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無骸・二

ー/ー



 俺達3人は、敵を蹴散らしながら前に進む。目的地に近付く度に激しくなる敵の攻撃。

 今は、妖怪化した獣の中には熊のようにデカい奴まで混じり出してる。一匹、一匹ならそうでもないが、徒党を組まれるとそれなりに脅威になる。

 
 …………にも関わらず、仮面の男の動きは全く変わらない。

 守る気なし……自分の存在なんか知ったこっちゃないと、言わんばかりだ。


 バキィッ!!


 側頭部にイイ(・・)のが入ったな……いくら、一般人より耐性のある霊能者でも、あんなの喰らえば結構ヤバい。だが、俺は もう(・・) 驚かなかった。

 少し前には、熊に肩口を噛み付かれてたからだ。その時も奴は、怯むこと無くそのまま相手の首を抱き着くように圧し折っていた。しかも、思い切り噛まれた筈の肩口は完全に無傷。


 ドゴォッッ!! 


“ごばぁ゙っっ!!”
 

 案の定、無骸はそんな一撃に怯むこと無く熊の腹に強烈な突きを御見舞して逆に吹っ飛ばす。もう、あの熊は起き上がれねぇだろう。
 

 ここまで来れば、無茶とかそういう次元の話じゃない。あの異様な “打たれ強さ” ……

 明らかな異常事態だ………



「気付いたか?」
「あの仮面の力だろ?」


 俺の様子を見て話し掛けてきた雪之丞に、そう答える。初めて見た時から不気味に感じた、あの仮面。今は、その不気味さが……更に増してる気がする…………

 初対面の時に躊躇なく利き手を出して来たのも、あの力があったからか……?


「オカルトアイテム『呪角骸面』(じゅがくがいめん)……奴が偶然見つけた代物で、昔の中国で作られたもんらしい」
「……デメリットとして、喋れなくなるか?」


 あの効果を考えれば、それだけの代償じゃ済まなそうだけどな………どんな便利なアイテムだろうと、そこには必ず落とし穴がある。

 俺の文殊が良い例だ。

 一見すると反則級の性能だが、数には制限があるし、使い方を間違えれば何の役にも立たない所か、大きな被害を被ることになる。


「まぁな……でも、それだけじゃ_おっと!」


 敵の新手に説明を中断する雪之丞。気にはなるが、それは後だな……今は、先を進むことに専念した方が良さそうだ。

 そうやって、何とか俺達は前に進み目的地に迫る。状況的には、今までも似たような事はあったが、今回は何か違う気がする……

 先に進む度に多くの敵に出会う経験は何度もしたが、あくまで出会っただけだ。今回のは、奴等から意思を感じる。まるで、自分達の縄張りを守ろうとしている様に…………




    ◇◇◇
 

「はっ…………雑魚でも、デカさは中々のモンだな♪」
「猪か……」
「……………………」



 あの後、更に敵を掻き分けて、目的の祠があったであろう場所で待ち受けていたのは、興奮して熱り立ってる巨大な猪だった。

 元々は、周りに木が生い茂ってたのかもしれないが、今は全て切り倒されてそれなりに拓けた場所になってる。その中心には祠……の土台だった残骸が見れる。誰が、ここまでやったかは…………言うまでもないよな。


 高さ2〜3メートル、横幅もそれと同等か少し長い。全長は、10メートル近くあるぞ。全身を殆ど黒に近い焦茶に覆われ、口から覗く巨大で歪曲した鋭い牙。一番恐ろしいのは、顔に光る両眼。それは奴の怒りでも表してるかのように、赤くドス黒い………


“うぅ〜〜〜〜〜〜!!!”
 

 縄張りを荒らされたのが、相当気に食わなかったのか低い唸り声を上げて、呼吸もかなり粗くなっていた。今にも飛び掛かって来そうだ。

 こいつも怨霊の影響で妖怪化したクチだろうが、雑魚を数体取り込んだくらいじゃこうはならない。一体、何体取り込んだんだか………


「来るぞっ!」
“ブオーーーー!!!”


 雪之丞の掛け声と奴が走り出すのは、ほぼ同時だった。

 猪の見た目にそぐわない、凄まじい全力突進だ。奴の踏み込みに耐えきれず一歩毎に巻き上がる地面の土が、それを物語ってやがる。


 それに合わせて散開する俺達……って、あれも受け止める気かよ!?

 巨大な相手でも、お構いなしに前に出る無骸。猪の方もそんな奴に狙いを定めて突っ込む。そして、大きな鼻を振るようにして無骸を吹っ飛ば…………


 ドガッッッ!!!!
 
