「空いたぜ」
「おうっ」
2階の扉を開けて雪之丞に声を掛けると、奴はタオルを持って入れ替わりに出ていった。すると、今度はTVを観ていた爺さんが、俺に口を開く。
「どうじゃ?儂の作ったシャワー室の具合は?」
「良かったよ……」
いや……本当に、使い勝手は良かったよ。使い勝手は…………
タオルで、頭を拭きながら答える。今さっき、カオスの爺さん特性のシャワー室を使用したばかりだ。
3階の空いたスペースに、電話BOX程の大きさのそれはある。雪之丞の話だと、ホームセンターから買ってきた、あり合わせの材料で、半日掛からず組み上げたらしい。
この辺の手際の良さは、流石だよ。マリアが居れば重機も要らねぇしな……
「それにしちゃ、不満そうじゃの?」
「燃料が恐すぎなんだけど……」
爺さんは、「ガス代の節約になる」とか言い出して、シャワー室だけじゃなくて専用の給湯器まで作った。
まぁ……それは、いい。
それはいいんだが、問題なのは “ガスの代わり” に使ってる “物” …………
給湯器に繋がる機械が、事務所の屋上に設置してあるんだが、それが外に漂う “奴等” を取り込んでエネルギーにしてる。
…………この事務所の外に漂う連中なんて、一つしかないよな……そう、 “怨霊” を取り込んでエネルギーにしてる。
「心配せんでも、呪われたりせんぞ」
「いや、そうかもしれないけど……」
倫理的にどうなんだ?それ……
いくら、ここにいるのが人に有害な連中っても、元々人間なんだぞ。まだ、俺の霊盾でぶっ飛ばされた方が幸せそうに感じるのは、俺の脳が腐ってるからだろうか?
「言ったじゃろう。あれは自動除霊機で、その時に発生したエネルギーを、ガス代わりに使ってるだけじゃ。連中は成仏出来て、儂等は節約出来る。WIN-WINじゃないか?」
「確かに言ってたな……」
確かに言ってたけど、それ作った後だよな……!?
作る前は「節約出来る」くらいにしか言ってなかった気するけど、俺の勘違いなのか……?後になってから、テキトーなこと言ってねぇよな?
「じゃあ、それで電気にも応用出来んの?」
聞いても、何となく拉致が明かない気がしたんで、話題を変えてみた。
「理論的には、可能じゃ」
可能なのかよ……!?
じゃあ、ここの生活、全部連中の存在だけで成り立っちまうのか?
「じゃが、今の供給率じゃと、ちと難しいのぉ〜、お主がどうしてもと言うなら進めても良いが……」
「いや、今ので十分だ…………!」
頭では理解しつつも、まだ色々と抵抗感があり過ぎる。もう、この話題には触れないことに決めた。
「……………………」
「まだ、何か言いたそうじゃのう」
……どうするか?
本当にふと………………でも、前々から気になってたことが頭に浮かんだだけだ。正直、聞く必要も無さそうだが…………取り敢えずソファーに座る。
そうして、数秒程考えた末に、結局俺は口を開くことになった。
「ちょっと、思ったんだが…………爺さん、いつまでここに……いや、日本に居る気なんだ?」
この男が、日本に来たのは霊力の強い身体……美神玲子の身体を奪い取る為だ。それに巻き込まれる感じで、俺も何度か酷い目にあったが…………この際、それは置いとこう。
それが、いつの間にか色々な事件で先生達と共闘する羽目になって、俺に至ってはこうして同じ屋根の下で世間話をする間柄になっている。始めの関係を思えば、何故こうなったんだが俺には良く解らない。
…………少し話が逸れたが、何が言いたいかと言うと、今の爺さんが、当初の目的で動いてるようには見えないって事だ。
「唐突じゃな……」
「別に出てって欲しいとか、そういう訳じゃない。アンタにもマリアにも、マリアにも世話になってるからな。正直、出てかれると困るくらいだ」
「………………何故、マリアは2回言った……?」
「そこは、気にしなくていい……」
話が変な方向に行く前に、口を開く。
「アンタ、先生の身体が欲しかった筈だろ?でも、今のアンタから、そんな意思は全く見えない。それとも見えないだけで、まだ先生の身体を狙ってんのか?」
聞いといてなんだが、そんなことはないと思う。
行動を起こす時間やチャンスなら、いくらでもあった筈だからな。
「なら、とっくにやっとるわい。そんな意思は、とうに無い。 “やる意味が無い” からな。日本に居るのは…………そうじゃな……元は路銀が尽きて仕方なくじゃが、今は単に気が向いてるからじゃ」
「気が向いてるって事は、興味を唆るもんが、あるってことか?」
「解らんか?美神玲子を始めとして、この国には、わけの解らん連中のオンパレードじゃ。奴等と関わるだけで、新しい体験に出会える。このカオス、齢1000年を越して、こんなに刺激に溢れた、毎日を送ることになるとは思わなんだぞ」
「…………し、刺激は、あるよな……」
寧ろ、刺激があり過ぎて、何回死に掛けたか解らねぇんだけど……
「無論、その連中には、お主達も含んどるぞ」
「コメントに困る……」
どう、リアクション取りゃいいんだよ?
