「原宿の森に虎……ですか?」
「そう言えば、噂には聞いてますわね」
怪訝な顔をする2人に俺は、更に語り掛ける。
「この間は、あそこでデッカい音もして、ちょっとした騒ぎになったらしいんだよ!何か面白そうだし、俺達で正体探りに行ってみねぇか?」
だけど、テンション高めの俺に対して、帰り支度を進める友人達の反応は芳しくない。
「止めときますわ。目撃情報があるわけでもないんでしょう?」
「ごめんなさい、一文字さん。私も今晩は仕事なんです……」
「…………そ、そうか」
お絹ちゃんまで駄目か……
弓の奴が、つれない反応をするのは、ある程度予想がついてたけど、彼女が来れば何だかんだ言いながらついて来ると思ってただけに計算が狂っちまったぜ。
まぁ、そこまで俺も真剣に誘ってたわけじゃないからいいけどな。
「仕方ねぇ……俺1人で行くか」
「ええっ!?夜、1人は危険ですよ」
「大丈夫ですわ、氷室さん。この方なら、熊が出てきても何とかするでしょう」
へいへい…………どうせ、ガサツですよ。
「ところで、一文字さん」
「あん、何だよ?」
何だ?やっぱり、興味あんのかな………?
「……暇なんですの?」
「放っとけ!」
◇◇◇
「9時半か……もう、聞こえて来てもよさそうな時間だな」
学校で、すげなく2人に断られちまった俺は、こうして1人で森までやって来た。
この森のことは、前々から知ってたけど、入るのは初めて。実際、中に入ってみると、かなり広くて若干引いてる……
興味本位で友人達を誘ったものの、俺自身 “夜な夜な虎の鳴き声が聞こえる” くらいの情報しかな持ってないんだ。例え、聞こてきても、こんな広さじゃ探すなんて不可能だったろう。
普通ならな……
でも、今回は運(?)が俺に味方した。先日の騒ぎの名残か、森の一画に通行止めの標識が立てられていたんだ。一緒にある張り紙には『許可なく、森の中へ入らないで下さい』と書いてある。
ここに来るまで、通れる所は一通り回って来たけど、止められてるのはここだけ。騒ぎがあったのは、この先で間違いないな。俄然、興味が湧いてくるってもんだぜ。でも、問題なのは…………
「……鳴き声、聞こえてこないんだよな」
そう……歩きまわってる内に聞こえてくるんじゃねぇかと期待してたんだけど、ここに来るまで何も無い。平穏そのもの………
どんな、小さな声でも聞こえてくれば別なんだが、こうまで何もないと目の前の光景も全然関係ない物なんじゃないかと、不安になってくる。
聞こえてくるまで、待つか……?いやいや、そんなの自分の性に合わない。目の前に気になる所があんなら、突貫あるのみだぜ!
それでも、 “通行止め” を越えるのは、多少の罪悪感があった。
だけど、意を決した俺は標識を跨いで森へ入る。な〜に、少し見に行くだけだ。森に傷付けなきゃ問題ねぇだろ。
◇◇◇
………………と、進んだはいいけど……
「…………何も見えねぇ……」
少し奥に入っただけで、早くも後悔する。
ここは、道から外れた森の中。街灯なんか当然ない。にも、関わらず懐中電灯も用意してない。月や星の明かりも、木々に遮られて殆ど届かない。
手を前にしてなきゃ、いつ木にぶつかるか解らないし、脚も高く上げて、一歩一歩確認するようにして歩かないと、すぐに転びそうだ。
こんなんで、探索なんか出来るかっ!!
俺は、アホか?うん、アホだな……いや、そうじゃなくて、何で夜の森に入るのに、明かりくらい準備しとかないんだ俺は?
どうすりゃいいんだ?
脳筋か?脳筋なのか?そうだ、俺は脳筋だ…………って、さっきと変わらん!!
……と、自分に突っ込んでんだか、悩んでんだか良くわからねぇ思考をグルグルしてみるけど、そんなんで良い案なんて浮かぶわけが無い。
…………やっぱり、勢いだけで突っ走るのって、良くないよな。
意を決した時に上がったテンションが、上がる前より爆下がりする。虎の鳴き声も変わらず聞こえないし、踏んだり蹴ったりだ。
……いやいや、こんな状態で聞こえて来ても逆に困るよな?もし、そいつが危険な奴だったとしたら何も出来ねぇよ。
帰るか……?
周りは見えないと言っても、来た方向を見失う程じゃない。引き返せば問題なく帰れると思う。でも、折角ここまで来たんだしな…………
「もう、少しだけ……」
自分に言い聞かせるように呟くと、取り敢えず手探りで前に進む。これで何も無かったら戻ろう。
でも、殆ど期待はしてない。
この時点での俺は、謎の存在を突き止めると言うより、自分に踏ん切りを付ける為の行動に切り替わっていた。
◇◇◇
数分程進むと、少し木々の開けた場所が見えてきた。お陰で月明かりが届いて、あの場所だけ少し明るい。先日、何かあったとすりゃ、あそこなのか?
完全な手探り状態から、目的地(?)の見えるようになった事で安心しかけた俺だったけど、その次の瞬間にギョッとした……!
(誰かいる……!?)
開けた場所の真ん中辺……そこに誰かが、胡座を掛いて座ってやがる!
霊体?妖怪?いや、そんな気配は感じない。なら、人間?…………っても、俺は模擬戦で式神程度しか相手にしたことがねぇから、何とも言えねぇな……
こっからじゃ、誰だか解らないけど、かなりデカいぞ。座った状態だけど、よく解る。いや、それよりこんなとこで明かりも点けずに何やってんだ?どう考えても異常だろ!?