 
 受け止めやがった……猪の衝撃を全て喰らいながらも、そのまま鼻にしがみ付き空いた左手で…………


 ドバキッ!


「ブゥオオーーー!」


 苦悶の雄叫びを上げる猪、そして上に吹き飛ぶ牙。組み付いた無骸の一撃を貰って、圧し折られたらしい。

 付け加えると、俺達もそれを黙って見ていた訳じゃない。左に跳んだ俺は霊手で奴の右足を斬り付ける。雪之丞は……こっからじゃ解らないが、何か攻撃した気配があった。多分、どっかに強烈な一撃でも入れたんだろう。

 現に猪は慌てて俺達の方に向き直るも、既にフラついていた。3人の同時攻撃が効いたんだろう。眼は変わらずギラついちゃいたが、長く保つようには見えなかった。

 奴の雄叫びを聞くまでは…………


“ブゥオオオオォォォーーーーーッッ!!”


 空に向かって、何か呼ぶように叫ぶ猪。

 すると周囲を漂っていた怨霊や、近くに潜んでいた鳥や狸のような小動物が奴に寄って行き………


「面白ぇな。全身で喰って(・・・)やがる♪」
「それに合わせて傷も回復してく……」
「……………………」

 
 そう………怨霊は、そのまま奴に身体に溶け込むように、小動物も奴の気に当てられると霧のように霧散して、そのまま奴の身体に取り込まれて行った。そして、瞬く間にさっき与えた傷が回復しちまったんだ。無骸の根本から圧し折った、牙まで元通りだ。


「力は大したことねぇが、面倒くせぇな……」
「ああ、しかもさっきの雄叫びで周りに怨霊達も集まって来てる。そのうち、獣も集まって来るかもしれねぇぞ」
「……………………」


 このまま変に長引けば、前後から挟み撃ちか……そうなると、逃げるのも難しくなるな。


「へっ………要するに回復する隙なんか、やんなきゃいいんだろ?」
「嬉しそうだな?まぁ、そうだが……」 
 

 雪之丞の霊波砲と俺の霊盾があれば、速攻で奴のブッ飛ばすのは難しくない。


 難しくはないが……そんな俺達の少し前に出た無骸が、片手で俺達を制す。


「何だ?無骸、1人でやるってか?」


 雪之丞の問に無骸は、答える代わりに着ていた外套を脱ぎ捨てる。どうやら、本気らしい。


「ふんっ、いいぜ!なら、お前の力を見せてみろ。でも、時間は掛けれねぇからな!」


 無骸は、無言(当たり前だが……)で猪の前へ出て構える。迎え撃つ気だ。猪の方は傷が回復したことで、減退してた妖気も全快……いや、吸収したことで寧ろ高まってるか?

 何にせよさっきの様に行かなそうだが、大丈夫か……?


“ブウウゥゥゥーーーッッッ!!”


 再び突進する猪。心なしか始めよりも勢いを増したように感じるのは、多分気の所為じゃないだろう。そして、今度は正面から無骸を鼻先で突き上げる!


 ドオォグゥォォッッ!!!


 凄まじい衝撃音!

 だが、それでも無骸は飛ばされることなく、その場に踏ん張る。

 
「…………踏ん張った?」
 

 あの超重量の突進を……?

 でも、実際猪は脚を止めてる…………どういうことだ?

 あの仮面は、霊的防御が爆上がりする物じゃないのか?それとも奴に、あのデカい猪を超えるくらいのパワーがあるってことか?

 いや、何だ……?何か変だぞ…………


“ブゴォッ!ブグォッー!!”


 ドゴォッッ! ドゥグァッ!!


 自分の力で吹き飛ばない無骸に、猪は苛立ったように鼻先をぶつけ、時には前脚で無骸を踏み潰そうとする。


 グァッッ!!


 だが、全て無骸は受け止めた。

 抵抗するように防ぐんじゃなくて、両手を広げて全ての攻撃を受け入れるように……………………!?


