表示設定
表示設定
目次 目次




山彦

ー/ー



「で……?今回は、どうしたのよ?」


 夕方、いきなり事務所に訪ねてきた冥子にコーヒーを勧めながら訊ねる。

 アポ無しで来ることは珍しくないけど、今回は何だか表情が沈んでいる。こういう時は、大体何か厄介事運んで来るんだけど一体何があったのかしら?


「この前、まー君と山に除霊に行ったら〜〜」


 まー君………あぁ、以前、この娘と式神対決をした『鬼道政樹』の事ね。冥子に負けてから、六道学院の教員兼この娘のお守り役になってたはず。


「除霊に行ったら?」
「変な人達に会ったの〜〜……」
「……あんたより?」

「玲子ちゃ〜ん……」
「ああっ……ごめん、ごめん。謝るから泣かないでよ」


 言いながら、泣きそうになる冥子をジャスチャーで必死に宥める。こんな所で(式神を)暴走されられたら、堪んないわ。


「そ、それで……どんな連中だったの?」
「うん……3人組で〜、多分全員男の人〜〜」


 多分……?


「でも、1人は会った事があるの〜、玲子ちゃんも知ってる人よ〜〜」
「知ってる人……?一体誰なの?」

「 “武威” って人〜〜」
「………………誰それ?」




    ◇◇◇


 ガサガサッ! ザシュッ! 


「そっちだ!」
「ちっ、ちょこまかと……!」
「……………………」


 俺の言葉に舌打ち混じりに返す雪之丞。無骸の方は、例によって無言で並走している。


 しかし、一体もう何分追い掛け回してる?

 あの『山彦』の最後の一匹………明らかに他とは違うぞ。



 …………ここは、東京と神奈川の県境にある山の奥深い場所。俺達は、ここへ山彦の群れを駆除しに来ていた。


 妖怪『山彦』………その姿は一見すると焦茶色の猿と言った感じなんだが、耳がピンと尖っていて顔は良く見ると犬の様にも見える。

 そして、 “山彦” と呼称するように山へ来る人間の言葉をそのまま呼び返す…………と、そんな風に言うとどこか牧歌的で無害な印象を受けるが、実際もっと悪質だ。

 奴等は言葉をただ繰り返すだけでなく、人語を解して人を不安に陥れる言葉を次々と投げ掛けて来る。加えて、その声に乗せるのは奴等は妖気。

 一匹一匹は大した事ないが、数匹が同時に様々な声を上げるとそれがゲシュタルト崩壊の如く頭の中で反響して、たちまち聴いた者は多大な精神的苦痛、及び不快感を覚え、立っていられなくなっちまう。

 数匹でそれなんだ。それが、数十匹まで膨れ上がれば、最終的には精神が崩壊し死に至る……


 なぜ、そんな事をするかと言うと、それは奴等の糧が人間の負の感情………具体的に言えば、不安や死の恐怖と言った所か。

 だから、奴等は山へ来た人間に様々な言葉を浴びせて、不安を煽る訳だ。直接的に人を襲う事はないが、死体になれば普通に喰らう。

 連中からすりゃ、恐怖に染まり切って死んだ人間の肉程美味いもんはないからな。それでも、一応奴等を擁護するなら生きる為の行動なんだろうが、人間側は到底放置出来ねぇ訳だ。

 要するに、その案件が巡り巡って俺達の所まで来た。



 ………………なんか、やたら説明が長くなっちまったが、肝心の駆除の方はと言うと、それ自体は割と上手く行った。


 今回の群れは、約数十匹。

 数だけで見れば面倒だが、奴等はその狩りの特性上ある程度一塊(ひとかたまり)にならないと脅威にならない。

 だから、奴等が俺達に狙いを定めたファーストコンタクトの段階で、そこへ三方向から霊波砲と霊盾をぶち込んで一網打尽にしてやった。

 残った連中を仕留めるのに多少の苦労はあったが、その程度だ。繰り返すが、奴等の脅威は集団咆哮による音波攻撃。恐怖に駆られて逃げ惑うその姿は、ただの猿と何ら変わらなかった………

 今、追ってる一匹以外は……


 バサバサッ! ザッ! ザシュッ!


