#7
ー/ー>>Towa
「……あなたは、人間?」
アイリスのその言葉に心臓が止まりそうになった。私の姉は一体は何を言ってるんだ?アイリスの言葉はアリサにとって最後の尊厳を踏みにじるものであるように、私には聞こえた。アイリスはそんな意地悪をする人じゃないのに、どうして?怒りと疑問で心がかき乱される。
だけど、その問いに対するアリサの答えは私の予想を超えていた。長命種族、テロマー。それがアリサの背負っていた秘密だった。そのことを告げたアリサの表情はそれまでと同じ無表情だったけど、それでも私には彼女が孤独に泣いているように感じた。だから、私も声を上げた。
私も自分が普通の人間ではないと知ったとき、納得した部分も大きかったけど……それなりに悩みもしたし、苦しみもした。でもその程度で済んだのは、隣にアイリスがいてくれたからだ。私が普通でなくても。もしかしたら人間じゃなくても。隣にアイリスがいてくれればそれでいい。そういう支えがあったからこそ、私は自分の出自が不明であることを前向きに受け止められた。
でも、アリサにはそんな支えはなかった。 彼女はずっとひとりぼっちだった。例え彼女が救いを求めても。そしてそれに応じる人がいたとしても。救いの手は刻の流れと共にいつか老い、やがては彼女の前から失われる。きっとそれを知っているから、アリサは誰の手も取らずにいたんだろう。
なら、せめて。ヒトとは違うこの手で、一時であっても彼女の手を握りしめてあげたい。そう思ったんだ。
「トワ様……やはり、あなたが……?でも……」
アリサの小さな声が耳に届く。彼女はまるで何かを確かめるように、揺れる瞳でこちらを見つめていた。アイリスが帰ってくる直前にも似たようなことを口にしていた気がする。確か……「違う人なのか」と言うような、何かを諦めたような事を。
そして今度は「あなたなのか」と、かすかな希望と裏切られることへの恐れが入り混じった眼差で私を見ている。私はその意味を測りかねて、ただ彼女の瞳を見返すことしかできなかった。アリサは、誰かを待っているのだろうか?いつか自分を救ってくれるはずの人を。
……そんな風に感じた。
「アリサさん、もう少し話を聞かせてもらえるかな?」
アイリスが穏やかな声で問いかけると、アリサは小さく頷いた。ウォルターさんは既に退出していてこの場にはいない。
「はい……私に、わかることなら」
アイリスの瞳が真剣にアリサを見据え、少し間を置いてから核心に触れる。
「あなたが抱えている罪のこと。……それは、あなたの予知と関係しているの?」
「……!!」
「予知?」
私は思わず口に出してしまった。アリサが予知能力を持ってる?そんな突飛な質問に、返す言葉が見つからない。しかし、アイリスの言葉にアリサが目を見開いたのが分かった。
「……どうして、それを……?」
「テロマーには予知能力があるという資料を見たことがあるんだよ。もし予知ができるなら、不幸は避けられるはずだよね?それなのに、あなたの過去は……」
アイリスが言葉を紡ぐたびに、アリサが外套の裾をきつく握りしめていくのが見える。アイリスは淡々と話しているけど、それがアリサの心の古傷を抉ってゆくのがわかる。
「アイリス、お願い。もう、やめて」
「だめだよ。これは、必要なことなんだよ」
私はアイリスにもう止めるように懇願する。しかし彼女の口調は優しくも厳しい。
「私達が、そこまで知る必要ない」
「違うの。これは……アリサさんにとって必要なんだよ」
「どうして」
「アリサさんが、罪人なんかじゃないことを証明するために」
その言葉に、アリサがかすかに肩を震わせた。アイリスはあくまで真実を知ろうとしている。それが、アリサを救うためだと信じて。
「……私は、昔から……未来の出来事が視えました。視えるのは、断片的で……いつも映像がふっと浮かぶだけ。正確な時間や場所なんて、わからないことが多くて」
アリサはゆっくりと言葉を紡ぎ出し始めた。本当に、アリサには予知能力が……?