「吸収してる……?」
「正解♪」

 
 独りごちた俺に隣にいる雪之丞が、ニヤリとしながら答える。


「あの仮面の特性で、身体に受けた霊的(妖的)攻撃を一時的に体内にプール出来るんだ。制御さえ出来りゃあ、何を喰らってもノーダメージだ」


 やっぱりな……突進を止めた時、全く踏ん張ってるように見えなかったのは、瞬時に衝撃エネルギー(妖的攻撃)を吸収したからか。

 けど、それじゃあ……


「制御を誤ったら……?」
「勿論、身体が千切れ飛んで終わりだよ……「失敗したら、俺は汚ぇ花火だ」なんて、笑ってやがった」


 …………全然笑えねぇよ。

 普通なら、それについて何か言うとこなんだろうな。だけど、俺は黙っていた。

 淡々と語る雪之丞の顔が、何故か達観してるように見えていたし、そもそも俺が口を出す事でもないからだ。


 …………それに、今は別のことが気になる。

 俺は、今もなお猪の攻撃を受け続ける、無骸を見ながら口を開いた。


「……溜め込むだけじゃ、ないんだろ?それじゃ、着けてる意味がない」
「ああ、攻撃に転用出来るさ!そろそろ、じゃねぇか?」


 話してる間もずっと無骸と猪の様子を見続けていたが、雪之丞がそう言ったのと同じタイミングで連中にも変化が訪れた。


“ふ〜〜、ふ〜〜〜……!”
 

 ずっと無骸を攻めていた猪だったが、ここに来てその勢いが緩んだ。いくら、攻撃しても変化の無い無骸に根負けしたのかもしれない。


 そして、そのタイミングで無骸が跳んだ!

 奴の身体が少し光って見える。限界ギリギリまで溜めたエネルギーが、少し漏れ出してるのか?


 油断した巨大猪の隙を突いて、一瞬でその頭上まで跳躍した無骸。

 それから、到達地点からゆっくり落下するタイミングに合わせて右腕を振りかぶる。その腕は吸収した力を集中してる為か強い輝きを放っていた。

 そして……



 グワシャアアァァァーーーーッッ!!!



 …………奴の拳が猪の脳天に突き刺さったと思った瞬間、その衝撃で頭の半分くらいが弾け跳んだ!


「おお〜っ♪派手に行ったな!」
「こっちまで飛んで来たぞ(肉片)……」
 

 凄まじい威力だな……猪の再生能力なんかより、奴のエネルギー吸収の方がある意味で厄介かもしれねぇ。

 肝心の猪だが、いきなり頭を失ったことを理解出来ないかのように残った胴体だけで立っていた。だが、やがてバランスを崩すとゆっくり……そして、大きな音を立てて倒れて行った。当たり前だが、ここからの再生はないだろう。

 それと同時に、さっきまでこっちに迫ろとうしていた気配が一気に緩んだ。消えはしなかったが、こっちに向かってくるようなプレッシャーは無くなった感じだ。

 多分、命令していた猪が死んだことで右往左往し始めたんだろう。


「やりやがったな、無骸!」
「……………………」


 既に死体と化した猪の傍らに立つ無骸(纏っていた光は消えて元の状態)へ雪之丞が笑顔で駆け寄るが、奴は変わらず答えない。

 いや、答えられないのは知ってる。しかし、それを抜きにしても何のリアクションも示さなかった。


 “奴” は、こんな無感情な男だったか…………?