「ったく、何なんだ!?奴は、一体……」
「分かりゃ苦労しねぇよ!」
「……………………」


 木々の枝を次々と飛び移る奴を、俺達は同じように枝から枝へ飛び移りながら言い合う。無骸は、変わらず山道を並走してる。


 …………鴉じゃなくて、猿にでもなった気分だな。

 こう言った状況を考慮して、山の木々を飛び移る訓練なんか繰り返してたが、本当にする日が来るとは思わなかった……


 だが、変な感慨に浸ってる場合でもない。

 もう、どのくらいの時間追ってんだか判りやしねぇが奴との距離は一向に縮まらない。油断したら、すぐにでも見失いそうな勢いだ。

 奴だけ、明らかに他と違う。バネが違う。体が生み出す疾さが違う。動きそのものが違う……!


 ただ、正直に言っちまえば群れにあれだけ壊滅的な打撃を与えたんだ。もう、駆除は完了してたと言ってもいい。山彦一匹じゃ、脅威にならない。だから、普通なら放置で良かった。

 なのに、あの一匹を3人でここまで釈迦力になって追いかけてるのは、ちゃんと理由がある。単に他の連中より動きが良いからだけじゃない。


 妖気を全く感じ取れないからだ。妖怪なのに………!!


 かと言って当たり前だが、霊気も感じない。もっと言えば、神魔の気も感じない……

 奴は、何だ………??


 とにかく、そんな不気味な存在を放って置くのは危険と判断した俺達は、ずっとこんな追走劇を演じてる訳だ。


「洒落せぇっ!!」


 隣で、業を煮やしたように霊波砲を放つ雪之丞。


 ヴァゥッ!


 だが、奴は軽快な動作であっさりとそれを躱す。霊波が命中したのは、奥にある杉の幹だ。


「ちっ……!」


 そんな様子を見て忌々しそうに舌打ちしているが、それは、これまでに何度も同じように逃げられてるからだ。

 そう……ここまでも3人で、奴に飛び道具で攻撃して来たが、軽快な動きと木々と言う天然の遮蔽物を巧みに利用されて、全く上手く行かなかった。捕まえて調べるのが目的で、本気で仕留めに掛かってないのもあるが、苛立ちは募るばかりだ。


「鴉っ!」
「なんだ……?」
「挟み撃ちは、出来ねぇか?」


 まぁ、それは俺も考えた。それこそ、文珠で転移すりゃ一発だろう。

 だが………


「あいつが、何処に向かってるか分かんねぇんだぞ。俺は、何処に回りゃいいんだ?」
「ちっ……」


 舌打ちなら、俺もしてぇよ……


「……なら、生け捕りは諦めるか?」
「………………仕方ねぇな」


 このまま逃げられて、不安を残すよりはマシか?奴の残骸を上手く回収出来りゃいいが……


「おいっ、無骸!捕まえるのは無しだ!一気に行くぞっ!」
「……………………」



 タタンッ! シュタッ! タタタタタッ!



「!?」


 …………何だ?前に跳ぶ山彦(?)が急に地面を降りた。

 何故……?地面を走るより、木々を縦横無尽に飛び回った方が逃げやすいのに………


 そんな疑問が頭に浮かんだ直後だった。



「待てっ、武威!人が居る!」
「マジかっ!?こんな時に……!」
「……………………」


 正確には、人が来るだった……

 山彦を追う俺達の向かい側の山道から覗く2つの人影。

 いつの間にか、人里まで降りちまったか?いや、そんな筈はない。だとしたら、登山者……?山中深くはあるが、全く人が
来ないわけじゃない。

 どちらにしても、最悪のタイミングだぜ。これじゃ、霊盾は撃てないっ……!いや、それ以上に彼等が危険だ。



「糞がっ、間に合わねぇ……!(武)」
「「……………………」」


 どうする……?

 こうしてる間にも、山彦と2人の距離はどんどん縮まって行く。始めは、人影だったのが今は殆ど視認出来る。多分、男女のアベックだ。もう、考えてる時間はねぇ……!