「でも、あのとき……視てしまったんです」
アリサはぎゅっと拳を握りしめ、視線を落とした。
「……クリスタル祭の日。あの日、父が……父が何か恐ろしい目に遭うのを。誰かに陥れられて……捕らえられてしまう、そんな映像が頭に焼き付いて……それを父に話しました。『クリスタル祭の日に何かが起こるかもしれない』と」
「それはシノノメ支部長が亡くなる直前の話だよね?」
「はい……だから、その前に、ベルンハルト……当時副支部長だった彼が、不正を行っていることと関係があると思って……。早く彼を告発するようにと……私、父に勧めてしまったんです」
アリサの声は震えていた。自分を責める気持ちが、言葉の端々に滲んでいる。
「それで父は、私の言葉を信じてくれて……クリスタル祭の日に告発を行おうとしました。でも……クリスタル祭の前日に、父が……突然、父が行方不明になって。その後、ギルドの人たちが支部長が不正に関与していたと噂を流して、父が逃亡したと言いふらして。……それから、しばらくしてから父の遺体が見つかったんです。事故だと……」
アリサは何度も息をつくようにして、言葉を途切れ途切れに続けた。これ以上見ていられない。私は何度もアリサを止めようとした。だけど、そのたびにアイリスが無言で私の介入を制止する。
「でも、わかってるんです。そんなの嘘だって……私の予知した通りに、父は……死んでしまった。いいえ、私が予知したから、父はあんな目に遭ったんです……。だから、私は……」
彼女の瞳は涙で曇り、絶望に満ちていた。
「だから、私がこの星でどれだけ罵られようと……仕方ないんです。私が、私こそが、父を死なせた罪人だから。この星の乱れは……私の、罪だから」
彼女は震える声でつぶやくようにそう語った。自らの予知がもたらした悲劇。それが彼女が背負った罪なのだとしたら……私に、それをどうにかすることはできるんだろうか。
>>Iris
「私が、私こそが、父を死なせた罪人だから。この星の乱れは……私の、罪だから」
そう告白するアリサの瞳にはどうしようもない罪悪感と絶望が宿っていた。予想していた通り、彼女の「罪」は彼女の予知にまつわることだった。そしてアリサは自分の予知が、父親の最期を招いたと信じているようだ。しかし、その説明には違和感があった。
「話してくれてありがとう。そして、辛い話をさせてごめんなさい。……でもその話には、少し違和感があるんだよ」
私は慎重に言葉を選びながら続ける。
「どうして、予知通りの未来が現実になったの?予知を回避するために行動したはずなのに、結果として予知通りになるというのは普通の事なの?一度予知した未来は変えられないものなの?」
「……いえ、それまでは、予知した危機を回避したことは、何度もありました」
やはりか。予知というのは絶対的な確定した未来を教えるものではない。過去と違って未来は不確定で揺らぎに満ちたものだ。なら、予知を切っ掛けに事象を好転させることは十分に可能なはず。なのに、どうしてアリサは自分の父の命という大切なものに関わる予知で「失敗」したのか?それが、私の感じている最大の違和感だ。そして、おそらくそれは――。
「なら、そのときだけ回避できなかったというのは、偶然なのかな?もし副支部長が罠を張ってシノノメ支部長を陥れるような用意周到な人間なら。あなたの予知の内容を……何らかの形で知って悪用していた可能性は考えられない?」
「え……?」
私の言葉に、アリサは目を見開いた。おそらく、そんな可能性は考えた事もなかったのだろう。
「でも、私……誰にも話していませんし、父も秘密にしていた……はず、です」
「……そう?でも本当に秘密は守られていたのなら、告発は成功していたと考えた方が自然だよね?それまでの危険回避の実績から考えれば」
そんな筈はないとでも言いたげなアリサに、私はさらに問いかけた。
「アリサさんの話を聞く限りでは副支部長が不自然なくらいにあなた達の動きを先回りしているように思えるんだよ。考えてみて?もしかしたら副支部長が何か不正な手段であなたの予知の内容を盗み取っていたとしたら?」
「……盗まれて……いた?」
アリサの顔が少しずつ青ざめていくのが分かる。彼女は驚きと恐怖の入り混じった表情で、小さな声で続けた。
「たしかに、父が不正の証拠集めを始めたころから、ベルンハルトの動きが奇妙に正確で……。父も、証拠集めが難航していると、いつも一歩先を読まれているような気がすると……」
「それだよ!シノノメ支部長が正しかったんじゃないかな?あなたの予知やシノノメ支部長の動きをどこかで監視していたと考えれば……だから、副支部長はあなたの予知に対抗するように動けた。そういうことじゃないかな?」
アリサは呆然と私の顔を見つめ、そしてかすかに震えながら呟いた。
「……もし、それが、本当なら……私は……私は……ずっと、自分のせいで、父が死んだと……」