でも、今はその答えを引き出すよりも、別のことが気になっていた。
「日本に居る理由は解ったよ。ただ、さっき「やる意味が無い」って、言ってたよな?どういう事なんだ?」
意味はないってことは、不完全だった『不老不死の秘術』を完成させつつあるのか?
毎日、良くわかんねぇことしてたり、魔鈴とか言う魔女の店に出入りして怪しい薬草とか持ち込んだりしてるけど、それは全て秘術の為なんだろうか?
「ああ、そのことか。そのままの意味じゃ。日本に来た当初は忘れておったが、例え他人の身体を奪い取ることが出来ても、問題が多過ぎるんじゃ。それこそ、言葉にしきれないくらいにな…………なら、 “自分で作る” 方がいい。遥かに簡単で確実じゃ」
「作る……?」
作るって……勿論、身体の事だよな?
「ホムンクルス……?それとも、マリアのような自動人形を作って、自分の魂を移す気か…………?」
「いやいや、そんな大それた物は必要ない。作るのは、 “クローン” 儂の細胞から作ればいい。それなら、拒絶反応もないし、誰に恨まれることもない。理論なら、既にマリアのメモリーにインプット済じゃ」
じゃあ、何でしねぇんだ?…………………………まさか……
「…………それも、忘れてた?」
「うむ!」
何故、胸を張れる……?
「「うむ!」じゃ、ねぇよ。でも、今は思い出してんだろ?なら、直ぐにやりゃいいじゃねぇか」
そうすりゃ、毎回こんな回りくどい会話しなくても済むだろうに……
「ん…………ああ、それなんじゃがな……」
「何だよ?まだ、何かあんのか?理論は、確立してんだろ?」
「理論は、完璧じゃよ」
「材料が無いのか?」
「そういう訳じゃない。儂は不老不死(不完全)じゃが、それ以外はただの人間じゃからの。神族や魔族なら、話も変わってくるが……」
「じゃあ、設備か?」
「そんな物、どうとでもなる」
「理論はあって、材料もある。設備も別に問題無い。まさか、今更 “自然の摂理” に反するから、とか言わねぇよな?」
「儂は、Dr.カオスじゃぞ。神魔が何だと言うんじゃ?」
「じゃあ、何が問題なんだよ?」
「それはな……」
「そ、それは…………」
………ここに来て、俺は少し “げんなり” した声で相槌を打った。
一々、勿体振りやがって……なんか、どうでも良くなってきた。と言うより今までの付き合いから、次の言葉が何となく想像出来る…………
「忘れてしもうた……!」
「…………ああ、そうかよ」
アホくさ。やっぱ、聞くんじゃなかった……
◇◇◇
小僧は、話し終えると、白けた顔をしながらTVを見始めてしまった。まぁ、散々引っ張った末に落とされてしまえば当然か。
すまんのぉ〜……話しても特に問題ないことなんじゃが、最後は気恥ずかしくなって、はぐらかしてしもうた。
この歳になって、何を気にする必要があるのかとも思うが、こういう問題に歳は関係ないのかもしれんな…………
身体の交換なんて、やろうと思えば何時でも出来る。それこそ、マリアに一言伝えれば儂が呆けていても、全て上手く行くように準備してある。
だが、その一言が儂には、言えなんだ…………
こんなガタの来た身体なんて捨て去り、新しく作った身体に乗り換えたいと何度思ったか解らん。
当然じゃ……その方が、楽でいいに決まってるからな。
じゃが、出来なかった。
それを、実行しようとすると……言葉にしようとすると、どうしても “彼女” の存在が儂の前に浮かび上がるんじゃ。
儂が生涯一番愛して、そして儂のことを愛してくれた女性…………
この身体がいくら錆びついたとしても、彼女と触れ合った……彼女が愛してくれた身体は、この世でこれ “一つ” しかないんじゃ。
じゃから、儂は彼女の愛してくれたこの身体で死ぬ…………いや、どんな醜くなろうと最後の瞬間まで、この身体で生きる。
彼女への想いと共に……
人は、儂を嘲笑うじゃろうな…………過ぎた物に、いつまでも拘る愚かな老いぼれと……
じゃが、それでも構わない。
これが儂の誓い、信念、けじめ………そして、愛の通し方なんじゃ。
姫よ……貴方も、儂を嗤うだろうか?