「おおぉ〜!こりゃぁ見事な夜桜だぁ♪」
「桜と言うより、色的には梅だよな……」
「……………………」
もっと言えば、鮮やかな赤と言うより鮮血の “朱” と言った方が表現として適切な気がする。その朱が夜空を背景にする事で、より不気味さを増してるのは、俺の気の所為じゃないだろう。
横で感嘆の声を上げる雪之丞に答えながら、そんな事を考えた。逆方向に居る無骸は……いつも通りだ。
「つれねぇなぁ、鴉♪花見の誘い断って、ここまで来たんだから、もっと楽しもうぜぇ♪♪」
「どうやって、楽しむんだよ……?」
「……………………」
そもそも、愛子達の誘いを断ったのはこっちが先約だったからだろ。
ビュオォッッ! シュアァァァッ!!
俺を絡め取るように迫る木の根を、霊手で切り払いながら返す。
さっきから、枝や根が鬱陶しく襲い掛って来て風流に眺めてる余裕なんかねぇんだが………そもそも、あんな不気味なもん眺めたいとも思わない。
あの満開に咲いた花から放たれる幻覚作用のある花粉で、一般人には神々しい桜に見えるんだが、霊的抵抗力のあるGSや除霊師には禍々しい花弁の集まりにしか見えないからだ。
……まぁ、楽しそうに暴れる奴に風流なんて言葉は端から無いだろうがな。
実際の花見でも飲むか食う事に夢中で、除霊中の今もそれは一緒だ。目の前にそびえる “血桜” を自分の闘争本能を満たす為の “餌” くらいにしか思ってないんだろう。
妖樹 “血桜”………目の前にそびえる15メートル程のそれが、今回の除霊対象だ。
人の怨念や負の感情が宿って妖樹化した存在で、人の血を好む。
花を咲かせる季節になると、満開の桜に擬態して近づいて来た人間を枝や根を触手のように巻き付けてミイラになるまで血を吸い尽くす。
そして、擬態してると言ったように実際の花は形こそ一緒だが淡い桃色じゃなくて、血の滴るような不気味な “朱” ……
鮮血の朱……吸血の朱………まさに “血桜”……
ここは東京奥多摩の山奥にある地図に無い村………要は “廃村” だ。
戦後の初期に疫病が発生して、大量の死者が出たらしい。それ以来、ここは当時の政府の管理下から外れ人の踏み入れない未踏の地となった。
協会の人間が言うには、その時に大量に死んだ人間の無念が村の中央にある桜の木に宿ったんじゃないかって話だ。
「散れやっ♪」
ヴォアッ!!
迫りくる触手のお返しとばかりに、霊波砲を放つ雪之丞。
だが、狙ったのは木の幹じゃなく枝の先っちょ。倒す目的じゃなく、掛け声通り散らせる為だ。花弁を……
ただ………
ボトボトボト………
「あぁんっ?全然綺麗じゃねぇな!」
「花弁は舞わねぇって、資料に載ってたろ!」
「……………………」
普通の桜なら、花弁が散ると風に乗って優雅に舞い落ちるが、血桜はそうはならない。
朱い花弁は見た目の割にやたら重く、散れば真っ直ぐ垂直に落ちるだけ……そのくぐもったような落下音は、まるでしたたる血液のようでもある。
「んなもん、やってみなきゃ解らねぇだろ?」
「今、やったから理解出来たな?」
「……………………」
見た感じ、この妖樹以外、ここには人の脅威となるもんは無さそうだし、とっとと枯らして帰りたいんだが……
「いや、まだだ!」
「まだ、やんの……?」
「……………………」
「ここまで苦労して来たのに直ぐ消し飛ばしたら、勿体ねぇだろ!?」
「どんな理屈だよ……?」
「……………………」
そりゃ、ここまで何時間も掛けて獣道を踏破(何十年も前に起きた土砂崩れで車道が寸断された所為)して来た訳だが、秘境探検に来てんじゃねぇんだぞ………
「もっと撃ちゃ、何か綺麗になるかもしんねぇだろっ!」
「じゃあ、早くやれ!」
「……………………」
もぅ、何でもいいわ……
「死花、散らしてやるぜぇ!」
「死花は咲かせるもんだ……」
「……………………」
「細けぇことぁいいんだよ!」
「ああ、そうだな……!」
「……………………」
ヴオゥ! ヴォウッ!!
言いながら、片手ずつ交互に霊波砲を撃ちまくる雪之丞。
そうして連続して小出しにされた霊波は、次々と朱い花弁を刈り取って行く。
ボムッ!
……ボトボトボト……
ヴォンッ!!
……ボトボトボトボトボト………
……………………だが、結果は始めと何も変わらない。
重い花弁が、重々しく落ちるだけ。
シュシュシュッ! シュシュシュシュシッッ……!
そして、奴がそんな事をしてる間にも妖樹は絶え間なく俺達へ触手を向けて来る。
それに合わせて俺達も迎撃するが、心無しか攻撃が激しく……と言うより、焦ってるように見える。
「おらっ、おらぁっ!どんどん行くぜぇ♪」
「「…………………………」」
………………テキトーに触手でも刈ってるか。
◇◇◇
《10分後》
「何かサッパリしたなぁ」
「 “禿” 桜じゃねぇか……」
「……………………」
いや……あれを桜と呼んで良いんだろうか………?
俺は最初、あれを見て不気味だなんて言った。
だが、『闇夜に滴る血桜』……そんな風流には程遠いが、それとは違う一種の倒錯的な美がそこにはあったんだ。
それが、今はどうだ?
始めに来た時は、ほぼ満開になってた朱い花弁が雪之丞によって根こそぎふっ飛ばされて、今は1枚もない。
それだけじゃない。向けられて来た枝や根も3人で全て切り裂くか引き千切った結果、目の前にあるのは幹だけで弱々しく脈動する何かでしかなくなっていた。
酷すぎる……
余りに無残な光景に、血桜へ思わず哀れみすら湧いちまった。いくら人の害になると言っても、こんな事して良かったのか………?
「……満足したか?武威」
「詰まんねぇな………」
「……………………」
こっちは、オメェに合わせたんだぞ…………と言った所で時間の無駄なんで、言いたいのをグッと堪えて先を促す。
「……なら、早く終わりにしろ」
「でも、もう放っといても枯れそうだぜ」
「……………………」
「じゃあ、いい。俺がやる」
グダグダ言い合う時間も惜しいわ。
言うやいなや、俺は即座に霊盾を生成すると、そのまま血桜………だった妖樹の残骸に投擲した。
ドゴォーーーンッ!!
「討伐完了……」
目の前で粉々に飛び散った木片を見ながら虚しく呟く。
……どうか、安らかに眠ってくれ。
お前は、確かに悪しき存在だったかもしれないが、元はただの桜だったんだ。
人の怨念の依代になっちまったのが……いや、除霊に来たのが俺達だった事が運の尽きだったな………
願わくば、来世で見事な桜を咲かせて欲しい。
「う〜ん……大して面白味の無い花見だったな」
「いや、除霊だから……!」
「……………………」