人がいたのだ。
「あなたはまるで星空に恋しているようだ」
 居室へ戻るアリサに付きそうウォルターは先ほどのアリサの姿を思い返し、そう声をかけた。
「いいえ、私が恋しているのは……」
 アリサがそう口にしかけたその時、廊下の反対側から歩いてきた女性職員の姿が目に入った。夜勤の職員だろう。会釈する女性職員にアリサは開きかけた口を閉じ、静かに会釈を返すと再び廊下を歩み始める。
 かつての彼女を知るものであればその歩みの自然さに驚くかもしれない。なぜなら彼女の左足は手ひどく傷つけられ、その機能は大きく損なわれていたからだ。しかし|救い主《トワ》による癒やしと、アリサ自身の懸命なリハビリにより日常生活には全く支障が無いレベルにまで彼女の左足は回復していた。
 7年前の騒動が起きるまで、アリサはその異常な長命ゆえに「不老の怪物」や「罪人」として――実際には冤罪であったが――周囲から厭われ、忌避される存在であった。しかし人々が彼女に冷たい視線を向け、アリサが闇の中を孤独に彷徨っていたとき、ただ一人アリサに救いの手を差し伸べてくれた少女がいた。
 アリサがかつて予知の力で最後に視た幻影の救い人。銀色の髪をなびかせ、虹色の瞳で彼女を静かに見つめる、幻視通りの姿で彼女の前に現れた少女、トワ。
 彼女が差し出した救いの手に、アリサは瞬く間に恋に落ちた。
 星々に暮らす一般の人々の間ではいざしらず、血統主義で内部での結婚出産が推奨されるギルドの内部では同性愛は極めて批判的な目で見られるものだ。特に一定以上のシンガー能力を持つ者については、次世代のシンガー能力を担保することを名目として、実質的に自由恋愛が許されない程にその制約は強い。
 長らく云われない非難や軽蔑の目に晒され続けていたアリサにとってはそのような他者の視線やギルドの因習はどうでも良い些事ではあったが、それでもギルド支部を任されている立場からアリサは自分の想いを決して人前で口にすることは無かった。
 それに、そもそも救い人であるトワとその姉であるアイリスは星を渡る途中でこの星に偶然立ち寄った旅人でしかなかった。ギルドの幹部であるアイリスは星の状況を見過ごすことが出来ずギルド伯の打倒に尽力したが、事が終われば二人は再び旅へと戻ってゆく。そんな背景もあり、アリサが初めて知った恋心は決して成就しないことが運命づけられていた。
 それでも。トワが星を去る前夜、アリサは彼女に自らの想いを告げた。言葉に詰まりながら、自分の心を精一杯告げるアリサに、トワは瞳に微笑みを浮かべてこう言った。
「いつかまた、|大宇宙《おおぞら》のどこかで」
 それは星を旅する人々の間で交わされる定番の……そして永遠の別れを示す言葉だ。しかしアリサにとってその言葉は、いつか来る再会の日を期待させる一抹の希望であり、そして同時に彼女の心を縛る枷にもなった。
 普通に考えれば星を旅する人々と惑星に生きる人々の時間の流れは残酷なほど違う。ウォルターがそうであったように、刻はその流れをもって人々の絆を容易く断ち切ってしまう。しかし、長命種である自分であれば……?
 もしかしたら、愛するトワが戻ってくるその日まで待ち続けることが出来るのではないか?