 ただ、雪之丞はそんな奴の様子を気に留めることも無く話を進める。


「……さてと、こいつの死体は勝手に消えるとして、祠を何とかしなきゃな」
「設置はすぐに出来るだろうが…………」


 俺はそう言って、祠のあった場所を見る。

 改めて言うが、祠や周辺の木々も全て薙ぎ倒されて綺麗な更地と化している。

 土台のあった場所に紐状の簡易結界を張って、祠の鍵となる神像を置けば取り敢えず周辺の怨霊や獣達は落ち着くと思う。

 だが、リュックに持ってきてるのはそれだけだ。


「雨風を、遮るものが何も無い」


 これじゃ、例え設置しても強い風でも吹きゃ一発でオシャカだ。


「石でも積むか?」
「ああ、出来りゃ屋根も欲しい」
「……………………」


 そうして俺達は、数十分掛けて周りの石を集める。

 そして、結界の周りに1メートル四方、高さ数十センチの風よけを作った。屋根には木の枝を並べておく。これで暫くは保つだろう。

 途轍もない地味な作業だったが、その間も無骸は、ただ黙々と作業していた。奴の胸中に飛来するものは、一体何なのか……?俺には、想像することすら出来なかった。


「こんな、もんか?」
「怨霊達の動きも鎮まってる。ここまで、やりゃあ降りても問題ねぇだろ」
「……………………」


 そうして、祠代わりの簡易結界の出来を見届けると、俺達は下山を開始した。猪の死体は半分程にまで縮んでいた。




    ◇◇◇


「ご苦労だったな、無骸。報酬は約束通り山分けだ。後で、口座に振り込んどく」
「……………………」

「適当な依頼が見つかったら、また連絡する。そん時は、頼むぜ!」
「……………………」


 ここは、始めに来た山道の入口。

 帰りの道中、散発的に怨霊と遭遇はしたが、行きと違って全く苦戦すること無く下山出来た。


 そして、こいつとはここでお別れらしい。

 無骸は、雪之丞の言葉に一通り頷いて俺達を一瞥すると、そのまま背を向けてどこかへ去っていった。


 ………………流石に、どっかで着替えるよな?あのまま山を降りたら、(人の事は全く言えねぇが)ただの変態だぞ……


「……どうだった?あいつは」


 無骸の姿が完全に消えたのを確認しすると、雪之丞が聞いてきた。


「強さは問題ねぇよ。戦い方は無茶苦茶だけど、本人が覚悟の上なら、俺がどうこう言う話でもないしな。人柄については…………まだ、何とも言えん」
「そうか………」 


 流石に今回だけで、答えは出せねぇよ……


「奴とは、今後もやるんだろ?」
「ああ、特に今回みたいな地方の仕事には、同行させると思う」


 今回のような “人目に付きにくい” 依頼に引っ張って来るわけだな。


「記録は、どうする?あの猪は、お前がやったって事にしとけばいいのか?」
「ん…………あ、ああ。それでいい……」


 案の定、歯切れが悪いな。

 そう………奴とは、今後も仕事をすることになるかもしれないが、別に奴がウチに加入(・・)する訳じゃない。


 当然協会にも通さないし、記録にも残さない。いや、残せない。特に “奴” の場合は…………

 だから今回の仕事も、やったのは俺達2人という事で報告することになる。
 

 …………バレたら、厳重注意どころじゃすまねぇな。
  

「悪いな……」
「お前が、全部責任取りゃいいだけだ」


 

   ◇◇◇

 
「……………………」


 山を降りながら、今日あったことを振り返る。

 上手く自分の力を示せて、仕事の役に立つ存在だと証明出来た筈だ。


 …………出来過ぎなくらいだと思う。

 雪之丞………『武威』だったか……が気を回してくれたのもあるが、予想に反して奴……こっちは『鴉』か………とにかく、大人しく俺を受け入れたのがデカすぎた。

 お陰ですんなり(表向きは)、現場に入る事が出来たぜ。


 正直、あの場はもっと揉めると思ってた……

 当たり前だ。(向こうも同じくらい凄かったが)こんな怪しい風体の男を、信用しろなんて言う方がどうかしてる。少なくとも、以前の俺なら居丈高に大騒ぎしただろう。

 だから、もし奴が騒いだら、俺は躊躇無く土下座でも何でもして、その場を治めようと思っていた。

 それくらいの覚悟だった……

 俺は一度死んで、全てを失ったんだ。プライドも何もかなぐり捨てて、それくらい(・・・)やってやる積もりだった。

 それが、例え因縁のある相手でも……


 だが、奴は騒がなかった。

 勿論、疑念は抱いてるようだったが、拒絶はしなかった。それどころか、向こうから俺を受け入れると言ってきた。流石に握手は拒否られたが………

 これには、武威の奴も拍子抜けと言う感じだったな。 


 それだけ奴は、武威を信じてたんだろう…………俺には、そこまで出来ない。

 付き合いは、多分俺の方が長いはずだ。でも、そこまでは無理だ。
 

 これが、奴と俺の差か……?
 

 初めて会った頃は、大したことのないヘタレくらいにしか見えなかったのに、今日の様子は何だ?

 殆ど、手を脱いちゃいたが解る。

 霊力、霊気量共に武威と殆ど互角だ。身のこなしだって、完全に俺が負けてる。

 多分、この仮面の特性を利用しても奴には届かない。始めに騒がなかったのは、俺程度どうとでも(・・・・・)なる判断したのもあるだろう……

 あの時(GS試験)の “素人同然の姿や、振る舞い” は周りを油断させる為の “吹かし” だったのか…………?


 ……………………いや、それしか無いな。

 武威の話じゃ、鴉は元々メドゥーサや俺達『白龍会』の調査をしてたんだ。今日のまま(・・)来られたら、目立ってそれ所じゃなくなる。そもそも、ズブの素人にそんな事やらせる訳がねぇ……


 武威の奴は、すぐそれに気付いた。あの時に全て解った訳じゃないないだろうが、間違いなく何かを感じ取ったんだ。

 だから、今一緒に行動してる………


 そして俺は、その程度の偽装も見抜けなくて負けた。そして、この体たらく……

 でも、不思議と怒りは湧いて来なかった。なんで、自分がこうなったか、よく解った気がしたからだ。


 当然と言えば、当然だよな…………

 力を使いこなせない癖に、力を授かった事だけに満足して、自惚れて……おまけに相手の力量まで見誤って取り返しのつかないヘマをする。

 完全に馬鹿…………いや、俺は馬鹿以下だ。

 
 完敗だよ…………

 


