第5話:建国記:鉄壁の規律
ー/ー ティムは、書斎の片隅にある、騎士団長の銅像のレプリカを眺めていた。その像は、顔の半分を覆う厳めしい鉄仮面と、絶対に揺るがないと見える直立不動の姿勢が特徴だ。
「師匠。今回こそはサイラス様本人の話ではありません。これは騎士団長の話です。建国期の『鉄壁の規律』は、騎士団長が鋼鉄の意志で隊員を厳しく訓練した結果、生まれたとされています。これは、純粋な軍事的な偉業でしょう?」
ティムの声はもはや、英雄への憧れではなく、純粋な「くだらない真実」への好奇心を帯びていた。
「『建国記:鉄壁の規律』。規律を乱す者は即刻追放。私語厳禁。非接触の行進。すべてが、彼個人の『潔癖症』や『人見知り』による動機だった、と?」
フィリアンは、静かに頷いた。
「お前も、だいぶ慣れてきたな、ティム。もはや予想はパターン化され、あとはそのパターンの中でどれだけくだらない真実が飛び出すかを楽しんでいる、という境地か」
「私は、歴史の真理を研究しているだけです、師匠」
ティムはそっと銅像に触れようとして、手を引っ込めた。
「…本当に、『本当の理由』を聞きたいかね?その騎士団長は、確かにサイラスの腹心だった。そして、サイラスのコミュ障を最も理解していた人物だったが、同時に彼自身も極度の対人恐怖症だったのだよ」
「……え、騎士団長まで、ですか?」
ティムは驚愕した。歴史上の偉人たちが、軒並み何らかのコミュ障を抱えているという事実は、彼の持つ歴史観を根底から揺るがす。
「ああ。彼の武勇は真実だ。戦場で敵を斬り伏せるのは得意だったが、味方と目を合わせ、談笑し、世間話をするのが、この世の何よりも恐ろしかった」
フィリアンは語り始めた。騎士団長は、団員とのコミュニケーションの必要性に日々怯えていた。普通の規律では、訓練の合間に休憩があり、雑談や交流が生まれてしまう。それは彼にとって地獄だった。
「そこで、彼が作り出したのが、お前が言う『鉄壁の規律』だ。私語厳禁は『話すのが怖い』から。非接触の行進は『うっかり肩が触れて謝るのも怖い』から」
「まさか、建国の要となる騎士団の規律が、騎士団長自身の対人恐怖症を隠すためだけの、極めて個人的な防衛策だったなんて……」
「その通りだ。彼は、規律が厳しければ厳しいほど、誰も自分に話しかけてこないだろうと考えた。彼の指導方法は、すべて『他人との接触を最小限にするためのルール』として練り上げられたものだった」
そして、伝説的な『鉄壁の規律』が生まれた。それは、団長自身が目を合わさないため、団員を常に監視し、少しでも規律を乱した者には、「目を合わせなくて済む」『文書による厳しい罰則』を与えた。
「その罰則の内容も、『他者と一週間話すことを禁ずる』とか、『一ヶ月間、一人で無人島で訓練する』といった、騎士団長の対人接触嫌悪が色濃く反映されたものばかりだった」
「無人島……それは追放ではなく、隔離ですね」ティムは愕然とした。
「規律によって、団員たちは互いに近寄ることも、話しかけることも恐れるようになった。その結果、生まれたのが『鋼鉄の結束』と、『一糸乱れぬ行進』だ。なぜなら、誰もがお互いに話しかけられないように必死だったからだ」
ティムは、銅像のレプリカの鉄仮面を見つめた。その仮面の下にあるのは、鋼鉄の意志ではなく、震える目と、ひきつった笑顔だったのかもしれない。
「……私は考察します。しかし、これは、極度の人見知りが、その恐怖心によって、皮肉にも最強の軍隊を築き上げてしまった、歴史の歪な奇跡だと……」
フィリアンは笑った。
「歪んだ奇跡、か。いい表現だ。だが、ティム。サイラスも騎士団長も、ただただ『誰にも見られずに、静かに生きたかっただけ』なのだよ。その静けさを求めた結果が、建国という大騒ぎを引き起こした。滑稽だろう?」
ティムは深く頷いた。達観は、もはや彼の体の一部になっていた。
「はい、師匠。壮大さとくだらなさの二極端こそ、歴史の真理だと受け止めます。この規律は、人類の対人恐怖が生み出した、究極のバリアーだったのですね」
フィリアンは満足げに、次の巻物に手を伸ばした。
「よろしい。ティム。次は王の話だ。建国記の『不滅の防壁』。国王が築いた神の加護を受けた防壁の真実。あれは、国王の極度の潔癖症により、野良犬やゴミが入らないように低くて分厚い塀を巡らせただけなのだが、話を聞きたいかね?」
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