 だからアリサは毎夜、星を見つめる。いつか想い人が帰ってくる事を願って。
 時が流れアリサはギルド支部長代理から正式な支部長へと昇格し、かつて自らの父がそうであったようにペレジスの評議会に参加する立場となっていた。
 アリサの生家であるシノノメ家はペレジスのオリジネーターである四大名家の一つであり、本来ならアリサは評議会で大きな影響力を行使することができる立場でもあった。
 だがアリサはあくまでギルド支部長としての立場で評議会に参加し、ギルドか統治に関与しないという原則を守って議決には参加せず、ギルドに対する質疑にのみ応えるという従来のギルドと評議会の立ち位置を遵守した。
 アリサが評議員として働き始めてしばくした頃、ウォルターがかつて所属していた監察部からの召喚を受けた。既に監察官を辞して久しい彼だが、どうやら彼が過去に行った監察に関連する事案が発生したとの理由で、たまたま近隣星域に停泊していた統括局の機動拠点「オラクルXVIII」へと出向くことになったのだ。
 丁度この頃、支部長となったアリサには専属秘書官が付くようになっていた。テレジアと言う名の、アリサにとって母方の遠縁に当たる少女はとても有能でありアリサへの揺るぎない忠誠心はウォルターも感じ入るほどだった。テレジアがいればアリサの仕事も立場も問題無いであろうと判断したウォルターはアリサにしばしの別れを告げて任務へと赴く。
 前回この星を旅立った際は残した女性に二度と会えないことを覚悟していた。しかし、今回は違う。そう信じてウォルターは任務へと向かう。
 ……胸中に一抹の不安を感じながら。
 だがウォルターの不安は現実のものとなってしまった。トワ達が向かったヴェリザンで致死性の高い疫病のパンデミックが発生し、惑星自体が壊滅的な被害を被っているという緊急連絡がギルド支部にもたらされたのだ。そして事態の悪化を告げるヴェリザンからの続報はやがてぷつりと途切れ……それ以降はいくら呼びかけてもヴェリザンが通信に応じることはなかった。
 タイミング的にまだトワ達はヴェリザンに到着していないと思いつつも、疫病で壊滅した惑星へ向かっているトワ達のことを思うアリサの胸中は穏やかではなかった。だが、遠く離れたペレジスからでは何の手も打つことはできない。
 アリサには、トワの無事を願いながら毎夜祈るように星を見上げることしか出来なかった。
 それから数年間が経過してなおヴェリザンからの連絡は途絶えたままで、ペレジスの評議会のみならずモーリオンギルドまでもがヴェリザンの壊滅を認めざるを得ない状況となった。トワ達の行方が気がかりなアリサにとっては心安まらない時が続く。
 さらに間の悪いことに、評議会内でアリサの評議員としての正統性が疑われる事態が発生してしまう。名家の出とはいえ「不老の怪物」であるとの理由でアリサが評議員にはふさわしくないと告発する評議員が現れたのだ。彼女の異常な長寿と過去の罪――冤罪であるとすでに判明しているが――を評議会やメディアで取り上げ、騒ぎ立てる評議員達。
 どうやらアリサを貶めることでギルドの権威を失墜させようと画策する者、そしてシノノメ家の影響力を削ごうとする勢力がペレジスに複数存在しているという事実をギルド側が把握した時点で、すでに手遅れと思えるほどその勢力ーー有り体に言えばクジョウ家ーーの影響力は拡大していた。
 だか、それもある意味仕方の無いことだった。幾年にも及んだギルド伯の悪行は今もペレジスにその爪痕を残しており、ギルドを恨んでいる人物は決して少なくは無かったからだ。そしてそのような恨みを持つ者とって、アリサの抱える秘密、そして冤罪はとても攻撃しやすい「弱点」だったのだから。
 反ギルドを標榜する評議員達は評議会における構成員の年齢規定を持ち出し、アリサを責め立てた。不老のアリサはいったいいつまで評議員の座に居座るつもりなのか、それはギルド伯による評議会の、そしてギルドの私物化と何が違うのか、と。
 二つの苦難を抱え、アリサは星を見ることを止めてしまった。今の自分が星を眺めると、遠くにいるトワに救いを求めてしまう。強くあることが出来ないと思ったから。
 アリサは反ギルド勢力の陰謀を打ち破るために、これまで公的には明言しこなかった「長命種」という自身の出自を公の場で明かす決意をする。
「――私の両親は共に人間でしたが、私自身は人であり、同時に人ではありません。かつて伝説に記された長命種族、テロマー。それが私がこの容姿であり続ける理由です――」