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 俺達3人は、敵を蹴散らしながら前に進む。目的地に近付く度に激しくなる敵の攻撃。
 今は、妖怪化した獣の中には熊のようにデカい奴まで混じり出してる。一匹、一匹ならそうでもないが、徒党を組まれるとそれなりに脅威になる。
 …………にも関わらず、仮面の男の動きは全く変わらない。
 守る気なし……自分の存在なんか知ったこっちゃないと、言わんばかりだ。
 バキィッ!!
 側頭部に|イイ《・・》のが入ったな……いくら、一般人より耐性のある霊能者でも、あんなの喰らえば結構ヤバい。だが、俺は |もう《・・》 驚かなかった。
 少し前には、熊に肩口を噛み付かれてたからだ。その時も奴は、怯むこと無くそのまま相手の首を抱き着くように圧し折っていた。しかも、思い切り噛まれた筈の肩口は完全に無傷。
 ドゴォッッ!! 
“ごばぁ゙っっ!!”
 案の定、無骸はそんな一撃に怯むこと無く熊の腹に強烈な突きを御見舞して逆に吹っ飛ばす。もう、あの熊は起き上がれねぇだろう。
 ここまで来れば、無茶とかそういう次元の話じゃない。あの異様な “打たれ強さ” ……
 明らかな異常事態だ………
「気付いたか?」
「あの仮面の力だろ?」
 俺の様子を見て話し掛けてきた雪之丞に、そう答える。初めて見た時から不気味に感じた、あの仮面。今は、その不気味さが……更に増してる気がする…………
 初対面の時に躊躇なく利き手を出して来たのも、あの力があったからか……?
「オカルトアイテム『呪角骸面』(じゅがくがいめん)……奴が偶然見つけた代物で、昔の中国で作られたもんらしい」
「……デメリットとして、喋れなくなるか?」
 あの効果を考えれば、それだけの代償じゃ済まなそうだけどな………どんな便利なアイテムだろうと、そこには必ず落とし穴がある。
 俺の文殊が良い例だ。
 一見すると反則級の性能だが、数には制限があるし、使い方を間違えれば何の役にも立たない所か、大きな被害を被ることになる。
「まぁな……でも、それだけじゃ_おっと!」
 敵の新手に説明を中断する雪之丞。気にはなるが、それは後だな……今は、先を進むことに専念した方が良さそうだ。
 そうやって、何とか俺達は前に進み目的地に迫る。状況的には、今までも似たような事はあったが、今回は何か違う気がする……
 先に進む度に多くの敵に出会う経験は何度もしたが、あくまで出会っただけだ。今回のは、奴等から意思を感じる。まるで、自分達の縄張りを守ろうとしている様に…………
    ◇◇◇
「はっ…………雑魚でも、デカさは中々のモンだな♪」
「猪か……」
「……………………」
 あの後、更に敵を掻き分けて、目的の祠があったであろう場所で待ち受けていたのは、興奮して熱り立ってる巨大な猪だった。
 元々は、周りに木が生い茂ってたのかもしれないが、今は全て切り倒されてそれなりに拓けた場所になってる。その中心には祠……の土台だった残骸が見れる。誰が、ここまでやったかは…………言うまでもないよな。
 高さ2〜3メートル、横幅もそれと同等か少し長い。全長は、10メートル近くあるぞ。全身を殆ど黒に近い焦茶に覆われ、口から覗く巨大で歪曲した鋭い牙。一番恐ろしいのは、顔に光る両眼。それは奴の怒りでも表してるかのように、赤くドス黒い………
“うぅ〜〜〜〜〜〜!!!”
 縄張りを荒らされたのが、相当気に食わなかったのか低い唸り声を上げて、呼吸もかなり粗くなっていた。今にも飛び掛かって来そうだ。
 こいつも怨霊の影響で妖怪化したクチだろうが、雑魚を数体取り込んだくらいじゃこうはならない。一体、何体取り込んだんだか………
「来るぞっ!」
“ブオーーーー!!!”
 雪之丞の掛け声と奴が走り出すのは、ほぼ同時だった。
 猪の見た目にそぐわない、凄まじい全力突進だ。奴の踏み込みに耐えきれず一歩毎に巻き上がる地面の土が、それを物語ってやがる。
 それに合わせて散開する俺達……って、あれも受け止める気かよ!?
 巨大な相手でも、お構いなしに前に出る無骸。猪の方もそんな奴に狙いを定めて突っ込む。そして、大きな鼻を振るようにして無骸を吹っ飛ば…………
 ドガッッッ!!!!
