「それが、お前の意思なんだな?」
「……………………」
「……解った。なるだけ、お前の意思を尊重してやるよ」
「……………………」
◇◇◇
木々の生い茂る山道の入口。時刻は、まだ昼だがそのせいで結構薄暗い。
俺達は、そんな中で立って話をしていた。その場には、若干だが張り詰めた緊張感がある。
「本気なんだな……?」
「ああ」
頷く雪之丞へ、俺は奴の目を見て更に問い掛ける。
「クドくて、悪いんだが…………武威、お前は “そいつ” 信じてるんだな?」
「ああ、そうだよ鴉……責任は俺が取る」
…………冗談を言ってる顔じゃねぇな。
俺は、改めて雪之丞が紹介した男を見る。
身長は俺と同じくらい。黒いボロボロの道着に身を包み。同じくボロボロで、薄汚れた灰色でフード付きの外套を羽織っている。いくら、ここが街中じゃないと言っても十分に奇異に写る格好だ(俺が言えた義理じゃねぇが……)。
たが、それでもそいつの顔にある “鬼の面” と比べれば可愛い物だった……
材質は……木製なのか?全く光沢の見られない黒塗りで、かなり年季が入ってる。さっき鬼と言ったけど、正確に言えば三本角の生えた髑髏。見ようによっては、般若の面にも見える不気味な面だ。
そして…………多分、オカルトアイテムだろう。
そう思う理由は、自分でも良くわからない。けれども、そこから放たれる気が明らかに異質だった。
それこそ、男の存在なんか喰っちまいそうなくらいに……
この男の名は『無骸』………雪之丞は、そう言った。
当たり前だが、俺達と同じ偽名だろう。仮面は外さないし、素性も一切明かさない。
そんな怪しさしかない得体の知れない人間と、今回は仕事をすると言う。いや、結果次第では今後ちょくちょくあるそうだ。
だから、俺は…………
「解った……俺も、そいつを信じられるよう努力しよう」
「……………………」
その『無骸』と言う男を見ながら答えた。しかし、そいつは黙ったまま……と言うか、引き合わされてから一言も発してない。
雪之丞は喋れないと、言っていたけど…………あの仮面のせいか?
「……言っといて、何なんだが…………いいのか?」
「お前が頭だろ?そいつが、この男を信じた上で責任を取るって言ってんだ。俺は従うよ」
そう答えて、改めて無該と向き合う。
「鴉だ。よろしくな」
「……………………」
俺が、そう言っても喋れない(らしい?)無骸は黙ったまま…………黙ったままでは、あったが……
ザッ……
無該は俺の手前まで来ると、ゆっくりと右手を差し出してきた。喋れないなりに、行動で応えようとしてるのか?
まぁ、普通なら返すんだろうが………
「悪いが、信じる努力をすると言っただけだ。まだ、お前に俺の手を預けられない」
「……………………」
もっと言えば、今より関係が良くなっても預けたくない。
俺の霊手は、左手じゃ殆ど出せない。右手を潰されたらGSとしての戦闘力は著しく減退する。「いつの時代の人間だ?」とか言われそうだが、俺達は身体が商売道具なんだ。おいそれと、他人になんか預けられねぇ。
だから、俺は左手を前に出して奴を制した。俺が断ると無骸も大人しく引き下がる。
格好や立ち振舞から、霊的格闘をするタイプだろうに、自分の利き手を他人に預けることに躊躇はないのか?雪之丞だって基本的に握手は嫌がるし、やったとしても左手を出す。それとも、こいつは左利きなのか?
解らん……いや、知ってることなんて何一つないんだが…………
確かなのは、雪之丞の知り合いで “訳あって顔と素性がさらせない人間” と言うこと。
「んじゃ、話が纏まったところで行くか!」
「「………………」」
………努めて、明るい声を出してやがったな。
この男にしちゃ珍しく、微妙な空気になったのを変えようと気を回したらしい。
そんな雪之丞を真ん中にして、俺達は横並びに山道を上がって行く。
◇◇◇
この山は、神奈川と山梨の境い目くらいいに位置する。
そして今回の依頼は、除霊ではなく現地の調査だ。今までずっと単純な除霊……と言う名の戦闘依頼しか受けて来なかった俺達には珍しいケースだな。
調査する内容は、この先にある祠の状態を確認すること。
実際の所、それだけなら別に俺達である必要は無い。多少、霊的な知識があれば簡単に解る事だからな。
ただ、そこへ向かおうとすると怨霊やその影響を受けた獣達に妨害されると言う。その獣の中には、既に妖怪化した奴もチラホラ見られたらしい。
事の始まりは数ヶ月前。始めは怨霊が出だして時間が立つごとに獣達も凶暴化していって、人を襲うようになったそうだ。
そして、今回見に行く祠は、古の戦場だったこの山の怨霊を鎮める為に建てられていた。
祠の管理人にして今回の依頼者である僧侶は、ここ最近の騒ぎは “そこ” に何らかの異常が遭ったんじゃないかと睨んで調査に乗りだしたが、さっき言ったように怨霊や獣が危険過ぎて山奥へ行けない。そこで仕方なく協会に依頼を出したのが今回の流れだ。
…………まぁ、なんだ。
調査と言っても期待されてるのは、いつも通り霊能者としての “腕っぷし” って訳だ。奴等を突破しなきゃ、調査も何も出来ねぇからな。
「調査っつっても、もう祠は壊れてるだろうな。こんな騒ぎになってんだし……」
そう話を振ってきた雪之丞に、俺は背中のリュックを触りながら答える。そう嵩張るもんじゃないが、リュックを背負っている現場に行くなんて先生の下に居た時以来だ。
「ああ。だから、そうだった時の為の用意がここに入ってる」
「……………………」
そんな感じで山道を歩きながら普段通り話す俺達だが、変わらず無骸は黙ったまま……時折、奴の呼吸音が聞こえてくるくらいだ。
一体、何故雪之丞はこいつと一緒に仕事をするとか言い出したんだ?