 彼女は惑星全土に中継された評議会の場で静かに語る。彼女は自らの実年齢を公表した上で、外見がどうあれ実年齢が議会が規定する上限年齢に達した時点で評議員の座を辞すると明言した。そして同じタイミングでにギルドの支部長の座を退くとも。
 この告白によってアリサに対する「ギルドによる評議会の私物化」という疑惑は払拭され、期限付きではあるがアリサの正当性は回復される事になった。「不老の怪物」と言う疑惑はアリサ自身が認めてしまった形になったが、彼女の実年齢を知った惑星上の女性達から上がる羨望と嫉妬の声の前に、その話はうやむやとなった。
 同時にその頃からだろうか。ペレジスの住民達の間でアリサの事を|永遠の女帝《エターナルエンプレス》と呼ぶ声が上がる様になったのは。
 アリサはこの二つ名を嫌い、否定した。そのため公的な書類にその名は残らなかったが、それでもペレジスでは畏敬の念を込めて彼女をその二つ名で呼ぶ者は多く、同時に非公式ではあるが彼女こそが星の統治者だと評する人々も多く現れた。
 アリサは評議会の場では慣習を守り口を閉ざしたままだったが、それでも多くの者は彼女こそがペレジスの統治者、女帝であると自ら頭を垂れた。結果としてアリサは望まぬまま星の統治者……ただし影の支配者に祭り上げられることになった。
 ともあれ、事態が落ち着き、アリサは再び星空を眺めるようになったが、その瞳には以前よりも強い意志の光が宿っていた。
 評議会の騒動が終わってしばらくして、ウォルターが統括局から帰還を果たした。評議会での騒動を聞いたウォルターはアリサが出自を公開したことに動揺するが、同時にアリサが自身の力で試練を乗り越えた事を知り、さらには自らの地位を結果的に固めることに成功した彼女の事を誇りに思うようになった。
 そんなある日、ウォルターはアリサに対して告げた。
「君にはもう私の守護は必要ないのかもしれない。だが君は私にとって娘同然だ。君さえよければこれからも隣で支えさせて欲しい……出来れば、父として」
 アリサはウォルターの言葉に驚くが、一度失った「家族」を再び得ることができる機会に心動かされ、ウォルターを「|お義父《おとう》様」と呼ぶことに同意した。
 そして幾日かが経ち、アリサが待ちに待った日が訪れた。滅亡したと思われていたヴェリザンとの通信が回復したのだ。アリサが受け取ったのはトワ本人からの通信ではなく、レイラと名乗る幼い少女からの要領を得ない通信だった。
 彼女の言葉によって星を訪れたトワがクリスタルオルガンと呼ばれる楽器と恒星間通信網を復活させたこと、調律の疲れで倒れた事、ヴェリザンの疫病は既に収まっていることが判明した。
 レイラは幼く、状況報告よりもトワと親しくしている事を一方的に話すばかりで、トワの事が気がかりで仕方のないアリサをやきもきさせた。
 ギルドの支部長であるアリサは私情を押さえてヴェリザンの情報を得ようと奮闘するが、恒星間通信のためのフォトンエネルギーが枯渇しつつあるのか、ヴェリザンからの通信状況は刻一刻と悪化してゆく。音声が途切れそうになる中、アリサの耳に聞き慣れた声が響いた。
『アリ…サ!10-7…繰…か…す…78』
「アイリスさん!10-78ですか!?」
 トワと共に旅をしているもう一人の恩人、アイリスの声。アリサが彼女の声を聞き間違えるはずは無く、その名を呼ぶが……アリサの言葉に通信機が応えることはなかった。
 後ほどアリサがウォルターに確認したところ通信途絶の直前にアイリスが伝えた10-78はギルドの緊急コードであり、要支援、人員を送れとの合図であった事が判明した。短時間で端的に状況を告げるアイリスの機転に感心しつつも、トワの声が聞けなかった事に失望するアリサ。
 だが、私情を挟まずアリサは行動を開始する。アリサはアイリスの要請に応えるべくギルド統括局や周辺宙域の惑星とも連携を開始、ペレジスを離れられない自身の名代としてテレジアをヴェリザンへと派遣し、復興支援に尽力した。
 任務に邁進するアリサだが、内心は穏やかでは無かった。無邪気にトワとのふれあいを語ったレイラに対して感じた複雑な気持ち。それがアリサが生まれて初めて感じた「嫉妬」と言う感情であった事に気付くまでに、彼女は少しの時間を要した。
 そして……トワに対する恋心の深さを痛感しながらも、その時のアリサには嫉妬も思慕の念も、心の奥底に押し込むことしか出来なかった。
 そしてそれから数年後。アリサを心の底から悲しませるニュースがギルドネット経由でアリサの元に届いた。本心では一秒でも早くこの星を離れたいと思ったアリサだったが、トワとこの星で再会することを約束していた事を思い出し、彼女は思いとどまった。