「先に転移する……!」


 文珠を使って、2人と山彦の間に割って入る。そう決意して、意識を飛ばそうとした時__



「うわぁ〜〜ん、摩虎羅ちゃ〜〜ん!!」



 山中に木霊する、この緊迫した場面にまるでそぐわない間延びした若い女の声………


「「「……………………」」」


 …………その余りにも突拍子もない出来事に、俺達の思考は完全にフリーズしちまった。


 ただ、この声……俺には聞き覚えがある。それに “摩虎羅” って確か………

 


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 山彦・二


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「で……?今回は、どうしたのよ?」
 夕方、いきなり事務所に訪ねてきた冥子にコーヒーを勧めながら訊ねる。
 アポ無しで来ることは珍しくないけど、今回は何だか表情が沈んでいる。こういう時は、大体何か厄介事運んで来るんだけど一体何があったのかしら?
「この前、まー君と山に除霊に行ったら〜〜」
 まー君………あぁ、以前、この娘と式神対決をした『鬼道政樹』の事ね。冥子に負けてから、六道学院の教員兼この娘のお守り役になってたはず。
「除霊に行ったら?」
「変な人達に会ったの〜〜……」
「……あんたより?」
「玲子ちゃ〜ん……」
「ああっ……ごめん、ごめん。謝るから泣かないでよ」
 言いながら、泣きそうになる冥子をジャスチャーで必死に宥める。こんな所で(式神を)暴走されられたら、堪んないわ。
「そ、それで……どんな連中だったの?」
「うん……3人組で〜、多分全員男の人〜〜」
 多分……?
「でも、1人は会った事があるの〜、玲子ちゃんも知ってる人よ〜〜」
「知ってる人……?一体誰なの?」
「 “武威” って人〜〜」
「………………誰それ?」
    ◇◇◇
 ガサガサッ! ザシュッ! 
「そっちだ!」
「ちっ、ちょこまかと……!」
「……………………」
 俺の言葉に舌打ち混じりに返す雪之丞。無骸の方は、例によって無言で並走している。
 しかし、一体もう何分追い掛け回してる?
 あの『山彦』の最後の一匹………明らかに他とは違うぞ。
 …………ここは、東京と神奈川の県境にある山の奥深い場所。俺達は、ここへ山彦の群れを駆除しに来ていた。
 妖怪『山彦』………その姿は一見すると焦茶色の猿と言った感じなんだが、耳がピンと尖っていて顔は良く見ると犬の様にも見える。
 そして、 “山彦” と呼称するように山へ来る人間の言葉をそのまま呼び返す…………と、そんな風に言うとどこか牧歌的で無害な印象を受けるが、実際もっと悪質だ。
 奴等は言葉をただ繰り返すだけでなく、人語を解して人を不安に陥れる言葉を次々と投げ掛けて来る。加えて、その声に乗せるのは奴等は妖気。
 一匹一匹は大した事ないが、数匹が同時に様々な声を上げるとそれがゲシュタルト崩壊の如く頭の中で反響して、たちまち聴いた者は多大な精神的苦痛、及び不快感を覚え、立っていられなくなっちまう。
 数匹でそれなんだ。それが、数十匹まで膨れ上がれば、最終的には精神が崩壊し死に至る……
 なぜ、そんな事をするかと言うと、それは奴等の糧が人間の負の感情………具体的に言えば、不安や死の恐怖と言った所か。
 だから、奴等は山へ来た人間に様々な言葉を浴びせて、不安を煽る訳だ。直接的に人を襲う事はないが、死体になれば普通に喰らう。
 連中からすりゃ、恐怖に染まり切って死んだ人間の肉程美味いもんはないからな。それでも、一応奴等を擁護するなら生きる為の行動なんだろうが、人間側は到底放置出来ねぇ訳だ。
 要するに、その案件が巡り巡って俺達の所まで来た。
 ………………なんか、やたら説明が長くなっちまったが、肝心の駆除の方はと言うと、それ自体は割と上手く行った。
 今回の群れは、約数十匹。
 数だけで見れば面倒だが、奴等はその狩りの特性上ある程度|一塊《ひとかたまり》にならないと脅威にならない。
 だから、奴等が俺達に狙いを定めたファーストコンタクトの段階で、そこへ三方向から霊波砲と霊盾をぶち込んで一網打尽にしてやった。
 残った連中を仕留めるのに多少の苦労はあったが、その程度だ。繰り返すが、奴等の脅威は集団咆哮による音波攻撃。恐怖に駆られて逃げ惑うその姿は、ただの猿と何ら変わらなかった………