 受け止めやがった……猪の衝撃を全て喰らいながらも、そのまま鼻にしがみ付き空いた左手で…………
 ドバキッ!
「ブゥオオーーー!」
 苦悶の雄叫びを上げる猪、そして上に吹き飛ぶ牙。組み付いた無骸の一撃を貰って、圧し折られたらしい。
 付け加えると、俺達もそれを黙って見ていた訳じゃない。左に跳んだ俺は霊手で奴の右足を斬り付ける。雪之丞は……こっからじゃ解らないが、何か攻撃した気配があった。多分、どっかに強烈な一撃でも入れたんだろう。
 現に猪は慌てて俺達の方に向き直るも、既にフラついていた。3人の同時攻撃が効いたんだろう。眼は変わらずギラついちゃいたが、長く保つようには見えなかった。
 奴の雄叫びを聞くまでは…………
“ブゥオオオオォォォーーーーーッッ!!”
 空に向かって、何か呼ぶように叫ぶ猪。
 すると周囲を漂っていた怨霊や、近くに潜んでいた鳥や狸のような小動物が奴に寄って行き………
「面白ぇな。全身で|喰って《・・・》やがる♪」
「それに合わせて傷も回復してく……」
「……………………」
 そう………怨霊は、そのまま奴に身体に溶け込むように、小動物も奴の気に当てられると霧のように霧散して、そのまま奴の身体に取り込まれて行った。そして、瞬く間にさっき与えた傷が回復しちまったんだ。無骸の根本から圧し折った、牙まで元通りだ。
「力は大したことねぇが、面倒くせぇな……」
「ああ、しかもさっきの雄叫びで周りに怨霊達も集まって来てる。そのうち、獣も集まって来るかもしれねぇぞ」
「……………………」
 このまま変に長引けば、前後から挟み撃ちか……そうなると、逃げるのも難しくなるな。
「へっ………要するに回復する隙なんか、やんなきゃいいんだろ?」
「嬉しそうだな?まぁ、そうだが……」 
 雪之丞の霊波砲と俺の霊盾があれば、速攻で奴のブッ飛ばすのは難しくない。
 難しくはないが……そんな俺達の少し前に出た無骸が、片手で俺達を制す。
「何だ?無骸、1人でやるってか?」
 雪之丞の問に無骸は、答える代わりに着ていた外套を脱ぎ捨てる。どうやら、本気らしい。
「ふんっ、いいぜ!なら、お前の力を見せてみろ。でも、時間は掛けれねぇからな!」
 無骸は、無言(当たり前だが……)で猪の前へ出て構える。迎え撃つ気だ。猪の方は傷が回復したことで、減退してた妖気も全快……いや、吸収したことで寧ろ高まってるか?
 何にせよさっきの様に行かなそうだが、大丈夫か……?
“ブウウゥゥゥーーーッッッ!!”
 再び突進する猪。心なしか始めよりも勢いを増したように感じるのは、多分気の所為じゃないだろう。そして、今度は正面から無骸を鼻先で突き上げる!
 ドオォグゥォォッッ!!!
 凄まじい衝撃音!
 だが、それでも無骸は飛ばされることなく、その場に踏ん張る。
「…………踏ん張った?」
 あの超重量の突進を……?
 でも、実際猪は脚を止めてる…………どういうことだ?
 あの仮面は、霊的防御が爆上がりする物じゃないのか?それとも奴に、あのデカい猪を超えるくらいのパワーがあるってことか?
 いや、何だ……?何か変だぞ…………
“ブゴォッ!ブグォッー!!”
 ドゴォッッ! ドゥグァッ!!
 自分の力で吹き飛ばない無骸に、猪は苛立ったように鼻先をぶつけ、時には前脚で無骸を踏み潰そうとする。
 グァッッ!!
 だが、全て無骸は受け止めた。
 抵抗するように防ぐんじゃなくて、両手を広げて全ての攻撃を受け入れるように……………………!?
「吸収してる……?」
「正解♪」
 独りごちた俺に隣にいる雪之丞が、ニヤリとしながら答える。
「あの仮面の特性で、身体に受けた霊的(妖的)攻撃を一時的に体内にプール出来るんだ。制御さえ出来りゃあ、何を喰らってもノーダメージだ」
 やっぱりな……突進を止めた時、全く踏ん張ってるように見えなかったのは、瞬時に衝撃エネルギー(妖的攻撃)を吸収したからか。
 けど、それじゃあ……
「制御を誤ったら……?」
「勿論、身体が千切れ飛んで終わりだよ……「失敗したら、俺は汚ぇ花火だ」なんて、笑ってやがった」
 …………全然笑えねぇよ。
 普通なら、それについて何か言うとこなんだろうな。だけど、俺は黙っていた。