「違うよ、アリサさん。それは、あなたのせいじゃない。お父様は、あなたが予知を頼りにして不正と戦った。けれど、その予知が副支部長に悪用されてしまった。罪に問われるべきは副支部長……いえ、ギルド伯ベルンハルト」
アリサの瞳が揺れる。
「……わた……しは、ずっと……」
かすれた声が、凍りついていた心の奥から漏れ出るように響く。それ以上は言葉にならないようだったが、その瞬間、彼女の頬をつたって一筋の涙が流れ落ち、次第にその小さな滴は後から後からあふれ出て、やがては滂沱の涙へと変わっていった。
アリサは表情を変えることなくただ虚空を見つめ、まるで静かに崩れゆく氷のように涙を流し続けた。抱え続けた罪の意識が氷が解けるように涙となって流れ出し、彼女を少しずつ解放していくかのようだった。
トワが、そっとアリサの肩を抱きしめた。何も言わず、ただ彼女の震える体を支えるように。アリサはその温もりに縋るようにして、長い間押し殺していた痛みをようやく吐き出している。
私は、祈るような気持ちで見守った。どうかこの涙が、彼女の心を解きほぐし、救いの光となりますように。罪無き者の故無き贖罪がこれで終わりますように、と。
>>Towa
アイリスはやはりすごい。アリサが抱えていた罪の意識を、真実を明らかにすることで解きほぐしてみせた。私には絶対真似の出来ないことだ。
そっか、アリサが待ち望んでいた救い主はアイリスの事だったんだ。そう思うと、何かがすっと腑に落ちた。私はアリサに寄り添うことしかできないけど……それでも今は、泣き疲れて眠ってしまったアリサを支えることぐらいならできる。優しく彼女の体を抱え、ベッドにそっと横たえると、アリサは深い眠りの中でどこか安らいだ表情を浮かべていた。
しばらくその寝顔を眺めてから、アイリスと今後の行動について話し合うことにした。まずはウォルターさんへの報告が必要だよね。今後どうギルド伯にアプローチするかについて彼の知識が必要になるだろうし。そしてアリサの保護についても、慎重に考えないといけない。真実を知ったアリサが無茶な行動を起こさないようするためにも。
ウォルターさんへの説明はアイリスに任せることにした。情報の整理や説明は私よりもアイリスの方が適任だから。アリサの方は……あの自警団との一件がギルド伯に伝わっているかもしれないから、私がここで付き添って様子を見るのがベターだろう。眠っている彼女を起こすのも忍びないし。
ベッドに静かに寝かされたアリサは、穏やかな寝息を立てている。泣き腫らした目元もどこか儚げで、でもとても綺麗な顔立ちをしていて……ふと思わずその顔に見入ってしまった。
私が男だったら、きっと、いや確実に間違いを起こしていたんじゃないだろうか。そんなことを考えて、少し可笑しくなる。
私も自分の容姿には多少の自信はある。お義父さんが良く「トワは可愛い」って言ってくれてたからね。けど、こうやって近くでアリサやアイリスのような極上の美少女を眺めていると、なんだか自己肯定感がダダ下がりになりそうだ。
いや、そもそも私は外見やオシャレには欠片も興味はないけど……それでもやっぱり、美しいものを目の前にすると、何かこう心を動かされるものがある。可愛いは正義、というのはこういうことなのかな。あれ?じゃあ私には、正義がない……?
ぼんやりとそんなことを考えていたとき、アリサが小さく寝返りを打ち、ゆっくりと瞼を開けた。
「おはよ。いい夢、見れた?」
「……トワ……さま……?」
寝起きでぼんやりしているのか、キョトンとした目で私を見つめるアリサ。無表情だけど、こうして見ると目がよく語る子だ。驚きや戸惑いが、瞳の奥にかすかに揺れている。しばらく私を見つめたあと、アリサは意を決したようにそっと口を開いた。
「あの……アイリスさんには、お話していないことが。実は……あるんです」
「大事な話?」
「……はい」
「じゃあ、アイリスが戻ってから」
「いえ、トワ様に……聞いていただきたいのです」
私だけに聞かせたい話?正直どんな話か想像も付かないし、少し意外だったけどアリサがそう言うなら聞くしかないだろう。
「私……父の件があってから、予知の力を失ってしまったんです。あの時から、幻視を視ることもなくて」
「うん」
「けれど、そんな中で、ただ最後に見えたものが、あるんです。いつか、私を暗闇から救い出してくれる……救いの手を差し伸べてくれる人の姿が」
私はアリサの言葉に、アイリスのことを思い浮かべてしまう。そうだよね、アイリスは救世主に相応しい、私の自慢のお姉ちゃんだ。
「それ、アイリスの……」
なので、私がそうそう続けようとした瞬間、アリサがかぶりを振り私の言葉を遮った。
「違うんです。私が視たその人は……銀色の髪と、虹色に輝く瞳を持った方、でした」
「え?」
「トワ様……私が幻視で視た、救いの手を差し伸べてくださる方は、あなたでした」