 もしかしたらトワがこの星へ戻ってくるかもしれない。自分がこの星を離れてしまえば再会の機会が失われてしまうかもしれない。そう考えて。
 星を見つめるアリサの目が再び憂いを帯びるようになったのは、この頃からだ。
 やがてアリサが評議員とギルド支部長を辞する年齢となった。外見はトワ達と共に過ごした頃と殆ど変化していなかったが、彼女は約束通り評議会とギルド支部長の座を後任に明け渡した。
 そんなアリサに対して、少数残っていた反ギルド派の人間は拍子抜けしてしまう。彼らは女帝などと呼ばれていたアリサが理由をつけて権力の座に固執すると信じていたのだ。ギルドと星に対する責任感のみで職務にあたっていたアリサの人柄を知っていれば、そのような事はありえないということは自明の理であったにもかかわらず。
 アリサの行動に戸惑う人々にウォルターは静かに告げる。貴方たちは彼女の何を見ていたのですか、と。
 公職を退き、ギルドの業務からも手を引いたアリサは、トワとの再会を願い続けながら星の孤児たちの世話に心を尽くすようになった。在職中に蓄えた財で孤児院を開設し、ウォルターとテレジアの3名で孤児たちを親のように見守る日々。
 そして時折「趣味」と称した……私的な世直しの活動にも勤しんだ。
 そんな穏やかな時間がアリサの心の支えとなっていく。時折星空を見上げトワへの想いを抱えながらも、アリサは孤児たちとの関わりが心に温もりと生きがいをもたらしていることに気づくようになる。
 義父と朋友と子供達と暮らす慌ただしくも穏やかな生活は、彼女がかつて彼女が一度失い、そして再び得ることが出来た「家族」そのものだったから。
 この頃、アリサが星空を見上げる回数は随分と少なくなっていた。それが満たされた生活ゆえの事なのか、毎日の生活に追われて星を見上げるゆとりすらなかったのかは、彼女にも判らなかったが。
 やがてウォルターに老いの影が差し……ついに彼がアリサに永遠の別れを告げる日が訪れた。
 彼が遺した手紙には、アリサへの深い愛情と、彼女が自分の誇りであったことが記されていた。いつまでも見守りたかったこと、最後まで見守れなかった事を詫びる言葉と共に。
 ――君は私にとって「星」のような存在だった。いつか旅立つ君の行く先が、いつも輝いていることを切に願う。
 そう締めくくられた彼の手紙を抱きしめ、涙をこぼすアリサ。刻の流れによって大切な人を失う経験はこれまでにも幾度もあったが、義父と慕ったウォルターを失った悲しみは大きかった。
 彼女は決してウォルターに恋愛感情を抱いていた訳ではない。でも、それでも――もし、生きる刻が同じであれば、彼と夫婦として歩むような、そんな人生が有り得たかもしれないと、二人は共に想っていたから。
 彼女が長い時間を掛けて取り戻した笑顔が失われそうになる程に、その喪失は大きかった。
 だが、彼女はテレジアの支えを受けながら子供達の為に尽くすことで、心に空いた隙間を埋めようとした。子供達はアリサの悲しみを感じ取り、彼女を支えようとした。
 ……そして、しばらくの時を経て孤児院に笑顔が戻った。アリサの私的な世直しはこの頃ピークを迎え、ペレジスは――裏社会も含め、真の意味で平穏を迎えつつあった。
 アリサは再び夜空を見上げるようになった。姿は見えずとも、傍らでウォルターがアリサに寄り添ってくれている事を感じながら。
 そんなある日、アリサは久しぶりに未来を知らせる幻視を視た。これまでも孤児院の子供達に関する小さな予知めいたものが視えた事はあったが、今回の幻視は極めて鮮明なものだった。
 トワとの再会を巡る、3つのビジョン。それはアリサを歓喜させると共に、戸惑わせた。それからしばらくの間、アリサは何処ともしれぬ場所について持てる伝手をすべて使って調べ始めた。
 それが何を意味するのか、彼女自身も理解しないまま。
 そして幾千幾万もの夜空を見上げ続けたアリサが報われる時が訪れた。アリサの前に、ついにトワが帰還する日がやってきたのだ。かつての別れ際にトワが残した言葉は果たされ、二人は再会する。
 ――暗い悲しみとの色と共に。
 そしてトワの手を取ったアリサは――自分が生まれ、育ち、傷つけられ、そして……守り、慈しんだ星を後にした。
 かつてアリサが星を見つめていた場所に、今はもう誰もいない。だが――そこで夜空を見上げた者は感じることだろう。
 どこまでも続く星々への旅路を祝福する、ほのかな温もりの存在を。