両手の掌に霊気を集中する。もう、今まで何度繰り返したか解らない動作だ。
そして、生成した霊盾をいつも通り分割。ここまでは、いつも通り………
いつもと違うのは、向ける対象が悪霊ではなく “人間” であるということ。
「…………行け」
俺の意思に従い、次々と奴等へ襲い掛かる霊盾。それと同時に湧き上がる、破裂音と奴等の悲鳴……阿鼻叫喚と言うのは、こう言う物なんだろうか?
人………しかも、霊能者でない素人に撃つのは多少気が引けたが、緊急事態だ。
俺の忠告を無視した……お前等が悪い………………
◇◇◇
「今日も、あの一年生の娘と一緒に来たね。付き合ってるの?」
「そんなんじゃねぇよ。部屋が隣で、行くのががよく一緒になるんだ」
ここは学校の一階にある廊下。
下駄箱は目と鼻の先にあって、そこまで小鳩ちゃんと来て別れたのを萩原は見ていたらしい。
『萩原雅美』……俺のクラスメイトで、付喪神の愛子と一番仲が良い女子生徒(ブラバン所属)だ。
俺とも比較的席が近く………と言うか同じ班なんで、クラスの中では比較的良く喋る。その縁もあって霊能武道大会では名前も貸して貰った。
※『霊能武道大会』参照
長い髪を赤いリボンでポニーテールにしたのが特徴で、見た目は割と可愛らしいんだが、ずけずけ物を言う性格で割と図々しい……そんな奴。
「ふ〜ん……」
「それよか、こんなとこで待ち伏せて何の用だよ?」
萩原は鞄も持ってないし、コートも脱いでる。それらを一旦教室に置いて、ここまで戻って来たんだ。
用があるなら教室で話せばいいのに、わざわざここで話し掛けてきたってことは、クラスの連中には聞かれたくない話なのか?
「……この前 “義理” チョコ上げたよね?」
他の生徒の邪魔にならないよう、廊下の脇に寄ると開口一番に、この前のバレンタインチョコに触れてきた。
「ああ、恩に着る」
んな “義理” を強調しなくても勘違いしてねぇから、心配すんな。
こいつと愛子……そして小鳩ちゃんのお陰でバレンタインデーチョコ「0」なんて、虚しい気分を味合わずに済んだ……ちなみに俺、ステルス、フック……とあと一人は皆、この2人からチョコを貰ってる(糞どうでもいい情報)。
「恩を返せって訳じゃないけど、頼みたいことがあるの……」
「…………除霊か?」
まぁ、こいつが俺に頼み事なんてそれくらいしか思い浮かばない。
だけど、義理チョコ(多分100円くらい……)一つで除霊なんて割に合わねぇぞ。簡単な御祓い一つでも数万円はするからな……
「なら、ピート君に頼む」
「…………そうか」
同じ除霊が出来るなら、確かに美形の方が確かにいいよな……知ってる(怒)。
でも、これで100円で除霊する可能性は消えた(安心)……
「なら、何だよ?金でも、貸してほしいのか?」
「違う……」
除霊でも、金でもない……一体何だ?
こいつもこいつで何か言い淀んでるし、全く想像がつかん。
「……でも、__うのせいかも…………」
「え……?何??」
何か言ったみたいだけど、声が小さすぎてよく聞き取れなかった……
「ううん!何でもない」
「…………それで、頼みって?」
「いや、やっぱりいいや……ごめんね、呼び止めて」
そう言うと萩原は、そのまま踵を返して行っちまった。まぁ、行く先は一緒だろうけど。
「何だったんだ……?」
何か釈然としない感じで独りごちる。
だけど、結局その後に萩原が話し掛けてくることはなかった。
時折、教室に居る奴の様子を伺ってみたけど表面上は何事もないように見えた。だから、俺も時間が経つ内に今朝のことは忘れちまったんだが、後々になってみると “これ” が良くなかったんだと思う。
この時、無理にでも聞いておけば…………
◇◇◇
「萩原の奴、今日は来てないんだな……?」
次の日の朝、教室に来るとあいつは休みだった。
でも、こう呟いた時もまだ俺は呑気だった。風邪でも引いたくらいにしか思ってなかったからだ。
それが明確に変わり始めたのが休み時間。あいつと仲の良い愛子に、話を振った直後だった。
「あの娘、昨日様子が変だったからね……」
「………様子が変?」
俺としては、何気ない言葉だった。
何となく暇だったんで話の取っ掛かりとして愛子に話しただけで、こいつが「風邪でも引いたんじゃない」くらいに返してくると予想してた。
だけど、愛子の「様子が変」と言う言葉で急に昨日の朝のことがフラッシュバックしてきた。
「変って……どうに変だったんだ?」
「時々、元気なさそうな顔するのよ……理由を聞いても「大丈夫」としか言わないし、ひょっとしたら何か我慢してたのかもしれないわ」
「我慢……?何を?」
「解らないわよ。多分、体調が悪かったんじゃない?」
いつもなら、この程度の会話そのまま流してた。だけど、昨日のことがある俺はどうしてもそれが出来なかった。
特に「我慢」と言う言葉が、俺の頭に引っ掛かって離れない…………!