アリサの言葉の意味が理解できなかった。いや、彼女が告げる外見的な特徴は確かに私のものだ。特に虹色の瞳というのは、私以外の人で見たことがないし、私とアリサが既に出会ってる以上、それは高い確率で私のことだとは思う。けど、アイリスがアリサの罪悪感を解きほぐしたとき、私は確信していた。アリサが待ち望んでいた「救いの手」はアイリスのことだったんだって。けれどアリサは、彼女の言葉はそれを否定している。
「アイリスさんには……とても感謝しています。罪の意識から私を救っていただいたことは。でも……」
横たわったままのアリサは私を見上げる。その瞳には深い静けさと、決意めいた色が浮かんでいる。
「トワ様、私が初めて救いの手を感じたのは……あなたが私のために、声をあげてくれた、あの時なんです。誰かが私に手を差し伸べてくれるなんて、夢にも思っていませんでした。あのときも、私は……一人で耐えなければいけないのだと」
その言葉に、私は少し戸惑った。私が彼女の救い?でも、私にはアイリスのような立派なことはできない。あのときも、ただその場に居合わせたけで、衝動のままに飛び込んだだけなのに。
「アリサ。私にはアイリスみたいな力も言葉もない。ただ、黙って見てられなかっただけ」
私の言葉に、アリサは小さく首を振った。
「いいえ、トワ様。私にとって……誰にも頼れないと思っていた私に、初めてあなたが差し延べてくれた手が、それこそが、私の救いだったんです。それがなければ、私の心はもっと深い絶望に沈んでいたかもしれません」
……そっか。彼女が言う救いというのは、罪の意識を解くことじゃなかったのか。私の手には力はなくても、それが差し伸べられたという事実自体が、アリサにとっての「救い」だったのかもしれないね。
「……わかった。私がアリサの救いになれたなら、良かった」
そう呟いた瞬間、アリサの表情がわずかにほころんだ。ほんの小さな微笑みだったけど、私にはその笑顔が何よりも尊いものに思えた。
「アリサが寝てる間にアイリスと決めた事がある。アリサにも話しておきたい」
「はい……あっ、私、寝たままでしたね。今起きますので……」
アリサがそう言って体を起こそうとしたとき、寝乱れていた外套が滑り落ち、彼女の肌が露わになった。白い肌と、そこにに刻まれた無数の惨たらしい傷跡が。
――なんだ、これは……?
「アリサ……!?」
思わず声が出た。彼女に、何があったの……?
私の声に、アリサは気まずそうに視線を落とし、焦った様子もなく外套を再び身に纏う。
「……ごめんなさい。不快なものを、お見せしてしまいました」
まるで自らが悪いとでも言うかのような、そんな言葉を彼女が口にするのが信じられなかった。
「その傷……どうして」
私の問いに、アリサはほんの少し視線を揺らしながら、かすかに頷いた。
「……私が予知能力を失ったことは、お話ししましたよね?……ギルド伯になったベルンハルトは、それでも私の幻視を利用しようと……考えていたのです。それに、父が調べたギルド伯の不正の証拠が見つからなかったらしくて。でも、何も視えない、何も知らない私には、どんな手を使われても……」
アリサの声が静かすぎて、逆に胸が締めつけられる。彼女が心と体に受けた痛みや苦しみがどれほどのものだったか、その一端さえ私は想像できない。アリサは心だけでなく体すらも傷つけられていた?それなのに、彼女はそれを当然のように受け入れて……。
「でも私は、それが……自分の罪に対する罰だと思っていました。だから、ずっと甘んじて受け入れることが……贖罪なんだって」
「足を、引きずってるのも?」
「……お気づきでしたか」
アリサはためらいがちに外套をめくり、左足を見せてくれた。そこには、ひときわ深い傷跡が残っている。見るのも痛々しい痕だ。それでも彼女は、静かに語るだけだった。
「私がテロマーでなければ……とうに動かなくなっていたかも……いえ、死んでいたかもしれません」
私は息が詰まるような感覚を覚えた。アリサの受けたそれは罰などではなく、ただ一方的で理不尽な加虐だ。それが許せなかった。アリサはあの無表情の裏にどれほどの絶望を抱え、傷ついてきたのか。
「……馬鹿ですよね、私。自分の罪だと思い込んでいたなんて」
目元に涙を浮かべたアリサが自嘲気味にそう呟く。そうだ、その罪はアリサが受けるべきものではない。そもそもアリサは何も悪いことなんてしてないのに。悪いのは、罪人は……罰を受けるべきなのは。
――ギルド伯ベルンハルト。お前だ。
視界が朱色に染まるのが判った。頭の中で朱がぐるぐると回っている。傷ついたアリサを見ていると、行き場のない憤りがどんどん私の中で濃縮されてゆく気がした。
そして私は……生まれて初めて、誰かを殺したいと本気で思った。
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