 淡々と語る雪之丞の顔が、何故か達観してるように見えていたし、そもそも俺が口を出す事でもないからだ。
 …………それに、今は別のことが気になる。
 俺は、今もなお猪の攻撃を受け続ける、無骸を見ながら口を開いた。
「……溜め込むだけじゃ、ないんだろ?それじゃ、着けてる意味がない」
「ああ、攻撃に転用出来るさ!そろそろ、じゃねぇか?」
 話してる間もずっと無骸と猪の様子を見続けていたが、雪之丞がそう言ったのと同じタイミングで連中にも変化が訪れた。
“ふ〜〜、ふ〜〜〜……!”
 ずっと無骸を攻めていた猪だったが、ここに来てその勢いが緩んだ。いくら、攻撃しても変化の無い無骸に根負けしたのかもしれない。
 そして、そのタイミングで無骸が跳んだ!
 奴の身体が少し光って見える。限界ギリギリまで溜めたエネルギーが、少し漏れ出してるのか?
 油断した巨大猪の隙を突いて、一瞬でその頭上まで跳躍した無骸。
 それから、到達地点からゆっくり落下するタイミングに合わせて右腕を振りかぶる。その腕は吸収した力を集中してる為か強い輝きを放っていた。
 そして……
 グワシャアアァァァーーーーッッ!!!
 …………奴の拳が猪の脳天に突き刺さったと思った瞬間、その衝撃で頭の半分くらいが弾け跳んだ!
「おお〜っ♪派手に行ったな!」
「こっちまで飛んで来たぞ(肉片)……」
 凄まじい威力だな……猪の再生能力なんかより、奴のエネルギー吸収の方がある意味で厄介かもしれねぇ。
 肝心の猪だが、いきなり頭を失ったことを理解出来ないかのように残った胴体だけで立っていた。だが、やがてバランスを崩すとゆっくり……そして、大きな音を立てて倒れて行った。当たり前だが、ここからの再生はないだろう。
 それと同時に、さっきまでこっちに迫ろとうしていた気配が一気に緩んだ。消えはしなかったが、こっちに向かってくるようなプレッシャーは無くなった感じだ。
 多分、命令していた猪が死んだことで右往左往し始めたんだろう。
「やりやがったな、無骸!」
「……………………」
 既に死体と化した猪の傍らに立つ無骸(纏っていた光は消えて元の状態)へ雪之丞が笑顔で駆け寄るが、奴は変わらず答えない。
 いや、答えられないのは知ってる。しかし、それを抜きにしても何のリアクションも示さなかった。
 “奴” は、こんな無感情な男だったか…………?
 ただ、雪之丞はそんな奴の様子を気に留めることも無く話を進める。
「……さてと、こいつの死体は勝手に消えるとして、祠を何とかしなきゃな」
「設置はすぐに出来るだろうが…………」
 俺はそう言って、祠のあった場所を見る。
 改めて言うが、祠や周辺の木々も全て薙ぎ倒されて綺麗な更地と化している。
 土台のあった場所に紐状の簡易結界を張って、祠の鍵となる神像を置けば取り敢えず周辺の怨霊や獣達は落ち着くと思う。
 だが、リュックに持ってきてるのはそれだけだ。
「雨風を、遮るものが何も無い」
 これじゃ、例え設置しても強い風でも吹きゃ一発でオシャカだ。
「石でも積むか?」
「ああ、出来りゃ屋根も欲しい」
「……………………」
 そうして俺達は、数十分掛けて周りの石を集める。
 そして、結界の周りに1メートル四方、高さ数十センチの風よけを作った。屋根には木の枝を並べておく。これで暫くは保つだろう。
 途轍もない地味な作業だったが、その間も無骸は、ただ黙々と作業していた。奴の胸中に飛来するものは、一体何なのか……?俺には、想像することすら出来なかった。
「こんな、もんか?」
「怨霊達の動きも鎮まってる。ここまで、やりゃあ降りても問題ねぇだろ」
「……………………」
 そうして、祠代わりの簡易結界の出来を見届けると、俺達は下山を開始した。猪の死体は半分程にまで縮んでいた。
    ◇◇◇
「ご苦労だったな、無骸。報酬は約束通り山分けだ。後で、口座に振り込んどく」
「……………………」
「適当な依頼が見つかったら、また連絡する。そん時は、頼むぜ!」
「……………………」
 ここは、始めに来た山道の入口。
 帰りの道中、散発的に怨霊と遭遇はしたが、行きと違って全く苦戦すること無く下山出来た。
 そして、こいつとはここでお別れらしい。
 無骸は、雪之丞の言葉に一通り頷いて俺達を一瞥すると、そのまま背を向けてどこかへ去っていった。