「雅美ちゃんが気になるの?」
「い、いや……」
一瞬、昨日のことを話そうかと思ったけど、思いとどまった。
あいつは、仲の良い愛子にすら事情を話してない……いや、 “話せなかった” のかもしれない。俺に躊躇したのが良い証拠だ。それを俺の口からベラベラ喋るのは不味い気がした。
「なら、風邪でも引いたんだろ?俺もこの前なったし……」
「まぁ、そうね」
取り敢えず、平静を装って話を終わりにした。ただ、俺の中の不安を確実に大きくなっていた。
本当に、ただの体調不良か?それなら別に問題ないが、昨日の経緯と結びつけると、どうしてもそれで割り切ることが出来ない。
昨日、萩原は一体俺に何を訴えようとしたんだ?除霊ではないと言ったけど、本当なのか?
はっきり言って、霊能関係を取ったら俺に相談することなんて皆無だぞ。勉強なんか教えらんないし、恋愛相談なんてもっとない。そもそも、クラスの友人同士であるけど、そこまで深い関係でもない。親身になって相談に乗って欲しいことがあるなら、俺以外に適任なんていくらでもいる。
…………にも関わらず、あいつは俺の所に来た。やっぱり霊的な悩みと考えるのが妥当なのか……?
昨日、聞き逃した言葉。あいつ………
(……でも、 “悪霊” のせいかも…………)
………………もしかして、そうに言ったのか……?
解らない……こういう時にいつもの3人(ピート、ステルス、愛子)に相談したいんだが、萩原は周りに知られるのを嫌がってる。
だから、安易に相談することも出来なかった。
霊障関係は、デリケートな問題も多い。
悪霊を除霊したから、はい解決とは行かず問題が外部に知られただけで、その後に取り返しが付かなくなる事例は腐る程ある。
大手企業がGSに大金を支払うのは、単に実力を評価したたげでなく、その辺の口止め料的な意味合いも含んでるからだ。
萩原の身に何が起きてるか全く想像は付かないが、そういう可能性だって無くはないと思うと慎重にならざる得ない。勿論、ただの思い過ごしかもしないけどな…………
こんな事なら、あの時強引にでも聞いておけば良かった……
そんな風に思ったが、思った所でどうにもならない。
結局、その日はあいつの事が気になって授業の殆どが耳に入って来なかった(いつも大して入って来ないけど……)。
◇◇◇
「駄目だ……集中出来ねぇ…………」
真っ暗な部屋で胡座を掻いた姿勢のまま呟く。瞑想しても、心がまるで静まらない……
現在、夜8時過ぎ。
あれから何事もなく家に帰ってきたけど、ずっと気分が悶々として落ち着かなかった。
だから、飯を済ましてから落ち着こうと文珠の生成をさっきまでしていたんだが、全く効果がない。
気にし過ぎだとは思っている……だけど、ここで何かを放置して取り返しが付かないことになったらと思うと、気が気じゃなかった…………
「仕方ねぇ……」
明日になるまで様子を見ようと考えていたけど、迷った末に家(萩原)へ電話することにした。
rrrrr♪ rrrrr♪
ガチャッ
「はい、萩原です」
電話が繋がると、受話器から中年女性の声が聴こえてきた。多分、萩原の母親だろう。
「夜分すみません。雅美さんのクラスメートの横島と言う者ですが、雅美さんは……」
「雅美は今、出てちゃったんですよ」
「……は?で、出てった……あの、体調不良だったんじゃ?」
「夜になったら、元気になったって言うんでジョギングに行ったんです」
ちょっと待てよ……女一人でこんな時間に………?
「あの……ちょっと、遅くないですか?」
「私も、そうに言ったんですよ。最近は夜も物騒だなら止めろって言うのに「近くの公園まで行くだけだから」とか言って聞きゃしない……あの、それでどんなご用事ですか?私から伝えときますけど」
「いえ……大した用事じゃないんで失礼します」
ガチャッ……
…………これは……どう、判断すりゃいいんだ?
母親の口ぶりは、噓を言ってる感じじゃなかった。多分、あいつが体調不良だったのは本当だろう。少なくとも彼女には、そう見えていた。
本当に悪かったのか? それとも、悪いのを装って “何か” を隠してたのか……?
その “何か” の為に、わざわざこんな時間1人で外に出たのか?
そもそも “何か” って何だ…………?いや、ここでいくら考えたって解るわけねぇ。
今、取れる選択肢は二つ…………動くか、否か……
「出るか……」
俺は着ていたスウェットを脱ぎ捨てると、いつものGジャン姿になる。もし、悪霊が出て来た場合この格好じゃ心伴いが仕方ない。今後は、こういう事態を想定して部屋にもスーツを置いておこう。
…………俺は霊能を極めて、何か成したいわけじゃない。
成り上がりたいとも思わないし、大金を稼ぎたいとも思わない。
目標もなく、GSに成ろうなんて甘過ぎだと言われそうだが、これが間違いなく俺の本音なんだから仕方ない。
ただ、もう……目の前の人間が………ましてや知ってる人間が霊障で苦しむのを見たくない。
萩原は別に恋人でもないし、俺が特別な想いを抱いてるわけでもない。だけど、あいつは俺に “何か” を訴えようとしていた。
理由はどうあれ、あいつは俺を頼ろうとしたんだ。そんな人間に、もし何かあったら…………俺は、今度こそ自分を信じられなくなる。
俺には、それが例えようもない程恐ろしかった……