…………どうする?
……どうするっても、やり合う選択肢はないよな。こんな状態じゃ、まともに動けねぇ。取り敢えず、戻って人を呼んだ方が無難だよな?でも、そうすっと、俺が無断で森に入ったこたがバレる……いやいや、それ以前にこの状態を何とかしねぇと。戻る事が出来なきゃ、何も出来ねぇ。
そうして、俺は奴に気付かれないよう回れ右をしようと__
「ワッシは、影のうっすい虎じゃないんジャいっ!!」
「だぁっ!!?しまっ……」
いきなりの大声にビビった俺は、不覚にも声を上げちまった…………でも、なんだ?
後ろのデカブツの声に間違いないんだろうが、この野太い声に、独特のイントネーション……どこかで聞いた事があるような?
「…………だ、誰ジャ?誰か、そこに居るんか?」
更に響き渡る声…………でも、声の様子が俺を咎めると言うより、奴の方こそ俺の存在にビビってる感じがする。もしかしたら、こいつは、そこまで危険な奴じゃないのかもしれない。
俺は、一旦上がった心拍数を落ち着けるようにゆっくりと奴の方へ向き直る。
「あんた!そんなとこで、何してんだ!?」
距離が結構離れてたんで、デカめの声で叫んだだけなんだが、それは相手の態度を更にビビらせる結果になった。
「い、いや!誤解ジャ……ワッシは怪しいもんジャないんジャ…………」
どう考えても、ただの不審者にしか見えねぇんだけど……だけど、完全に安心した俺はもっと声を張り上げる。
「質問に答えろ!何をしてるって、聞いてんだよ!!」
「ひぃっ!め、瞑想です!!瞑想をしていたんジャあ……」
「瞑想…………?」
なんで、こんなとこで……?
「そっち行くから、そこ動くなよ!」
取り敢えず、近くに行ってみっか。
「け、警備員さん!ワッシを警察に突き出さないで欲しいんジャ!」
「馬鹿!俺は、警備員じゃねぇよ!!」
そうして、奴の近くまで歩き始める。その間も奴は、観念したように動かなかった。
デカい図体の割に大人しい野郎だな。警備員じゃねぇって、言ってんだから普通に逃げりゃいいのに……
そんな事を思いながら近くまで行くと………
「あ、あんたは……」
「お前は……」
至近距離まで来て、おぼろげながらもハッキリしてくる奴の容貌。
この男……やっぱり、見覚えがある。
広い肩幅に丸太のようなブッとい手足。デカいのは遠くからでも解ったけど、改めて見ると本当にエゲツねぇ……もし、こいつが襲いかかって来たら、俺が何も出来ずに負けちまうだろうな。そして、その上にある顔も体と同じように全体的にゴツくて、厳ついオールバック野郎。
「確か、一文字さん……」
「誰だったっけ?」
駄目だ……なんか、こいつは俺を知ってるみたいだけど、俺はかなり怪しい。
会ったことがあるのは何となく覚えてるけど、いつ何処だったかハッキリしない。俺、記憶力悪いからなぁ〜…………
「ワッシは、影のうっすい虎じゃないんジャい!!」
「うっせぇ!近くで叫ぶな!!」
だぁっ!耳がキーンと来た。それに、それさっきも言ってたろ!!何なんだ?こいつ…………
「す、すまないんジャ……」
「い……いや、いいよ。俺も、忘れてたし…………そう言うわけで、もう1回名前教えてくんねぇか?」
まだ、耳がおかしいけど何とか答える。まぁ、悪い奴じゃなさそうだから、この辺は我慢するかな。デカい体を、小さくしながら謝るこいつを見てると、これ以上怒鳴るのは何となく気が引けた。
「わ、ワッシはタイガー虎吉と言います……ジャ」
「タイガー虎吉…………どこで、会ったんだっけ?」
…………名前聞いてもピンと来ねぇ……こいつの影が薄すぎるんだか、俺の記憶力が悪すぎるんだか、どっちなんだろう?こいつには悪いけど、出来れば前者であって欲しい。
俺が、そう言うとタイガーと名乗ったこいつは辿々しく語り始める。
「そ、それは去年のクリスマスに……」
「クリスマス……」
去年のクリスマスは…………確か〜……店に超絶美形なヴァンパイア・ハーフの人が居て、俺と弓はその彼に只管アタックを繰り返しいた気がすっけど、こいつそん時居たっけ?
「お、思い出しましたか?ジャ」
「え、えっと……」
おずおずと聞いてくるタイガー。
参ったな……ここで、「知らねぇ」なんて言ったら、また大声出しそうだな。今度叫ばれたら、俺の鼓膜千切れるんじゃね?
思いだせ!思いだせ!
ひっくり返した、ゴミ箱のゴミを必死に掻き集める勢い(表現きたねぇな……でも、俺だから許せ)で、記憶の断片を必死に拾い集める…………
すると……
「ん!?」
「い、一文字さん……?」
……いいぞ。おぼろげながら、記憶のパズルが組み上がって来た。そうだ!こいつは、パーティーの最後……
「泡吹いて、ぶっ倒れてた奴か!!?」
「!!?」
そうだ♪そうだ♪
何でか解んねぇけど最後こいつが泡吹いて、ぶっ倒れたからパーティーお開きになったんだ。最後が微妙過ぎて、完全に忘れてたぜ…………って、あれ?
両手を付いて、へたり込んでる。
「おい、どうし__」
「……………嫌ジャーーーーーーーーっっ!!!!!」
「だから、うっせぇーーーーーーーっっ!!!」
夜の森に響き渡る俺達の奇声…………
後日、この森には虎の他に女の叫び声も聞こえようになったとか、ならなかったとか……