 ………………流石に、どっかで着替えるよな?あのまま山を降りたら、(人の事は全く言えねぇが)ただの変態だぞ……
「……どうだった?あいつは」
 無骸の姿が完全に消えたのを確認しすると、雪之丞が聞いてきた。
「強さは問題ねぇよ。戦い方は無茶苦茶だけど、本人が覚悟の上なら、俺がどうこう言う話でもないしな。人柄については…………まだ、何とも言えん」
「そうか………」 
 流石に今回だけで、答えは出せねぇよ……
「奴とは、今後もやるんだろ?」
「ああ、特に今回みたいな地方の仕事には、同行させると思う」
 今回のような “人目に付きにくい” 依頼に引っ張って来るわけだな。
「記録は、どうする?あの猪は、お前がやったって事にしとけばいいのか?」
「ん…………あ、ああ。それでいい……」
 案の定、歯切れが悪いな。
 そう………奴とは、今後も仕事をすることになるかもしれないが、別に奴がウチに|加入《・・》する訳じゃない。
 当然協会にも通さないし、記録にも残さない。いや、残せない。特に “奴” の場合は…………
 だから今回の仕事も、やったのは俺達2人という事で報告することになる。
 …………バレたら、厳重注意どころじゃすまねぇな。
「悪いな……」
「お前が、全部責任取りゃいいだけだ」
   ◇◇◇
「……………………」
 山を降りながら、今日あったことを振り返る。
 上手く自分の力を示せて、仕事の役に立つ存在だと証明出来た筈だ。
 …………出来過ぎなくらいだと思う。
 雪之丞………『武威』だったか……が気を回してくれたのもあるが、予想に反して奴……こっちは『鴉』か………とにかく、大人しく俺を受け入れたのがデカすぎた。
 お陰ですんなり(表向きは)、現場に入る事が出来たぜ。
 正直、あの場はもっと揉めると思ってた……
 当たり前だ。(向こうも同じくらい凄かったが)こんな怪しい風体の男を、信用しろなんて言う方がどうかしてる。少なくとも、以前の俺なら居丈高に大騒ぎしただろう。
 だから、もし奴が騒いだら、俺は躊躇無く土下座でも何でもして、その場を治めようと思っていた。
 それくらいの覚悟だった……
 俺は一度死んで、全てを失ったんだ。プライドも何もかなぐり捨てて、それ|くらい《・・・》やってやる積もりだった。
 それが、例え因縁のある相手でも……
 だが、奴は騒がなかった。
 勿論、疑念は抱いてるようだったが、拒絶はしなかった。それどころか、向こうから俺を受け入れると言ってきた。流石に握手は拒否られたが………
 これには、武威の奴も拍子抜けと言う感じだったな。 
 それだけ奴は、武威を信じてたんだろう…………俺には、そこまで出来ない。
 付き合いは、多分俺の方が長いはずだ。でも、そこまでは無理だ。
 これが、奴と俺の差か……?
 初めて会った頃は、大したことのないヘタレくらいにしか見えなかったのに、今日の様子は何だ?
 殆ど、手を脱いちゃいたが解る。
 霊力、霊気量共に武威と殆ど互角だ。身のこなしだって、完全に俺が負けてる。
 多分、この仮面の特性を利用しても奴には届かない。始めに騒がなかったのは、俺程度|どうとでも《・・・・・》なる判断したのもあるだろう……
 |あの時《GS試験》の “素人同然の姿や、振る舞い” は周りを油断させる為の “吹かし” だったのか…………?
 ……………………いや、それしか無いな。
 武威の話じゃ、鴉は元々メドゥーサや俺達『白龍会』の調査をしてたんだ。今日の|まま《・・》来られたら、目立ってそれ所じゃなくなる。そもそも、ズブの素人にそんな事やらせる訳がねぇ……
 武威の奴は、すぐそれに気付いた。あの時に全て解った訳じゃないないだろうが、間違いなく何かを感じ取ったんだ。
 だから、今一緒に行動してる………
 そして俺は、その程度の偽装も見抜けなくて負けた。そして、この体たらく……
 でも、不思議と怒りは湧いて来なかった。なんで、自分がこうなったか、よく解った気がしたからだ。
 当然と言えば、当然だよな…………
 力を使いこなせない癖に、力を授かった事だけに満足して、自惚れて……おまけに相手の力量まで見誤って取り返しのつかないヘマをする。
 完全に馬鹿…………いや、俺は馬鹿以下だ。
 完敗だよ…………