別に、これ以上人手なんか必要ない。2人で足りない時は、爺さんやマリアだって居る。
…………と言っても、突然消える可能性も大だが……
ただ、最近の2人の様子を思い出してみても出てく様子は全く見られなかった。
先日なんか事務所にシャワーが無くて不便とか言い出して、スペースの一角に簡単なシャワールームなんか作ってた訳だし、当分居座る気満々だろ?アレ……
それでも、居なくなる可能性を考慮して人手を確保しようとしてるのか?
…………いや、無いな。仮にそうだとしたなら、いくら計画性の無いあいつでも事前に何か言う。
信じる努力をするとは言ったが、疑問は勝手に浮かんてくる。この何とも言えない違和感に慣れるのは、思ったより大変かもしれねぇ。まぁ、宣言した以上我慢するしかないんだが……
たが、幸い……と言うか、そんな時間は長くは続かなかった。
「来るな……」
「ああ」
「……………………」
山を登る毎に濃くなってくる陰の気。
それが、ここに来て一段と濃くなった。霊気と妖気がごっちゃなって、連中がいつ出てきてもおかしくない状態だ。
そして、その予想は数十メートルも歩かない内に現実になる。
始めに出てきたのは、大した力のない低級霊と凶暴化した狸や鼬と言った小型の獣だった。
それなりの数が一気に出たんで鬱陶しくはあったが、こっちもいつもより攻め手が多かったんで特に苦戦はしなかった。
俺は霊手、雪之丞も鎧は纏わず手足に霊気を込めて連中を蹴散らした。怨霊はともかく小動物までやるのは気が引けたが、そこは飲み込んで叩き潰す。変な手心加えて、手傷なんか負ってりゃ世話ねぇからな。
無骸は……一言で言えば、雪之丞と同じだった。
手足に霊気を込めて、突きや蹴りで雑魚共を一体、また一体と確実に殲滅していた。ちなみに右利き…………あの男、さっきは俺に利き腕を出して来たらしい。
霊力は、割と高い方かもしれない。雪之丞には確実に劣るが、氷雅と同じくらいか?
動きもいい。殆ど我流(それでも基礎的な身のこなしは小竜姫様に叩き込まれた)の俺と違って、格闘技の基礎を身に付けた者特有の洗練された動きをする…………だけど、 “荒い” ……
雪之丞と比べて技が未熟と言うのもあるけど、それだけじゃない。
何と言うか……… “自棄” っぱちになってるように見える。
雑魚を蹴散らしながら前に進むと、敵の数は更に増える。獣は、始めの連中よりデカい鹿や猪が出始めて中には既に妖怪化したのも混じり出す。
それに合わせるように、俺が奴から感じた徴候は更に強まる。
ドゴオッ! バァギィッ!!
無茶苦茶だな……
とにかく、攻めるのに全振りだ。守ることなんか丸で考えてないように感じる。
戦闘馬鹿の雪之丞も攻める時はガンガン攻めるが、あいつはちゃんと攻め時を弁えて、引く時は普通に引くし防御だってちゃんとする。それを考えると奴の動きは、酷く危なっかしく思えた。
今のところ、敵が弱いから大事には至ってない。ひょっとしたら、それを考慮してワザとそんな無茶をしてるのかもしれないが、そんな事する必要があるのか?
意味も無い無茶をする奴なんて、それこそ無駄に死ぬだけだぞ…………けれども、雪之丞も一緒にいるのに何故か奴は何も言わない。あいつに無骸の動きが見えてないわけが無い。
…………何かあるのか?
俺の知らない “何か” を雪之丞は知ってる?