 今、追ってる一匹以外は……
 バサバサッ! ザッ! ザシュッ!
「ったく、何なんだ!?奴は、一体……」
「分かりゃ苦労しねぇよ!」
「……………………」
 木々の枝を次々と飛び移る奴を、俺達は同じように枝から枝へ飛び移りながら言い合う。無骸は、変わらず山道を並走してる。
 …………鴉じゃなくて、猿にでもなった気分だな。
 こう言った状況を考慮して、山の木々を飛び移る訓練なんか繰り返してたが、本当にする日が来るとは思わなかった……
 だが、変な感慨に浸ってる場合でもない。
 もう、どのくらいの時間追ってんだか判りやしねぇが奴との距離は一向に縮まらない。油断したら、すぐにでも見失いそうな勢いだ。
 奴だけ、明らかに他と違う。バネが違う。体が生み出す疾さが違う。動きそのものが違う……!
 ただ、正直に言っちまえば群れにあれだけ壊滅的な打撃を与えたんだ。もう、駆除は完了してたと言ってもいい。山彦一匹じゃ、脅威にならない。だから、普通なら放置で良かった。
 なのに、あの一匹を3人でここまで釈迦力になって追いかけてるのは、ちゃんと理由がある。単に他の連中より動きが良いからだけじゃない。
 妖気を全く感じ取れないからだ。妖怪なのに………!!
 かと言って当たり前だが、霊気も感じない。もっと言えば、神魔の気も感じない……
 奴は、何だ………??
 とにかく、そんな不気味な存在を放って置くのは危険と判断した俺達は、ずっとこんな追走劇を演じてる訳だ。
「洒落せぇっ!!」
 隣で、業を煮やしたように霊波砲を放つ雪之丞。
 ヴァゥッ!
 だが、奴は軽快な動作であっさりとそれを躱す。霊波が命中したのは、奥にある杉の幹だ。
「ちっ……!」
 そんな様子を見て忌々しそうに舌打ちしているが、それは、これまでに何度も同じように逃げられてるからだ。
 そう……ここまでも3人で、奴に飛び道具で攻撃して来たが、軽快な動きと木々と言う天然の遮蔽物を巧みに利用されて、全く上手く行かなかった。捕まえて調べるのが目的で、本気で仕留めに掛かってないのもあるが、苛立ちは募るばかりだ。
「鴉っ!」
「なんだ……?」
「挟み撃ちは、出来ねぇか?」
 まぁ、それは俺も考えた。それこそ、文珠で転移すりゃ一発だろう。
 だが………
「あいつが、何処に向かってるか分かんねぇんだぞ。俺は、何処に回りゃいいんだ?」
「ちっ……」
 舌打ちなら、俺もしてぇよ……
「……なら、生け捕りは諦めるか?」
「………………仕方ねぇな」
 このまま逃げられて、不安を残すよりはマシか?奴の残骸を上手く回収出来りゃいいが……
「おいっ、無骸!捕まえるのは無しだ!一気に行くぞっ!」
「……………………」
 タタンッ! シュタッ! タタタタタッ!
「!?」
 …………何だ?前に跳ぶ山彦(?)が急に地面を降りた。
 何故……?地面を走るより、木々を縦横無尽に飛び回った方が逃げやすいのに………
 そんな疑問が頭に浮かんだ直後だった。
「待てっ、武威!人が居る!」
「マジかっ!?こんな時に……!」
「……………………」
 正確には、人が来るだった……
 山彦を追う俺達の向かい側の山道から覗く2つの人影。
 いつの間にか、人里まで降りちまったか?いや、そんな筈はない。だとしたら、登山者……?山中深くはあるが、全く人が
来ないわけじゃない。
 どちらにしても、最悪のタイミングだぜ。これじゃ、霊盾は撃てないっ……!いや、それ以上に彼等が危険だ。
「糞がっ、間に合わねぇ……!(武)」
「「……………………」」
 どうする……?
 こうしてる間にも、山彦と2人の距離はどんどん縮まって行く。始めは、人影だったのが今は殆ど視認出来る。多分、男女のアベックだ。もう、考えてる時間はねぇ……!
「先に転移する……!」
 文珠を使って、2人と山彦の間に割って入る。そう決意して、意識を飛ばそうとした時__
「うわぁ〜〜ん、摩虎羅ちゃ〜〜ん!!」
 山中に木霊する、この緊迫した場面にまるでそぐわない間延びした若い女の声………
「「「……………………」」」
 …………その余りにも突拍子もない出来事に、俺達の思考は完全にフリーズしちまった。
 ただ、この声……俺には聞き覚えがある。それに “摩虎羅” って確か………